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世界を滅ぼす方法(第1回/全6回)

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世界を滅ぼす方法(第1回/全6回)

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 彼は虚ろなる者だった。


第1章 絶望の始まり

 空京を程近く臨む、シャンバラ大陸の縁。
 まるでそこに、しがみつくようにして、1人の少年が、伏すると言っていいような状態でくずおれていた。
 彼は酷く疲弊していて、呼吸することすらままならない程だった。
 その背には、一対の翼。一般的にヴァルキリーが有する光の翼ではない、普通の翼としか見えない翼がある。その翼も今は、少年には鉛のように重く、疲れ切ったように伏せっている。
 よろよろと顔を上げて、少年は、霞む目で空京の町を捉えた。
 とりあえず、あそこまで。倒れる前に、あそこまで。
 指先一本すら動かせない状態であるのに、それでも何とか、彼は体を動かそうとする。
 そこへ。
「よう。来やがったか。本当にシャンバラ本土に来れるとは、なかなかやるじゃんか」
 子供の声が、明るく響いた。
 その姿を目にした瞬間、彼は絶望に包まれた。
 ああ。
 ああ、アズライア――



 悲鳴が聞こえたような気がした。
 いや、悲鳴というよりはむしろ、絶叫。絶叫というよりは、断末魔の叫びだった。
「今の、何っ!?」
 気まぐれに、空京の結界の外をブラりと散歩していた大崎 織龍(おおざき・しりゅう)は、ぐるりと辺りを見渡し、それがどの方向から聞こえてきた叫びなのかを咄嗟に判断すると走り出す。
 遠くない。見通しも悪くない場所なので、すぐに声の正体が見えてくるはずだった。

 その叫びを聞いたのは織龍だけではなかった。
 一乗谷 燕(いちじょうだに・つばめ)は、織龍よりも更に現場に近いところにいて、振り返ったその先に、炎が上がるのを見た。
「……何どす?」
 身を翻した燕の横を、織龍が走り抜けて行く。

「キミ、何やってんの!!」
 そこには、2人の少年がいた。
 褐色の肌に短い金髪の1人は、立ってもう1人を見下ろし、翼を持ったもう1人は彼の足元に半ば転がっていた。
 2人に気付いて顔を向けた少年の掌の上で、ちょうど、何かが燃え尽きる瞬間だった。
「邪魔が入ったぜ」
 少しも邪魔じゃないような口調で、褐色の肌の少年は笑った。
「……酷いことをしはりますなあ」
 燕は、細めがちの目を一層細めて、険のある視線を少年に向ける。倒れている少年の背に、翼が。
 翼なら通常、2枚一対であるはずの翼が、1枚しかなくなっている。
 背中部分の服が燃えたらしく、肌が剥き出しになっていて、そしてそこには、目を逸らしたくなるような酷い火傷があった。
「とりあえず、そのコから離れろ!」
 織龍が素早く剣を抜き放ち、2人の間に割って入るようにして褐色の肌の少年の懐に飛び込む。それを飛び退いて躱しつつ、少年は、
「へえ、早いな!」
と感心したように笑った。
 そうして離れた隙に、燕が倒れている少年の傍らを押さえる。
 すかさず次の攻めを仕掛けようとした織龍だったが、それよりも早く、褐色の少年は飛ぶように大きく後退した。
「まあいいや。他にも誰か近づいてるみたいだし、多勢に無勢だから俺は逃げるぜ。ソイツ、生きてたら伝えときな。『ご愁傷様』ってな」
「! 待てっ……!」
 一体どんな方法を使ったのか。褐色の肌の少年の姿が、かき消すようになくなる。
「くっそ!」
 舌打ちをした後で、織龍はがばっと振り返り、燕と翼のある少年の所に走った。
「無事!?」
「何とか……。でも、一刻も早く治療をしないと、まずいかもしれまへんなぁ」
 燕が表情を曇らせた時、そこに、
「何があったのっ!?」
と走り寄る2人がいた。
 十倉 朱華(とくら・はねず)は、血まみれで倒れている少年の有様に驚いて、パートナーのウィスタリア・メドウ(うぃすたりあ・めどう)を見る。
「ウィスタリア、頼むよ!」
「ええ」
 解ってます、と、少年の背中の火傷にヒールをかけようとしたウィスタリアは、しかしぎょっとしたような表情を浮かべた。
「治らない……!? そんな」
 愕然とした呟きに、3人は驚く。
「え? どうして!?」
「解りません……傷がヒールを受け付けないんです」
 ウィスタリアは困惑ながらも、懸命にヒールを掛け続けたが、それが無駄だと判断するや、朱華は少年を背負い上げた。少年は細く、予想していたよりもずっと軽い。
「空京に連れて行こう! どこか、治療できる病院とかがあるかも!」




