リアクション
金剛の戦い2
「あのぅ、副会長さんにバレンタインにあげられなかったチョコを渡したいんで、入れてください〜」
かわいい女の子に上目遣いでお願いされた男は、あっさり空母の中へ通しそうになった自分を叱り付け、女の子に名前を聞いた。
「NO.1キャバ嬢を目指す川村 まりあ(かわむら・ )ですぅ。よろしくお願いします〜」
「東京番長の……こんなかわいい子だったんだ……」
サイボーグみたいな女を想像していたパラ実の彼は、少し呆けた後にまりあを艦内へ通した。
まりあは中に入ってから別のパラ実生に案内を頼むと、持ち場を離れることに戸惑いつつも引き受けてくれた。
「ここにいる皆さんはエリートなんですよね? やはり強い男性はかっこいいです!」
笑顔で褒めると、彼はすっかりその気になって案内をする。単純な男だった。
ロッカールームへの道の詳細はドルチェが調べ上げていたので、まりあは収容所やラルクが閉じ込められている部屋を中心に聞いてみることにした。
すると、急に隣のパラ実生が不審がる。戦いの真っ最中なので無理もない。
けれど、まりあは慌てずに返した。
「捕虜の数は生徒会の強さの証です。見ておきたいんです〜」
「しょーがねぇな。内緒だからな!」
やはり彼は単純だった。
そうして一通り案内されると、後はこれを外で連絡を待っているとある人物へ送るだけだ。
撮影までは許されなかったので、道の特徴を頭に叩き込んでおいた。
まりあが生徒会室へ着くと、中で鷹山剛次と朱 黎明(しゅ・れいめい)が和やかに歓談しているところだった。おっぱいがどうとかいう言葉が耳をかすめたのはなかったことにする。
まりあは入口で自己紹介をすると、綺麗にラッピングされたチョコの包みを剛次に見えるように差し出した。
「バレンタインに渡したかったんですけど……いろいろあってできなくて、こんなに時期外れになってしまって……」
「そんなことは気にする必要はない。さあ、こっちへ来て座るといい。お茶を運ばせよう」
剛次が手を叩けば、控えていたパラ実生がすぐに部屋を出て行く。
手招きされたまりあは、剛次にチョコレートを渡した。
そのまま肩を抱かれて剛次の隣に座らされる。
それから運ばれてきた紅茶を飲みながら、外の戦いなど遠い世界の出来事のように三人でおしゃべりを楽しんだ。
と、急にドアの向こうが騒がしくなった。
まりあがそちらを見た時、大きな音を立ててドアが開かれた。
何やら不機嫌な顔をした駿河 北斗(するが・ほくと)がそこにいた。彼の後ろには冷めた表情のベルフェンティータ・フォン・ミストリカ(べるふぇんてぃーた・ふぉんみすとりか)とどこか楽しそうなクリムリッテ・フォン・ミストリカ(くりむりって・ふぉんみすとりか)がついている。
「てめえに聞きたいことがある……」
不穏な空気に剛次は立ち上がり、北斗と対峙した。
剛次の護衛についている黎明が静かに注意深くなりゆきを見守る。
「副会長、何でてめえはミツエを倒したいんだ? 自分らの保身のためか? 単に気に入らねぇからか? それなら何故自分でぶちのめしに行かない?」
善も悪もないドージェの圧倒的で純粋な強さに憧れる北斗にとって、剛次の取る行動はとても小さなものに見えた。
「何で自分の手を汚さねぇ。他にやることがあるってんなら、それを明かせよ。手札隠してる野郎ってのは印象悪いぜ」
まっすぐに睨みつけてくる北斗の目は、少し前に対面した魅世瑠に似ているところがあった。
それは、剛次のあり方とはそりの合わないもので。
「将自ら討ちに出てどうする。パラ実生徒会はこの荒野に圧倒的な力で君臨せねばならん。その生徒会長や副会長がミツエごときの反乱軍ごときに自らの手を汚してみろ。生徒会などその程度かと見くびった不良共の増長を招きかねんではないか」
「……つまり、副会長としてもただの鷹山剛次としても剣を取る気はねぇってことだな?」
「その通りだ」
「そうかよ。てめえはいったいドージェから何学びやがった……!」
北斗は光条兵器である両手剣を構えた。
入口付近にいたベルフェンティータは次の展開を予測して、ドアノブを自分の背に隠すと外から誰も入って来ないように凍らせた。
ここにいると思っていたバズラ・キマクがいなかったことで標的を失ったクリムリッテは、黎明とまりあに注意している。
立ち上がった黎明を手で制し、剛次も妖刀『陵山三十人殺し』を抜く。
「どうやら、期待外れだったようだな」
「こっちのセリフだ!」
一気に間合いを詰め、剣を振り下ろす北斗。
受け流した剛次の刀との間に火花が散る。
何合か切り結んだ後、地に伏したのは北斗だった。
剛次は冷たい目で北斗を見下ろしていたが、そのままベルフェンティータへ移した。
剣戟を聞いたパラ実生が外からドアを叩いて騒いでいる。
「さて、ドアを開けてもらおうか?」
パートナーが倒されたというのに目立って表情を崩さないベルフェンティータは、剛次と北斗を見比べた後、クリムリッテにドアノブの氷を溶かすように言った。
「どうして反撃しないのかな!?」
文句を言いながらも従うクリムリッテ。
そうして開いたドアから雪崩れ込んできた配下達へ、剛次は北斗達三人を収容所へ入れるよう命じた。
「B級四天王を、何故……?」
「逆らったからだ。早く連れて行け」
剛次がひと睨みすれば、配下達は慌てて北斗を担ぎベルフェンティータとクリムリッテを連れて部屋から出て行った。
(これじゃまだメール送れないじゃん!)
