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嘆きの邂逅~離宮編~(第1回/全6回)

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嘆きの邂逅~離宮編~(第1回/全6回)

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第2章 眠ったままの少年

「待ってくれ」
 会議が終わった後、生徒会室に向かう百合園生徒会役員を呼び止める者がいた。
 春佳と優子が立ち止まり振り返る。
「蒼空学園の轟雷蔵だ。資料見させてもらった。離宮調査のこととか、狙われている子がいることとか」
 巨漢の男性、轟 雷蔵(とどろき・らいぞう)が資料片手に近づいてくる。後ろからパートナーのツィーザ・ファストラーダ(つぃーざ・ふぁすとらーだ)もついてくる。
「ええと、理屈で物を言うの苦手なんだけど……」
 眉を寄せながら、難しげな表情で雷蔵は話し始める。
「今起こっている出来事は一つ一つ、繋がっているんじゃないかな? 各学校に離宮の調査への援助の呼びかけがあった。そこに寺院のものと思われる襲撃があった。襲われた子はかつて離宮を守っていた騎士と関係がある可能性がある。……とてもじゃないけど、それら全てが無関係だとは思えない。ミクルの存在が寺院側にとって不利になることだとしたら、その子を守ることも離宮の調査への協力に繋がるんじゃないかな?」
「つまり、ミクルの護衛につきたいと?」
 優子の問いに、雷蔵は首を大きく縦に振った。
「……護衛も大事だけど。……看護師さんの容態はどう……? 傷ついた人がいるっていうのは、プリーストとしてはやっぱり気になるから……具体的な手助けができなくても、教えてほしいな」
 ツィーザは心配気な顔で尋ねる。
「傷は深いが、命に別状はないようだ」
 優子の返答にツィーザはほっと息をつく。
「それは良かった。障害とか残らないといいんだけど……」
「護衛につきたいっていうのも……本当のところはもっと単純だ。命を狙われた子がいる。そうして何の罪もないのに傷つけられた人がいる。狙撃に失敗したってことは、今後も狙われる可能性があるってことだろ? その子だけじゃない。今回みたいに無関係な人を巻き込むかもしれない。俺はそれが許せない」
 真剣な目で雷蔵が訴える。
「今の俺にあるのは提出した推薦状っていう紙切れ一枚。それだけで信用してくれって言うのは虫のいい話だとは思うが、頼む、俺も協力させてくれ」
「……ちゃんと推薦状もありますし、お任せしてもよろしいかと思います」
 春佳が推薦状を確認して言った。
「ミクル・フレイバディの護衛には、百合園生や他校の知り合いがついてくれている。連絡を入れておくから、明日にでも合流をして交代で守ってあげてほしい。よろしく頼む」
「本部への連絡先は書類に記してありますので、何かの際にはご連絡下さい」
 優子と春佳はそれぞれそう言って、雷蔵に頭を下げると、アレナや生徒会メンバーを引き連れて生徒会室の方に向かっていった。
「……ミクルっていう人……意識不明になってから、狙われたんだよね? でも、実際は看護師さんが巻き込まれた。……暗殺しようっていうのなら、変な言い方だけどもう少し上手い狙い方があったんじゃないかって思うんだけどな……」
 生徒会メンバーの後姿を見ながら、ツィーザがぽつりと呟いた。
「ミクルが直接狙われたら良かったとか、そういうことを言いたいんじゃないけど……何となくすっきりしないよね……まぁ、今は何かを判断できるだけの情報もないから、深読みしてもしかたない、か」
 言って、雷蔵に目を向けると、雷蔵も怪訝そうな表情をしていた。
「……ん、まぁな、何か腑に落ちない状況ではあるけど……だからって、さすがに放っておくわけにもいかない。仮に相手の狙いがミクルが狙われていると見せかけたいのだとしてもこちらが無防備でいれば不審に思われるだろうし、本当に狙われているならやっぱり守りにつかないわけにはいかない」
 息をついて、雷蔵は軽く笑みを浮かべた。
「まぁ、いろいろわからなくてもどかしいけど、そんなときこそどっしり構えていこうぜ」
 雷蔵の言葉に頷いて、ツィーザはヴァイシャリーの見回りをすべく、雷蔵と共に百合園女学院を後にするのだった。

