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葦原の神子 第2回/全3回

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葦原の神子 第2回/全3回

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4・書庫

 葦原明倫館。
 天守閣では、秦野菫が、梅小路 仁美(うめこうじ・ひとみ)と共に、かつて山陵であった地を見ている。
 大太が海に沈む様も観た。
「葦原藩の家臣として先祖代々仕えてきた梅小路家にも、眠る大男の草紙がありましたわ。幼い頃に死に別れた母と再会する大男の話ですの」
「始末は覚えてないのでござるか」
「わたくしは放蕩娘ですもの、大きな男が涙する話など興味なく、余り覚えておりませんわ」
 城下では、半鐘が打ち鳴らされている。
「いよいよでござるな」
 菫は、城内を見やる。
 物見櫓の兵は特殊な光で空を照らし、塀や櫓の、矢・弾丸などを射出するための狭間は、武器を持つ兵が常時待機している。
 にも関わらず、城内は静寂である。
「今襲われて、この人数で守りきれるのかしら」
「我が仲間を信じるでござる」
 菫は、彼方の山陵跡を見る。
「書院の守りを固めるよう、太郎左衛門からの指示があったでござるよ」
 二人は書院へと向かう。


 高月 芳樹(たかつき・よしき)は、山陵崩壊の後、城に戻っている。陰陽師の家系に生まれた芳樹は東洋魔法に精通している。
 元々、葦原明倫館の書庫に関心はあった。
「書庫に謎があるようだな」
 アメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)伯道上人著 『金烏玉兎集』(はくどうしょうにんちょ・きんうぎょくとしゅう)を連れ、道中を急ぐ。
 仮の女姿をした魔道書、伯道上人著 『金烏玉兎集』は、正式名称は「三国相伝陰陽?轄??内伝金烏玉兎集」。
 陰陽道の奥儀を記した聖典とされ、安倍晴明が用いた陰陽道の秘伝書として、知られている。
「安部清明ゆかりのものもおると聞いたのですじゃ、わらわと会えば驚くであろうの」
 田畑を抜け、城下に入る。田に人の気配はない。ナラカ道人の復活は、在郷の者たちは予定のものだった。
「泣けば、山ではナラカが起きる、泣けば、里から八つの身が来る、泣けば、城では姫も泣く」
 この地域の子守唄だ。郷のものは、地下に最新の避難所を設けている。

 城下は様子が違った。新たに住み始めたものも多い。

 遥かから大太の地団駄が響くたびに、人々は怯え逃げ惑う。逃げ惑う人の間を芳樹らは進む。
 半鐘が打ち鳴らされている。
 城に入る警護は厳重だ。葦原葦原明倫館の校門は、多くの兵が固めている。
「書庫の護りをするためにイルミンスール魔法学校より来た」
 芳樹は開門を頼むが、兵は動かない。
「先ほど陣鐘が鳴りましたゆえ、これより城内にはまかりならん」
 城外の喧騒とは反して、門の内側は静まり人気がない。
 親と逸れた童が泣きながら、道を歩いている。アメリアはそっと駆け寄り抱き上げた。
「芳樹、書院の護りは仲間に任せて、私達に出来ることをしましょう」
 アメリアは童をあやす。
 頷く玉兎。
「そなたら、迷い子をどこに連れゆけばよいかご存知ですかのう?」
 今は、書ではなく黒髪の和風美女の姿をしている玉兎が兵に尋ねる。
 兵が頷く。
「よし、僕達はここを護るか」
 芳樹は恐怖のあまり店先に座り込む老婆に手を差し伸べた。


 既に書院では多くのものがナラカ道人の秘密を説くために書と格闘している。
 書庫の鍵をハイナから任されたジョシュア・グリーンは、蔵の扉を閉じている。ジョシュアは、祠の攻防を神尾惣介から携帯電話で知らされていた。太郎左衛門の危惧も知っている。
「蟲籠が書院を襲ってきた時に怪我をしてまで他校の人達が守ってくれた。その人達のためにも何としてでもナラカ道人について詳しく書かれた書物を見つけないと」
 許可が必要な禁書、きっとその中に秘密があると思う。しかしハイナからの厳命をジョシュアは破って禁書を紐解いてよいものか迷っている。
「ソースケが傍にいなくて少し心細いけど…」
 突然、電話が鳴る。
「大丈夫か?」
 惣介からだ。
「ああ、ボク、一人でも頑張れるよ」
 ジョシュアは気丈に答える。
「そうかい、じゃ、俺は外にいるぜ、外は俺等に任せな」
 葦原明倫館の惣介には城内への抜け道を通ってきた。今は、書院の外にいる。
「ソースケ!何かあれば電話しろ!」
「ありがと!」
「あっはっは!ジョシュアは今日も可愛いらしいなぁ!
 ジョシュアは、普段と変わらず豪快な惣介の笑い声を聞き、ある決意をする。
「やっぱり秘密は禁書だ、ボクが処罰されても、みんなを救えるのなら」
 ジョシュアは禁書を集めた小部屋への鍵を持っていた。