まりあはポケットの中のケータイをギュッと握り締めた。
金剛上空で光学迷彩で姿を空に溶け込ませながら空飛ぶ箒に乗って待機していたミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)は、まりあからのメールが遅いことに不安を感じていた。
「もう少し待っても連絡が来なかったら、勝手に行くぜ。待ってろよ、和希……!」
「わかったにゃ」
ミューレリアの肩の上で子猫サイズの猫又ゆる族のカカオ・カフェイン(かかお・かふぇいん)が頷いた。
卍卍卍
「あたし、艦内見回ってくるから。ティアはここでちゃんと見張ってるんだよ」
そう言って
ロザリアス・レミーナ(ろざりあす・れみーな)は収容所区画から出て行った。
残された
ティア・アーミルトリングス(てぃあ・あーみるとりんぐす)は、牢内の捕虜の視線を避けるように身を縮ませている。とても見張りが務まるようには見えなかった。
その様子を、
エレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)にヒールをかけてもらいながら
姫宮 和希(ひめみや・かずき)は話をするなら今しかないと思った。
「おい、ティア……」
和希の呼びかけにティアはビクッと肩を震わせた。自分が何をしたかは、はっきり覚えているのだ。ここに連れてこられた時から、和希を見ないようにしながらも心は罪悪感に押し潰されそうになっていた。
和希はそんなティアを怖がらせないよう、できるかぎりやさしく話しかける。もっとも、まだ傷が癒えていないせいで弱々しい声しか出せないのだが。
「俺は、おまえを恨んでなんかいないよ……仕方なかったんだろ?」
「ごめ、ごめんなさい……っ、ごめんなさいっ」
「……泣かなくていいよ。おまえが、心のあるやさしい奴だって、ちゃんとわかってるから」
和希がやさしい言葉をかけるほど、ティアは涙をこぼし何度も謝った。
エレーナが、まだあまり話してはいけませんわ、と止めるが和希は首を振って続けた。
「時が来たら、俺達はここを抜け出す……一緒に行こう」
そんなふうに言われると思っていなかったティアは、俯けていた顔を思わず上げた。
冷たい床に横たわったままの和希と目が合う。
和希は、ティアへ向けて手を伸ばしていた。
「苦しいのも、怖いのも、もう充分だろ……?」
「あっ、和希さん」
和希は痛む体を無理矢理起こすと、牢の鍵をこじあけようとした。いつもならピッキング技術で素早く開けることのできる鍵も、今は指先が震えてうまくいかない。
エレーナがおとなしくさせようとするが、和希は聞かなかった。彼女の手を払おうとしたが、胸の傷がズキリと痛みうずくまる。
目を見開き、見ているだけだったティアはとっさに這い寄って、鉄格子を握り締める和希の手に触れた。
「……手伝い、ます」
和希は額に冷や汗を浮かべたままうっすらと笑み、ティアに震える指先を押さえてもらいながら鍵を開けた。
カチッ、と小さく音がした時、
「あれぇ? 何やってんの?」
計ったようにロザリアスが戻ってきた。後ろにはパラ実生に担がれた北斗と、ベルフェンティータにクリムリッテが別の二名のパラ実生に両脇を固められてついてきている。
ロザリアスを恐れているティアの体が小刻みに震えだす。
ロザリアスはティアと和希が会話していたらしいことを察すると、ひどく残酷な笑みを浮かべて二人のもとに近づいてきた。
また酷いことをするのでは、と和希が睨みつける前でロザリアスはティアの髪を掴むと無理矢理上向かせた。
「自分で刺した相手とよろしくやってたのかな? ぶっとい神経してるねぇ」
嫌味たっぷりに言えば、ティアの頬に涙が一筋こぼれた。
「おねーちゃんの言いつけ、忘れたわけじゃないよね……?」
絡み付くような声でティアの耳元で囁いたかと思うと、ロザリアスはティアを殴りつけた。もともと体力も限界に近かったティアの体は軽く吹っ飛び、牢とは反対側の壁に叩きつけられそのまま意識を失った。
「な、何やってんだおまえ……!」
「捕虜は黙ってな」
今にも飛び出しそうな和希をエレーナが引っ張って止めた。半ば羽交い絞めにして治療の続きを始める。
北斗達を牢に入れたパラ実生達が、ロザリアスに軽く挨拶をして戻っていった。