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砂上楼閣 第一部(第2回/全4回)

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砂上楼閣 第一部(第2回/全4回)
砂上楼閣 第一部(第2回/全4回) 砂上楼閣 第一部(第2回/全4回)

リアクション

 飛空艇周囲に設けたバリケードに身を隠しながら、クリスフォーリル・リ・ゼルベウォント(くりすふぉーりる・りぜるべるうぉんと)はスナイパーライフルを構えた。
「さて…味方に当てるようなへまはしないと思いますが」
 周囲を不安にさせる台詞を口にしつつも、標的を睨むクリスフォーリルの瞳に迷いはない。
「ヒャッハァ〜〜そこの女、待ってろよぉ!!」
 下卑た笑い声を上げながらショットガンを連射する鮪の足下を狙って、クリスフォードは引き金を引く。
 着弾した瞬間、鮪の足下に火柱が上がる。彼女が狙ったのは、鮪の足下に埋めておいた火薬だった。
 これらの火薬は、予備の弾丸を解体し集めたものだ。今回の任務は本来、地上戦を想定したものではない。地上での防御戦には有効な爆薬や地雷を携帯していなかった故の苦肉の策だ。
 炎は一瞬にして駆けめぐり、飛空艇の周りに燃え上がる炎の盾を張り巡らした。
「自ら火中に身を投じるとは、愚策だな」
 退却を余儀なくされた鮪を援護するように、雷術を放ちながらレオンハルトがニヤリと笑う。しかし、クリスフォーリルもシャンバラ教導団を代表する歴戦の戦士の一人。それくらい分かっていた。
 イルミンスール魔法学校のエル・ウィンド(える・うぃんど)達によって、飛空艇はもちろんのこと、戦闘に参加している者達すべてにファイアプロテクトが掛けられている。もちろん魔法による防御も完全なものではない。長時間、炎に晒され続ければ当然のことながらダメージを受ける。
 しかし、正確な敵の数は分からないものの、少数であることは間違いない。相手も人間である以上、食事や休憩を取らず不眠不休で攻め続けることはできないのだ。今は、敵を蹴散らす時間が稼げれば、それで良い。
「今は守ることに専念するんだ。いいな!」
 エル・ウィンド(える・うぃんど)はレオンハルトが繰り出す雷の攻撃を、光精の指輪でそらしながら、パートナーであるホワイト・カラー(ほわいと・からー)ギルガメシュ・ウルク(ぎるがめしゅ・うるく)に向かって叫んだ。
 勢いに任せ一人で突撃でもしようものならば、各個撃破を狙うであろう敵にとっての格好の獲物だ。
 しかし、このときすでに、ランスを構えたギルガメシュがバリケードの外に飛び出していた。
「私は一切の躊躇などしないっ。殺されたくなければ投降するのだな!」
 長大なランスを翻し、勇ましく突進していったギルガメシュの背に、レオンハルトの放った雷の矢が迫る。
「危ないっ!」
 飛空艇のマストの上に陣取った酒杜 陽一(さかもり・よういち)が素早くアサルトカービンの狙いをレオンハルトに定めたが、すでに遅い。
「ギルガメシュッ!」
 誰しもがギルガメシュの肩が撃ち抜かれた思った瞬間、彼女の姿が渾然と消えた。
「ふうっ…危なかった」
 姿を現したのは、ギルガメシュを両手で抱えた七枷 陣(ななかせ・じん)だ。レイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)らとともに偵察に出ていた彼だが、空賊来襲の知らせを受け、急ぎバーストダッシュで戻ってきたのだ。
「小僧、なかなかやるおるな!」
 間一髪、ギルガメシュの救出に成功し、ホッと表情を緩めた七枷に、信長の長大な槍が襲いかかる。
「させるかっ!」
 身の丈ほどもある巨大なハルバートを構え、七枷と信長の間に身体を滑り込ませてきたのは、ウェイル・アクレイン(うぇいる・あくれいん)だ。
「儂に挑戦するとは良い度胸だ。小僧、名は何という?」
ウェイル・アクレイン(うぇいる・あくれいん)だ!」
 不敵に笑う信長の頭上を目がけて、ウェイルはハルバートを振りあげた。
 信長は素早く手にした槍をウェイルの足下で一閃させると、その足を払う。バランスを崩したウェイルをすかさず蹴りつけた。尻餅を付き自分を見上げるウェイルの喉仏に、信長は槍を突きつける。
「勝負あったな、小僧?」
 ニヤリと笑い、信長は顎髭を撫でる。
 さすがは戦国時代を生き抜いた侍である。その気迫、武力。どちらをとっても、つい最近まで平和で凡庸な日常に生きてきた学生の力が及ぶものではない。
 しかし、このときすでにクリスフォーリル・リ・ゼルベウォント(くりすふぉーりる・りぜるべるうぉんと)のライフルが、信長の心臓に狙いを定めていた。
 酒杜 陽一(さかもり・よういち)のアサルトカービン、フリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)の雷術も準備万端の状態だ。
 それらが一斉に火を噴くと思われた瞬間、飛空艇内部で煙が立ち上った。
「ドッカ〜ンといきマスよ!」
 黒装束を身にまとい金髪ウィックと血のように赤いカラーコンタクトで変装をしたサミュエル・ハワード(さみゅえる・はわーど)が、煙玉を炸裂させたのだ。皆の意識が戻ったそのときには、信長は姿を消してしまっている。
「ヒャッハァ〜〜女女オンナァ〜〜!!」
 すかさず飛空艇のマストにとりついた鮪が、フリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)に襲いかかる。ソラ・ウィンディリア(そら・うぃんでぃりあ)雨慈乃 橋姫(うじの・はしひめ)が助けようとするが、足場が悪すぎた。
 マストの上から転落したソラと橋姫にプリーストのフェリシア・レイフェリネ(ふぇりしあ・れいふぇりね)が駆け寄った。
「大丈夫ですか?! すぐに治療します!」



