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【ろくりんピック】欲望と陰謀の聖火リレー?!

リアクション公開中!

【ろくりんピック】欲望と陰謀の聖火リレー?!

リアクション



聖火リレー タシガン

「吸血鬼に青空の下で……こんな爽やかな場面で、笑顔で走れと言うのですか?」
 西条 霧神(さいじょう・きりがみ)は晴天を指して、抗議する。霧の都タシガンもこの日は、輝く日差しが降り注いでいる。
 しかし呀 雷號(が・らいごう)は彼の手に、ユニフォームを押し付けた。
「他の都市は、もっとカンカン照りです。
 体を鍛える良い機会ではないですか」
 雷號自身も東シャンバラのユニフォームを着込み、スタッフ用の腕章をつけている。
 そこに、やはりスタッフの薔薇学ナイト鬼院 尋人(きいん・ひろと)が、霧神を呼びに来た。
「なんだ、まだ準備できてないのか? 聖火リレーに聖火ランナーがいなくちゃ、話にならないぞ」
「日差しが気になるとかで……」
「私は吸血鬼ですよ? 日光が気になるのは当然ではないですか」
 尋人は霧神に日焼け止めを差し出した。
「それは分かるけど……タシガンの地球人に対する感情を考えると、タシガンの吸血鬼の霧神に走った方がいいと思うんだが」
 霧神は驚き、覚悟を決めた。
(尋人がそこまで考えているとは……)
「分かりました。聖火ランナーの役目、任せていただきましょう」
 霧神はそう言って、SPFが高く、ウォータープルーフの日焼け止めを、露出した肌という肌に、しっかりと塗りこみはじめる。


 いざ自分が走る番になると、霧神は笑顔で走っていた。沿道の声援に手を振り……石畳にけつまづき、どうにか踏ん張って転ぶのを避ける。
 伴走する雷號が「鍛え方が足りない」とちくり。彼の方は、ユニフォームがずいぶんと似合い、走っても息を乱すような事もなく、さすが武術家という趣だ。
 霧神は負けじと、胸をはってトーチを掲げ、走り始める。
 尋人は白馬にまたがってランナーに随伴しながら、沿道や周囲の警戒を行なっていた。
 応援に集まっている人々の顔も、後々の為によく観察しておく。

 幸い、何も事件が起ることなく、霧神は空港に設けられたタシガンでのゴールに着いた。
 さっそく秋野 向日葵(あきの・ひまわり)がインタビューに来る。
「おつかれ様! 今のお気持ちは?」
 霧神は息を整えつつも、ニコニコと笑顔で答える。
「タシガンと地球人とは仲良くなれますよ、その為にも私ががんばります!
 地球人とパラミタ人の友好の火を消させはしません!」
「ありがとう。この後も頑張ってね!」
 インタビューを聞いていた雷號が、尋人をつつく。
「ここがゴールなのに、この後、とは?」
「……まだ一仕事あるんだ」
 尋人は緊張した様子で答えた。



聖火リレー ツァンダ

 ツァンダの空港に、聖火を運んだ飛空艇が到着する。
 ドアが開き、降りてきたのは薔薇の学舎の西条 霧神(さいじょう・きりがみ)だ。
 護衛者として鬼院 尋人(きいん・ひろと)呀 雷號(が・らいごう)も同行している。
 霧神は遮る者のない空港の日差しが気になって仕方ないようだ。代わりに、尋人がランナーの彼以上に緊張した面持ちをしている。
 だが、それも当然か。
 ここは東シャンバラから西シャンバラに聖火が戻る、重要な地点だ。
 聖火の受取には、クイーン・ヴァンガードだけでなく、西シャンバラの軍隊としてシャンバラ教導団の部隊もやってきていた。
 尋人はヴァンガード隊員や教導団員に、警備上の挨拶を行い、互いの連絡を確認しあう。
 霧神が移送用の箱から、聖火を灯したトーチを取り出す。
 西シャンバラからは蒼空学園のランナー久世 沙幸(くぜ・さゆき)が、聖火を受け取りに来ていた。
「聖火を頼みます」
「うん! この火を消さないよう頑張るからね! 東西の協力の証しだもん!」
 沙幸は(これからも東西で今まで通り仲良くしたい)という思いを込めて、東側ランナーの霧神と握手をかわした。
 ファンファーレが鳴る中、沙幸は聖火のトーチを掲げて走り出す。
 たくさんのテレビカメラが並ぶのを見て、沙幸は緊張で忘れかけていた羞恥心が戻ってきた。
 折角の記念だからと着た西シャンバラのユニフォームだが、下はブルマなのだ。
 それがお年頃の女子としては、ちょっと恥ずかしい。
 さらに、ユニフォームが水をかけたら溶けるとか、その噂を信じて水をかけに来る者がいるという話だ。よけいに色々と意識してしまう。

