リアクション
(・二人の科学者)
オリガ達は、イコンハンガーへと辿り着いた。
「敵の機体がありますわね。青い機体は……」
あった。
今は、ちょうどイコンハンガーが見渡せるデッキ上になった通路にいる。そこから階段を下りれば、すぐにイコンへ辿り着ける。
「風花、期待の調整を頼む」
敵の機体――シュバルツ・フリーゲに向かおうとしたところで、一度立ち止まる。
「待って下さい。あれは、ホワイトスノー博士?」
なぜこんなところにいるのか?
疑問は尽きないが、この直後、彼女達は恐るべき光景を目撃することになる。
* * *
ジール・ホワイトスノーは、イコンハンガーで「知人」との再会を果たしていた。
「久しぶりだな、ヴィクター」
そこには、三十前後の、サングラスをかけ、白衣を纏った男がいた。
白衣の下は派手な柄のワイシャツに、ジーンズというラフな格好だ。
「クク、何年ぶりだろうねエ、ジール先輩」
「ノーツ一家の葬式以来だから、十一年ぶりだ。新世紀の六人の関係者だとは踏んでいたが、やはりお前か」
「デ、先輩。何のようですカ?」
「何、確かめに来ただけだ。新世紀の六人、遺伝子工学と生物学の最高権威、バート・ウェストの息子よ」
二人の会話は続く。
「オレは親父を超えタ。当然、先輩、アンタもダ。もう時代は変わったんだヨ」
「ふん、所詮お前の研究など父親のデータ頼りだろう。自力で何も考えられないヤツが何を言う?」
「見ロ、これヲ」
次の瞬間、数十人の黒い装甲服の兵士がホワイトスノー博士を取り囲んだ。
「コイツらハ、自我を持たなイ。予めインストールされたデータに基づき思考シ、戦闘を行ウ。さらに、脳内のネットワークによって戦闘データは蓄積されていク。機械のロボット兵よりモ、ずっと優秀デ、それでいて低コストダ。一体千ドルで作レ、維持費もほとんど必要なイ。いずれ戦争は、コレを国家が使用し、高みの見物をしながら強さを競う『ゲーム』と化ス。無益な血は流れないんダ。素晴らしいだろウ。ククククク」
大げさに笑う、科学者
ヴィクター・ウェスト。
「人間を、『モノ』にまで貶めたか」
「人のことが言えるのかイ? ロシア軍に協力したのは、『代理兵としての自律駆動ロボット兵』を造るためだろウ? オレと先輩、やってきたことは変わらないじゃないカ。有機物か無機物かという違いだけデ、本質は同じなんだヨ」
「歪んだな、ヴィクター」
「クク、なんとでも思うがいイ。それ二、オレはイコンを復活さセ、新型もいくつか完成させタ。どうダ? 悔しいカ? 自分よりも劣る後輩に抜かれて悔しいカ?」
ホワイトスノーは冷めた視線を送り続けるだけだ。
「デ、もう一度聞こウ。何をしに来タ?」
「どんな下種が敵の研究責任者かということを確かめるのと、生徒の回収だ」
「そうカ。だガ、ただで返すと思うナ。せっかくダ、オレの成果をその身体に教えてやろウ!」
取り囲んでいた装甲服が、順次ホワイトスノーに向かっていった。
だが、途中で全員動きを止めた。
「笑わせる」
次の瞬間、十数の黒い装甲服全員が細切れに分断され、ただの肉片と化した。
博士のコートの袖口からは、ワイヤーのようなものが伸びている。
「ホログラムか。小賢しいヤツだ」
彼女は、ヴィクターも分断したつもりだったが、彼は立っていた。
「いつの間にそんな技を身につけたんダ?」
「答える必要があるとでも?」
「仕方なイ。最高傑作を見せてやりたいところだガ、生憎『調整中』でネ――02号!」
声が上がると同時に、両手にナイフを携えた赤い装甲服が現れた。
「クローン兵の『オリジナル』。オレの傑作の一体ダ」
ホワイトスノーがその装甲服を見たときには、もう懐にまで入っていた。
一気に博士のコートを袈裟切りにする。
それは、彼女の皮膚に食い込んでいた。
「これで、傑作か」
ナイフを下ろした瞬間、敵の身体はバラバラになった。
「へエ、そういうことカ」
ヴィクターは興味深げな顔をしていた。