 飛空艇内部で起きた混乱は、サミュエルによる爆発のせいだけではなかった。
 百合園生になりすまし、飛空艇内部に潜入したシルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)ルイン・ティルナノーグ(るいん・てぃるなのーぐ)が行動を起こしたのだ。
 高潮 津波(たかしお・つなみ)を背後から羽交い締めにしたシルヴァは、光精の指輪から人工精霊を呼び出した。眩い光を身にまとった人工精霊は、ふわふわと津波の顔の近くを飛び交う。
 接待役として同行していた津波は武装していない。頬を撫でる光の熱さに津波は思わず目をつぶり、ギュッと歯を食いしばる。
「武器を捨ててください。憐れなこの娘の顔を光の魔法で焼かれたくなければ」
 津波の危機を察し、いち早くその場に駆け込んできたジョヴァンニ・デッレ・バンデネーレ(じょばんに・でっればんでねーれ)は、ランスを握りしめた拳が嫌な汗に濡れていくのを感じた。
「脅しなんて卑怯な手段は、君のような可愛らしいお嬢さんに似合わないよ」
「武器を捨てるのですか? それともこの娘の顔が焼かれてもかまいませんか?」
 ジョヴァンニの軽口をシルヴァは故意に無視する。たおやかな外見と裏腹にシルヴァの瞳には冷酷な光が宿っていることを、歴戦の傭兵であるジョヴァンニも感じていた。
 ここは従うしかあるまい…そう覚悟を決めたジョヴァンニが、手にしたランスを床に下ろそうとしたそのとき、背後で野太い男の声が響いた。
「シルヴァ、おめぇもなかなかやるじゃねぇか。お手柄だぜ。俺としては一暴れしたかった所だがな」
 咄嗟に身体を反転させ、気配を感じた辺りを睨み付けるジョバンニの前に姿を現したのは、国頭 武尊(くにがみ・たける)猫井 又吉(ねこい・またきち)だった。
「…光学迷彩…か」
「おうよ。アンタらがご大層に守っているお偉いさんの顔が見てみたくてな。わざわざここまで出向いてやったんだ。そこを通してもらおうか」
 不敵に笑う武尊が指さしたのは、イスラエル外務大臣ハイサム・ウスマーン・ガーリブが身を隠す貴賓室の扉だった。