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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア

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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア
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リアクション


●さあ、新たなる冒険へ

 その日、イルミンスール魔法学校を新たな入学希望者が訪れた。
ノート・シュヴェルトライテ、入りますわ」
 と告げ、面接用に設けられた一室に凛々しい顔立ちの少女が入る。
 まばゆい黄金色の髪、磨かれた水銀の球のような銀の瞳(め)、胸を張って颯爽と歩けば、目の覚めるような蒼い長衣がマントのようになびいた。
 髪型は、時間をかけてセットしたとおぼしき縦ロールの巻き毛だ。
 手には白手袋、同じく白いブーツ、ヒールも高い。
 分厚い氷の壁を割って太陽が顔をのぞかせたような鮮やかな登場、これがノート・シュヴェルトライテのやり方だ。
 ところがノートは後ろ手に扉を閉じたところで、
「……えっ?」
 テーブルを前にして座る少女を見て、怪訝な顔をした。
 面接には、伝説的存在アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)御自らが当たると聞いていたのである。
 ところが、座って待っていたのは見慣れぬ顔だ。
 黒髪の女性だ。年齢は、自分とさして違わないだろう。だから少女というほうが適切かもしれない。
 前髪を切り揃えた可愛らしい容貌で、東洋の血を引くきめ細かな肌をしている。黒真珠のような光沢をした目には濡れた質感もあって、じっと見つめられていると吸い込まれそうな気分になった。
 なお少女の背後には大きな鏡があり、ノートの立ち姿が映っていた。
 他に人の姿はない。
「お名前をどうぞ」
 面接官の少女は事務的な口調で告げた。
 ノートは気を取り直し、ぱっと両脚を開いて右手で握りこぶしを作る。
「名は、ノート・シュヴェルトライテ」
 そして拳を突き上げるようにして宣言したのである。
「このノート・シュヴェルトライテ、ご先祖様に恥じぬ位の伝説を、この学校で創り上げて見せますわ!」
 叩きつけるような大喝、声は狭い面接室の壁という壁に跳ね返り、空気はびりびりと振動した。その声がやんでなお、余韻が残っているほどだ。
 ふん、と満足げにノートは鼻息を吹いた。
 アーデルハイト本人に会えなかったのはまあ、残念ではあるが、どっちにしろ用意して来た名乗りをできたのでよしとしよう。
 これで面接官は一発ノックアウト、合格は決定だとノートは内心期するものがあったのだが、これを聞いても圧倒されるどころか、面接官は軽く片眉を上げただけだった。
「転入の挨拶にしては騒々しいですが、それがシュヴェルトライテ家の流儀でしょうか? レディ・ノート」
 出鼻を挫かれた格好だ。
「あ……いえ、アーデルハイト様ならこれでわかってくださるかと……」
 ところが面接官はまったく動じない。
「たしかに。ノート・ソル・シュヴェルトライテ様のことでしたら、彼女らと同じ時代を過ごし、今も生きるアーデルハイト様ならば、ご存知でしょう」
 ここで、やや語気を強くして、
「ですが、アーデルハイト様も御多忙の身。お話を聞きたいのであれば、事前に約束を取り交わしてからにして下さい」
「話が噛み合っていませんわね」
 ノートもやられっぱなしではない、つかつかと歩み寄るや面接官の机にドン、と両手を置いて、
「私は入学希望者として面接に来たのですわ。願書はお読みでしょう? アーデルハイト様がいらっしゃらないのであればそれで結構、入学を許可するかしないか、お答えを聞かせていただきましょう!」
 面接もなにもあったものではないのはわかっているのだが、ここは譲れるポイントではない。
「レディ・ノート……正確には、その三世ということでしたね」
 家名を大いに誇りに思っているノートは、それを聞くと胸を張った。
「そう、わたくしが名を受け継いだ祖先こと初代『ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)』は、かつてシャンバラ復興期にパラミタを何度も危地から救い、アーデルハイト様と轡を並べて戦ったことも数知れぬシュヴェルトライテ家中興の祖、あなたもイルミンスールに籍を置くものであればご存じのはず!」
 かつてのノートと、現在の三世との間には男性当主ばかりが続いた。そのため、時間的には千年近くが経過しているものの、まだ『ノート・シュヴェルトライテ』は三人目なのである。
 二代目はそれほど初代とは似ていなかったそうだが、三世は「初代の再来」と噂されるほど容姿も、性格も似ているというのがもっぱらの評判だ。
 しかし意気込むノートに対し、冷や水を浴びせるような口調で面接官は言った。
「レディ・ノート、あなたの先祖がどれほど凄い方であれ、それはあなたが凄いこととは繋がりません。大口は、それ相応の結果を見せてからにしなさい」
「だからそのための面接なのでしょうが……!」
