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薄闇の温泉合宿(第1回/全3回)

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薄闇の温泉合宿(第1回/全3回)

リアクション

 早速、地下で見つけた本、及びその他の場所で発見された本を集めて、グレイスはテントの中で目を通していく。
「疲れた頭では解読が進みませんわ。渋いヒラニプラ茶でもどうですか?」
 熱心に作業を続ける彼に、紙コップに茶を淹れて差し出したのはステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)だ。
「ありがとう、いただくよ」
 グレイスは微笑みを見せて、紙コップを受け取った。
「……この文字、ザナドゥの暗号かしら?」
 本に目を向けて、ステンノーラが言った言葉に、グレイスは首を左右に振る。
「シャンバラ古王国時代に普通に使われていた文字のようだよ。暗号でもない」
「見かけない文字でしたら、もしかしてと思いましたの。わたくしには解読のお手伝いはできそうもありませんし、皆さまにもお茶をお配りして参りますわね」
 そう言葉を残すと、ステンノーラは主に書物の調査に当たっている人に、茶を配って回ることにする。
 疲れた頭では、良いアイディアも出ては来ないと思うから。
「ボクはインターネットの使える場所に行ってみたいと思うんだけど。どの辺りかな?」
 グレイスを手伝い、建物の調査を行っていたブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)がそう問いかける。
 建物内でも試みてみたが、建物内、そしてこの辺りでも接続が出来ないようだった。
「渓谷に橋のようにトワイライトベルトが架かっているだろ? その温泉が湧いている辺りで繋がるって話だ。でも、今は掃除やここの調査を優先してほしい」
「そうだね。それじゃ、地下の掃除を手伝ってくるよ」
 にやりと笑みを残して、ブルタは建物の方へと向かう。
 合宿に訪れた者達は皆精力的に掃除と、調査に動いている。
 そんな中で、ブルタは彼等とは少し違う考えを持っていた。
(地上からの電波を受信できる場所が見つかったと言うのは大ニュースだ。今は電波だけとは言っても、いずれは普通の契約者ではない地球人が大挙してパラミタに押し寄せれば、どんな事態になるか分からない。資源獲得の野心を持った中国軍を始めとする地球勢力がこの情報を見過ごすはずがない)
 ここは、東シャンバラ領内だから、教導団も迂闊に手は出せない。
 しかし、中国政府の影響を強く受けている教導団としては、強引な手段を用いてもここの情報と――この付近に潜伏している可能性のある、ユリアナ・シャバノフが喉から手が出るほど欲しいのではないだろうか。
 イルミンスール生であり、エリュシオン派であるブルタとしては、それらを西勢力に渡したくはないと思っていた。
 東シャンバラと西シャンバラの利害は対立するだろう。
 グレイスに確認したところ、地球側ではこの場所を介してシャンバラと交信が出来るというニュースなどは流れていないということだ。
 それは一体何故なのか……。
「ぐふふふ。ボク達が今いるこの場所こそが全ての始まりの地になるんだよ」
 ブルタは薄気味悪く笑った――。
 彼はここで得た情報を、西側の契約者に渡すつもりはなかった。
 そして。
「こちらの本も視ていただけますかしら? 魔道書だと思うのですが」
 同じく建物内で調査に当たっていたサルガタナス・ドルドフェリオン(さるがたなす・どるどふぇりおん)が、建物の中にあった本をグレイスに差し出した。
 生きた魔道書が存在しないかと、探ってみたサルガタナスだが、今のところそのような魔道書は発見できていない。
「ん? ……そうみたいだね。あー、これは初心者向けの魔術の本かな。特に珍しいことは書かれてないようだよ」
 パラパラ本を捲って、グレイスはそう言った。
「残念ですわね。期待はずれかしら……」
 魔術結社があった場所と聞き、魔道書が沢山眠っているのではないかと思ったのだが……。
「でもそうですわね。大事な物なら引き払う時に持っていかないはずありませんもの」
 ちらりと目を向けた先には、ザルク・エルダストリア(ざるく・えるだすとりあ)の姿がある。
 ザルクは軽く頷くと、これまでの調査結果をパートナーのジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)に精神感応で送った。
 2人は現在ヒラニプラの獄中にいるジャジラッドの指示で動いている。
 松平 岩造(まつだいら・がんぞう)ファルコン・ナイト(ふぁるこん・ないと)武蔵坊 弁慶(むさしぼう・べんけい)ドラニオ・フェイロン(どらにお・ふぇいろん)等が、教導団で彼の脱獄を警戒しているようだが、ジャジラッド当人は『ここは温かいし三食昼寝付きで天国だぜ! まさにオレの為に用意されたスイートルーム!』など言いながら、獄中生活を楽しんでいるようだった。……本心かどうかは不明だが。
『東西の冷戦がようやく始まりそうだ。これが歴史の分岐点って奴なのかもしれねえな』
 パートナーの言葉が、ザルクの頭に流れてくる。ザルクは「ええ」と返しておく。
「もう少し調べてまいりますわね。また何か出てきましたら、よろしくお願いいたしますわ」
「盗賊のアジトの方も気になりますわね。魔道書の盗品などもありますでしょうか」
 ザルクとサルガタナスはグレイスにそう言い残し、頭をさげてテントを後にする。
 そして、ジャジラッドの指示を受けながら、建物の調査を進めるのだった。
 今のところ自分達個人で得た情報は誰とも共有するつもりはなかった。