 上空からは、光る箒に乗った藍玉 美海(あいだま・みうみ)が沙幸の周囲に怪しい動きがないかと見張っている。
(まったく、沙幸さんは分かっていませんわね。
 あのユニフォームが問題なのですわ。あんなに白地が多いわけですし、濡れたら透けてしまうに決まってますわ。
 許せません。沙幸さんの艶姿を見ていいのはわたくしだけですのよ)
 美海たちに見守られながら、沙幸は空港を抜けてツァンダの市街地方面へと進む。

 沙幸の次に走るのは、新入生のレティーシア・クロカス(れてぃーしあ・くろかす)だった。
 沙幸は彼女に注意を促す。
「ここまでは無事だったけど……市街地に入ったら、何か怪しい動きがあるかもしれない。油断しないで、気をつけてね」
「まあ、ありがとう。クロカス家の名誉をふしだらな悪漢などに汚させはしませんわ」
 レティーシアは自身たっぷりに返すと、聖火のトーチを掲げて走り始めた。
 本郷 翔(ほんごう・かける)が小型飛空艇で、彼女に並走する。
「レティーシア様が快適に走れるよう、聖火を守り切れるよう、最大限努力をいたしますので、走ることに集中していただきたいと存じます」
「ふふっ、安心して職務に励みなさい」
 レティーシアは颯爽とした様子で走り、翔に余裕の笑みで答える。翔は事前に、彼女へ禁猟区のお守りを渡してもいる。
 契約者になって能力があがったとは言え、レティーシアの実力はまだまだ新入生らしいレベルだ。
 さらに彼女は、ツァンダ家とも親しい貴族の令嬢である。
 執事として評価の高い翔だからこそ、シャンバラろくりんピック委員会から彼女の護衛担当に選ばれたのだろう。
 翔は観衆で埋まった沿道の人、建物に、油断無く目を配りながら、ゆっくりと小型飛空艇を走らせる。

 当初から発表されている通り、聖火ランナーは各学校生徒や一般のシャンバラ人からも大勢が選ばれており、個々のランナーが走る距離は数百m程だ。
 レティーシアは悠然と、自分の担当区域を走りおえる。
 翔は、銀の盆にお菓子やジュース、お茶を乗せて、彼女の側に現れる。
「レティーシア様、お加減はいかがでしょうか? ここで軽いお茶会などはいかがでしょうか?」
「冷たい物を頂くわ」
 翔は冷やした茶を彼女に用意する。冷やした器が心地良い。
 この日も猛暑で、屋外にいるだけで汗が吹きだしてくる。水分補給は欠かせなかった。
「シズルはちゃんと走れると良いのですけれど」
 ぎらつく日差しにちらりと目をやり、レティーシアはつぶやく。翔は微笑んだ。
「シズル様もこの日の為に練習されております。警護もしっかり着きますのでご安心ください。……これからシズル様の応援に行かれてはいかがでしょうか?」
「そうね。私が活を入れてさしあげましょう」
 レティーシアは楽しげに言った。