 少年を背負って空京の町を走っていると、通りすがりの町の人が”腕のいい魔法医”を紹介してくれて、朱華達はその病院に飛び込んだ。
 診察台に横向きに寝かせながら、壮年の魔法医師は驚いたように言う。
「これは……珍しいね、有翼種のヴァルキリーか」
「有翼種?」
 朱華は咄嗟に訊き返したが、それがどういうものなのかは解った。つまり一般的なヴァルキリーではなく、この少年のような翼を持つヴァルキリーのことだろう。
 うずくまるような姿勢で、ぴくりとも動かない少年は、ずっと、腹部に何かを抱え込むようにしていた。
 意識がなくても、頑なにそこは動かず、医師は少し様子を窺って、それから無理にそこを探ろうとはしなかった。
「それはともかく、どうなんどす? この人の背中は」
 診察室の中にまで入り込んで、魔法医が少年の痛々しい背中を調べているのを後ろで食い入るように見つめながら、燕が訊ねる。
「ああ……、どうやら呪いをかけられてるみたいだね」「呪い?」
 ウィスタリアが、今度は明確に返答を求めて聞き返した。
「ちょっとこれは……私では解呪できないな。ある程度の治療はできるが、爛れた背中を戻すことも、翼を復活させることも、恐らく無理だ」
「腕がいいと聞いてきたんどすけどなぁ」
「……済まんな」
 医師は苦笑して、小さい個人病院だが、入院設備もあるから、暫く休ませなさい、と言い、少年は病院に入院し、その後、一周間目覚めなかった。




 空京の賑やかな通りに佇む『ミス・スウェンソンのドーナツ屋』における情報伝達の早さは、ゴシップ週刊誌や新聞に勝る。何しろ、世界最速の”女子高生の噂話並”という、薔薇学校長のお墨付きという噂まであるのだ(その噂こそがゴシップくさいところだが)。
 そんな通称『ミスド』の店内のあちこちで、沢山の、”今最もホットなニュース”が流れている。

「……でね、『何者かに襲われた誰か』が、空京で保護されてるんだって。酷い怪我で昏睡状態だったらしいけど、生きてる、って解ったら、またその敵、襲撃に来るかもね」
「…………またリカは、危ないことに首を突っ込もうとして……」
 瞳を輝かせて語るリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)の言葉に、パートナーのキュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)は深々と溜め息を吐いた。
「だって〜、何というかこう、”自分がどれくらい強くなったのか”っていうのが実感できるような面白そうな事件とかが、いい具合に起きて欲しいなって思うじゃない? それに、私、首突っ込むつもりなんてないわよ」
 だって向こうから出迎えてくれそうじゃない? と続く言葉の代わりに、にっこりと笑う。キューはもう一度溜め息をついて言った。
「何かが起きても、あまり派手にやるなよ……。町中なんだから火術なんてもっての他だぞ」
「やーね、私プリーストなんだから、火術なんて使えないじゃない」
「やれと言われても使わないぞ、と言ってるんだ」
 けらけらと笑うリカインに、頭痛を感じつつ、キューは念を押した。既に、付き合わされることは確認するまでもなく決定としても、そこは。
「で、その”出迎え”も、ひょっとしたら近い内にあるかもね。その『襲われた誰か』が、今日目が醒めたって話よ」
「……今、まだ昼前だぞ……。何で今日目が醒めた噂が、もう流れてるんだ……」
「そりゃ、ミスドだもんね」
 けろりと答えたリカインに、キューは今日何度目か解らない溜め息をついた。

「……………………」
 偶然2人の後ろの席で、たまたま1人で来ていた為に誰とも会話がなかった為、2人の会話が丸聞こえしてしまった小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、もぐもぐ、とドーナツを咀嚼しながら、じっと考え込む。もぐもぐ。
「よしっ」
 そして立ち上がり、美羽は再びドーナツ売り場レジに並んだ。



 ふと、眠りが途切れて意識が浮上した。
 薄く目を開けて、ぼんやりと目に写るものを見つめる。
 自分がベッドに寝ていることを理解するだけのことにも、しばらく時間がかかった。
「あ、起きた?」
 ひょこりと覗き込んで来た顔に、びくっと目を見開いた。
「あ、ごめんね! 驚かした? 心配しなくてもいいよ。大丈夫、君は助かったんだよ」
久世 沙幸(くぜ・さゆき)は、呆然としている風の少年に笑いかける。
 少しの間の後、少年ははっとして、突然慌てて、自らの両手と腹部を探った。そしてほっとした顔をして、また意識が薄らいで行く。
「――あら? 今話し声しませんでした? 起きたと思いましたのに」
 ドアが開いて、ベッド脇の椅子に座る沙幸に、パートナーの藍玉 美海(あいだま・みうみ)が声をかけた。
「また寝ちゃった」
 小さく笑って、口元に人差し指を立てた沙幸に、あらそう、と言って歩み寄り、背後から、体重をかけるようにして抱きしめた。
「余程疲れていらしたのね」
 怪我は、治せる範囲のものは治した。あとは極度の疲弊だと、魔法医は言っていた
「ねーさま、重い。あと胸が当たってる……」
「気にしなくても、胸なら沙幸さんだって充分大きいですわ」
 ふふふと笑うだけで、美海は離れようとせず、
「そういうことじゃないんだけど〜」
と言いつつも、特に強く引き剥がしたりはしない。背中に美海を背負ったまま、沙幸は少年の様子を窺った。
「早くちゃんと起きるといいな。聞きたいことが沢山あるんだけど」
 護ってあげるから、もう起きても大丈夫だよ、と、沙幸は心の中で語りかけた。