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精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編

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精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編
精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編 精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編

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「見つけた! アズサ!」
 名前を呼ぶ声が聞こえ、振り向いた佐伯 梓(さえき・あずさ)の視界には、イナテミスで知り合ったカリーチェの姿が映った。
「カリーチェ、こんなところにいたら危ないよー?」
「あたしも戦うわ! あたし、光の術には自信があるの。それに、あなたがこうして戦ってるってのに、あたしだけ背中を向けるのもイヤだしね。最後まで付き合わせてよ」
「そういうことなら、俺に断る理由はないよー。じゃあ、力を貸してくれるかな?」
 傍に駆け寄ったカリーチェと共に、梓が目の前でなおも形を保つ竜巻を見据える。
「あの竜巻って、自然に出来たものなのかなー?」
「セイ……知り合いが言うには、遺跡に現れた雷龍と関係があるみたい。イナテミスにある何かを狙っているんじゃないかって言ってたよ」
「……それってやっぱり、キィなのかな?」
「そこまではあたしも。キィさんのことは心配しなくていいって言ってた。何人かついててくれてるんだって」
「そっか、じゃあ、大丈夫なのかな。……むしろ俺たちの方を心配した方がいいのかなー」
 苦笑いを浮かべて佇む梓のところに、カデシュ・ラダトス(かでしゅ・らだとす)ディ・スク(でぃ・すく)がやってくる。
「まーわしはこのために呼ばれたようなモンじゃからのー。それに可愛い子と懇意になれるかもしれんのじゃ! こんなところでくたばってなどられんぞい!」
「彼女はディさんと直接関係するわけではありませんよ。……アズサ、僕たちの出来ることで、皆さんに誠意を示しましょう」
 カデシュの視線が梓を、次いでカリーチェを捉える。言葉にならない何かがやり取りされたような気配の後、一行が行動を起こす。ディがコンパクトディスクに溶けこむように収まり、それを収納したプレイヤーが起動し、流れる音楽が梓に魔力をもたらす。
「カリーチェが光の術なら、俺は闇の術かなー。合成魔法、なんてのもちょっと面白くない?」
「面白そうだけど、その二つは合成にはならないわよ。光と闇は基本相反するものだし」
「そっかー、じゃあ光と光は?」
「それなら大丈夫! 一人が細く強い光を、一人が広がる光を出せば、面白いことになるわよ!」
「じゃあそれでいこー」
 梓とカリーチェ、それぞれが光の術の詠唱を終え、梓の細く強い光にカリーチェの広がる光が加わり、適度な太さを持った強い光が竜巻を貫き、風の勢いを大きく減じた。

 今や誰の目にもはっきりと、竜巻が小さく弱くなっているのが見て取れた。生徒たちの後方に位置するイナテミスは徐々に遠ざかっていき、竜巻は生徒たちの攻撃で少しずつ押し込まれていく。
「あなたの盟友は頼もしいな。失礼ながら、これほど強大な存在にここまで戦えるとは想像していなかった」
 感嘆の声を漏らすサラ・ヴォルテール(さら・う゛ぉるてーる)の眼前では、今も複数の生徒が竜巻へ攻撃を加えていた。暴風も電撃の放射も続いているが、二度、三度と対応を迫られている間に順応し、受ける損害は徐々に小さくなっていた。
「大分弱ってるようだけど、まだ近付けば危険だ。……でも、行くんだよな、サラ」
 緋桜 ケイ(ひおう・けい)の言葉に、サラが振り向いて頷く。
「ああ。それが今の私に出来る唯一、だからな。近接に特化するのも考えものだな。……と、今のはあなたを卑下しようと思って言ったつもりはないのだ。ただ、精霊の長を任されている私が、精霊の中では少数派である近接特化というのも、な」
 言葉をかけられた永久ノ キズナ(とわの・きずな)が、何かを言いたげに視線を向ける。
 精霊は長い間、他の種族から姿を隠すようにして生きてきた。自然の力を意のままに操る彼らは、別段姿を表さずとも外界に仕事を生じさせることが出来るため、あえて姿を晒して仕事を為す必要がなかったのである。人間と交流を持つようになってからは、精霊の中にもサラやキズナのような性格の者が現れるようになったが、それでも少数派であることに未だ変わりはなかった。
「……そんなこと言うなよ。俺はサラのそういうところ、好きだぜ」
 ケイがはっきりと、自らの思いを口にする。その言葉を受けてキズナも口を開く。
「あなたの剣技は凄い。私もいつかあなたの立つ場所に共に立ちたい。私にもっと、あなたの持っている力を見せてくれないだろうか」
 二人の言葉に、サラは一瞬驚いたような顔を浮かべ、そして次の瞬間、フッ、と笑みをこぼす。
「……ありがとう。ケイが私の友であること、そして友のために私の力を振るえること、誇りに思うよ」
 言ってサラが炎を吹き上げさせ、それを剣の形に練り上げてすっ、と竜巻へ向き直る。
(……あれ? 今サラ、俺の名を呼んだ……?)
 そこまで反芻しかけたところで、サラの闘気が膨れ上がっていくのを察知したケイが慌てて黒檀の砂時計を取り出し、一行の速度を上昇させる。
「キズナ、無理はしなくていい。私の動きを見て何かを思い出せるなら、それでいい」
 キズナへの気遣いの言葉を残して、サラが竜巻へ躍動する。生徒たちの攻撃が途切れ、現時点で取れる最大限の迎撃がサラを出迎える。
 
