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君を待ってる~封印の巫女~(第1回/全4回)

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君を待ってる~封印の巫女~(第1回/全4回)

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第3章 混乱を制するもの(プール)
「んもう! せっかくプールで優雅に夏のひと時を過ごそうしてたのに、何なのよこの無粋な蛇だかウナギだかの化け物は!」
 気持ちよく水と戯れていた綾原さゆみ(あやはら・さゆみ)は、折角の休みを台無しにされた事に怒っていた。
「今年はコミケにも行けないし、せめてプールでも満喫しなくちゃやってられないトコだったのに!」
 パステルブルーのフリフリのついたかわいい系のワンピースを身につけ、は〜いプールで水遊び楽しいです☆、な感じだったので、その怒りも殊更だ。
「……乙女の休日を台無しにしたその代償は高く付くわよ!!」
 プールサイドに上がったさゆみは、セイバーとしての嗜みとして保持しているカルスノウトを荷物から引き。
「マジカルミラクルSAYUMIN見参☆」
 ふわり、ワンピース水着のフリフリを軽やかに揺らし、水に飛び込んだ。
「ああもう、人がせっかく涼みに来ていたというのに何なのじゃ! この鬱憤、とりあえず暴れて晴らすのじゃ!」
 セシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)もまた、そのちっちゃな身体いっぱいに怒りを発していた。
「骨休めに来たというのにこれですか……退屈しませんね、ここは」
 対照的にファルチェ・レクレラージュ(ふぁるちぇ・れくれらーじゅ)は冷静……というか諦めムードだ。
「武器を更衣室に置いてきたのは失敗でしたね」
「更衣室までいちいち取りに行く暇もないから仕方ないじゃろう。それに……武器なんかなくても、十分に戦えるのじゃ!」
「それもそうですか。この獲物では戦いにくい相手ですが……せめて後ろはお守りします!」
 ぐっと声に力を込めるファルチェに、セシリアはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
 だが、二人が向かうプールサイドは今、我先に逃げようとする者達で、大混乱していた。

「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ?!」
「逃げろっ!?」
「痛い、押さないでよ!」
「喰われるぅぅぅぅぅぅ」
 苛立ちが殺気さえ漂わせ、恐怖が恐怖を助長し、パニックがパニックを呼ぶ。
 誰もが水から逃れようと、突如現れた怪物から少しでも離れようと押し合い圧し合い。

ピィィィィィィィィっ!

 その只中。閃崎静麻(せんざき・しずま)は音高くホイッスルを吹いた。
 鋭い音に、パニックに陥っていた者たちが瞬間的にシンとなる。
「落ち着いて! ケガしないよう順番に避難するんだ!」
「勇気ある蒼空学園の皆さん、落ち着いて行動して下さい!」
 その隙を逃すまいと、静麻もレイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)も声を張り上げた。
 そして。
「漢・光臣 翔一朗に着いて来るんじゃ!」
 バッババ〜ン
 黒の六尺褌を身に着け仁王立ちした光臣翔一朗(みつおみ・しょういちろう)、色んな意味でインパクトありまくりである。
 何となく黙ってしまう、目で追ってしまう雰囲気というか覇気というかが、あった。
「一応教職にある者として、その格好は些か問題ありだと思うけど……そんな事を言っている場合ではありませんね」
 駆けつけたエドワード・ショウ(えどわーど・しょう)は、苦笑をもらしてから直ぐに表情を引き締めた。
「体育館に誘導しましょう」
「了解じゃて、任せんしゃい」
「こういう時こそ、冷静さが大事なのです!」
 翔一朗とエドワードのやり取りに、ここぞとばかりに畳み掛ける相良伊織(さがら・いおり)。居合わせのは偶然だが、シャンバラ教導団の軍人である伊織にとって、大群を捌くのはお手の物だ。
「整列! 順番に退避して下さい!」
 小柄ながらよく通る声で号令を掛け、先導する翔一朗の後を追わせる。
「さぁ、もう大丈夫ですよ」
 10歳くらいと思しき少女の震える身体を抱き上げてやりながら、エドワードは素早く生徒達の様子を確認する。
 一触即発。
 それこそ、乱闘騒ぎにもなり兼ねないイヤな空気が、先ほどまでにはあった。
 だが今は……足早ながら生徒達の表情から、先ほどまでの鬼気迫る色が消えている事に、ホッと息を付いた。
「しかし、我が教導団ほどではないとはいえ、パニックの度合いが大きすぎませんか?」
 ふともれた伊織の疑問に軽く眉をひそめた静麻。
 だが、それも僅か。
「静麻、あそこ!」
 レイナの指差す先、プールに取り残されたと思しき女子生徒の姿があった。
「行ってくる」
 すぐさま水中に身を躍らせる静麻。
「無理はしないで下さいね。あなた達も大切な生徒なんですから」
「やはり私の目に狂いはありませんでした」
 案じるエドワードの声と、嬉しそうなレイナの呟きを微かに捉えながら、静麻は力強く水をかいた。
 誰かが……誰も、命を散らす事のないように、決意を込めて。
「みんなが楽しんでる時間を奪うなんて……っ!」
 ほぼ同時、真もまたプールへと飛び込んだ。
「足が、足がつって……」
「落ち着いて、必ず助けるから」
 恐慌状態に陥っていると思しき少年を安心させるように言い、横抱きにするようにしてプールサイドへと水をかく。
 瞬間、水が高くうねった。
 ズン、その大きさ・存在感を増した感のある水の蛇。
 その意識が自分達に向けられたのを、感じた。
「させぬのじゃ!」
 気づいたセシリアは火球を放つ。真や静麻、プールに取り残されている者達を傷つけぬよう威力を抑えつつ。
「今の内に早く逃げるのじゃ、いつまでも守ったまま戦えぬ!」
「分かった!」
 のたうつ蛇。
 波立つプールはさながら嵐の只中。
 それでも真は腕の中の命をしっかりと抱え、京子の待つプールサイドへと泳ぎきった。
「よく頑張ったね、もう大丈夫だよ」
 真がおぶる少年は、京子に優しく微笑まれ、泣き出した。恐怖でなく、安堵で。
「だれか……だれか! 自分の友達が見つからない人とかいますか!!」
 少年を安全な場所へと運びながら、真は声を上げる。
「あのっ、友達が姿が見えなくて……っ」
「俺が行く。君はとにかくその男の子を」
「頼みます!」
 託され、ロイ・エルテクス(ろい・えるてくす)ミリア・イオテール(みりあ・いおてーる)はプールへと向かった。