 とまた牙を剥くような表情になるノートだったが、はっとなって語調を緩めた。
「ん? 今、『それ相応の結果を見せてから』っておっしゃいました……? えっと、あなた……」
「私の名はエト・セトラ・ネーゼ、アーデルハイト様にお仕えする魔鎧です。どうぞ、エトとお呼びください」
「わかりました。で、エトさん、わたくしに結果を見せろというのは、つまり?」
「そう。入学を許可するつもり、という意味ですわ。少なくとも経歴的には問題ありません」
 ノートはほっと安堵の息を吐き出した。とりあえず面接は通過のようだ。
「しかし」
 とエトは言う。
「その前に、同時入学するあなたのパートナーもご紹介願いたいのですが」
「わかりました。ノゾミ!」
 ノートがドアを開けて廊下に呼びかけると、すぐに一人の少女が部屋に入ってきた。くっきりした顔立ちのノートとはまた違う、どこか陶器的な印象もある整った顔立ちだ。
「あた……私、は、大黒希望(のぞみ)、だ……です」
 あまり話すのは得意ではなさそうだ。奇妙な口調だった。
 そしてまた、服装も奇妙である。
 黒いとんがり帽子、黒いローブ、それはまるで、千年以上前の絵に出てくるような『いかにも魔女』な扮装だったのである。この時代ともなれば時代遅れすぎて、何周か回って逆に新鮮といえる。
 そればかりではない。
 希望(のぞみ)と名乗る少女が帽子を取ると、ショートにまとめシャギーを入れた髪型があらわれた。わざと荒っぽく統一したウルフシャギーという形状、しかも彼女はそれを半分、目に痛いほどのショッキングピンクに染め上げていた。染めた部分には、蛍光グリーンのハイライトを入れているのも独特である。
 つまり、トラディショナルな魔女の服装と、パンキッシュな髪型が同居しているということだ。
「ノート……の、パートナー、機晶姫、だ……です」
 いちいち語尾を言い直すこの分裂気味な口調もその象徴なのだろうか。
 言いながら希望はノートを守るように立った。
 ノートの表情にも自信が満ちる。
「おふたりは信頼しあっている様子ですね」
 エトが言う。
「はい……そうだ、です」
「ええ、空京でこの子の姿を見た時にピーンッと感じましたの! ノゾミはわたくしにとって最高のパートナーになると!!」
「わかりました」
 エトは立ち上がって、判をついた証書をノートに手渡した。
「明日から登校なさい。そのレディと一緒にね」
「やった!」
 とノートが片手を上げると、
「おめでとうやったぜ……です」
 その手を、パンと希望が叩いた。
「はい、エトさん、ありがとうございました。それでは失礼しますわ。さぁ、行きますわよ、ノゾミ!!」
 そしてこの言葉だけを残して、ノートと希望は出て行ったのである。
 ふう、と溜息をついてエトは振り返った。
「さて、あなたたちにはどう映りましたか、お山ちゃん、お花ちゃん?」
 最前まで鏡張りだった背後の壁が、一瞬にして消失していた。
 壁はそもそも存在していなかったのだ。区切られた向う側を加えて、ちょうど一室の構造であることが明らかになる。
 そこには二人の少女が座っていた。
 伯益著 『山海経』(はくえきちょ・せんがいきょう)、そして葦原島 華町(あしはらとう・はなまち)、ノート・シュヴェルトライテ三世には面識がないが、いずれもかつて、初代ノートと苦楽をともにした盟友である。
「なるほど、わらわ達を呼んだのは、アレを見せるため、か」
 『山海経』は魔道書、そのため寿命などない。彼女は初代ノートの死とともに現役をしりぞき、以後はイルミンスール大図書館をねぐらとして、この学校で鉱物学や薬草学等の教師として教鞭を取っている。
「たしかに、我々の知るノート殿を髣髴させる方でござるな」
 華町も地祇ゆえ、守護する都市が存在するかぎり健在だ。彼女は初代ノートの死後は葦原の華町(地名)で地域安全のために夜間巡回などしていたところ、逆に住民に怖がられて『人斬り侍』などという怪異とみなされてしまい、フォークロアの題材にされたりしたそうだ。そのため現在、彼女はほとぼりが冷めるまでイルミンスールの臨時講師の職に就いていた。
「姿も気性もそっくりじゃのぅ……パートナーの名前まで、のぅ?」
 懐かしい日々が蘇るようだ。『山海経』は顔をほころばせていた。
「入学許可は賛成でござる。契約解除したとはいえ、拙者ら、主殿にもノート殿にも返しきれないほどの恩があるでござるしな」
 華町も異論はないらしい。
 ところで、と『山海経』はエトに問う。
「しかし、なんじゃな。あれだけ人としての寿命を全うすると言っておったのに、その姿はどの様な心境の変化なのじゃ、我らが『元』主?」
 エトはこれを聞いて、なにやら意味ありげに微笑んだのである。
 その表情は、風森 望(かぜもり・のぞみ)そのものであった。
「長生きすることに興味はありませんよ、あのとき同様。ただ、少々自分の目で見届けたいことができた、と言うだけです」
 エトすなわち望は平然と答える。
「というか、なんじゃそのエトなんやらという偽名は?」
「人の身を捨てたときに『風森望』の名前も捨てました。今の私はその他大勢の一人でしかありません。ゆえにエトセトラとエトランゼ(異邦人)を組み合わせて『エト・セトラ・ネーゼ』というわけで……」
 やれやれ、と『山海経』は肩をすくめた。妙なこだわりではあるが、そのこだわりかたは望らしい。

