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嘆きの邂逅~闇組織編~(第3回/全6回)

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嘆きの邂逅~闇組織編~(第3回/全6回)
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第1章 過去を思い出して

 百合園女学院の生徒と、他校の協力者を集めた桜井 静香(さくらい・しずか)は、頻繁に行っている課外授業には、囮でもあるのだと、改めて説明をした。
「人を疑うのは悲しいことだから。疑われたらとてもショックだと思うから、皆、友達を信じて楽しもう。何かあったとしても、何かされたとしても、その人にとってはどうしようもない理由があるんだって信じよう。疑心暗鬼になったりしないで、仲良くしようね」
 そう生徒達に話すと、優しい生徒達は微笑んで、校長に賛同の意を示した。
 無論、百合園生の中にも、純粋な一般の生徒達を守るために疑うことをしなければいけない者もいる。
 主に白百合団団長の桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)を始めとする、一部の白百合団員だ。

 今回の課外授業で百合園生達は、イルミンスールの森の中で暮らす、有名な占い師リーア・エルレンの元を訪れた。
 リーアの家の傍には、開けた空間があり、暖かな光が射し込み花々が咲き乱れている。
 その中央に、澄んだ池が存在ていた。
「百合園女学院の校長の、桜井静香です。本日はお世話になります」
 ログハウスから出てきた魔女に、静香が挨拶をし、共に訪れた数十人の百合園生達も頭を下げた。
「ようこそ。待ってたわ。何もないところだけど、手を加えていない自然が綺麗でしょ? 楽しんでいってね」
 魔女リーアは静香と同じ年頃の女の子に見えた。ゆったりとした淡い色のローブを纏っており、茶色の髪を後ろで一本に縛っている。
「変わってないのね。久しぶりです」
 前に出て微笑んだのは、麗しきマリルだった。
「うん、あんたにとっては久しぶり程度なんだろうけど、私にとっては遥かに遠い過去の人だよ」
 リーアは悪戯気にそう笑い、マリルは微笑みながら頷いた。
「小さな家だから、全員中に入るのは無理よ。話しがある人から順番に入ってもらおうかしら」
「はい。テントも持ってきましたので、大丈夫です。それじゃ、僕と団長と、調理場を借りる人からお邪魔しようね」
 静香がそう言うと、百合園生達は「はい」と元気に返事をした。

