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世界を再起する方法(第2回/全3回)

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世界を再起する方法(第2回/全3回)

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Scene.11 その虚ろなるものを満たすものがもしもあるのなら 
 
「全くもう……急に呼び出して何かと思えば、何をやっているんですか」
 パートナーのジョウ・パプリチェンコ(じょう・ぱぷりちぇんこ)の呆れた言葉に、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は肩を竦めた。
「これ、頼まれていた着替えと、食料と、薬です」
 ジョウは宿の一室、出迎えたトライブに荷物を渡して、部屋の中に居る赤毛の女を見て、深々と溜め息を吐いた。
「変態」
「は?」
「パートナーが女を連れ込む変態になってしまうなんて……」
 ショックです、とジョウは沈痛な面持ちで額を押さえる。
「オイコラ、誤解すんな!」
「着替えにメイド服持ってこさせる時点で誤解なんて有り得ません。
 そもそもどうしてツァンダにいるんですか。
 女王器に関わるって言ってませんでした?
 コハクって子は、空京に向かったって情報ですけど」
「色々あったんだよ」
 逃げるサルファの腕を途中で無理矢理引っ張って、トライブは、この安宿に身を隠し、パートナーに連絡を取ったのだった。
 今のところ、サルファは部屋のベッドに大人しく座りこんで、無言で窓から外を見ている。
 傷が癒えるのを待っているのか、誰かを待っているのか。
「なあ、何か食べるか。あと着替えと、薬、用意したんだけど」
 トライブが差し出した着替えを見て、サルファはすっと目を細め、薬には目もくれずに、ジョウが宿の台所を借りて料理した食事だけを受け取った。
「薬も効かないのか?」
「……あんたは、壊れた人形に薬をつけたり、ヒールをかけたりするの?」
「変な言い方すんなよな。
 あんたは、どっから見ても人形には見えねえよ。
 まだ俺のこと疑ってるか? 俺、これまでも鏖殺寺院側で動いたことあるんだぜ? 知らないか、ナラカ城防衛戦」
 あ、でもコレ皆には秘密な、と、人差し指を立てる。
 へえ、とサルファはトライブを見た。
「あんたもいたの」
「あんたもいたのか?」
「どういう事情なんです?」
 と、ジョウが訊ねた。
 サルファは2人を交互に見て、ふう、と溜め息を吐き出す。
「……鏖殺寺院で神子抹殺命令が出て、一部のグループで、過去の資料、歴史書なんかの一斉掘り起こしがされたわ。
 幹部昇進を狙う一人が情報のひとつに飛び付いて、道具をひとつ支給され、その道具は神子候補を襲撃したけど失敗して、次の機会を狙ってる。
 幹部狙いの男は、また別ルートで貰った情報で、手柄を増やそうとして今は別行動」
「道具、ってのが、あんたのことか。
 自分をそういう風に言うなよな。
 動いて喋って物を考えることができるじゃねえか」
 トライブの言葉に、サルファは小さく肩を竦めた。

 鏖殺寺院は、シャンパラが滅び、荒野と化した5千年の間も、粛々と活動が続けられていた。
 辛うじてイルミンスール大図書館で保存されているような古い書物も、その全てではないが、普通に所蔵されている。
 今迄埃を被っていたそれらの歴史書の調査がされ、神子関連の情報が洗い出され、情報のひとつを、グロスが受け取ったのだった。
 オリヴィエ博士がイルミンスールの大図書館で”写本”した、その原書が、鏖殺寺院にはあったのだ。
 別ルートで手に入れた情報、というのが女王器のことで、神子の件とは別に追っているものだったのか、と、トライブは思った。

「……ヒールや薬が効かないのはどうしてか、訊いても?」
 ジョウが訊ねる。
 サルファが何者だろうと関係はない。よせよ、と、トライブは言ったが、サルファは興味もなさそうに
「私が、失敗作だからでしょ」
と答えた。
「そんな言い方……」
「何ができようが、作った人間が欲しい機能がつかなかったんだから、失敗作よ」
 むう、と、ジョウは顔をしかめる。
 そんな、命を差別するような言い方はして欲しくなかった。
 自分で自分を傷つけないで。
 言おうとするが、サルファは2人に背を向ける。
「休むわ。自己治癒能力は常人よりも早いの。
 もう少し休めば、治る」
 トライブは、そうか、と言って、ジョウを促し、部屋を出る。
 扉を閉める前に、
「サルファ」
と横になるその背に呼びかけた。
「あんたは、あんただぜ」
 返事はなく、トライブはそのまま扉を閉めた。