ホワイトスノーの裂かれたコートの下、ナイフが通過した皮膚の下から覗いてたのは、生々しい赤い血肉ではなく、無機質な機械だった。
「好きでこういう身体になったわけではない。愚かしくも生に執着した結果だ」
すぐに、手に持っているワイヤーを糸代わりにしてコートを縫い、機械の身体を隠す。
その直後、またも黒い装甲服が現れるが、今度は何をするでもなく、倒れた。
「08号メ。暴走したカ!」
苦々しく、ヴィクターは口元を歪める。
「走れ! 早くイコンに乗り込め!」
ホワイトスノー博士が、オリガや紫音達に向かって叫んだ。
「紫音さん、風花さん、大丈夫ですか!?」
黒い装甲服が倒れると同時に、二人もがくりと膝をついた。
「ああ、なんとか、な……」
「この感じ……あの青い……」
それが、目の前に見える青いイコンの本来のパイロットが発したものだと、風花は気付いたようだ。
なんとか二人は立ち上がり、イコンを目指す。
オリガとエカチェリーナは、五月田教官らと共に、青いイコンのコックピットに乗り込んだ。
発進準備を始めるが、
「どうなってのよ、これ?」
「起動しませんわ」
青い機体は動かない。
何をやっても、まったく起動する気配がない。
「クク、無駄ダ。ソイツは08号以外には動かせなイ」
その様子を、遠くからホログラムのヴィクターが見つめていた。
「仕方ありませんわ」
すぐにコックピットを降りて、別の機体――シュバルツ・フリーゲに乗り込みに向かう。
そのタイミングで、別方向に分かれていた孝明らが合流する。
「紫音、機体の調整終わりましたぇ。さっさと乗り込んでくださいまし」
真っ先に風花が機体の調整を負え、紫音が乗り込む。
すぐに機関銃のトリガーを握り、敵兵を牽制する。
「殿は俺に任せろ! 教官、オリガ、孝明、景勝、今のうちにイコンに乗り込んでくれ!」
その間に、オリガは別の機体に乗り込む。
「教官のパートナーは、頼みましたわ」
オリガが孝明に言った。
本来ならばイコンは二人乗りだが、今回はやむを得ない。
「教官、こちらですわ!」
オリガがコックピットに乗り込み、発進準備を進める。
「すまないな、生徒に手間をかけさせて」
教官が不甲斐なさそうに言った。
それに対し、オリガは出撃前に言われたことの返事をもって、答える。
「私はまだ迷い続けています。震えも止まりません。でも、誰かが死ぬのを見たくないのは心からの気持ちです。だから……今は誰も死なないように戦いますわ!」
操縦桿を握る腕が震える。
深呼吸し、声を発した。
「発進します!」
機体を上昇させる。
斜めの体勢になり、天井を撃ち抜いて突破口を開く。
「お邪魔したわね、基地の皆さん」
最初にオリガ達が基地を脱出し、他の者達を先導出来るようにする。
それに続いて、孝明達が、さらに景勝達がシュバルツ・フリーゲに乗って機体を起動する。
「しっかり掴まってろよ!」
景勝達はメアリーを乗せている。
「本当に……ありがとうございます。もう何て言っていいのか……」
「礼はいらんさ。それに、困ってりゃ助けるもんだろ」
三機が発進するのを見て、殿を務める紫音達が、最後に発進した。
「絶対にみんなで学院に帰るぞ」
機体を上昇させ、基地から離脱していく。
武器で、精神感応の影響から解放された強化人間達を牽制しながら、高度を上げていった。
* * *
「さて、お前がどこにいるのかも分からない以上、引き上げるとするか」
生徒の無事を確認したホワイトスノーは、手に持ったワイヤーを使い、天井まで上っていった。
「ジールぅうううウウウ!!!」
サングラスの奥の瞳は分からない。
だが、確かに怒りはあるようだ。
「それと、ここの輸送機を一つもらっていくぞ」
彼女の上を、飛行機が通過しようとした。
「大佐、乗ってください!」
モロゾフだ。
他にも、基地内にいたローザマリアとそのパートナー達、佐那、ミルト、ペルラと全員が無事乗り込んでいた。
「くソ、出撃出来る機体はさっさと追エ! あの機械女ァアア!!」