「窓も多くて、風通しもいいし、この部屋がいいよね。……その分汚れちゃってるけどさ」
「入り口からも近くて便利だから、ここで決定でいいと思う」
 ミルミ・ルリマーレン(みるみ・るりまーれん)が、ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)と一緒に、入り口近くの部屋に入って中を確認する。
 窓を破って入ってきていた木の枝の処理や、虫の除去などは済んでいるが、その部屋は優先度が低く、本格的な掃除はまだだった。
「それじゃ、救護班の皆を集めて掃除してもらうっ……じゃなくて、ミルミも少しは手伝わないとね」
「うん、一番綺麗な部屋にしないと!」
 ネージュはきゅっと三角巾を縛り、エプロンをする。
「俺も手伝うぜ。目的は同じみたいだしな!」
「俺はここの警護だな。でけぇのが2人入ったら邪魔だしな」
 荷物を持って顔を出したのは、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)秘伝 『闘神の書』(ひでん・とうじんのしょ)だ。
「よーし、掃除頑張ろう。オー!」
 と言った後、ミルミは見守り姿勢だ。
 ネージュは用意した箒で床を拭いていき、ラルクは雑巾で壁を拭いていく。
「そうしていても邪魔だぜ? 一緒に警備するか嬢ちゃん」
 ドアの前に立つ巨漢で筋肉質な闘神の書に話しかけられ、ミルミはびくっと震える。
 ずっとお茶しているのにも飽きたし、皆が頑張っている姿をみて、ミルミも何かやりたいと思っていたところだ。
 だけれど、指示されないと何をしたらいいのかわからない。
「天井も汚れてるなぁ〜」
 闘神の書が天井を見上げながら声を上げた。
「ええっと……ミルミは上の方拭こう、かな? 汚いところ触るの嫌なんだけどね〜」
 そんなことを言いながら、しぶしぶというようにミルミも雑巾を手に取ると、光の翼を羽ばたかせて、天井や棚の上を拭いていくのだった。
「何事にも向き不向きがあるもんだ」
 軽く笑みを浮かべながら、闘神の書はラルクと少女達が掃除をする様子を見守っていく。

 ラルクとネージュとミルミ、それから手伝いに来た百合園生達は、丁寧にその部屋を掃除していき、壊れた窓は板で塞いで、草のベッドを作って、シーツや毛布を入れていく。
 この部屋は、救護班の活動場所そして、ラルクや医療知識を持つ者達が医療に当たる、医務室として使われる。
「ちょっとした怪我なら、魔法で治し合えるだろうが、傷を塞いだだけで完治といかない場合もあるしな」
「食中毒なんかも起こりそうだよね」
 ラルクは、医療道具を部屋に並べていき、ネージュはシーツやタオルを準備したり、間仕切りとする為の布を運び入れる。
「まあ、今んとこ何の騒ぎもないが、盗賊のアジトが近くにあるって噂もあるしな。ロイヤルガードが動いているそうだし?」
 闘神の書がラルクに目を向ける。
「そのようだ。敗北した盗賊達がここに逃げてくる可能性だってある。人質をとろうとする可能性だってないとはいえねぇしな。備えておくに越したことはない」
 ラルクは軽く武装をしている。万が一の際には、患者を守って戦うことが出来るように。
「すみません、気分が悪いみたいなので、少し休ませてもらえますか?」
 早速、少女が顔色の悪い友人をつれてその医務室に現れる。
「どうぞ。どうしたのかな?」
 ネージュがベッドの方に案内をして、気分の悪そうな娘に心配そうに問いかける。
「朝からちょっと具合が悪くて……。少し休めば大丈夫だと思います。すみません」
 横になりながら、少女はそう言った。
 ネージュは少女の額に手を当てる。
「とっと熱があるかな? 測ってみてね」
 体温計を取り出して、少女に手渡した。
「身体に痛みはあるか?」
「頭痛がします」
 ラルクの問いに、少女はそう答えた。
「解熱鎮痛剤と湯冷ましを用意しておこう。それを飲んで少し様子を見ような。学校と名前は?」
 ラルクはカルテ代わりのノートを取り出して、少女の名前を聞いていく。
 その後も、怪我人というより、不調を訴えるもの――さぼり目的の者も、現れ、医務室は良くも悪くも盛況になっていく。
 無論、さぼりと判断された者は闘神の書に首根っこ掴まれて、外に捨てられたが。

「古い建物だしぃ、床板が腐っていたりして危ないわぁ。なるべく一人で行動しないでねぇ」
 医務室の掃除を終えたミルミに、雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)が付き添う。
「うん、一人で夜歩いたりしたら、凄くこわそうだよね……、ひっ」
 ミルミは虫を見つけて、リナリエッタに飛びついた。
「蜘蛛くらいでビクビクしなくてもぉ〜。でも、蛇とか蜂には気をつけてねぇ」
「うん。はあ……」
 ミルミはため息をつく。
「あと魔術結社の拠点として使われてたって話だからぁ。妖しい本とか薬とか、まだ残ってるかもしれないしぃ、発見したら触らず嗅がず近寄らず、誰かに知らせてねぇ」
「そだね。皆にも伝えておかなきゃね、リーダーとして!」
 そう言い、ミルミは皆にリナリエッタの言葉そのままを伝えて、注意を呼びかけていく。
「流石にぃ、毛布の数が足りないかしらぁ。これから冷えるしねぇ」
 リナリエッタは銃型HCで地図を作り、手配を頼まなければならないものをリストアップしていく。
「よし、2階も見回ろう。ミルミ、鈴子ちゃんの代わりだもんね」
 言って、ミルミは2階へと飛んでいく。
 リナリエッタも、そっと後に続く。
 余計な手出しはせず、行動も制限せず。
 さりげなく傍にいて、普段どおり、にやにやとした笑みを浮かべながら見守っていく……。