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薄闇の温泉合宿(第1回/全3回)

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薄闇の温泉合宿(第1回/全3回)

リアクション


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 建物内の先行調査に向かった者達が戻り、全体清掃が開始される。
 建物の広さは、ヴァイシャリーの一般家庭程度の広さであり、全員で過ごすにはかなり狭い。
「酷い状態ですが、今晩眠る場所だけでも確保しませんと!」
 ステラ・宗像(すてら・むなかた)は偵察に行った者達からの報告に眉を寄せながら、女性や年少者には主に中の清掃を、力のある男性は修繕や水などの運搬に当たってほしいと意見を出していく。
「全て力仕事といってもいいな。家の中にある家具類も一旦外に出さねばならなそうだ」
 イルマ・ヴィンジ(いるま・う゛ぃんじ)は自分も力仕事に携わると申し出る。
「なかなか骨が折れそうですな。それがしも力仕事を担当しよう。百合園の女生徒達に重労働を多く割り振りたくはありませぬ」
 陳 到(ちん・とう)も、ステラと教師陣にそう言う。
「我輩はその百合園生達と一緒に、埃はらいや雑巾がけじゃ。埃をはらう前に雑草の除去が必要そうなのだわ!」
 身長も低く、力仕事は向いていない景戒 日本現報善悪霊異記(けいかい・にほんこくげんほうぜんあくりょういき)は、女性や子供達と一緒に、室内の掃除を希望していく。
「部屋割りを決めませんとね。子供や体力のない女性優先といことで。玄関と周辺から、大部屋の方に向かって片付けていきましょう」
 ステラにパートナー、その後に女性や年少者が続いていく。
 部屋は女性や子供、引率者を中心に割り振られ、残りの者は交代で使用することになりそうだった。
 辺りには開けた空間があるので、整備が終わればテントも張れるし、木を組んで雨風を防げる建物も自分達で作っていくことになるようだ。
「まずは、最初の調査で判明した危険箇所へ張り紙をしていきますね。他にも危険な場所を発見した場合は、私や責任者の方に教えて下さい」
 掃除のエキスパートである高務 野々(たかつかさ・のの)が『足元注意!』とマジックで書いた紙を貼り付けていきながら、皆に呼びかける。
「飛んでれば平気だけどねっ。うぎゃっ、蜘蛛の巣、蜘蛛の巣、とってとってとってーっ!」
 早速、百合園の代表のはずのミルミ・ルリマーレン(みるみ・るりまーれん)が蜘蛛の巣に頭から突っ込んでしまい、騒ぎ出す。
「はい! 今取ります」
 七那 夏菜(ななな・なな)が、ミルミに近づいて丁寧に蜘蛛の巣をとってあげる。
「ありがと……。早く頭洗いたいよ」
 ミルミはしょぼんと大人しくなる。
 そのようすに、夏菜はくすりと笑みを浮かべた。
 合宿には白百合団員やロイヤルガードの人も多く参加していると聞いている。
 尊敬している先輩達の役に少しでも立ちたいと思って、夏菜はこの合宿に参加することにしたのだ。
 ここに来る船の中では『学校の代表』といった雰囲気を持つ人ばかり目に付いていて、場違いだったかなと少し思ってしまっていたけれど。
 百合園の代表だというミルミにはそんな雰囲気も風格もない。皆を楽しい気持ちにさせてくれるような、そんな人だった。
 役に立ちたいというより、世話をしてあげなければとそんな気持ちも夏菜の中に湧いてくる。
「でも……」
 周りを見回しながら、自分に一体何が出来るのだろうと夏菜はちょっと悩む。
 部屋の中はボロボロで、掃除より補強工事が必要そうだった。
 力仕事には向いていないし、手際もよくないし。
 何から始めればいいのか、判断も出来ない。
「ここがダイニングのようだな、ここからやろうぜ!」
「お掃除なら私にお任せだよっ!」
 対照的に、夏菜のパートナー、七那 勿希(ななな・のんの)七那 禰子(ななな・ねね)は、てきぱき動き始める。
「雑草が多いよな。草刈から必要か。椅子やテーブルも壊れかけているし、勝手口から外に出して修理しないとな」
 禰子は壊れかけている勝手口のドアを開けて、椅子を運んでいく。
「誰か直せるヤツいるかー!?」
「おう、楽勝よ!」
「頼んだぜ」
 外では男性中心に建物の補強などが行われているため、椅子やテーブルの修理も頼んでいく。
「20人くらいはここで一緒にご飯食べれそうだよね。お皿とか使えそうなのあるかなー」
 勿希は食器棚の中から、皿や調理器具などを取り出して調べていく。
 調理器具は難しそうだが、陶器の皿は洗えば使えそうなものもある。
「使えそうなものと、使えないものをわけて。使えない方はゴミにしちゃおう。使える方は、調理班の方に渡そー」
 持ってきた袋の中に、使えるもの、使えないものを分けていく。
 割れた皿は紙に包んで、触った人が怪我をしないよう『キケン』とマジックで記しておく。
「おっと、草を抜いたら大きな穴があいちまったぜ。塞がねぇと」
 禰子は隅に開いてしまった穴を塞ぐために、勝手口から顔を出して大工仕事をしている男性達から工具を借りようとする。
「十分な木の用意が出来ていないから、とりあえずは適当な石をつめておいてくれないかな」
 イルミンスールの講師である、獣人のグレイス・マラリィンが、拾い集めた石を禰子に渡す。
「サンキュー。ところで飲食用の水はどうするんだ? 調達方法なんかはわからないが、運ぶんならやらせてもらうぜ!」
「川に汲みに行ってもらうことになる。水車もあったようだけれど、機能してないからね」
「了解。その時は声をかけてくれよ」
 細かい作業は苦手というもともあり、禰子は積極的に力仕事に名乗り出ていく。
「上から順にほこりを落とそー」
 勿希ははたきを持って飛んで、天井や棚の上の蜘蛛の巣、埃を落としていく。
「あれ?」
 それから雑巾をぬらして汚れを落とそうとした勿希は、雑巾を手に立ち尽くしている夏菜に目を留めた。
「どかした?」
「え? ううん、なんでもない。……ええと、ここ拭くね」
 夏菜はぬらした雑巾で壁を拭くが汚れは落ちない。どうしたものかと……役に立っていないことに、軽くため息をつく。
 勿希には夏菜の元気がない理由がなんとなくわかってくる。
「お姉ちゃんって、火の魔法使えるよね。そしたら、ぞうきんに水をたっぷり含ませて、それからこう弱めに魔法を使って湯気だせない?」
「出来ると思うけど……」
 勿希の言葉に、夏菜はちょっと不思議そうな顔をする。
「室内だとちょっと危ないから、外で修理してる椅子から拭いてみたらどうかな?」
「うん、やってみるね!」
 夏菜は外へでて、勿希のアドバイス通り、雑巾を温めて椅子を拭いていく。
「わっ、ホントだ! 普通に拭くよりきれいになるねっ」
 あまり熱すぎると雑巾に触れなくなってしまうので、程ほどに熱して夏菜はごしごしと椅子を拭いていく。
「こっちも出来たよ」
 グレイスがもう一脚、椅子を持ってくる。
「ありがとうございます」
 受け取って、夏菜はその椅子も磨いていく。
 汚れが落ち出したことで、少しずつ掃除が楽しくなってくる。
「楽しい気分が戻ったみたいで、よかった。よし、こっちも頑張らなきゃ!」
 勝手口の外に目を向けながら、勿希は微笑みを浮かべ、自分もダイニングの中の掃除に勤しんでいくのだった。

