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仮初めの日常

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仮初めの日常

リアクション

「まだまだあります。何をお運びしましょうか、お嬢様」
 湖の騎士 ランスロット(みずうみのきし・らんすろっと)は、大した協力をしていないと自分では感じていたため、招待客として交わらず、給仕に回っていた。
「んと、ケーキ一通り! それからプリンとフルーツも全種類!」
 メリッサ・マルシアーノ(めりっさ・まるしあーの)の注文に、ランスロットは内心「無茶な!」と思うが、彼女の食べっぷりを見ていると、本当に全種類制覇しようとしているようにも見える。
「……畏まりました」
 ため息混じりに言い、ランスロットはスイーツの調達の為にテーブルを回っていく。
「ねー、“ひとばしら”で残ったアレナおねーちゃんいつ帰ってくるの?」
 もぐもぐお菓子を食べながら、メリッサがラズィーヤの側にいる偉そうな人達に尋ねる。
 途端、皆の表情が曇る。
 無邪気な問いに、すぐに答えられる者はいなかった。
「今度おねーちゃん助けにいくぞー!」
 ごくごくジュースを飲んだ後、メリッサは拳を振り上げて元気に言った。
 背景や事情はよく解らない。
 だけれど、知っている人がいないことがいやだから。
 今は何をどうしたらいいのかわからないけれど、とにかくまた会うために頑張ろうと思っていた。
 パシャリと、そんな彼女の姿を同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)が写真に撮っていく。
「今の言葉、写真に書き込んでおきますわね。皆にも伝えられたらいいですね」
 静かな秘め事の言葉に、メリッサは「うん」と頷いた。
 皆で迎えにいけたらいいなと純粋に思って。
「おっと、これは幻のスイーツ!? 食べなきゃ損損」
 周りの空気が重いことに気付き、テレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)は大皿のスイーツを皆に配りまくっていく。
「ほら、しんみりしない。諦めなければ次がある!」
 テレサは陽気な笑みを浮かべて、流れている曲に合わせて踊り始める。
「だから悲しそうな顔はしない!」
 そう言って、踊って歌って、皆を元気付けていく。
「打ち上げらしい姿ですわね」
 静かな秘め事は、踊るテレサのことも撮っていく。
「百合園生って……強いのかもしれませんわね」
 そしてくすりと、笑みを浮かべた。

「遅いな」
「着替えに時間をかけているのかもしれませんね」
 囲まれているラズィーヤの側で、従姉妹同士である朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)橘 舞(たちばな・まい)は、控えめな正装で打ち上げを楽しんでいた。
 それぞれのパートナーのイルマ・レスト(いるま・れすと)ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)も訪れる予定なのだが、2人はまだ到着していなかった。
「千歳もイルマさんも、功績が認められたようで、凄いですね」
「離宮の位置の特定に動いただけだけどな」
「その地道な活動が成果に繋がり、認められたんですよね。ブリジットも最後の戦いでは頑張っていました。あんなに真剣なブリジットを見るのは久しぶりだったかもしれません」
「ブリジットがねぇ……」
 千歳は窓の外へと目を向ける。
「ただ、ラズィーヤさんが市民から学園に届いた慰労祝賀会の誘いを断った話については、怒っていたみたいです。またラズィーヤさんに失礼なことを言ったりしないか少し心配です」
「近づけば、言うだろうな。近づかせないに限るんじゃないか?」
 千歳の返答に舞はくすりと笑みを浮かべる。
「最近わかってきたんですけれど、ブリジットは『ツンデレさん』なんですよ。ラズィーヤさんにも伝わるといいのですが」
「つまり、ブリジットもラズィーヤさんに興味を持っていると?」
「ええ。でもそれって、相手に嫌われているって誤解されやすいですよね。これは、ブリジットの為に私がしっかりしないといけませんね!」
 意気込む舞に、千歳は苦笑を向ける。
 なんか少し考えがずれているようだが、いつものことだ、いつもの。
「元気のない方も居ますし、最近覚えた気の利いたジョークで和ませてみせますよ」
 そして、舞は同じテーブルの人々に話しかけていく。
「聞いて下さい。最近隣の家に塀が出来たんだそうです」
 突然の話題に、すぐに返答は帰ってこない。
「へー」
 舞は自分自身でそう言った後、くすくすと笑い出す。
「ふふ、自分で言ってて笑っちゃいます。まだまだですね、私。あはははっ」
 勿論、周りの人々は『ほかあん』とした表情だ。
「……ブリジットとイルマが来たみたいだ。ここは任せた」
 千歳は寒くなっていくその場からそそくさと立ち去った。このテーブルにアイスはいらないようだ。