 合流してきたサルファの仲間は、20代半ばほどの、黒ずくめの男だった。
「傷はもういいのか」
「ええ」
 短い問いに、短く答える。
「何者だ?」
 サルファに訊ねたトライブに、
「こちらのセリフだが」
と、男はじろりとトライブを見た。
「グランナーク」
 サルファが答えた。
「私の、剣よ」




「そ。あの男、死んだのね」
 伝える方も聞く方も、その報に対して淡々としていた。
「命令は、どうする」
 問いにサルファはフ、と笑う。
「このまま遂行するわ」

 トライブから少し離れた場所で、情報を伝えながら、ちらりと彼を見てグランナークは言った。
「珍しいことだ。お前が、人間を連れているとは」
「別に」
「好意を持ったのか」
「まさか」
 肩を竦めてサルファは笑う。
「そんな人間みたいな感情、私にあるわけがないでしょう」
 そう。そんなわけはない。
 けれど、ならばどうしてと問われれば明確な答えを持たず、そしてグランナークも、特に興味は無いとそれ以上その件には触れなかった。

◇ ◇ ◇


 リカイン・フェルマータに案内して貰い、一緒に『カゼ』の墓標に行って、小鳥遊美羽は、『カゼ』にドーナツを供えた。
 ぱん、と手を叩いてお参りをして、その隣りでリカインは祈りを捧げる。
「ん!」
と美羽が顔を上げるのと合わせて、リカインも祈りを終わらせた。
「では、アレキサンドライトに会いに行きましょうか」
 リカインのパートナー、空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)が心なしかわくわくとした表情で促す。
「お話を伺うのを楽しみにしてました」
「不安だわ」
と、にこにこ顔で付いて来る狐樹廊の様子をちらりと見て、リカインがぽつりと漏らす。
「慇懃無礼な性格だからな。
 しかし、狐樹廊の態度くらいで立腹しないだろう。豪放な人だからな」
「……それもそうね」
 パートナーのキュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)の言葉に、リカインも同意した。

 結晶のひとつがあると思われる、聖地カルセンティン。
 4人はそこの守り人である、アレキサンドライトに会いに来たのだった。



「アレキサンドライト様!」
「誰か、中を確認して来い、聖地が!」
「馬鹿野郎、これしきのことで騒ぐんじゃねぇ!
 取りあえず結界は張った。全員落ち着きやがれ!」
 守り人の村が騒がしい。
 リカイン達は喧騒を耳にして顔を見合わせた。
「何かあったのかな?」
と、美羽が心配げに呟く。
 村に入ってみて驚いた。
 腕が千切れかけて全身血塗れのアレキサンドライトが、怒鳴るように周囲に指示を与えながら闊歩している。
「ど、どうしたの、それ!?」
 思わず声を上げたリカインに気付いて、彼は4人を見た。
「何だお前等か。
 間の悪い時に来やがったな」
 相変わらずの口の悪さで、アレキサンドライトは
「悪いが取り込み中だ。とっとと帰れ」
と言い放った。


 勿論、リカイン達は帰らなかった。
 治療を受けているアレキサンドライトの部屋に、見舞いと称して押しかけて、無理矢理話を聞いている。
 いきなり帰れ、と言った割には、アレキサンドライトは特に怒りも追い出そうともせず、話に付き合った。

 美羽は、
「丁度良かった、っていうのも変だけど。お見舞い、お土産でいい?」
と、持参のドーナツをアレキサンドライトに差し出す。
が、彼は今血塗れなので、近くにいた村人に、
「皆で食べてね!」
と言って渡した。

「聖地のある村に来て、いきなり血を見るとは、これもまた一興、というところですか」
 狐樹廊が面白そうに言って、
「ったく、冗談じゃねえよ」
とアレキサンドライトはブツブツ言っている。
 狐樹廊に対してではない。
 彼の言葉は耳半分、己の務めの方を考えているのだ。
 独り言で悪態をついてから、アレキサンドライトは狐樹廊に目をやった。
「で? 何だお前は。何か俺に用か」
「ええ、でもお取り込み中のようですので。別に後でも構いません。
 どうせ絶対に逃がしませんしね」
と、狐樹廊はフフ、と笑う。
「かったるいこと言ってんじゃねえよ。
 用があるなら今言いやがれ」
 ずばりと言い返されて、狐樹廊は少し意表をつかれた顔をする。
 フ、と口の端で笑った。
「いえ、手前は若輩ながら、空京末端を務める地祇。
 聖地の守り人たるあなたに、心構えなど金言をいただけたらと思い、こちらのお二方に憑いて……いえ、付いて参った次第なのです」
「金言? めんどくせぇことを言う奴だな」
 呆れたようにアレキサンドライトは溜め息を吐いた。
「そんなご大層なものはねえ。
 守り人だろうが地祇だろうが関係ねえ。
 両手が届く範囲のものを、全力で護る。それが俺の仕事だ」
「では、両手の外は?」
「そこまで構ってらんねえよ」
 範囲外だ、ときっぱり言う。