「虫、虫、虫、虫ー! 黒いのとか、大きいのとかいたよーーーっ!」
 廊下ではまたミルミがギャーギャー騒ぎだしていた。
「お任せ下さい。駆除剤も全て揃えてありますから」
 野々がポーチの中から、害虫駆除剤を取り出してみせる。
「でも、毒を持っているのでなければ、虫は後回しでもいいのです。まずは家の状態ですよー」
 野々は、老朽化の具合を見て回る。
「そこの窓。草に埋もれていますが、ガラスの破片が床に散乱していますから、気をつけて下さいね」
 さささっと付近を掃いて、張り紙をし、メモにも残す。
 そして優先的に修繕した方がいい場所については、外で大工作業を行っている者達に早めにお願いしていくのだった。
「ぎゃー、こっちにも虫! 気持ち悪い草とかも生えてるし……。こんなところに住めないよ」
「ミルミ〜、こっちでお菓子たべるのだ〜!」
 壊れた窓の外から、プロクル・プロペ(ぷろくる・ぷろぺ)がミルミに声をかける。
「ミルミお姉ちゃん、アメもらったんだけど、食べてもいいかな?」
 外の草むしりを手伝っていたライナもミルミに尋ねてくる。
「うん、食べていいよー。ミルミも建物の中の調査頑張ったから、少し休憩ね!」
「……頑張ったかどうかは兎も角として、休んできていいですよー」
 野々が微笑んで声をかける。現段階ではいても邪魔にしかならないので、外に出ていてくれた方が助かるのだ。
「それじゃ、おやつにしよ〜」
 ミルミは光の翼を広げ、窓から外へと出て行った。

