シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編

リアクション公開中!

精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編
精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編 精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編

リアクション



●戦い終わり、そして……

「……ねえ、ユイリ。精霊と龍の関係は、本当にあれでよかったの?」
 眩い朝の光に目を細めて、ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)が今は静かな遺跡を見上げながら、『ウインドリィの樹木の精霊』ユイリに問いかける。
「……わたしにも、本当のことは分かりません。あの龍は、あなたの懸念するように、一種のスケープゴートとして生み出されたという可能性も、否定できません。神子という話も、古シャンバラ王国の話も、それらに纏わる話も、初めからそうと決められていたわけではなく、様々な思惑から書き換えられた物語のようなものかもしれません。いずれにせよわたしたちは、過去を変えることはできません。過去がいかになろうとも、わたしたちは享受するのみです」
 ユイリの言葉に、ジーナは思うところがあったのか、顔をうつむかせてしまう。
「……ですが、倒すべきとされていたはずの龍は、生きました。物語が、あなたたちの手によって書き換えられたのです。あなたたちが物語を書き換えることで、変わってしまった未来もあります。予想されていた未来よりも悪いものになってしまうこともあるでしょう。それでも、過去に振り回されてしまうわたしたちでも、現在を、そして未来の物語を書き換える道具は持っています。その道具を使うかどうかは……あなた次第です」
 そして、ユイリがすっ、と手を差し出す。
「わたしが何故あの遺跡にいたのか、その答えは、こうしてあなたとお話をして、あなたの選択を見届けることだと、わたしは思い至ります。あなたと歩む道の先を、わたしは見てみたいのです」

「……ふむ、これでよかろう」
 ジーナとユイリから離れたところで、ガイアス・ミスファーン(がいあす・みすふぁーん)がHCに雷龍ヴァズデルとの戦いの記録をまとめる。作り上げた報告書はクイーン・ヴァンガードに報告するつもりであった。
(雷龍があのような結末を迎えたのも、ジーナが悩んだ末なのだろうか。我としたことが、ジーナの悩みを見抜けぬとはな)
 感じた後悔の念は、しかし、すぐに現実問題としてこの先どうするかという考えに置き換わる。後悔をしたところで、現実は絶えず変わっていくし、新たに作られていく。
(……ユイリとは、どうするのであろうな)
 ジーナがどの道を選ぼうとも、変わらずジーナに何かを授けられる存在であろうと思いつつ、ガイアスは二人のところへ戻るべく歩を進めるのであった。

「申し訳ありませんお姉様、わたくしたちがいたばかりにお姉さまに怪我を負わせてしまいましたわ」
「いいのよ、大した怪我じゃなかったし」
 表情暗く心配する『サイフィードの光輝の精霊』エレン、ネーファス、メリルに、腕に応急処置を施したランツェレット・ハンマーシュミット(らんつぇれっと・はんまーしゅみっと)が気にする素振りもなく答える。
「いいえ、元はといえば、わたくしたちが好奇心で来てしまったことで、お姉様に予定にない行動をさせてしまったのがそもそもの始まりですわ」
「お姉様はよくしてくださいましたけど、本来それはあってはならないことですわ。仲良くしたいから何でもしていいわけではありませんものね」
 ネーファスとメリルがそれぞれ言葉を口にした後、三名の中でリーダーなのだろう、エレンが口を開く。
「それに、周りの方々を見られましても、皆さま一人とだけ契約なされていますわ。そこへわたくしたちがもし三人とも、という事になろうものなら、きっとお姉様は苦労なさいますわ。ああいえ、決してお姉様のことを卑下しているわけではございませんの。わたくしたちがそう思っている、という話ですわ。ですから……」
 エレンが、手にしていたアクセサリーをランツェレットに握らせる。持たされたそれにはランツェレットの国の文字で『トリニテートガイスト』と刻まれていた。
「わたくしたち三人はいつも一つ、と言いたかったのですわ。勉強不足で正しいかどうか分かりませんけれども」
 言って、三名がくるり、と背を向ける。
「もうわたくしたち、勝手な真似はいたしませんわ。お姉様がお望みにならないのでしたら、ここでお別れです。無理強いしても、誰も幸せにはなりませんものね。もしまたお会いするようなことがありましたら……その時は楽しませてもらいますわ♪」
 最後に悪戯っぽい笑みを浮かべて、先に姿を消したネーファスとメリルに続いて、エレンも姿を消していった。

