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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア

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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア
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リアクション


●夜空を彩る満天の星

 ――なぜだろう。
 想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)は思った。
 一面星空の海岸は、いまだ昼の火照りを残している。それでも熱は、波が寄せて返すうちにだんだんと、薄墨を混ぜるようにして和らいでいく。
 黒と灰色の境界、すなわち波打ち際の砂を、さく、さくと踏み……夢悠は独り歩いていた。
 ――なぜだろう、この光景には見覚えがある。
 足を止めて、たたずむ。
 耳にとどくのはただ、さらさらとした波音ばかり。
 潮の匂いがした。
 けれどもこれが現実とは思えなかった。生の現実の上に、薄く透明のヴェールをかけたような、かすかな距離感があった。
 これは遠い夏の日の光景、思い出の夏の夜。
 夢悠はあの夏を追体験しているのだろうか。
 それとも、この夏こそが実体で、一瞬だけ遠く見果てぬ時代へと意識が跳躍しただけなのだろうか。
 確実に認識できるのは……今、独りでいるということだけだ。
 夢悠はまた歩き出し、やがて満天の星空の下、浜辺の岩に腰を下ろす。
 岩にはひやりとした冷たさがあった。表面を撫でると指先がざらざらした。
 両手をついて空を見上げた。
 涙が出そうなほど美しい空だった。きらめく星のひとつひとつが、限りなく愛おしいものに思われた。
 どの星にも名前がある――そんなことを漠然と考える。
「綺麗ね」
 どこから来たのだろう。いつの間にか夢悠の目の前に、よく知った姿があった。
 想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)だ。
「うん」
 応えた夢悠へ寄り添うように、隣へ瑠兎子も腰掛ける。
 しばらく、ふたりの間には波音しか流れない。
「じゃじゃーん」
 急に瑠兎子はそんなことを言って、夢悠へ笑いかけながら一冊のアルバムを取り出した。どこから出したのだろうか、ずっとずっと昔に二人が旅をしたときの、思い出が詰まったアルバムだ。やや色あせた赤い革表紙である。
「ほら、こんな写真撮ったよね、覚えてる?」
 瑠兎子がページを開くと、旅先で出会った人々の写真があらわれた。二人にとってとても大切な人の姿もある。
「覚えている……いや、正確に言うと、写真のおかげで思い出したよ」
 写真を眺めているうち、まるで旅から戻ったのが昨日のことのように思えてくる。
 すべてを見終えると、瑠兎子はぱたんとアルバムを閉じた。
 そして、アルバムにふっと一息吹きかけた。
 アルバムはくるくると回転しながら、夜空に呑み込まれるようにして消えてしまった。
 偶然だろうか、アルバムが見えなくなると同時にいくつかの星が輝きを増した。
「良かったの?」
 瑠兎子の顔をのぞきながら夢悠が訊くと、
「うん。もともとあそこにあったようなものよ。落ちてきた欠片を還しただけ」
 と、瑠兎子も夢悠のほうを向く。
 夢悠を見つめる瑠兎子の瞳は、夜空の星そのもののように輝いて見え、一瞬、
 ――綺麗。
 と思った夢悠は、恥ずかしくなって視線を夜空へ移した。
「ねぇ、どれがワタシの星?」
 尋ねる瑠兎子に夢悠は迷わず、
「あれ」
 とひときわ輝く星を指差した。
「ふぅん……悪くないわね」
 瑠兎子は微笑むと、
「じゃあ、あれが夢悠だね」
 と、その隣に小さく瞬く星を指差す。
「えぇ〜」
 夢悠は不満げな声を上げた。それでいて、なんだかこのやりとりを期待していたかのように苦笑するのだった。
 気がつけば、空は白々と明け始めていた。
「そろそろいきましょうか」
 瑠兎子が立ち上がる。
「みんな待ってるわよ……お父さんもお母さんもね」
 夢悠は黙って彼女の顔を見上げた。
 見上げ続けた。
 ほろっと涙がこぼれ落ちた。
 けれどもそれを慌てて手の甲で拭うと「うん、わかった」と夢悠も立ち上がっていた。
 二人手を取り合って、浜辺を歩く。
 今夜の波は本当に静かだ。
 夜空は本当に深い。
 そして星が、本当に綺麗だ。
「お姉ちゃん」
「なぁに?」
「ありがとう」
「こっちこそ、ありがとう」

 新しい朝を迎え、星々は姿を消したように見えても、空を見上げればいつも彼らはそこにいる。
 自分も彼らと共にいられた、それだけで幸せだったのだと思いながら、夢悠は姉とともに、光の中を歩んでいく。
 波音が少しずつ、引いていった。
 それとともに、世界も。