 ログハウスに入り、静香とマリルが過去視、それから封印についてリーアと話し合いを続ける中、鈴子と白百合団員は少し離れた位置で警備体制について話し合いを進めていた。
 とはいえ、百合園出発前にあらかた担当は決めてあったので、簡単な打ち合わせだけで白百合団員は持ち場につく、もしくは武具を隠し持ちつつ一般の百合園生達と一緒に自然とのふれあいを楽しむことになった。
「少し、よろしいでしょうか」
 解散直後、鈴子に近づいてきたのは、静香の護衛についていることの多い白百合団員の真口 悠希(まぐち・ゆき)だった。
「ええ。どうかしました?」
 浮かない顔の悠希を鈴子が気遣う。
「この間の封印解除の際には、静香さまとの会話に夢中になってしまい、白百合団員としての活動を任せきりになってしまったことをお詫びいたします」
 まず、悠希は謝罪した。
 その件に関して、鈴子は全く問題視していはいないようだったが、悠希としてはちゃんと謝っておきたいことだった。
「その上で、勝手ながら相談があります」
「何ですか?」
 鈴子は優しい目で悠希の発言を促す。
 悠希はこくりと頷いて思いを語り始める。
「ボクは今まで静香さまと心を通じ合ったり、直接お守りする事しか頭にありませんでした。けれど……本当にそれで静香さまや、百合園や大切な皆を守り抜く事ができるでしょうか……? 何か……こちらからも攻勢をかけないといけない気がするのです。ただ……ボクの頭では正直どうすればいいか分かりません。あるのは、ただ……どんな事でもするという覚悟だけです」
 悠希の言葉に、鈴子は少し困ったような表情になる。
「思いつきだけですが」
 と、悠希は思いついた案を鈴子に話してみることにする。
・現役百合園生として闇組織ないし闇組織側で動く人と接触する
・その際に相手を信用させる為に、百合園側からの了承得た範囲の情報を漏らす
・そうしつつ、既にいるのであれば百合園側の現スパイにも協力を持ちかける等で接触し事態の解決を図る
「ボクが百合園を裏切る理由は……例えば仮に静香さまを巡る恋愛に敗れたとか……」
 一生懸命な悠希の様子を嬉しく思いながらも、鈴子は首を横に振ることしかできない。
「そのような危険な行為を、1生徒にお任せすることは出来ません。これは例えば……私がミルミに任せるといったら、悠希さんも止めると思います。彼女のことも悠希さんのことも白百合団員として信頼はしていますが、単身で危険な行為を行うという申し出に対し、白百合団団長として私が承諾することはありません」
「単身、じゃなくても。こちらから攻めることは必要だと思います。ボクは……静香さまの話に、とても感銘を受けました。静香さま自覚は無いと思いますが器量は凄く大きいです。ボク充分、校長の器だと思っています」
 悠希の言葉に、鈴子はこくりと頷いた。
「そしてそんな静香さまボクやっぱり大好きです……。そのボクの静香さまへの想いは鈴子さまもよくご存知だと思います。意思疎通も十分行えました。だから例え……これから少々離れて姿を見せなくても……裏切ったかのような姿を見せてしまっても……平気だと思いますから……」
 瞳を揺らがせて、だけど真剣な顔で悠希は鈴子に言う。
「手柄を焦っているのではないか?」
 その言葉に、鈴子より先に反応を示したのはパートナーの上杉 謙信(うえすぎ・けんしん)だった。
「確かに……例えば騎士班長にロザリンドさま、剣士班長でボク。みたいになれたらと思った事もあります」
 悠希は、机を借りて作業を行っているロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)の方に目を向ける。
「リンさまは班長の重圧を抱えつつ頑張っていて、本当に立派だと思っています。ボクもそうならないと、静香さまに相応しい存在に届かない気がしたから……」
 軽く目を伏せた後、悠希は瞳を強く煌かせ、謙信と鈴子を見回す。
「けれども……今は違います。地位とか関係なく……ただ、静香さまや皆の為に最善の行動ができる存在になりたい。それが今の願いなんです」
 そして、謙信の方に強い目を向けた。
「なので無理に手柄等求めたりしません。だから……大丈夫です、謙信さま」
「そうか……この謙信。かつて功を焦り死んだ部下を多く知っていたからな……」
「ありがとうございます、心配してくれて」
「べ、別に心配なんかしてないぞっ」
 僅かに赤くなって、謙信はぷいっと顔を背けた。
 鈴子は2人の様子に、軽く笑みを浮かべた後、悠希に優しくて少し憂いを含んだ目を向ける。
「お気持ちは解りました。ですが……すみません。白百合団員と協力者だけで、どうにかできる相手ではないのです。まして、主力団員が離宮に向っている今、攻勢に出たことで組織側が百合園を危険視し攻撃をしかけてきた場合、多くの犠牲者が出ます。でも、仰っていることはよく分かります。全体の方針として検討してみたいと思います。……副団長の意見も聞いて」
 鈴子はそう言い、弱い笑みを見せた。
 百合園の生徒会執行部である白百合団を束ねる者として、桜谷鈴子はふさわしい人格と能力を持ってはいるのだが……。
 団員への危険な指示や、厳しい戦闘が予想される際に、武具を纏った団員を率い指揮することは、生徒達の身を案じる慈愛の心が強い故にあまり得意ではないようだ。

○    ○    ○    ○


「白百合団員として、組織には仲間に指一本触れさせません……」
 そう言って白百合団員の冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)は、野外活動を楽しむ百合園生達の護衛を買って出た。
 パートナーのエノン・アイゼン(えのん・あいぜん)と共に、花畑に出てテント張りや支度に勤しんでいる百合園生を見ながら周辺を歩き回る。
 見回り中、小夜子は無言だった。
 少し前から、小夜子の様子がおかしいことに、エノンは気付いていたが。問いかけはせず、エノンも無言で付き添っていた。
 エノンが側にいることは分かっていたけれど。小夜子もエノンに心中を語ることはなく、1人仲間達を見ながら考え込む――。
(信頼している相手からの裏切りは、確かに悲しい……)
 この中にも、自分のように迷いのある者もいるのだろうかと、微笑み合っている百合園生達を見回す。
(舞踏会でティセラさんにお会いして惹かれるものを感じた、けど、もしティセラさんに剣を捧げるとしたら……、ラズィーヤ様次第になるけど、仮に……、百合園に私が牙を向く日が来るのではないだろうか……)
 ヴァイシャリー家主催の舞踏会にティセラ・リーブラが訪れた際、小夜子は強い国を作るという彼女の確固たる気概や信念に惹かれてしまっていた。
(百合園とティセラ。どちらが大事か。退き帰せる内に退き帰すべきではないのか。果たして、どちらが良いのか……)
「……」
 小夜子が護衛に集中していないことに、エノンは気付いていた。
 心配ではあるが、自分がその分頑張らないとと、エノンは神経を張り巡らせる。
 今のところ、異常は感じられない。
 隣にいる、小夜子の様子がおかしいことを除けば。