 聖火ランナーであるアズミラ・フォースター(あずみら・ふぉーすたー)が、歌いながらコースを走りきる。
「おつかれさん。聖火ランナーってより、聖歌ランナーだな」
 スタッフの渋井 誠治(しぶい・せいじ)が、彼女にスポーツドリンクを差し出す。歌いながら走ってきた分、疲労しているだろうと気遣っているのだ。
 誠治自身も帽子にタオルと、熱中症対策にスキがない。
「ありがとう。……?」
 笑顔でコップを受け取ったアズミラだが、急に不安げに周囲を見回した。
「どうした?」
「総司がいないわ」
「なに? 嫌な予感がするな」
 アズミラのパートナー弥涼 総司(いすず・そうじ)は、のぞき部の部長だ。
 誠治は彼女に冷やしたタオルを渡すと、ハンドヘルドコンピュータで仲間に連絡を入れる。
「了解。リレーコースに沿って付近を巡回するわ」
 ヒルデガルト・シュナーベル(ひるでがると・しゅなーべる)も誠治からの連絡に警戒を強め、小型飛空艇を発進させた。
 同じく警護を担当するスタッフの葉月 ショウ(はづき・しょう)が、資材の陰からその連絡の様子を聞いていた。
「ふーん、のぞき部始動ね……」
 ショウは速やかに、みずからの行動に移った。



 一般学生のランナーが、聖火の受け渡し地点へ入ってくる。
「加能さん、頼んだよ」
 次の走者である蒼空学園の新入生加能 シズル(かのう しずる)は無言でうなずき、聖火のトーチを受け取る。

 聖火の受け継ぎが行なわれている間に、コレット・パームラズ(これっと・ぱーむらず)は小型飛空艇でランナーに併走する天城 一輝(あまぎ・いっき)に駆け寄る。
「お疲れ様!」
「ああ、頼む」
 コレットは一輝に素早くアリスキッスをして気力を回復させ、さらに一口サイズの食事と飲み物を提供。そして小型飛空艇に積んでいる、熱中症対策のスポーツドリンクが入った水筒を、新しい満タンの物と交換する。
 見た目はメイドだが、F1のピットクルーのような素早い作業だ。
 炎天下で走るランナーも大変だが、それを護衛するスタッフにも厳しい気候である。
 シズルが走り始めると、一輝も小型飛空艇を発進させる。コレットは次の聖火受け渡しでも補給する為、すぐにその地点へと移動していく。

 のぞき部部長弥涼 総司(いすず・そうじ)は小型飛空艇で、家々の裏を走り抜けていた。今日までに聖火リレーのコース周辺の地形は、しっかり頭に叩きこんである。
(ふふ……加能シズル、待っていろ)
 総司は獲物を狙うハンターの瞳になっている。
「……もらった」
 事前に見当をつけておいた襲撃ポイント。
 総司は小型飛空艇を急発進させて、聖火リレーのコースに肉薄、走ってきたシズルに向けて空中より水鉄砲を発射した。
(させませんわ!)
 激しく打ち出された水流は、やはり空中でヴァルキリーローザ・セントレス(ろーざ・せんとれす)が掲げたタワーシールドによって阻まれた。
 総司の額に、一輝がレーザーポインターを照射する。
「去れ! 聖火に手出しはさせない」
 一輝はクイーン・ヴァンガードとして、ろくりんピックを成功させると誓っている。
「チッ……」
 総司は舌打ちし、素早く周囲を見回した。
 そして中継車に乗った今や解説者騎凛 セイカ(きりん・せいか)に目を止め、その周囲にいるであろう者達へと怒鳴る。
「セイカってのはもっと大きくて温かいものなんだよっ! そんなサイズであるわけがねえっ!」
 しかしセイカランナーは、すでに朝霧 垂(あさぎり・しづり)によって、叩きのめされて壊滅していた。
「二兎を追うもの一兎も得ずです」
 セイカは挑発に乗る事なく言った。
 総司は小型飛空艇を急旋回させ、一輝のポインターを振り切る。

 ばうぃん!

