シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

横山ミツエの演義(第3回/全4回)

リアクション公開中!

横山ミツエの演義(第3回/全4回)

リアクション

 ミツエの縄張りで、ミツエ三国軍の所属でもないくせにデカイ顔で商売をするD級四天王の青木。ミツエ三国軍所属の同じD級四天王の親分に何の挨拶もないとは無礼である。礼儀を教えに行くべし。
 と、シルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)が強く勧めるのでガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)は頷き、『ハーレック興業』メンバーを招集して乗り込んだ。
 話し合いのことは全てシルヴェスターに任せてあるガートルードは、助手席から外を眺めていたのだが。
 派手にクラクションを鳴らし、通行人を脇へ退けながら着いた人身売買所で、何があったのか青木は五人に囲まれていた。とうてい友好的な空気ではない。
「他校生……?」
「おおかた、人売りに反対してのことじゃろう。親分同士の話し合いを邪魔しおって」
 無粋な者共め、とシルヴェスターがかすかに不快さを表した時、トラックはやや乱暴に停止した。荷台から率いてきた興業メンバー達の慌てる声が聞こえた。
 突然現れた大型トラックをよけて目を見張っている六人の前に、まずシルヴェスターが降りた。
 パラ実生を荷台に乗せたごついトラックの運転手が、金髪の美人機晶姫だったことに彼らはさらに驚いたようだ。
 シルヴェスターは、他は無視して青木一人を見据えて口を開く。
「おまえが青木か。ミツエの縄張りで四天王であるうちの親分に挨拶なしに商売するってのは、いったいどういう了見じゃ。シマ荒らしか!? それとも……生徒会の手先として、ミツエ潰しが目的かぁ? 答えによっちゃあ……」
「待てっ。待て、誤解だっ」
 青木は慌ててシルヴェスターのセリフを遮った。
 彼女の迫力に圧されたというのもあるし、トラックの荷台を降りたパラ実生が手に手にチェーンソーやツルハシを持ち、ゆっくりと自分達を取り囲んでくるのが怖かったというのもある。
「ここに大きな町ができて、でっかい祭りをやると聞いたから混ざりにきただけだ。ミツエは関係ねぇ! あんた達がいることだって知らなかったんだ。勉強不足だった、悪意はねぇよ」
 だから見逃してくれと懇願する青木。
 シルヴェスターは助手席のガートルードに判断をあおいだ。
 ガートルードはトラックから降りると、冷めた目で青木を見て言った。
「その言葉に嘘はありませんね。もし偽りだった時は……」
 ハーレック興業の強面達がいっせいに得物を振り上げた。
 青木は真っ青になって「嘘じゃねぇ!」を繰り返す。
 その様子にガートルードは一つ頷くと、青木がここで商売をすることに口出しはしないと告げた。
 青木はホッと安堵していたが、そうはいかないのが捕虜を解放した五人だ。
 眉をひそめて橘 恭司が言った。
「口出しはしないって、それはないんじゃないですか? 人身売買はやってはいけない行為でしょう?」
「青木は自分の非を認めた。ミツエに対して悪意はねぇ。わしらにはそれで充分じゃ。どうじゃ青木、わしらの仲間にならんか? そうすれば商売もよりやりやすかろう」
「売り物の中身はどうでもいいと言うのですか?」
 わずかに苛立ちを見せた恭司と、目つきを険しくさせたシルヴェスターの間に、
「そういうんじゃねぇよ」
 と、割り込んできたのは国頭 武尊(くにがみ・たける)だった。からっぽの檻を目に留めると不愉快そうにしかめっ面になった。
「捕虜への生殺与奪は勝者の正当な権利だ。負けた者は勝った者に従う。それがここでのルールだぜ。正義の味方を気取るのは勝手だが、ここはお前らの家じゃねぇ。よその家に来た時は、そこの家の流儀に従うのが筋だろうが」
「そのルールが非人道的でおかしくはないですかと言っているんです」
 恭司も負けていない。
 その隙にシーリル・ハーマン(しーりる・はーまん)が青木を引き寄せた。
 シーリルは青木に怪我がないことを確認すると、ホッとして微笑む。
「何もされていなかったようね。良かった」