「プールで何かが暴れてるみたいだけど、私たちには関係ないわよね……ってみつよちょっと待ちなさいってー!?」
 夏季アルバイトという事で、プール備品の荷運びをしていた片野永久(かたの・とわ)は、「あらあら大変ね〜」なんてのん気に構えていた。パートナーである三池みつよ(みいけ・みつよ)がダッシュするまでは。
「自分の学校じゃなくてもこんな事件、見過ごせないよ!」
 勇敢なみつよは躊躇なく救助活動を開始。
「ああもぅ。みつよが勝手に飛び出しちゃったし、まぁ私もついていきましょうかー」
 セミロングにしたピンクの髪を軽くかきむしってから、パートナーの後を追う永久。さすがに放ってはおけないし。
 とはいえ、正面きってあんなデカブツと戦う根性は永久にはない(自己断言)。
「みんな、落ち着いて下さ……って、ヤバ!?」
 避難誘導を試みる永久の視界の隅、蛇の尻尾が、同い年くらいの女の子に襲い掛かろうとしていた。
「私だってナイトの端くれなんだからたまにはカッコイイ所をぎゃああー!?……ごぼごぼごぼっ」
 ペチっ。
 助ける事には助けられたが、代わりに吹っ飛ばされてしまった永久だった。
「気を確り持って下さいませ」
 やはり救助活動中のヴェロニカ・ヴィリオーネ(べろにか・びりおーね)に助けられた永久を、
「えーと……永久、かっこ悪いよ……」
 ちょっと視線をあさっての方向にさ迷わせつつ、みつよは回復させたのだった。
「この方はお任せ致しますわ」
 永久をみつよに託したヴェロニカは、すぐさま水中へとそのスラリとした肢体を躍らせた。
「やだぁぁぁぁぁぁっ!?」
 水蛇の身体から伸びた水がロープのように、まだ幼い少女の足に巻きつこうとし。
「……えぃっ!」
 武器も武装も持たない今の自分の攻撃がどこまで通じるだろう……そんな事を考えている余裕もなかった。
 ただ騎士として。こんな水着姿であっても騎士として。
 目の前の子供を助けなければならなかった。
 突き出した拳が伝えてきたのは、ひんやりした水の感触。ただ、僅かながらのヘコみ……弾力が、ただの水ではないと示して。
「力を抜いて捕まって……私を信じて下さいませ」
 温かみのある笑顔と温もりに、少女はコクリ小さく頷いた。
 抱きかかえた直した時、再び水がその触手を伸ばし。
 緊張するヴェロニカ。
 だがその耳に届く、ヒーローの声。
「オレ参上! 最初から主人公だぜ!」
 ウォータースライダーのてっぺん、すっくと立った渋井誠治(しぶい・せいじ)は、水蛇の注意を引きつける為、ババンとポーズを決めた。
「オレは蒼学の渋井誠治! 学園の平和はこのオレが守る!」
 この場所から永久や紘の行動や避難する人々の様子を見下ろしつつ。
 蛇の注意を自分に向けるべく、空に向けてアサルトカービンを撃ち。
「やーいやーい、水蛇! 悔しかったらここまで来いよ!」
 挑発しつつ、ウォータースライダーを滑り降りる……てか、落ちる。
「ひっ、ヒィィィィィィッ!?」
 響き渡る悲鳴。
「へっ、運動神経には自信があるんだよ! このオレを捕まえられるかな!」
 ドボン、派手な音と共に水中に没する。が、直ぐに復活し誠治はアッカンベ〜とかやって見せた。
 ふと、水の蛇の額当たりに怒りマークが浮かんだ気がする。
「だから、こっちだって言ってるだろ!? って、おおおい、マジでホントにこっちには来るな……って何でもない、オレはビビってるわけじゃないぞ!」
 ザッザッザッザッ。
 明らかにさっきまでより明確な意思……殺意を持って迫る水の蛇に、誠治も必死で泳ぎ逃げる。
「水蛇! ちょ、ちょっと待って! 持病の頭痛が痛くて……いや、腹痛が痛い気も……だから、あと1時間ぐらい待ってくれ!……こぼっげほっ」
 しかしやはり、リーチが違いすぎる。
「オレを倒したからってイイ気になるなよ? オレはただの高校生で雑魚なんだ、バーカバーカ! オレが倒れても、第二第三の勇者がおまえを倒しに現れるはず……うわぁ」
 パックリ、と。
 ニヒルに決めた所を水蛇にまるっと一呑み。
「……」
 される寸前、誠治の眼前を白刃が一閃した。
「危ない所だったね」
「ふむ。だがもう、安心して良いぞ」
 大崎織龍(おおざき・しりゅう)ニーズ・ペンドラゴン(にーず・ぺんどらごん)、そして、陸斗達がそこには居た。
「ふぅん、手ごたえはそのまんま水だね」
 斬った部分は直ぐに塞がった。織龍はそれをどこか面白そうに見やり。
「どこかにある核とやらを潰せば良い、という事だったな少年」
「あぁ。但し、どこにあるかは……目視できないみたいだな」
 陸斗に、織龍はふっと微笑んだ。
「でもやるしか無い……でしょ?」
「ま、そういう事だな」
「後はあたし達が引き受けたわ」
「あぁ。頼んだ」
 織龍にピッと親指を突きたて、誠治はやり遂げた男の顔でガックリと意識を失った……あ、溺れた。
「とりあえずコレも助けておく?」
 ヴェロニカと女の子をプールサイドに引っ張り上げたロイは、ミリアに苦笑混じりに頷いた。
「彼が水蛇の気を引いてくれたおかげで、みんな無事に上がれたんだしな」
 そう。ロイはこの間に、プールに取り残されていた生徒達をプールサイドまで誘導していた。
「しかし、戦いとは無縁の人だっていっぱい居る……とはいえ、随分と多いよな」
 逃げ遅れた者、立ち竦んで動けなくなった者、逃げ遅れた者。
「まぁ怪獣映画なあんなものを見せられて動揺したのでは……とはいえ、岸に上がった人達を早く避難させましょう」
「そうだな」
 水蛇と戦う者達の為にも、非戦闘員は迅速に避難させねばならなかった。

