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砂上楼閣 第一部(第4回/全4回)

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砂上楼閣 第一部(第4回/全4回)
砂上楼閣 第一部(第4回/全4回) 砂上楼閣 第一部(第4回/全4回)

リアクション

 佐野 亮司(さの・りょうじ)は徹底的な会場チェックを行っていた。
 会場に誰か潜んでいないか、罠や盗聴器は仕掛けられていないか。
 (まったく、あの馬鹿獅子は何考えてるんだか、
  そもそも仮に本当に潜入調査だとしても、これだけ滅茶苦茶やっておいて戻ってきたとしても誰が信用するんだよ。
  あんな馬鹿の言うこと……っと、今はそんなこと考えてる場合じゃないか。
  少しでも信用を取り戻すためにも真面目にお仕事しないとな)
 薔薇学の教導団に対する信頼を取り戻すために。
 レオンハルトに憤りを感じつつも、亮司は警備に集中した。
 そんな中、領主邸に暴漢たちが押し寄せる。
 「出て行け、地球人ども!」
 しかし、そこには制服姿の薔薇学生たちの姿はなかった。
  タシガンの民を刺激しないよう、サトゥルヌス・ルーンティア(さとぅぬるす・るーんてぃあ)は光学迷彩を。
 鬼院 尋人(きいん・ひろと)西条 霧神(さいじょう・きりがみ)呀 雷號(が・らいごう)の3人は、私服、丸腰で警備していたのだ。 通信機で状況を伝えつつ、サトゥルヌスはリーダー格らしき男を監視する。
 (会談をきちんと成功させないとね。
  さもなければ、薔薇学はタシガンを追い出されてしまうんだから……)
 サトゥルヌスは思う。
 「オレはもう地球に帰る家はない。ここでの仲間が今のオレの家族なんだ」
 尋人は、薔薇学の制服は着ておらず、白馬も連れていない。
 少しでも、住民を刺激しないようにという配慮であった。
 (オレが「タシガン馬術部」を作ったのも、
  遠乗りをすることでタシガンのいろんな場所へみんなで出かけていきたいという気持ちがあったからだ。
  その先で住民と話す機会も作っていけるだろう)
 尋人としても、馬術用の雑貨なども地元で買い物することもあったしそれなりにタシガンに愛着がある。
 地元住民とは可能な限り揉め事を避けたいというのは本当の気持ちである。
 雷號も、影から、あまり姿を現さない形で、会場を警備していた。
 「危険を回避する事も大事な選択の一つだ」
 雷號は、霧神のことを不安に思う。
 尋人を共通のパートーナーとする二人だが、雷號は「霧神をあまり信用するのは危険だ」と本能的に感じている。
 しかし、そのことは尋人にははっきり言わないでいる。
 「簡単に煽動に乗っちゃって子どもに襲いかかろうとするなんて、タシガンの住人もヤキがまわっちゃったんですかねえ。
  誇りがなさ過ぎです。ごめんなさいねえ、尋人」
 そのようなことを言い、酒場での乱闘を謝り、
 尋人に吸精幻夜のコツを教えていた霧神であったが、不審者に容赦するつもりはなかった。
 「なめるな、このガキが!」
 暴漢の一人が、尋人を殴る。
 「尋人!」
 サトゥルヌスと雷號、霧神は同時に叫ぶ。
 「大丈夫だ、大丈夫だから……」
 尋人の口の端から血が流れる。殴られたときに口の中を噛み切ってしまったのだ。
 そんな中、完全武装をした上杉謙信一行が到着する。
「何をしている! 貴様らに誇りはないのか!」
 薔薇学勢が丸腰だったことに感銘を受けた謙信は、タシガンの民を抑えること尽力する。
 謙信の一喝で、タシガンの民は引き下がる。