 恭司や佑也達の考え方は現代日本に生きる者なら当たり前の考え方なのだが、大半のパラ実生とは合わないものだった。
 彼らは実にわかりやすい弱肉強食の世界に生きている。武尊の言ったとおり、負けた者は黙って勝った者に従うのみだ。そこで殺されても優しくされても、それを決めるのは敗者ではない。
 両者の間にははっきりとした溝があった。
 睨み合う彼らに、退屈そうに猫井 又吉(ねこい・またきち)はあくびをした。
「捕虜が残ってたら一人くらいぶっ飛ばして、その軽挙さをわからせてやったのによ」
「まぁ、いないものは仕方ないわ。『人権』、を守ろうとしたのでしょう」
「その『人権』のために、体を張って得た勝者の権利はボロクズのように蹂躙されるわけだ」
 嫌味ったらしく『人権』を強調した又吉とシーリルのやり取りに、場の空気がいっそうピリピリしたものになった。
「大人しく帰るならよし、気に入らねぇってなら相手になるぜ」
 武尊が挑むように言えば、ガートルードはじめ興業メンバーも殺気立った。
 話し合いでの解決の糸口はないのかと、恭司は模索するが、目の前の一団の中にはいないようだ。パラ実生全員がこうなのかと、失望に似た思いが胸を満たそうとした時、
「待った!」
 と、大声が飛び込んできた。
 一触即発の場に身を投じてきたのは駿河北斗だった。続いて、ベルフェンティータ・フォン・ミストリカとクリムリッテ・フォン・ミストリカの二人。三人は川村まりあの約束通り、昨日一日キャバクラ『ひまわり』で働いたので朝食の後には解放されたのだ。
 北斗は青木をかばうパラ実生を見据えた。
「人を物扱いたぁなめたマネしてくれんじゃねぇか。クズにもやっていいことと悪いことがあんだろうが!」
「俺が戦って得たものだ! 俺の好きにして何が悪い!」
 武尊達がついているという安心感からか、強気に出る青木。
 北斗も目の前の構図からそれはわかっていたが、彼にとってはそれは引く理由にはならなかった。それならば、と逆に挑戦状を叩きつける。
「だったら俺があんたを倒せば、あんたの権利はそっくりそのまま俺のものだな、えぇ? 違うとは言わさねぇぞ」
「……青臭ぇガキが」
 青木の双眸がギラリと光る。
 いつもは暴走する北斗を止めるベルフェンティータも、今回はその隣に立って戦う気でいた。
「行きなさい北斗! 私もやるわ。人を兵器扱いして物も同然に売ろうした……」
 後半のほうの呟きは、彼女の暗い過去に繋がっている。それを知っていたから、北斗もここに来たのだ。
「さぁて、火の海って一度見てみたかったのよねぇ」
 クリムリッテだけは法や人権などよりも、何かを燃やすことに胸を弾ませていたが、北斗もベルフェンティータも何も言わなかった。
 周囲に出されていた店はとっくに畳まれて、いるのは見物人だけとなっていた。
 いつの間にかパラ実生内の喧嘩になっている。
 クリムリッテの言うように本当に火の海になるかと思われたが、もう何度目かの制止の声が出かけた拳を引きとめた。
「いったい何の騒ぎ?」
 曹操、劉備、孫権と共にやって来たミツエだった。
 武尊がこの問題に割り込む前に近くにいたパラ実生に呼びに行かせていたのが、今着いたようだ。
 ただ呼んだわけではない。
 今はまだ小さな規模だが、放っておけばやがて大きな争いのもととなるこの問題を見せて、どう解決するつもりなのかを見てみたいと思ったのだ。
 他校生とパラ実生との認識の違い、武尊と北斗のようなパラ実内の認識の違い。
 国を作るならこれらの問題をどう裁き、まとめていくのか。
 事情を聞いたミツエも、事の重要さに気づいたようだ。というか、昨日置いておいた問題がこんなにすぐに持ち上がったというか。
 一晩考えてある程度の結論は出ている。
 本人の実力で勝ち得たものの扱いは確かに本人の自由だが、人に関しては法がいるだろう。そしてそうするなら、その法は物品にも及ぶはずで。
 みんなで市を歩いている時に見た干し首も問題だ。
 建国宣言に盛り込む重要なことだ。野放しにはできない。
 ミツエに注目し、ミツエは注目されていると、そよ風に乗って何ともいい難い臭いが漂ってきた。
 同時に悲鳴らしきものも聞こえてくる。
 物凄くくさい食べ物でも売っているのか、と思考を邪魔されてやや不機嫌に臭いのほうを見たミツエは、土煙を上げて突進してくる生き物に気づきポカンとした。
 今、絶賛捕獲作戦遂行中の虹キリンだった。