「痛ってぇ! 羽純さん、もうちっと優しくしてくれないかな」
「我慢しろ。……よし、これでひとまずはいいだろう。後は街に戻ってからだな」
 スパークへの応急処置を終え、羽純が立ち上がり、どこか機嫌の良さそうな歌菜に声を掛ける。
「どうした、やけに機嫌がいいな」
「うんっ! だって、やっとサティナさんに借りを返せたんだもん。何かこう、つかえていたものがスッ、と取れた気分なの。目的も果たせたしね!」
 満足そうな表情の歌菜に、羽純もつられるようにフッ、と笑みをこぼす。
「うぉい! 俺を抜きにして勝手に話進めんじゃねーよ!」
 スパークの抗議の声に歌菜がゴメンゴメンと謝りながら駆けていき、羽純もその後に続いた。

「終わったか……」
 サングラス越しに遺跡を見上げながら、レンが呟く。
(この手は、握ってはもらえなかったか……)
 結果として、投じた左腕をサティナが握ることはなかった。予め蔦を結んであったことが幸いして左腕を失くすようなことはなかったものの、感覚を伝えてこないはずの左腕が、握られるかもしれなかった感覚を求めているかのような気分に、レンが自嘲気味に微笑む。
(……ま、俺達のやったことは無駄じゃなかったんだ。雷龍も形を変えて生き残った。そして、サティナも……)
 助けてくれてありがとう、そう告げたサティナの顔を思い出して、そしてレンはその場を後にした。

「よかった、んだよね? あなたがここにいられることは」
「うん、よかったと思うよ? 何だかこの子も喜んでるみたいだし」
 遺跡の中心部、四つの柱の真ん中で、栗が伸ばしてきた蔦とたわむれ、言葉を発しない蔦の代わりにミンティが呟く。
 栗の言葉がきっかけとなって、『雷龍ヴァズデル』は四つの柱に巻き付く蔦に変わり、ウィール遺跡を守護する役目を負うこととなった。
 今は力を回復させている段階なので見ることが出来ないが、いずれ人の形を取って現れることもあるだろう、とはサティナの言葉であった。
 その時に、この子は何て話すだろうか。何でもいい、話をしてみたい。
 栗は視界の端に、キィとホルン、サティナとセリシアと伊織、それにリンネとモップスの姿を見つけ、名残惜しそうにその場から離れる。彼らはここで、世界のこれからに関わる重大な話をしようとしているのだ。
「じゃあ、また来るから。今度来る時には、名前、つけてあげなきゃだね」
「ああっ、待ってよ〜!」
 そう言い残して、入り口で待つパートナーのところへと栗が駆け出していき、ミンティが慌てて後を追う。
 