 ブリジットはお気に入りの青いドレスを纏って、幼馴染で使用人のイルマを連れて馬車で訪れていた。
 ヴァイシャリーの令嬢とそのメイドといった百合園では普通の光景だ。
 2人は会場を見回してラズィーヤを発見すると、真っ先にイルマの方が花束を手に近づいていった。
「ラズィーヤ様、本日はお招き戴き、ありがとうございます。ヴァイシャリーの民の一人として、街を守っていただいたことに、深く感謝しておりますわ」
 そう言って、イルマは持ってきた青い薔薇の花束をラズィーヤに差し出した。
「まあ……とっても綺麗ですわ。ありがとうございます。街のことでしたら、わたくしではなく、ここに集まっている方々の功績ですわよ」
「勿論、実際街を守ったのは、コントラクターや、軍人ではありますが、それも要となるヴァイシャリー家、そしてラズィーヤ様があってのことですもの」
「うふふ……ありがとうございます」
 ラズィーヤは微笑みを浮かべながらイルマに礼を言う。
 イルマの隣では、近づいてきた千歳がなにやら2人の様子をメモにとっている。
 打ち上げの内容、ラズィーヤの言動はイルマが主催しているラズィーヤのファンクラブ会報の記事とする予定だ。
「真面目な話、ヴァイシャリーが東シャンバラの首都となった今、早晩ラズィーヤ様の発言力は領外に及ぶようになりますわ」
 イルマが小声で言う。
「代王などただの飾りです」
 回り道したけれど、ミルザムからラズィーヤ乗り換えて正解だったと、イルマは内心微笑むのだった。
「いいえ、ヴァイシャリー家の当主はあくまで、お父様ですから。うふふ」
 否定はするも、ラズィーヤの瞳は怪しい輝きを帯びていた。
(なんか、会話が黒い……? まあいいか)
 千歳は料理をまともに食べられないことをちょっと残念に思いながらも、イルマに付き合って通称『ラズィーヤ様ファイル』に情報を記録していくのだった。

「なんかこの辺、異様に暗いんだけど……どうしたの?」
 ブリジットが舞の元に歩み寄った。
「事件のことや像のことを気に病んで居る方がいるみたいですね」
 舞は心配気な表情を浮かべる。
 それ以上に、舞のジョークに皆が困り果てているなどとは、全く気付きもしない。
 皆の様子から、ブリジットはなんとなく感じ取るが、軽くため息だけついて、その場をビデオカメラで撮影していく。
「今日ここに集まった人たちが、また全員集まることは多分ないからね。今日は楽しみましょう」
「そうですよ。それじゃ、さっきのジョークでももう一度……」
「まーい。それよりも皆温かい食べ物が欲しいと思うわ。ピザでも貰ってきて」
「わかりました。ブリジット、皆さんの好みが分かるんですね!」
 ブリジットは舞をちょっとの間追い出しておく。
「皆の顔が浮かないのは、場が冷えちゃったせいだけじゃないかな? でも、一言だけ言わせてもらうと……」
 皆にではなく、ラズィーヤをちらりと見て、ブリジットは言葉を続ける。
「断ったっていう慰労祝賀会の件だけど。傷ついて大変なのはヴァイシャリーの民も一緒なんだから、その感謝の気持ちは酌んでやって欲しかったわ」
 学院が大事だからラズィーヤは市民からの申し出を断ったのだろうかと、ブリジットは思っていた。
 自分の苗字を忘れるなと言いたい気持もあった。
「状況を見て、お受けできそうでしたら、ね」
 ラズィーヤは底の見えない笑みでブリジットに答えた。
 ラズィーヤが慰労祝賀会を断った理由は……彼女の説明以上の意図があったのかもしれない。
「まあ、ハロウィンパーティのような事件が起きても残念だしね。それはそれとして、今日は楽しまないとね。欲しい人には後でコピーしてあげるからね!」
 ブリジットは、音楽を奏でるランゴバルトや、音楽に合わせて踊るテレサの姿。美味しそうにスイーツを食べるヴァーナーや子供達の姿をビデオカメラに収めていくのだった。
 舞が戻ってきた時には、そのテーブルにも笑顔が戻っていた。