 初代のノート・ソル・シュヴェルトライテは、八十歳で早世した。
 死の際にあって彼女は唯一の未練として、クランジΟΞ(オングロンクス)を救えなかったことを挙げたという。
「ねぇ、望? もしも転生できるとしたら、今度はあの子と共に冒険がしたいですわねぇ」
 それがノートの最後の言葉だった。
 ノートの死を看取ると、望はザナドゥへと赴いた。
 そして望は、かの地で自分の魂を魔鎧へと加工してもらい、こうして現在、『エト』を名乗ってアーデルハイトの秘書をしているのである。
 クランジΟΞ、またの名を大黒美空の魂を探し出すのにはひどく骨が折れた。それこそ数百年かかったのである。だがかつて、クランジΔ(デルタ)が泥に魂を入れる技術を用いていたことを研究し、望はついに、オングロンクスを機晶姫として転生させることに成功したのだった。
 そして望は三代目のノートが生まれるのを待ち、その後、ノート三世と転生したオングロンクス(大黒希望)が出会う機会を作ったのだ。
 運命の導きがあったのだろう。驚くほどすんなりと、ノートと希望は意気投合し契約を結ぶに至った。
 初代ノートの未練はこうして、子孫と転生者の友情というかたちに昇華されたのである。

「で、教えてやらんのか望……いや、エトよ? あの跳ねっ返りの三世に? そなたが憧れておる偉大なるご先祖、すなわち初代ノートと契約していたのは自分だ、と?」
 と言う『山海経』に望は首を振った。
「現在、私の主はアーデルハイト様だけ。そしてパートナーはお嬢様と貴女たちだけです。主役を降りた者がいつまでも舞台上にいては、新しい物語は始まりません。私はただ……脇役としてお嬢様を支えましょう」
「ふん、なんだかんだでノートにはアマアマじゃのぅ」
 とはいえ『山海経』は満足げな表情だ。
 それはそれは、と言って華町は稽古着の襟を直して立つ。
「新たな時代の始まりじゃな。なにやら拙者、ワクワクしているでござる」
 望は立って、窓の外を見おろした。
 イルミンスールの校庭を、三世と希望が並んで歩いている。
 それはノーンと大黒美空が歩いているのに等しい。
 あの子たちの向かう先が、明るく照らされていてほしいと思う。たとえ困難が待ち構えていようと、力を合わせて乗り越えてほしいと、切に願う。
 そのための助力なら、惜しむつもりはない。
「行ってらっしゃい。存分に楽しんできて下さいませ、お嬢様」