「一つ教えてくれ、キィ。君が最後に言った『そしてそれは……希望への道か、絶望への道かの始まり』とは一体どういう意味なんだ?」
 四つの柱の中心で、ホルンがキィに尋ねる。答えようとするキィの腕の光は、今はすっかり消えていた。
「龍が封印の神子によって封じられるという役割を果たすことで、輪廻が保たれていたんです。最初は龍と五人の精霊、そして龍と私、最小限の犠牲で、世界には平和がもたらされていたんです。しかしそれは今、破られてしまいました。これから先は、私にもどうなるか分かりません。皆さんの意思と行動次第で、希望溢れる未来にも絶望に満ちた未来にもなり得ます」
「……つまり、筋書きを破ったから、どうなるか分からないよ、ってことなんだ?」
 リンネの確認するような問いに、キィが頷く。
「じゃあ、どうにでもなるってことだね! みんなが頑張れば、みんなが幸せな未来に出来るってことなんだ! よーし、リンネちゃん頑張っちゃうぞー!」
「……リンネ、それはいくらなんでも楽観的過ぎるんだな。もう少し事態を深刻に考えた方がいいんだな」
「いや、案外的を得ておるのかもしれんぞ? どうせここまで来たのなら、幸せな未来を勝ち取るしかないのだからの」
 サティナの声が、姿が、今はここに居る全員に見えていた。キィの吹き込んだ息吹が、サティナに再び皆と触れ合える機会を作ったのである。
「伊織」
「はわ!?」
 目の前で難しい話をされて戸惑っているところに、サティナに名前を呼ばれて伊織が飛び上がるように振り返る。
「今から我が話すことは、我の独り言と思って聞いてくれていい。決して無理強いはせぬ、よく考えて決めるといい」
 そう前置きして、サティナが口を開く。
「我は本来なら、こやつを封じて眠りにつくはずだった。それが再びこうして生命を与えられ、龍を封じる神子の力も持たされておる。つまり我には、龍を封じるという使命が課せられているのだろうが……我は必ずしもそうしなくてよいとも思っておる」
 サティナの言葉にキィとホルン、リンネとモップスが驚きの表情を見せる。唯一セリシアだけが、微笑みを浮かべたままサティナの次の言葉を待っていた。
「どうするかを決めるのは、伊織を始めとした人間だの。我らでは為しえなかったことを、人間たちはやってのけた。我はな、そうした無限の可能性を秘めている人間と、共に歩んでみたいと思ったのだ」
 言葉を切って、サティナがすっ、と手を伊織へ差し出す。
「我は、お主と共に歩みたい。……我と契約を結ぶことで、お主は龍を封じる役目を我と共に背負うことになるであろう。故に我からはこれ以上手は伸ばせぬ。だが、封印の神子としてではなく、雷電の精霊、サティナ・ウインドリィとしての我は、お主の持つ心に惹かれた。大切な者のために自らをなげうてるお主であるからこそ、我はお主を支え、共に歩みたいと思う」
 『独り言』を言い終えたサティナの顔は、いつになく晴れ晴れとしていた――。

「ねえねえ、セリシアちゃんはあれでよかったの? サティナちゃんと別れることになっちゃうかもしれないけど、淋しくないの?」
 サティナと伊織を中に残して、イナテミスへ戻る道すがら、リンネがセリシアに尋ねる。
「淋しくない、と言えば嘘になります。ですが、姉様から私はたくさんのものを授かりました。これ以上もらっては、私が申し訳なくなってしまいます。それに、姉様……サティナさんはサティナさんという精霊です。これからは姉と妹、ではなくて、対等な関係として、お付き合いできればそれが一番いいと思っています」
「ふ〜ん、セリシアちゃんがいいならリンネちゃんもいいよっ! ……ふわぁ〜、そういえばもう朝なんだよね〜。終わったって思って安心したら、急に眠くなっちゃったよ〜」
「……リンネ、ボクの背中に乗るか?」
「うわ、モップスどうしちゃったの? 熱でも出た?」
「……違うんだな。今回ボク、大して役に立てなかったんだな。だからなんだな」
「そっか〜。モップス、普段はダルいだの言ってるくせに、こういう時だけマジメぶっちゃって! リンネちゃんはいちいち気になんてしないよ〜。精一杯頑張ったら、それでいいと思う! ……ふわぁ〜、でも、せっかくだから、乗せてってもらおっかな〜」
 モップスが屈み、リンネが背中に飛び乗る。
「モップスの背中、あったか〜い…………すぅ、すぅ…………」
「……もう寝ちゃったんだな。よっぽど疲れてたんだな」
 寝息を立てるリンネに呆れたような、しかしその声色には優しさが含まれていた。