「とにかく、動きを止めたいな……ん、そうだ」
 ライは周囲を見回し、プールコースロープに目を留めた。
「ヨツハ!これを」
「合点承知ぃ!!あ、なんかこれパートナーっぽいねぇ」
「いいから早くしてください」
 こんな時だというのに呑気なヨツハに気が気ではない。
 だが、その手際はさすがだった。
 ウォータースライダーに結んだプールコースロープ、誘い込んだ水の蛇を捕縛しようと試みる。
「捕縛は無理でも、動きを制限できれば!」
 そうすれば、避難や戦いの手助けになるはず。
「ダメだ、手応えがない」
 しかし、ヨツハの珍しく固い声音。
 ロープはゆっくりと水蛇を通過する。
「ちょぃと失礼しますぇ♪」
「のぁっ!?」
 縦からならどうだろう?、燕は陸斗の背中をむぎゅっと踏み台にし、【バーストダッシュ】の応用で大ジャンプをかました。
 狙うは巨大水蛇の頭!
「さすがにおおきいどすなぁ」
 言いつつ、剣を突き出す。生物であれば目があると思われる場所から、落下速度を利用し下へと切り裂く。
 ドボン。最後は飛び込みの要領でプールに。
「っておい! 大丈夫か?」
「ぷはぁ、それより、水蛇はんの様子はどうですぅ?」
 見上げると、やはり先ほどと同じように斬られた部分は直ぐに融合していく。
「なんぞ弱点の判らはる人、居てへんのどすか〜?」
 ダメでしたか、陸斗の手を借りプールサイドに上がる燕に、陸斗に同行していた藍澤黎(あいざわ・れい)が「いや」と呟いた。
「再生といったらいいのか分からないが、スピードが先ほどより落ちている。何か手応えはなかったか?」
「そうどすなぁ。そういえば、何か『斬った』感触があったようも気もしますぇ」
「黒き力の欠片を斬った、いう事か?」
 黎のパートナー、フィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)が手早く燕に説明する。
「やはり手当たり次第に斬るしかないか」
「そういう事ならウチも手伝いますぇ」
 中々面白そうどすな、と思ったのはナイショである。
「あれって元はプールの水なのよね」
 身を隠しつつ、水蛇を観察していた由香は考え込む。
 先ほどのライとヨツハの行動。
 水は分かれた……という事はやはり、基本は水なのだ。
「核とは別に、それぞれ操っているモノがあるって事ね」
「水に擬態している異物って事か」
「うん、でも……なら、何とかなる、かも」
「……分かった」
「後はタイミング、だね」
 頷く由香の横顔……随分と近い……をこっそり盗み見ながら。
「ちくしょー、今日のプール、由香がすげー楽しみにしてたってのに……邪魔すんじゃねぇよ!」
 ルークは一人、殺る気マックスだった。