 禁書を集めた部屋は、蔵の下部にあった。湿度を保つ工夫があるらしく、室内はひんやりしている。
 ジョシュアが鍵を開けると、四方の雪洞(ぼんぼり)が灯る。
 多くのものが無言で、下部へと続く階段を下りる。ジョシュアの藩命に背く勇気が、処罰の対象にならぬよう、気を配っているのだ。
 ジョシュアは、皆が下部に降り、人気の無くなった書庫を見る。
「鍵をするね」
 ジョシュアも階段を下りた。


 風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)は、その膨大さに驚いている。上部の書庫よりも広く奥行きさえ掴めない。
「これが葦原明倫館の書庫…」
 葦原藩が代々保存した古書と共に、ハイナの財力が集めた古今東西の名書が並んでいる。トレジャーセンスと博識を頼りに、書棚の間を歩く優斗。
「手分けして探しましょう」
 諸葛亮 孔明(しょかつりょう・こうめい)は自ら博識を使い、そして使い魔のネズミ、ネコ、ふくろうを書棚に放つ。
「八鬼衆は、まだ三人残っています。それぞれにいわくがありそうです」
 二人は、八鬼衆についての資料を集める。

 戦が始まる前、薔薇の学舎黒崎 天音(くろさき・あまね)は、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)と共に城を訪れていた。
 書庫で二人が探しているのは、ロストテクノロジーに関わる情報だ。
 禁断の書庫への扉が開いたとき、二人は、優斗に続き階段を下りる。
 その灯かりに照らされても、なお薄暗い書庫の広さに禁断の匂いを嗅ぎ取り、天音は忘我の境地にいる。
「封をされ、閉じられ、隠されたものを暴く事……それが危険や困難であればあるほど執着してしまうなんて……やはり少し変かな?」
 目前の書の、薄らと積もった埃を指で払い、天音はブルーズに問う。
 その横顔に、
「……久し振りに垣間見た気がするが、お前は本当に変態だな」
 溜息交じりにブルースが答える。
 書庫は広く、降りてきた者たちはそれぞれに散らばっている。既に周囲に人影は無い。
「で、お前はどんな情報を求めているのだ?」
 余りの蔵書量に驚愕するブルースは、ここから何を探そうか、思案している。
 天音が答える。
「カミサマの作り方……といったところかな。それが存在したのか、どんな目的で行われたのか、今も存在する可能性があるのか、名前はあるのか……そして、そのカミサマは誰が創り出したのか、知りたい事は色々だよ」
「何にせよ、ろくでもない情報だな」
「そうかな、その情報が皆を救うことになるかもしれないよ」
 天音は書ではなく、床や壁を見て、トレジャーセンスや博識のスキルを駆使している。
「何をしているんだ?」
「いや、まだ隠されている気がするんだ」


 佐倉 留美(さくら・るみ)は蟲籠の攻撃を受けて通常の書庫に閉じこもったときから、壁や床などに気を配っていた。
「何をしておる?」
 魔法使いのラムール・エリスティア(らむーる・えりすてぃあ)は、本を見ず壁を気にする留美を訝し気に尋ねる。
「別室や厳重に封印された本棚等があるかもしれません。それがなくとも、例えば隠し部屋のようなものがあるかもしれませんしわ」
 書院である蔵の外観を思い出し、構造との食い違いを確認してゆく留美。
 禁書への扉が開いたとき、留美は首を傾げる。
「おかしいですわ。私が考えていた方向とは異なります」
 留美とラムールは地下に降りる前に、巻物の一つに手を伸ばす。
 ラムールが留美だけに聞こえる小声で呟く。
「もし何か見つかったら、これとすりかえてやるのじゃ」
 手にしているのは、先ほど誰かが見ていた春画である。
 降りてきた二人は、あまりに広い空間に呆然といる。
「イルミンの書庫も広いがのう、ここも大きさが分からんのう」
「この中から探し出すのは至難のワザですわ」
 留美はまた、壁や天井を見ている。
「なぜ壁なのじゃ」
「こっちの壁が薄く感じたのですわ、先ほど、少し気になるのです」
 留美は壁に耳を当てる。