 総司は突然、空中に現れた細長い棒に引っかかり、小型飛空艇から転がり落ちた。
 ユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)が構える、長さ5mの槍だ。衝撃で槍も、ユリウスも揺れまくっている。
「カマドの神たる聖火ランナーを辱める不逞の輩めが〜。我の嫁を濡らすとは言語道断〜」
 勇ましく言おうとしながら、ユリウスは地面に転がる。
 だが総司は、一樹やローザ達、警護スタッフに取り押さえられていた。
「つ、捕まるなら、せめて美少女に!」
「貴様などに触れられる私ではありませんわ」
 総司はローザにすり寄ろうとして、げしげしと踏みつけられている。
「ああ〜こういうプレイもイイよー」
 なぜか満足げな声をあげる総司。
 ランナーのシズルは呆れた様子で、先に走っていく。
(なんだか知らないけど、危なかったわ……)


 シズルが自身の区間を走り終え、次のランナーアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)に聖火を託す。
 スタッフ達の間に、ほっとした空気が流れはじめる。
 だが最大の脅威は、今まさに迫りつつあったのだ。

 これより、しばらく前の事。
 テレビでは向日葵のインタビューを受けたアリアが、笑顔で答えていた。
「この走りは、世界を守るために共に戦った大事な友達に捧げます。見ていてね、アナンセ。私、がんばるよ!」
 その映像を見守る、怪しい集団がある。
「アリアクンが走るのなら、ぶっかけに行かねば漢がすたるな……」
「ああ、彼女こそ読者サービス担当とまで称される【俺たちの女神】。俺のアルバムにまたお宝ショットが増えそうだ」
 彼らが携えるアリアのアルバムには、制服姿や可愛い衣装で微笑む彼女の写真に加え、吊るされたり縛られたりモンスターに襲われたりと、あーんな姿やこーんな姿の、あられもない姿にされてしまったアリアの写真が満載だ。
「さあ、俺たちの女神にぶっかけに行こうではないか!」
「おおおおおぉぉぉぉ〜」
 男達は獣のように目を血走らせ、地を這うような野太い声をあげながら、水鉄砲を手に部屋を飛び出して行った。


 当のアリアは、安心しきった様子でゆっくりと走っていた。
「変な噂があるけど、ここはツァンダ。そんな悪い人なんかいないよね」
 併走してアリアを護衛するスタッフ葉月 ショウ(はづき・しょう)がうなずく。
「ああ、もうヤバい奴は捕まったからな。安心して走れ」
 そうしてアリアが沿道に笑顔を向けて手を振っていると、

 ピュウゥゥゥッ!!

「きゃっ! ちょ、ちょっと、冷たい!」
 アリアは突然の冷たい感触に飛び上がる。

 完全に油断していた。
 アリアは念のためにと聖火をフォースフィールドで守っていたが、自身については「まさか今さら襲ってくる人もいないだろう」とSP切れしないようにとの考えも併せ、何もしていなかった。
 沿道の観衆をかきわけてコースに飛び出してきた男達が、アリアを狙う。

 ピュウゥゥゥッ!
 ピュウゥゥゥ〜!

 何丁もの発射を受け、アリアは、アっという間にビショビショになる。
 出し抜かれた形のショウが、ようやく我に返ったように襲撃者に飛びかかった。
「やめろ、おま……ウワーッ?!」
 ショウは叫び声をあげながら、吹っ飛ばされてしまった。道路に倒れて、ピクリとも動かなくなる。
「ああっ、そんな……!」
 歴戦のコントラクターがあっさりやられるとは、かなりの強敵のようだ。
 そんな猛者を前に、アリアは聖火を守りつつ、倒れたショウも気にかかり、身動きできなくなる。
「ヒャッハー! イイざまだな! ぶっかけ放題だぜー!」
 調子に乗った男達は、アリアにぶっかけまくった。
「はぁ、はぁ……そんな、ブ、ブラが……」
 水をかけられ、ブラジャーが透けてしまう。実に扇情的な格好だ。
「も、もお、たまらん!」
 一人の男がハアハアと息を荒げながら、アリアにいやらしく手をかけてくる。
「ふぁっ!? な、どこ触ってるんですか! いやぁ! や、やめてください……」