「炎熱を束ねし精霊が長……結んだ絆をこの手に、いざ参る!」

 幾度降り注がれる電撃が、サラの振るった剣に弾かれ消滅する。互いとも仕事を為す現象、ぶつかって残るのはより仕事量の大きい現象。幾多の攻撃で弱った竜巻には、もはやサラの繰り出す攻撃以上の仕事量を持つ現象を発生させることは出来なかった。
「凄い……! あれだけの一撃を休む間もなく次々と……!」
 サラの剣戟は速度を増し、キズナにもその全てを追い切るのが難しくなる。炎の烈しさそのままに、まるで竜巻と踊るようにサラの身体が竜巻の周囲を巡る。絶え間ない攻撃を受け続けた竜巻は、ついにその活動を停止する。

「今こそ、かの者を鎮める時ですわ!」
「お前の眠りは、俺たちが用意してやる……!」


 後方で、セイランとケイオースの声が響き、追うように生徒たちの渾身の一撃が繰り出される。
 それらを受けた竜巻は、その身を弾けさせるように消し飛ばされ、後には竜巻が残した痕跡だけが残った――。
 
「……う……」
 頬を、何かざらついた感触が繰り返し襲うのに、茅野 菫(ちの・すみれ)が閉じていた瞳をうっすらと開く。視界に広がるのは闇と、微かに浮かび上がる枝葉。
(あ……そっか、あたし、ここで竜巻と戦って……)
 意識がはっきりとしてくるに連れ、菫は自分が取った行動とその結果を思い出す。イナテミスに竜巻が発生したのを確認するや否や、箒に乗って飛んで行ったこと。森に向かおうとしていた竜巻へ、ありったけの魔法を撃ち込んだこと。
(……で、この有様ってわけ。ま、生きてるだけマシ、かな)
 フッ、と自嘲的な笑みを浮かべたところで、頬を撫でる感触に菫は意識を振り動かされる。そういえばこの感触は一体何だろう――。
「起きられましたか?」
 頭の上から声が聞こえてくる。次いで獣のくぅん、と鳴く声に、菫はそこでようやく、頭に感じる柔らかく温かな感触と、獣の匂いを感じ取る。
 がばっ、と起き上がった菫が振り向いて見た先には、膝を貸していた『ナイフィードの闇黒の精霊』アナタリアと、座った姿勢で舌を出す獣の姿があった。
「ど、どうして……」
「ケイオース様が教えてくれたのです。「彼女の意思を汲むならお節介かも知れないが、放っておけなかったのでな」とケイオース様は仰ってました」
 言葉を切ったアナタリアの瞳に、うっすらと涙が滲む。
「……心配しましたわ。色々言いたいことはありましたけど……でも、いいです。こうしてあなたと話が出来たのですから」
 獣が足を上げ、菫の前で頭を垂れる。菫がその頭に手を伸ばすと、そこから確かな温もりが伝わってくる。
 かさ、と葉を踏む音が響き、菫とアナタリアがそちらに視線を向けると、木の陰からヴィオラが姿を表した。
「あんたまで……」
「すまない、邪魔をしてしまったようだ。……私も心配したよ、あなたのことを。……私はミーミルと一緒に、この森を再生出来るかやってみるつもりだ。あなたが守ろうとした森と獣たちを、少しでも早く元に戻してあげられる手伝いになればと思う」
 傍にいたミーミルがちょこん、と菫に挨拶をして、そしてヴィオラはミーミルと共に森の奥へと消えていく。
「……誰かは、必ず気付いてくれるんです。誰にも気付かれなくてもいい、それはちょっと淋しいです」
「そ、そんなこと思ってないっ」
 形だけの反論は、真っ直ぐ向けられたアナタリアの瞳に封じ込められる。
「…………ごめんなさい」
「はい」
 菫の言葉に満足したように、アナタリアが柔らかな笑みを浮かべた。
「……あっ」
 その顔に光が当たり、アナタリアが眩しそうに声を漏らす。菫も視線を向けた先には、森に差し込む朝日が見えた。