 そこでようやくアレキサンドライトの治療が終わった。
 この村には治癒魔法に長けた者がいないらしく、随分時間がかかっていた。
 そういえば、治癒魔法に限定されず、まともな戦闘能力を有する者自体、アレキサンドライト以外には殆どいないと言っていたか、と、キューは以前の事件を思い出す。
 ありがとよ、と、アレキサンドライトはようやく治癒魔法を終えた者に、礼を言って下がらせた。

「私も訊いていい?」
 ふう、と息を吐き、リカインが訊ねる。
「何だ」
「今、シャンバラに起きてる、女王候補を巡るゴタゴタをどう思ってる?」
「何だそれは。そういえば最近あちこち騒がしいみてえだな」
 意外な返答に、唖然とした。
「まさか知らないのか?」
 目を丸くしてキューが訊ねる。
「まさかも何も、俺達は森の外には出ねえ。
 別に禁止してるわけじゃねえが、出て行かない奴は一生この森を護るし、出て行く奴は二度と戻らねえ。
 お前等が来るようになるまで、ここは誰にも知られない村だった。
 稀にどこかの医者が水汲みに来ることがあるくらいでな。別にその医者ともそんな話をするわけじゃねえし」
 だから、情報など、ろくに入っては来ないのだ。
「驚いたな。世界は今、大変なことになっているのに」
「知ったことかよ。
 知ろうが知るまいが、俺がやることは、この聖地を護ることだ。
 知ろうが知るまいが、女王がどうのっていうのは、俺がやることじゃねえ」
 ただ、絶対に、何があっても、命を賭けて聖地を護る。
 それが譲れない唯一のことなのだ。
「……何だか気が抜けたわ」
 リカインは呆れた溜め息を吐いた。
「女王は絶対の存在なんじゃないの。
 相応しくない人が女王に就いたらどうするの?」
「引きずり下ろせばいいだろう。それをするのは俺じゃねえが」
「呆れた」
 リカインは肩を竦めた。

「私はね、”結晶”を集めてるの」
 話が終わるのを待って、美羽が口を開いた。
「”結晶”?」
「それが私が今やることなの。
 ここに、それがあるって聞いて、来たの。
 お願い。手に入れる為に、力を貸して欲しい」
 あれか、という顔を、アレキサンドライトはした。
「くれてやるのは構わねえが……」
「何か問題でも?」
 キューが訊ねる。
「それは、貴公の先程の負傷に関係しているのだろうか?」
「まあな」
 やれやれ、とアレキサンドライトは溜め息を吐いた。
「……聖地の中に、化け物が出た」
「えっ!?」
「聖地は、鍾乳洞になってるんだが……所々、下に深い穴や裂け目がある。
 深淵の穴、と、俺達は呼んでる。
 それが、下の世界に繋がってる、と、昔から言われてはいた」
「下の世界?」
「ザナドゥ、って言ってな。
 魔物ばっかりうじゃうじゃいる世界だ、と、言われてる」
「そこから、魔物が出て来たの?」
 美羽が訊ねた。
「そうだ。でかいのが一匹だけだがな。
 こんなことは初めてだ。
 お前等の言う、今世界が大変なことに関係してるのかもしれねえな。
 とにかく、奴に中で暴れられたら、聖地は穢されまくって取り返しのつかないことになっちまう。
 で、とにかく奴の周りに結界を張って閉じこめた。
 ”柱”や聖水に影響が出ない場所まで追いつめてから、結界を張らなきゃ意味がねえ。
 てめえの怪我になんぞ構ってられねえが、てめえの血で聖地を穢すわけにもいかねえ。
 さっきまで、こっちはえらい面倒で大変な状況だった」
 それはお疲れ様でした、と、狐樹廊が肩を竦める。
「ひょっとして、”結晶”は、その結界の向こうにあるのね」
 美羽が言うと、アレキサンドライトはにやりと笑った。
「ご名答だ。”柱”の鍾乳石に埋めこまれてある」
 だから、とアレキサンドライトは言いかける。
「私、手伝うよ!」
「は?」
 取りあえず帰れ、と言いかけたアレキサンドライトは、美羽の言葉に、口を開きかけて固まる。
「その魔物を倒したら、”結晶”を貰えるのね。
 声を掛ければ、きっと他にも来てくれる人いるし、大丈夫!」
 任せて! と、美羽はガッツポーズをして見せた。