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第5章 歩き出す決意

 真口 悠希(まぐち・ゆき)は、打ち上げには出席せず、一人教室にいた、
 悠希の眼からは、時折大粒の涙が零れ落ちている。
 パーティーが始まる前に、悠希は静香に報告をしたいことがあり面会を求めたのだけれど、静香を護衛する生徒達に断られてしまったのだ。
 事件の報告は、正式に白百合団から受けているから、と。
 一連の事件のことを、静香は深く気に病んでおり、責任も強く感じているらしい。
 特に最近の悠希の行動に関しては、自分の存在や言動が悠希をダメにしていると気付いており。
 だから距離を置きたいと悠希にお願いをしていた。
 多分それを知っていた生徒達が、悠希のためにもと接触を阻んだのだろう。
 ならば、これも届かないかもしれないけれど……。
 そう思いながらも、悠希は切々と気持を手紙に記していた。
 最初に、静香が連れてきて欲しいといっていたメニエス・レイン(めにえす・れいん)と会って、連れてこようとしたけれど叶わなかったことを自分の言葉で説明していく。

 ミストラルはボク達に反目する危険な存在ですが、メニエスさまにとっては大切で絆が失われるのを恐れている様です……。
 ……すみません。
 それを断ち切ってまでお連れする事は叶わず、力が至りませんでした。

 それともう一つ。
 どうしてもお話しておかないといけない事があります。


 悩みながら人質交換に向う際に、アレナが言っていた言葉を書き記す。
 一番悪いのは、校長だと思う。何もせずに、真っ先に守られることが当たり前になってしまっていることは違うと思う。
 そのようなことを、アレナが言っていたと。

 とても重いですよね、ボクもお伝えするかを含め随分悩みました……。

 ただメニエスさまやアレナさまと、ボクの境遇に似てる所がある……と言ったら驚くでしょうか?

 ボクは、百合園に来て静香さまと出会う前、小学校で男の癖に女みたいだって虐めを受けていました。
 6年間ずっと……もう限界で、そんな時、今は亡き姉の紹介で百合園に入学しました。
 けどボクの心は、周囲に対する『不信』で一杯でした。
 メニエスさまも百合園に来ればミストラルとの絆が絶たれると不信から恐れ、アレナさまも身代わりとなったからには、きっと……。

 でも、ボクは静香さまのお陰で変わる事ができたんです。

 ボクは静香さまがいなかったら、もし周囲に男とバレたら、また虐めを受ける……と怯えた日々を過ごし、きっと百合園にも通えず、人とまともに話もできなかったと思います。
 でも静香さまは、皆を信じて性別を打ち明けてくれた上、ボクの気持ちを知っても男だからとは嫌な顔一つしないで接してくれて……人間不信のボクの心も徐々に和らぎました。
 なので今後、メニエスさまやアレナさまと会える機会があったら、ボクを変えてくれた静香さまの心が、届く望みはあると思っています。

 勿論、今が完璧とは言いません。

 ボクもまた不十分で、正直言えば百合園や白百合団という学校そのものや組織が実はまだ怖いです。
 集団は多数の為に少数の気持ちを犠牲にしたり、少数の変わった者を排除する事があるから……。
 こんな不信が残っていたんじゃ、ボクが集団行動で上手く動けず迷惑をかけるのは当たり前ですよね……。

 だから静香さまがご自分より周囲の皆の幸せを望んでいても、ボクは……。

 また個人的な気持ちが強く出過ぎちゃいますね。
 ボクは以前、静香さまの騎士になりたいと言いました。
 これもダメでしたね……。

 本当は、静香さまの気持ちを理解する皆で頑張れてメニエスさまの様な方も入れたり助けられる……今迄の集団に無い親衛隊的なものを作りたい気持ちありました。

 けど、静香さまに認められたいって気持ちが前に出ちゃって、本当、最近のボクはダメです。
 ボクは……静香さまが男性って明かしてから心配でした……その事を快く思わない方から何かあったかもとか、悩みは無いかとか。

 だから、いつも側で味方でいようって。
 それが依存だって距離を離そうって言われなかったら。
 静香さまも護られるだけでなく、自立して頑張っていこうって考えてたのに、阻害しちゃってる間違いに気付けず、どんどんダメになっていったと思います。
 だから……ありがとうございます。

 そして、今のボクにこれをお渡ししている資格は無いですよね。
 お側で役に立ちたいけど、今のボクじゃ無理ですよね……。


 書き終えて、涙を流しながら悠希はハートの機晶石ペンダントを外して、封書に入れた。静香に1つプレゼントしてあって、いつか使用できるようになりたいと願っていたが……それも叶わなかった。
 悠希は静香に直接話したかったけれど、距離を置こうとしている静香に今、自分が静香でいっぱいである姿勢、そして長々と自分の考えや気持を話していたら……2人で傷つけあい、心を潰しあってしまったかもしれない。しばらく距離をではなく、気持ちが重くて応えられない、終わりにしようという話が出てしまっていたかもしれない。
 それに気付くのは、まだずっと先なのか……。
 それとも近い未来に、2人はまた手を取り合い、共に歩くことが出来るのか。
 それは本人達次第だ。
 “全てのことには時がある”
 自分が今、なさねばならないことは、何なのか。相手に今、必要なことは何なのか。
 互いに、成長しなければならない。

 悠希は涙を拭い、立ち上がる。
 呼吸を整えて、拳を握り締めて前を見据える。
 試練の時を迎えていた。