 イルミンスール魔法学校の学生寮。
「邪魔だ、この男! 女の子が見えないじゃないか!」
 アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が興奮した面持ちで、テレビに手をかけて怒鳴る。
 同じく中継を見ていたルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)が画面をにらむ。
「なんじゃ? この男どもの目つき、魔法の類で操られているようにも見える。
 これは録画してあるんじゃったな。先ほどの場面、もう一度映せるか?」
 ルシェイメアがリモコンのボタンを操作しようとすると、アキラがあわててリモコンを奪い取る。
「わわわっ! 今いい所なんだから、止めるなって!」
「やかましいわ。録画してあるんじゃろう、後で一人でじっくりと楽しめばいいでわないかっ」

「いい加減にしろ、お前ら!」
 現場では、倒れたはずのショウが立ち上がっていた。アリアを取り囲む襲撃者を、強い眼光で見据える。
 あのまま倒れていれば利口だったのだろうが、これは見ていられない。
「なぜ……ぶっかけるのが水だけなんだッ?!」
 ショウが抜いた水鉄砲から発射された液体が、アリアにぶっかけられた。
「いやぁ! 何、これ……汚い……」
 アリアにかけられたのは、白くドロリとして、かすかに酸味がする。白いドレッシングだった。
「汚い、だと? こいつは生命の素だぜ。もったいねえ。俺の特製だ。きっちり飲み干しな」
 食物(ドレッシング含む)は生命の基本なので、残さずに食べなさい、という事か。
 しかもショウは、水鉄砲での発射に適したドレッシングを自作してきたらしい。
 状況に混乱するアリアは、白くドロついた液体を口にしながら、涙をたたえた瞳でショウを見あげる。
「なんで、あなたが……ランナーの護衛じゃなかったの?」
 ショウはクールに鼻で笑った。
「フッ、忘れてもらっちゃ困る。
 のぞき部部長の弥涼総司を捕まえて油断していたようだが……俺は、のぞき部部員なんだぜ!」
「ああッ、そういえばー!」
 ショウはぶっかけの為に、聖火リレーのスタッフに紛れ込み、やられたフリまでやってのけたのだ。
 そんなショウの姿に感銘を受けたのか、襲撃してきた男達が一斉に動いた。
「じゃあ、僕はアリアちゃんの白い肌に、この赤くてあっついのをポタポタしちゃうんだな」
 彼の手には、鉄板と日差しで熱々になった露店のケチャップが握られていた。
「だったら俺様は、この真っ黒くて、ぶっといのから、濃いヤツをたっぷり御見舞いするぜ!」
 彼が持つのは、やはりそこらの露店から奪った、特大サイズの高濃ソース。
 アリアは絶望の瞳で彼らを見る。
「そんな……やめて、そんなモノかけないでッ! アアーッ!」
 宴が始まった。

「ええい、画面を切り替えろ!」
 中継を行なうテレビのツァンダ支局では、ディレクターが指示を飛ばす。

 テレビ画像。
 有象無象の液体をかけられてビショ濡れになったアリアの映像の下部に、こんなテロップが現れた。

 ※この後、スタッフ全員でおいしくいただきました。

「違うわ、ボケー!」
 ブチ切れたディレクターが、手近なADを殴り倒す。
「す、すいません! 焦って別のモノを出しちゃいました」
「CMだ、CM!!」

 画面が切り替わった。
「イェス! ジェイダ須!!」
 ビューティクリニック「ジェイダ須」のCMだった。
 瞳や肌色、身長、体重が思いのままに変えられる、と評判のクリニックである。


