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仮初めの日常

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仮初めの日常

リアクション

 離宮で回収したものの整理を担当していたカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)は、グレイスが百合園に預けていた像を持って、出身の村……があったという場所へ行くという話を聞き、ついていきていた。
 墓の手入れをして、グレイスと共に花を手向けたりしながら……優子達の話を耳にしていた。
 優子のパートナー、かつ十二星華であるアレナという少女が、離宮封印の人柱になったことに、ずっと心がざわついていた。
 そしてアレナがここに訪れていたこと、ここで受けていた悲しみも知って。とても、いたたまれない気持に陥っていた。
「ボクはただ、珍しい物を調査したい、離宮の歴史を知りたい、そう思ってあの離宮に入った。出来れば、隅々まで調査する為に、離宮には浮上して欲しいってさえ思ってた。アレナさんの悲しみや辛さを思えば、なんて身勝手な考えだったんだろう」
「残す方も残される方も、辛いであろうな」
 傍には、パートナーのジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)の姿がある。
 2人は、グレイスの許可を得て、墓場の周囲に花を植えていた。
 アレナが訪れていたら、そうするだろうとも思って。
 そして、いつかアレナが訪れた時に、少しでも心が安らぐようにとも思って。
「像はキミに預けるよ。正式に村の代表としてね」
 そんな中、グレイスは村が女王から預かったとされる聖像を大切そうに取り出して……優子に差し出したのだ。
「いや……そんな大切な物、預かれません」
 優子は驚きながら首を左右に振った。
「女王が復活されてわかったんだ。この像は……女王様の姿そのものの、像なんだ。後世に伝えるために、村に託されたのかもしれない。僕達にはもう守ることはできないし、その必要もない。キミは多分、女王に会う機会があるだろう。だから、キミに預けたい。百合園ではなく……十二星華のパートナーのキミにね」
「わかり、ました。お預かりします」
 優子は複雑な表情を真剣に変え、両手で獣人達の村で大切に祭られていた聖像を受け取った。
「……」
 その時も、アレナの話を聞いている時も。
 優子は多少表情を変えはしても、悲しみも辛さもあまり顔に出すことはなかった。
「こんな森の中なら、少しくらい涙を流したって、人の目も気にならないでしょ?」
 カレンは優子の後ろからそっとそう、囁きかけた。
 手の中には、色とりどりの花がある。
 寂しげにカレンは微笑んで、涙を一粒……こぼした。
「カレンはずっと辛そうでな……我は機晶姫だがわからんことはない」
 ジュレールも優子に近づく。
 おそらく自分は「残される方」になるだろうから。
 それを思うと、全身が軋むような感覚に襲われるのだった。
「お主が幸せでなければ、アレナの幸せも台無しになってしまうぞ」
 そう言ったジュレールの表情のない顔にも、涙が伝った。
「ありがとう……」
 優子は悲しそうな表情を浮かべることはなく、弱い微笑みを見せた。
「辛い思いをさせて、すまない。私はアレナのことを誇らしく思っている。悲しくはないよ。ただ、皆に悲しい思いをさせてしまっていることを、申し訳なくは感じている」
 両手で、カレンとジュレールの頭に手を伸ばして、優子は2人を撫でた。
 そして……手を2人の背に回すと、引き寄せて軽く抱きしめた。
「アレナの為に……私の代わりに、泣いてくれてありがとう」
 小さな声で、優子は2人にそう言った。
「少し休んでから出発されませんか?」
 2人から手を離した優子に、ユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)が声をかけた。
 この地とは縁のないユニコルノだけれど、アレナが関わった場所だという話と、優子が訪れるという話を聞き、パートナーの早川 呼雪(はやかわ・こゆき)達と一緒に訪れていた。
「そうだね」
 優子はそう答えて、集まったメンバー達と共に、それぞれ切り株や石の上に腰を下ろした。
 ユニコルノはティータイムで用意したタシガンコーヒーを優子に渡す。
「ありがとう」
 礼を言って、優子はカップに口をつける。