○    ○    ○    ○


 ミクル・フレイバディが入院しているのはヴァイシャリーにある大きな総合病院だった。
 狙撃事件後は、別の病室に移されはしたが、病状が思わしくないため病院から離れることは出来なかった。
「この部屋ならば窓からの狙撃は無理ではあるが」
 窓の外を見た後、瓜生 コウ(うりゅう・こう)はベッドで眠っているミクルの方に目を向ける。
「しかし、ミクルが男子だったとは」
 寝かされているのは、明らかに少年だった。着ている寝巻きも男性用だ。
 だけれど、その顔は、確かにコウが良く知るミクルに間違いなかった。
 性別を偽っていたとはいえ、自分を6騎士のマリザ達の元に導いてくれた人物であることに変わりはないから、コウはミクルを傍で守りたいと思っていた。
「ごめんね、あのバカがバカなことをしたばかりに」
 今日はマリザも変装をしてミクルの見舞いに訪れている。
「バカって?」
「ファビオよ。自分で私達を目覚めさせに来てくれればいいのに。また1人で先走って」
「やっぱり、ミクルはファビオのパートナーなのか?」
「うん。私とあなたが会話している時に、この子はマリルにファビオのことを話してくれたみたい。といっても、ファビオのパートナーであることと、ファビオが約束の場所で待っているって話くらいだけどね」
「でも……来なかったんだよな?」
「そう。昔と一緒。あの子はいつも約束を破る」
 悲しそうで、さびしそうな目を、マリザはミクルに向けていた。
 病院はヴァイシャリー軍が警備をしているが、この部屋だけ厳重な警備をしては犯人に居場所を知らせるようなものだということで、コウやミクルの護衛を買って出た契約者達が交代でミクルの護衛をしていた。
 ただ一度の事件以来、今のところ何も起こってはいない。
 襲撃されても瞬時に動けるよう、コウは椅子には座らずに通路に立つ。
 ミクルが眠る寝台も直ぐに動かせるよう、キャスター付きのものに変えてもらってある。
 集まった契約者達にも、避難や爆発物の処理、その他各自の担当について話し合ってある。
「コウにも1部渡しておくな」
 緋桜 ケイ(ひおう・けい)が、写真付きの名簿のようなものを、コウに渡す。
「ここに出入りしている奴らのリストだ」
 小声で、ケイはコウにそう言った。
 ここに集っている者達は百合園の生徒会からの許可を得て、護衛に当たっている者達だ。
 見知った顔が多く、狙撃者側の者はいないとは思うが……。
 病院側の人物やヴァイシャリー軍に変装して紛れている可能性も否めないから。
 ミクルに近づく人物には、殺気看破や身体検査のスキルで、害意がないことをケイは常に確認している。
 現在は病院側の人間は誰もおらず、軍人もこの病室内にはいなかった。
「しかし、狙撃を受けておきながら、無事であったという点に違和感を感じる」
 ケイのパートナーの悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が呟いた。
 当時、ミクルは面会謝絶の病室の中にいたのだが、いつでも看護師がついていたわけではない。
「本当に殺すつもりならば、人がいない時間を狙うのではないだろうか。それくらいの調査は可能は筈だ。いや寧ろ――」
 カナタは深く考え込む。
 寧ろ、ミクルの病室には鍵が掛けられていなかったのだから。
 正面からミクルに近づいて、殺害することだって不可能ではなかったはずだ。
 もちろん、捕まる可能性は高まるが。
「ミクルが意識不明で逃げることが出来ない状況だったのにも関わらず、犯人は看護師だけを傷つけただけで狙撃を諦めた。何故もう一度狙わなかったのだろう?」
 カナタはケイとコウに目を向ける。
 2人共厳しい顔つきで考え込む。
「なるほど。つまり、狙撃はパフォーマンスといったところかしら? この子が危険に晒されているといると、誰かに思い込ませるための。……腹立たしい話ね」
 マリザが不敵な笑みを浮かべた。

 ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)は、ミクルが狙撃された部屋を見に来ていた。
 その病室は荒れてはいなかった。
 既に掃除もされており、血の跡も残ってはいない。
 看護師が窓を開けた時に、撃たれたそうであり、窓ガラスも割れてはおらず、弾は看護師の体に残ったため、部屋に傷もついてはいない。
 数日後には、普通に患者用の部屋としてまた使われ始めるそうだ。
「やっぱり、何かおかしい、です……」
 ソアは窓から遠くに見える塔に目を向けながら呟く。
「ミクルさんを狙ったというより、まるで看護師さんを狙ったかのよう、です」
 くるりと踵を返すと、ソアは廊下へと出て、通りかかった医師を呼び止める。
「この部屋で怪我をした看護師さんには、狙われる理由はなかったのでしょうか?」
「妻と子のいる普通の看護師だよ。本人にも思い当たる節は全くないらしいし、この病室にいた子が狙われたことに間違いはないようだ」
「そうですか……。ありがとうございます!」
 頭を下げて礼を言うと、ソアは疑問を抱きながら一旦皆の元に向かうことにする。

 その少し後。病院のロビーでソアのパートナーの雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)と、八ッ橋 優子(やつはし・ゆうこ)のパートナーの八ッ橋 恋(やつはし・こい)が落ち合っていた。
「優子ちゃん達の方も異常ないみたい。病院の方には軍の人の姿が見られるけど、事件なんかはおきてないみたいね?」
「何も起きてないぜ。不気味なくらいなんにもな」
 恋の問いにベアはそう答えた後、小声で病院側で出ている疑問点について恋に話すのだった。
「……なるほどね〜。こうがっちり警備してたら犯行しようなんてもう思わないかもね」
 警備員や軍人達の姿を見ながら、恋はのほほんとした口調でいった。
「それだけの理由じゃなく、な」
 だからといって、隙を作って犯人を誘き出そうとまではまだ思えなかった。
「方法についても、何か良案が浮かんだら教えてね」
「おう。それじゃまた後でな!」
 簡単に報告し合った後、恋とベアは分かれた。

○    ○    ○    ○


 八ッ橋優子は、ミクルを狙った場所と思われる塔に来ていた。
 立ち入り禁止となっていたが、百合園の生徒会とラズィーヤを通して、立ち入ることを許可された。
 とはいえ、優子は白百合団員ではないことから、危険な調査は控えるように言われてしまう。
 現在は人手が足りなく、武術の心得のある百合園生の協力も求めてはいるが、基本荒事は白百合団の分野なのだ。
 そんな指示には従うつもりはなく、優子は塔の中へと入って、隅々まで調べてみる。
 警備をしている軍人に硝煙反応があったかどうか、薬莢などは残されていなかったかどうか聞いてみるが、何も残されていなかったという。
 目撃者もいないが、ここ以外にミクルのいた病室を狙える場所はなく、狙撃時に病院近くを飛行していた者の目撃もないため、犯人がここから狙撃したことに間違いはないようだ。
「狙撃犯の気持ちになれ……」
 病院の方に目を向けて、そう呟きながら腰を落とし、狙撃体制になってみる。
「双眼鏡があったとしても、狙うのは厳しいんじゃ……」
 この位置からは病室に弾丸を撃ち込むことは出来ても、ベッドに命中させられるようには思えない。
 絶対不可能な位置というわけではないが、かなりの腕と運がなければ、不可能だろう。
 確認を終えると優子はもう一度周辺を見回して、何の痕跡も残っていないことを確認し塔を出ることにする。
 出た途端、携帯電話がなり、恋からの連絡が入る。
「……うん、こっちも何も。そういうことかもねぇ。引き続きよろしく」
 優子はとりあえず、情報を纏めて百合園に報告に戻ることにした。

 ……その八ッ橋優子を、隠れ身を使ってアン・ボニー(あん・ぼにー)がつけていた。
(うーん、怪しい人物は特にいないか)
 百合園の制服を着て堂々と調査をしている優子は狙撃側の人物の目に付くはずと思い。優子の動きを探ろうとする者、尾行しようとする者の存在を探ってみたアンだが……これまでの間、優子が怪しい人物につけられるなどといったことはなかった。