 そこに、ミゲル・アルバレス(みげる・あるばれす)ジョヴァンニ・デッレ・バンデネーレ(じょばんに・でっればんでねーれ)
 クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)に付き添われたハイサム外務大臣とジェイダスが到着する。
  ミゲルとジョヴァンニは、鎧を身につけ、ロングスピアとランスを手に持っていたが、積極的に戦闘するつもりがあるわけではない。
 「出来れば余計な血は流れて欲しくないな、オレは。
  折角、タシガンの領主さんとジェイダス校長、ハイサム大臣さんがじっくり話し合おうてなってるんやもん。
  それに、ハイサムさんきっと悪い人やないよ、
  タシガンの人達の事も考えてくれて、地球人とパラミタの人がどうにか仲良くなれるように考えてくれてる。
  だから、できれば今は邪魔しないでほしい」
 「てかさ、領土奪い返したいならこんなみみっちい事しないで戦争しなよ。
  軍隊作って、宣戦布告するんだ。ああでも、ちゃんと偉い人の許可取らなきゃダメだよ。
  じゃなきゃ正規軍とは認められないからね。
  地球人排斥を歌いながら地球人にのせられておんぶにだっこじゃダメダメだなあ」
 ミゲルは真摯に訴え、ジョヴァンニは肩をすくめてみせる。
 ジョヴァンニの言葉に、タシガンの民は怒りをあらわにするが、完全武装した謙信達を見て手出しすることはない。
 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)セシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)も、
 ハイサム外務大臣とともに会談に出席するつもりであった。
 「どうでしょう、皆様も会議に出席してはいただけませんか。
  契約者の学生諸君も会議に出席します。地元タシガンの皆様にもご出席いただきたいのです」
 ハイサム外務大臣はタシガンの民にもともに会談に出席するよう提案する。
 「いいだろう」
 サトゥルヌスが監視していたリーダー格の男が言う。

 かくして、タシガンの民、薔薇学勢も同席する中、領主とハイサム外務大臣の会談がはじまる。
 「今のタシガンは、わが祖国イスラエルと同じです」
 ハイサム外務大臣は、静かな口調で言った。
 「しかし、違うこともあります。たとえば、ここにいる若者達……薔薇の学舎の生徒の皆さん、契約者の方々です」
 そして、ハイサム外務大臣は、薔薇学生達に意見を求める。
 「え、ちょっといきなり!?」
 ハイサム外務大臣らに気づかれないよう小声で、しかし慌てた中村 雪之丞(なかむら・ゆきのじょう)を、
 ディヤーブ・マフムード(でぃやーぶ・まふむーど)が制止する。
 「アンタ、わかってんの? あの子たちに自由に発言させてたら青年の主張大会になっちゃうわよ」
 「ジェイダス様にはお考えがあるのだろう」
 雪之丞は心配するが、ディヤーブは微笑を浮かべるジェイダスを見て言う。