「これから俺たち、どうなるんだ?」
 ホルンの単純な問いに、キィが微笑んで答える。
「私は、神子と定められた精霊を、再び蘇らせる力しか備わっていません。それにその力はもう、私にはありません。闇龍と戦うだけの力もない、役目を終えた私は筋書き通りなら、永久の眠りにつくはずでした。それが今こうしてホルンさんと一緒にいられるのには……まだ何かやるべきことが残されているのだと思います。それが何なのかは……これから見つけていきたいと思います」
 一旦言葉を切って、改めてホルンを見つめて、キィが言葉を発する。
「こんな私でよろしければ……ホルンさん、これからも私とお付き合いしていただけないでしょうか。ホルンさんと歩く道を、私は見てみたいです」
 キィの告白に、ホルンが返した言葉は。
「俺こそ、頼りないかもしれないけど……よろしく、キィ。そうだな……まずは帰ろう。俺たちの、俺たちが守った街、イナテミスに」
「……はい!」

 こうして、『ウィール遺跡』を巡る事件は、収束の一途を辿ることとなった。
 彼らの前には、未だ大きな問題が立ち塞がっている。それでも、一つの問題が解決したことは確かである。
 
 また一つ、予想された未来は生徒たち自身の手で変貌を遂げた。
 そうして彼らは、自らの行く末も、自らに関わるものの行く末も、そしてこの世界さえも、変えることができるだろう。
 変えることができると想い続ける限り、未来は変わり続ける。それはかつての聖少女を巡る事件の時のように。
 
 精霊と人間の歩む道もまた、無数の可能性に満ちている。
 願わくば辿る道が、皆が幸せな未来を掴み取ることのできる道であらんことを――。
 
 ――精霊と人間の歩む道〜風吹くウィール遺跡〜 完――

担当マスターより

▼担当マスター

猫宮烈

▼マスターコメント

 お疲れさまです、猫宮・烈です。
 
 『精霊と人間の歩む道〜風吹くウィール遺跡〜 後編』をお届けいたします。
 
 ……色々と思うところがおありのように思われますが、結果としてはこのようになりました。
 また随分と無茶やらかした気がします。そうでなくても精霊を巡っては、場外での紛争などで、色々と軋轢が生じているかと思いますので、今度の決定がまた新たな軋轢を生まないかどうか気がかりでもあるのですが……まあ、それは仕方のないことですね。
 
 精霊に関しての今後は、グランドシナリオの結果次第ですが、イナテミスでの精霊祭を行い、そこで区切りとしたいと思います。
 何せグランドシナリオ次第では、イナテミスのような小さな街如き、軽く消し飛んでしまうでしょうから(汗
 
 全体としてのコメントは以上です。
 個別にいくつかコメントを流していますので、ご協力のほどよろしくお願いいたします。
 
 なお、今回のシナリオで神子が決定したことを受けて、該当者(サティナと契約を交わすことの出来るMCをお持ちの方)には契約についての判断を運営サポートに送っていただくよう、個別メッセージでお伝えしましたが、重要な事柄でもありますので、全体メッセージであるここにもその旨記載しておきます。
 該当者様は改めまして、契約についての判断をしていただき、運営サポートまでお知らせいただければと思います。期限はこのリアクションが公開されてより一週間とさせていただきます。
 多分な注目を浴びせることになり申し訳なくもありますが、皆様も含めましてご協力のほどよろしくお願いいたします。
 
 ちなみに、『なぜなに講座』などのお遊び要素は、今回は極力排除しています。
 シナリオの雰囲気にそぐわない場合もありますからね。
 書いてもいいような雰囲気と、猫宮さんの余裕があれば、また何か始めるかもしれません。

 それでは、次の機会がありましたら、その時にまたお会いしましょう。