「静かになりましたわね。作業続けましょう」
「片付けて、暗くなる前に必要な物運び込もうね」
「面白いものでもあるといいですね〜」
 パートナーのプロクルにミルミのお守りを任せて、神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)は、アトラ・テュランヌス(あとら・てゅらんぬす)エレア・エイリアス(えれあ・えいりあす)と、部屋の整理をしていく。
 エレンが目をつけたのは、一番物の多い部屋だった。
 長期間どこにも管理をされていなかった空き家だ。金目のものは既に何も残ってはいないようだった。
「あらあら、まあまあ、これは〜……え〜っと……なにかしら〜?」
 エレアは戸棚の中の黒い塊を手にとってみる。
 なんだか良く解らない形の、置物のようだった。
「価値はなさそうですけれど〜、考古学者の先生に見てもらいましょうかね〜」
 エレアはその物体を、保存用の袋の中に入れていく。
「機械類なども殆どないですわね。まあ、壊れていても売り物になりますから、持ち出されてしまったのでしょうねえ」
 エレンは少し残念そうに部屋の中を見回す。
 電気系統のチェックもしてみるが、電気が使われていた形跡はない。
「これは暖房機かなにかだと思いますけれど……。機晶石のような材料が燃料として使われていたみたいですわね」
 部屋に組み込まれている機械を確認し、エレンはそう考える。
 その部品の大部分を持ち出されており直しようのない機械以外、部屋に機械といえるものは存在しなかった。
 いくつか機器類、設備類については政府に申請を出してはきた。
 しかし、快適な暮らしになってしまったら、合宿の意味が薄れてしまうため、今は、機器類は最低限の持ちこみしか許可はされていなかった。
「せっかくトワイライトベルトにあるんですし、ネットが出来るようにパソコン類を設置したいですわねぇ」
 とはいえ、地球の電波を受信できる場所から近いのだから、コンピューター関係の機器類をいずれこの辺りに持ち込むことになるだろうと、エレンは考えている。
「エレンねえ〜、この辺りに荷物置いてもいい? ここ、センセーたちの部屋になるみたい」
 アトラが荷物を運び込んでくる。
 教師、引率者が使う為の、パソコンや指導用の機材などだ。
 ペットの狼やパラミタ猪も背中に荷物を乗せて、お手伝いをしている。
 窓からは大型騎狼も顔を覗かせている。背には本などが乗せられているようだ。
「そうですわね、この辺りに運んでください。掃除が終わったら梱包を解きましょう」
「うん!」
 にっこり笑みを浮かべて返事をして、ペットと一緒にアトラは荷物を指定の場所に運んでいくのだった。
「ミルミ、ローズティーが飲みたい! カップも薔薇のカップがいい!」
「えっと、私は鈴子お姉ちゃんといつも飲んでるのがいい、です」
「うむうむ、用意するのだ。こっちはプロクルお勧めのお菓子なのだぞ〜」
 ミルミのわがままで元気な声と、ライナの控えめな声、一緒に遊びながら世話をしているプロクルの声が、ここまで響いてくる。
 くすりと笑みを浮かべながら、エレン達は作業を続けていく。