 薔薇学生達は、もっと互いを知り合う機会を作りたいと言う。
 「新王国設立の折に、タシガンは何を持って女王に仕えるのか。
  これは謙遜でも何でも無く、僕達、契約者は強いです。
  このままいけば間違いなく新王国の主力となるでしょう。
  現にヒラニプラの教導団に於いては中心戦力となっています。
  宮仕えは既にヴァイシャリーがその準備を進めており、
  ツァンダは今でも商業で隆盛を誇り、
  ザンスカールはもはや魔法技術の中心地となってます。
  では、タシガンは何を持って女王に仕えるのか。
  そこで、剣でも金でも無く、美と文化を持って仕えるというのを提案します。
  永遠を生きる者のみに出来る洗練された技術とセンスで国民を支え、心豊かにする為の芸術の中心地となる。
  薔薇の学舎は美を重んじ、美しければ全てを受け入れています。
  そして入学に地球人の国籍は問われていません。
  云わば地球の美が、地球の芸術が全て集まります。
  新しき物は新しき創作を産みます。
  僕達を従え、これらを自らのものとすれば、貴方達の美は並ぶものの無い高みへ到達するはずです」
 クライスは言う。
 「しかし、そのためには、交流がうまくいってないといけません。
  それに本当に文化に影響するのかまだ不明です。
  そこで、交流の第一歩として、
  また本当に見るべきものがあるのか確かめる意味を込めて、美術展を開くのはどうでしょう。
  タシガンと薔薇学から各々の作品を提供し合い、
  誰でも、無料でその文化の背景等を解説する場が設けられれば、互いを知ることにもなるはずです」
 クライスの言葉を、ハイサム外務大臣の秘書役のメイベル、セシリア、フィリッパが書き留める。
 「私としても生まれ育ったアメリカの成り立ちを紐解くと先住民であるネイティブアメリカン、
  通称“インディアン”の人々を追い立てて、
  外来であるヨーロッパ人たちが自分たちの生息領域とした歴史があります。
  このようなことの二の舞にならぬよう、シャンバラの人々たちとは対話による相互理解が必要になると思います。
  双方が思い違いをしているところもあるでしょう。
  特に地球の人々の側におもいあがりがあるかもしれません」
 メイベルは、秘書役をしながら、ハイサム外務大臣に言う。
 テーブルの中央には、セシリアが用意した「青薔薇」が生けられていた。
 「「青薔薇」の花言葉は「奇跡、神の祝福」。
  ギスギスした中ではあるけど、今後は「神の祝福」を受けた共生関係でありますように」
 セシリアはつぶやく。
 「シャンバラの人間にとっての神は「女王」だよ。
  女王の加護を受けているともいえる「契約」。このこと自体が「神の祝福」かもしれないね」
 セシリアの願いが届いたかどうか、アーダルヴェルト卿は、黙って話を聞いている。
 フィリッパオブエノーとして知られる英国王妃でエドワード黒太子の母親である英霊のフィリッパは、
 自らの過去と、現在の様子を重ね合わせる。
 北条 御影(ほうじょう・みかげ)は、警備の傍ら、他の者の意見を聞くことに集中する。
 (取り敢えず会談まで持って来られたのは良いんだが……学舎と市民の間にも蟠りがあるってのに、どうなるんだかな。
  そもそも、真意を隠して解り合おうってのが無理な話だろ。
  どんなに表面上を取り繕ろおうと、いつかはボロが出て破綻するのがオチだ。
  上の人間にはそれなりの考えってもんがあるんだろうが……ったく、政治ってんのは何だってこうまどろっこしいんだ。
  校長が何を考えてんだか俺にはさっぱり理解出来ねぇし、解らないもんには迎合も反発も出来ない。
  見守るだけってのも無責任かも知れねぇけど、具体案も無しに口挟むのも分不相応だろうし……。
  あぁ、本当に、色々と面倒臭せぇな)
 「烏龍様のお告げによると、揉め事が起きた時は猜拳で決めるのが一番アル〜。もしくは金で解決するアルよ!
  平和的手段に越した事はねーアル。暴力に訴えて、我が怪我でもしたら大変アルからなっ」
 お菓子を食べながら演劇でも鑑賞するかのように無責任な発言をするマルクス・ブルータス(まるくす・ぶるーたす)を御影はドアの方にずるずると引っ張っていく。
 「ミーちゃん、なにしやがるアル」
 「誰がミーちゃんだよ! 烏龍様とか、適当なこと言って余計な混乱を招くのはやめろ!」
 「烏龍様は我が崇める神アルよー!」
 「おまえの脳内神だろうがっ」
 豊臣 秀吉(とよとみ・ひでよし)は、パートナー達のそんな様子を見ながら思っていた。
 (かつてあれだけ誠心誠意お仕え申し上げましたのに、御館様は冷た過ぎますぞ……。
  いやいや、わしの現在の主人は御影殿、御館様にどう思われていようと関係有りませんですじゃ!
  ……じゃがしかし、もう一寸こう、労わりが有っても……)
 警備に集中しつつも、信長と再会した際のショックが忘れられない秀吉であった。

 (そういえばアーダルヴェルト卿はクハブスと同じ吸血鬼らしいけど
  クハブスは僕たち地球人の事、どう思ってるんだろう……)

 ハーポクラテス・ベイバロン(はーぽくらてす・べいばろん)は警備の任につく前、パートナーと会話していた。
 「ねえ、クハブスは卿みたいに地球人の僕のことキライ?
  ……薔薇の学舎が無くなっちゃったら僕達どこにも行くところがなくなるのかな。
  また居場所……なくなっちゃうのかなあ……」
 クハブス・ベイバロン(くはぶす・べいばろん)は、ハーポクラテスを強く抱きしめる。
 「い、痛いよ、放して……」
 「僕が会談で発言します。だから同席してください」
 「でも僕、詳しいことは……」
 「いいから!」
 クハブスは押し切る。
 「兄や息子のように大切なハーポに辛い思いはさせない」とクハブスは決意したのだった。