 一口飲んで、息をつき。彼女はどこか遠くに目を向ける。
 ユニコルノは皆にも飲み物と茶菓子を配って、それから優子の隣に腰掛けた。
「これは、俺の勝手な思いですが」
 向いに腰掛けていた呼雪が声を発し、優子は彼に目を向けた。
「あなたには、アレナを待っていて欲しい。彼女が還ってきた時、十二星華のサジタリウスではなく、パートナーのアレナ・ミセファヌスとして出迎えて欲しいんです」
 何て声をかければいいのか、悩みつつ、呼雪はそう言ったのだった。
「うん、私にとってアレナはアレナだ。ただ……アレナのことは、他人でも友人でも仲間でもなく、自分の一部のように思ってた、から。力があるのなら、使おうと普通に言うとは思う」
「……」
 呼雪は深く思いをめぐらせる。
 アレナにとって優子が拠り所であったように、優子にとってもアレナはそういった存在だったのではないかと思えてならなかった。
 今はまだ、実感がわかず、悲しみを認識する余裕もないのでは……目に見える責務が多過ぎて、個人的な感情に蓋をしてしまっているのではないかと。
 自分にも身に覚えがあるだけに、そう思えた。
(このままにしておいたら、彼女は壊れてしまうのではないか)
 そんな危惧も持っていたが……。
「私は……嫌でした。それがアレナ様にしか出来なくて、そうするのがあの時最良の選択だと理解していても……」
 ユニコルノが素直な気持ちを話していく。
「共に残ろうとしたあなたを地上に帰したアレナ様のお気持ち、分かる気がするのです。ですが、彼女が今のあなたのお姿を望むとは思えません。……きっと悲しまれます」
「大切な人には、笑っていて欲しいと思うよ」
 ユニコルノの言葉の後、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)がぽつぽつ言葉を続けていく。
「でも、笑えない時には無理して笑わなくて良いから」
 優子は無表情で膝の上に下ろしたカップを見ていた。
「ひとりで背負い込まないで周りの人を頼ってあげて欲しいな」
 優子はちらりと集まっている人々を見た後、また視線を下ろした。
「優子ちゃんの様子や頼って貰えないのを悲しいと思ってる人もいる筈だよ」
 それは、ヘル自身が痛い程自分で学んだことだった。
「僕がここにいられるのも大事な人が出来て、大事な友達が出来て、みんなが助けてくれたからだからね」
 優子はヘルの言葉に、軽く目を閉じて。
 小さな微笑を浮かべて「ありがとう」と言葉を発した。
「そういえば、ちゃんと礼を言っていなかった。……生徒会から話を聞いています」
 優子は呼雪、ユニコルノ、ヘルに頭を深く下げた。
「私が傍にいない間、アレナを支え、導いてくださりありがとうございました」
「俺は何もしていません。全てアレナ自身が決めたことです。そして」
 呼雪は優子が頭を上げるまで待ち、顔を上げた彼女と目を合わせて言う。
「諦めてもいません。今後も、ヴァイシャリーに害を及ぼす事なく、アレナを助けられる方法を探すし、自分以外にもその手段を求める者もいる事を知っている。どれ程時間が掛かるか知れないが、諦めない限り可能性はゼロじゃない」
 呼雪の真剣な目に、優子も真剣な目を向けていた。
 それから軽く、瞳をさまよわせて……。
「任せても……いや、助けてもらえるか?」
 彼女はそう呟いた。
「勿論です」
 呼雪は立ち上がり、手を差し出した。
 優子は彼の手を掴んで、立ち上がる。
 呼雪はポケットから、メモ帳を取り出してメールアドレスを記すと優子に差し出す。
「身近な百合園生に話せない事で、自分でも良い内容であれば連絡してください」
 優子は名刺を取り出して、呼雪に渡す。名刺には彼女の住所――百合園の寮の部屋番号、電話番号、メールアドレスが記されている。
「寮は近々出ることになるかもしれないが、百合園に送ってもらえれば届くはずだ」
 寮の部屋で……アレナと一緒に生活していたんだろうと思うと、呼雪達は切なさを感じてしまう。
「これから薔薇の学舎に行かれるんですよね? 送ります。……でも、何をしに?」
 彼女が回ったという教導団や蒼空学園ほどの用があるとは思えなかった。
「ジェイダス校長へご挨拶と……薔薇の学舎に所属しているとある人物と、見合いするために」
「見合い?」
 呼雪は怪訝そうに眉を寄せる。
「パートナー契約の為のな」
 苦笑じみた笑いを優子は見せる。
 呼雪とユニコルノは賛成できる気持ちにはなれなかった。
 しかし、反対は出来なかった。
 多分、今後もパラミタで未来を切り開いていくために、彼女自身が必要と判断したの、なら。