 混乱する現場。
「やめて……どうして、こんな……」
 男達の辱めに心が折れそうなアリアは、その手に持つ聖火を見つめた。トーチのガード部分に、小さくなったものの聖火が灯っている。
 アリアは身を犠牲にして、液体から聖火をどうにか守り抜いていたのだ。
 その明るい炎に、アリアは思い出す。
 ろくりんピック開催までにどれだけの困難があったか、冒険があったか、出会いがあったかを。
「負けない……たとえ東西に分かれていても、アナンセ達と勝ち取ったこの世界の灯火、消させなんかしない!」
 アリアに向けて飛ばされた液体が、空中で跳ね返され、襲撃者達にかかった。彼女のサイコキネシスだ。
「お返しよ! 閃け、雷よ!」
 アリアは雷術で反撃を開始した。
 さらに、それまでショウから流された偽情報で現場から遠ざかっていたスタッフ達が、騒動に気付いて駆けつけてくる。

「ああ、なんてこと……」
 現場の惨状にヒルデガルトが青ざめる。
「お前がのぞき部のスパイか!」
 渋井 誠治(しぶい・せいじ)がショウに飛びかかる。
「今さらだな! 楽しく、ぶっかけさせてもらったぜ」
「このっ……」
 誠治がヒルデガルトと共にショウを取り押さえにかかる。

 夏野 夢見(なつの・ゆめみ)も、ろくりんピックのエンブレムで飾った軍用バイクでパートナーと共に駆けつけた。
 夢見は、アリアを襲った男達にスキルの子守歌を歌った。
 ショウが一撃でやられたのはフリで、彼らはパタパタと道路で眠り込んでしまう。
(骨の無い奴らね!)
 夢見は腹立たしく思う。
 別に、骨のある相手と戦いたいわけではない。こんな奴らが束になって女生徒を襲っていた、という事が怒りをかき立てるのだ。
 夢見の視界が届かずに子守歌が聞かなかった者も、張遼 文遠(ちょうりょう・ぶんえん)によってサクサクと倒された。
「夢見殿、こやつらが目を覚まして暴れださないうちに、縛りあげた方がよいでござろう」
「そうだね。ふんじばって警察に突き出しちゃおう」
 夢見と文遠は手分けをして、文遠が用意していたローブで襲撃者達を拘束していく。

「大丈夫、アリア? まだ走れる?」
 夢見がタオルで、彼女の汚れをふき取る。アリアは健気に笑った。
「平気よ。この聖火、ゴールまで必ず届けるから」
 アリアはふたたび聖火のトーチを掲げて走り出す。
 文遠が伴走し、ジュラルミンシールドで彼女を守る位置につく。背後からは軍用バイクの夢見、上空からは小型飛空艇のヒルデガルトが守りを固める。

 誠治は付近の観衆の混乱を抑えるために、交通誘導を始めた。
「えー、立ち止まらずに進んでくださーい」
 メモリカード 『イ・ティエン』(めもりかーど・いてぃえん)も夢見のサイドカーには戻らず、今の騒動で体調が悪くなったり、ケガをした人がいないか見て回る。
「大丈夫でありますか? 顔色が悪いでありますよ」
 一人のかわいらしい少年が、青ざめた顔をしている。
「うう……さっきのネチャネチャを見て、黒薔薇の森での忌まわしい記憶が……いえ、なんでもないです」
 『イ・ティエン』は彼に水筒を差し出した。中身は塩分を少し入れた水だ。
「まあまあ、暑いですからお水をどうぞ。熱中症にならないよう、軽く手当てするでありますよ」
 『イ・ティエン』は応急手当をしながら、縛られた襲撃者を見張る。
 夢見から連絡を受けた官憲が、すぐに収容に来るだろう。


 こうして、どうにか聖火は消されることなく、次の都市へと向かっていった。
 なお後日、アリアの元にはアナンセ・クワク(あなんせ・くわく)から「お疲れ様でした」という手紙とタオルセットが届いたのだった。