「はー、終わったなー。疲れたけど、街が無事でよかったよー」
 地面にどさっ、と座り込んだ梓が、差し込む朝日に目を細めながら呟く。それに頷いて、カリーチェが隣に腰を下ろす。
「ねえ、アズサはこれからどうするの?」
「んー? もうしばらくはここにいるかもだけど、そしたらイルミンスールに戻らないとだなー」
「そっか、うん、そうだよね」
 梓の言葉を聞いて、カリーチェがそわそわと落ち着かなげにする。
「カリーチェはこれから――」
「ま、待って!!」
 梓の言葉を遮ったカリーチェが、自分の発した声の大きさに驚くように、慌てて口を塞ぐ。
「あ……その、えっと……ごめんなさいっ!」
「え? え?」
 何のことか分からず戸惑う梓に、カリーチェが着ていたローブをぱさっ、と脱ぎ去る。光を受けて煌めく一対の羽が、梓の視界に映る。
「アズサ、あなたを騙すような真似をしてごめんなさい。……あたし、『サイフィードの光輝の精霊』カリーチェ。イルミンスールの生徒ってのは嘘なの。あなたのことを街で見かけて、最初は面白そうだなーって思って、セイラン様に相談して、イルミンスールの生徒を偽ってあなたに近付いたの」
 カリーチェの話す真相を、梓は相づちを打ちながら聞く。
「あなたといるのは楽しかった。行動とか態度とかはだらしないかもしれないけど、それも偽りないあなたなんだなって思えたから、安心出来た。……でもね、竜巻が来た時、セイラン様に言われたの。興味本位だけの付き合いなら、もう止めにしなさいって。……考えてみればそうだよね。人間と精霊はもう他人同士じゃない。契約を結んで共に歩むことの出来る関係になった。遊びで付き合おうとするのは、最初はまだよくても、ずっと続けるのは失礼だよね」
 一息ついて、再びカリーチェが口を開く。
「……セイラン様に言われて、あたし、考えたんだ。アズサとどうしていこうかって。それで来るの遅くなっちゃったんだけど……考えてたら、よく分かんなくなっちゃった。色んな制約とかしがらみとか、人間同士のやっかみとかあるって聞かされて、じゃあどうしたらいいのって思って……でもね、これだけは言える。……あたし、アズサと一緒にいたい。ここに来たのだって、アズサがもし戦ってて、ケガとかしちゃったら嫌だって思ったから……。……ねえ、こんな理由じゃ、ダメなのかな?」
 不安気な表情を浮かべるカリーチェが、何かを求めるようにすっ、と手を差し出す――。
 
「終わりましたわね。これで街に平和が戻ってくるでしょうか」
「……どうかな。遺跡に向かった者たちが無事に龍を――」
 セイランの言葉にケイオースが応えかけたところで、二人は自らを呼ぶ者の存在に気付く。
「セイランさんっ、ケイオースさんっ」
 それは、キィの様子を見に行っていたはずのソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)だった。
「どうしましたの?」
 尋ねるセイランに、呼吸を整えたソアが目の当たりにした事実を告げる。
「キィさんとホルンさんが、家から消えちゃったんです!」