 「僕はタシガンの吸血鬼の一人として学舎の居残りを希望します。
  考えてもみてください、彼らが立ち退いたところで地球人がこのタシガンを放っておくとでも?
  答えは否だ。
  地球人の中のもっと乱暴で野蛮な連中がこの地を我が物顔で踏み荒らそうとするのが関の山だと思いますがね。
  ただ、無条件に居残らせるのでは排除派の連中が納得しない……そこでどうでしょう?
  いくつかの学舎がタシガンに留まるための条件を出してみては?
  多少不平等でもよいのです、それはそれで排除派の腹の虫も収まるでしょうからねえ。
  こういったことで大切なのは互いの落としどころ……そうは思いませんか?」
 クハブスは、千年前に亡くした兄に似ているハーポクラテスのため、タシガンの民に歩み寄りを提案する。

 「クライスの提案した異文化交流会に、私も賛成です」
 瑞江 響(みずえ・ひびき)は言う。場をわきまえ、敬語を使用する。
 「互いに理解を深めるために、薔薇の学舎を起点に異文化交流を行うというのはいかがでしょうか。
  まずは薔薇の学舎に対しての理解を深めて貰う為、薔薇の学舎の見学会などを随時実施するのです。
  その見学会の中で、地球文化に触れて貰う催しを行痛いと思います。
  例えば、日本文化である茶道・華道などの紹介・実演などです。
  また、薔薇の学舎の生徒でホームステイ・ホームビジットの実施や、
  環境ボランティア活動として、街中の清掃なども企画し実施したいと思います。
  環境ボランティア活動はタシガンの住民の皆さんにも参加いただけるよう、
  無料でお弁当などを学舎の生徒で作って配りたいと思います。
  対話なしに理解は得られません。しかし、現状はその対話さえ行われていない状態です。
  対話をする場を、機会を与えて欲しいのです」
 パートナーのアイザック・スコット(あいざっく・すこっと)は、響をサポートする。
 「ろくに話もしない内に拒絶するのは確かに簡単だが、それでは何も得られない。
  今必要なのは、お互いにどうすることが一番いいのか、お互いに意見をぶつけてみることだ」

 ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)は、会談の中、沈黙を続けるルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)に声をかける。
 「しっかりしろ、ルドルフ・メンデルスゾーン! 君が果たすべき約束は、その程度で挫けるものではないだろう?!」
 ルドルフは、顔を上げてヴィナを見る。
 仮面でその表情は読み取れないが、今の彼は迷子の子どものようだ。
 そう、ヴィナは思う。
 「私は……」
 ルドルフが発言する。
 「私の親友は、パレスチナ人でした。彼は、『祖国解放』のためにテロリストになりました。
  親友の手によって、罪なき人が殺される。それを私は許せなかったのです」
 ティア・ルスカ(てぃあ・るすか)は、会談の内容を録音しており、ロジャー・ディルシェイド(ろじゃー・でぃるしぇいど)は、書面での記録を担当していたが、ヴィナに視線を送る。
 ヴィナは、「かまわず続けるように」合図を送る。
 テリー・ダリン(てりー・だりん)は、会場警備の気を引き締める。
 「国民の義務として兵役についている私は、せめて自分の手で、と、親友を殺しました。
  そして、私は、その報いを受けようと、自ら命を絶とうとしました。
  しかし、それをとどめてくださったのが、ジェイダス様です」
 ルドルフは静かな口調で言った。
 顔に手を伸ばし、仮面を外す。
 白磁のような肌があらわになる。
 しかし、その眉間には、刃物でえぐられた深い傷跡があった。
 「……これは、私の罪人の証。
  今では、親友の果たせなかった本当の望みを。真の平和を築きたいと、そう考えています」
 ルドルフに視線が集中し、会議の場は静まり返る。
 「言えるじゃないですか」
 イエニチェリではないルドルフという一人の人間の言葉であれば。
 ヴィナは微笑した。

 アーダルヴェルトは表情を変えない。
 何か、純粋な少年達には計り知れぬことを考えているのだろう。

 ジェイダスが徐に口を開く。
 「モスクを見に来られませんか」
 ルドルフに視線を集中させていた一同は、ジェイダスの提案にざわめく。