「遊びに来たのは間違いだったのかなぁ?」
 遊雲・クリスタ(ゆう・くりすた)は、自分よりおっきなお兄さんの足に包帯を巻きながら、自問していた。
「軽くひねっただけだけど、走ったりしたらメッ、なの。慌てず騒がずなの」
「あっ、あぁ分かった」
 どうみても小学生以下、な遊雲に諭されるのはバツが悪いようで。高校生男子は素直に従い、「その、助かったよ……ありがとな」礼を述べた。
「でも、けがをなおせるからタイミングばっちり?、かも」
「遊雲って言ったか? ちっこいのに偉いな」
 隣で、可愛らしい女の子への消毒を終えた赤月速人(あかつき・はやと)が、混乱する遊雲の頭をくしゃっと撫でた。
「……看護婦さん」
「今は看護士か? まぁ戦場に咲く可憐なナースさんって事で」
 言う速人は、実はフリフリナース服だった。
「暑かったので保健室で涼んでいたら、そこにいた女の子達にフリフリのナース服に着替えさせられてしまってな」
「……」
 どこまでが本当なのか、今のは突っ込む所だったのか、判断に困る遊雲、外見年齢6歳だった。
 とはいうものの、手当て自体は真面目にやっている。特に女の子には優しく、念入りに。男の子には……。
「そんな傷、なめてれば治るだろ?」
「……それはメッ、だよ」
「仕方ないな、じゃあ念のためな」
 男の子には、まぁそれなりに。
 手早く消毒する速人に、男の子が「え〜っ」と抗議の声を上げた。
「そんなの看護婦さんじゃないやい! 白衣の天使っていうのは、めいべるお姉ちゃんみたいなのだもん」
「あらあら、ありがとう、嬉しいですぅ」
 ニコニコと笑みを返しながらも、手当てに勤しむメイベルの手は止まらない。
 最初は、思いも寄らぬ場所での救護活動に困惑していたのだ、実は。
 だが実際に始まってみれば……自然と身体が動いた。
「せしりあ姉ちゃんも白衣の……違わい、スク水の天使だ」
「こら! どこでそんな言葉覚えるの」
「へっへ〜ん♪」
 やはり何だか子供に好かれているらしいセシリアの溜め息。
 それでも、子供達や避難した人達が落ち着きを……笑顔を取り戻してくれたのは、嬉しかった。
「そうだよな。ケガした人は片っ端から治療してやるぜ」
 少しだけ表情を引き締め、速人は改めて決意を口にした。
「俺のいる学園で死亡者なんて出させない!」