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薄闇の温泉合宿(第2回/全3回)

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薄闇の温泉合宿(第2回/全3回)

リアクション

「訪れたようだ」
 空に目を向けていたレン・オズワルド(れん・おずわるど)がそう言い、メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)を見た。
 頷いてメティスは指揮者に当たる者達の元へと歩く。
 レンは今は見守ることにする。
 龍騎士がこちらに向かってきた理由はまだ解らない。
 宝が目当て――そう、魔道書の回収が目当てである可能性は高いだろう。
 東側がどのような交渉を行ったとしても、戦闘回避は難しいのではないかとレンは考えた。
(頼んだぞ……)
 ジャスティシアのメティスに望みをかけ、自身はもしもの時に前面に出るために、この場に残ることにした。

「交渉まず、東側に行っていただきたく思います。代表者はどなたでしょうか」
 メティスの問いに対し、皆の目はファビオに向けられる。
 ファビオは分隊を率いている龍騎士を探るような目で見ていた。
「……いや、俺は今の時代のロイヤルガードじゃないし、交渉も向いていないから」
 言って、彼は東側のロイヤルガードでこの作戦に参加しており、指揮能力もあるロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)に目を向けた。
 ロザリンドは無言で頷いて、前へと出る。
 龍騎士達は少し離れた位置で地上に降り、そこから歩いてこちらに向かってきた。
 命令や威嚇をしてくるわけではなく、敵意はなさそうに見えた。
 隊長はロザリンドと同世代の青年のようだ。
「ロイヤルガードのロザリンド・セリナです。お話は伺っております」
「エリュシオン帝国龍騎士団のレスト・フレグアムだ」
 威厳などはあまり感じられない、優男に見える。
 だけれど、その表情は若干険しい。
「援護に来て下さり、ありがとうございます。残党の数は少ないと思われますので、まずは私達にお任せ下さい」
「いや、私達も作戦に加わらせてもらおう。人員の中に不穏なことを考えている者が潜入しているとの密告を受けているんでな」
 その言葉に、ロザリンドは軽く眉を顰める。
 事実なのか、騎士団側のでっち上げなのか、判断は出来なかった。
「ですが、おそらくアジトはそう広くはありません。人数が多すぎると、逆効果になってしまいます。すでに作戦は立ててありますので、今回はお任せ下さい」
 だが、同行を認めるわけにはいかない。
 龍騎士を快く思わない者が、龍騎士に暴言を吐いたり、剣を向けたりする可能性も否めないからだ。
 また、回収した宝も、ここで龍騎士に渡してしまうようなことは避けなければならない。シャンバラのロイヤルガードとして。
「龍騎士団の皆様には、空から警戒に当たっていただければと思います。万が一、メンバーの中に潜入者が居た場合も、空から監視されていたのでは、動きを取れないと思います。逃亡をしようとした者がいても、皆様の機動力、戦闘力でしたら、逃すことなどありえませんし」
「……確かに、我々が適任ではある」
 言ったレストがちらりと一方を見たことに、ロザリンドは気づいていた。
 その先にいるのは――西シャンバラのロイヤルガード達とユリアナだ。
「しかし、私と数名はここに残らせてもらう。上空には残りの者を配置しよう」
「お願いいたします。ところで……どういった目的でいらしたのでしょうか?」
 単なる賊のアジト捜索への、龍騎士団の干渉は明らかに不自然だ。
「かねてより探していた、我国エリュシオンの賢者により記された魔道書がここにあるという情報を掴んだ。それを確かめ、真実であるのなら帝国に持ち帰る為に我等は馳せ参じた」
「……ご説明、ありがとうございます。それでは、ご協力よろしくお願いいたします」
 動揺を隠し、顔色を変えずロザリンドはそう答えた。
 目的は理解したが、魔道書を渡すとは言わない。
 とりあえずは、東側で入手して、合宿所に一旦持ち帰ろう……でもどんな理由で、と頭の中で作戦を練っていく。
「キミはエリュシオンから来たの? だったら、シャンバラ内で行動する許可を得てる?」
 考え込むロザリンドの背後から、桐生 円(きりゅう・まどか)が顔を出し、レストに問いかけた。
「特にそのようなものはないが……」
「それじゃ、困るよ。外交問題になりかねないから」
 円は、他の騎士団を辞めた龍騎士もシャンバラ内にいるようだということ。
 そして、レスト達がその騎士団を辞めた龍騎士ではないかどうかは自分達には判らない、と説明していく。
「君たちがその騎士団を辞めた龍騎士だったら、ボク達がエリュシオンから怒られるかもしれないじゃないか、証明するものがなきゃボク達の判断で渡すことなんて絶対出来ないよ」
「確かに」
 騎士団を辞めて、シャンバラに攻撃を仕掛けた元団員がいたのは事実だ。
 円の言葉に、レストは小さくうなり声を上げる。
「だが、君達が持つ、携帯電話はパートナー間であるなら、どこにいても繋がるのだろう? ヴァイシャリーにいる者に、確認をとってもらえば済むことだ」
「んー、それなりの立場の人じゃないとねぇ、政府や騎士団と連絡なんて簡単にとれないから。責任者のゼスタさんここにはいないしなー。とりあえず、終わった後、彼に来てもらうか、合宿所に行って確認をとらなきゃね」
「……それで、構わない」
 少し不機嫌そうに、レストはそう言った。
 円はロザリンドと目を合わせて、目だけでほっと笑い合う。
 龍騎士団の後方では、高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)が注意を払っているが、騎士団員に妙な動きはなく、合宿参加者側が仕掛けてこなければ、何も起こらずにすみそうな状態だった。

(龍騎士……こんな状況で更になんてややこしい状況に!)
 少し離れた位置。
 木々の陰に隠れながらユリアナを監視していた如月 正悟(きさらぎ・しょうご)が歯噛みする。
 ユリアナの護衛、監視についている者がとても多いことからも、パートナーのエミリア・パージカル(えみりあ・ぱーじかる)に同行をお願いし、この作戦においては自身はユリアナに近づくことはしなかった。
 ロイヤルガード志願者であり、ロイヤルガードの刀真から話を聞いていた正悟は、エリュシオンが介入してくる可能性も考えてはいた。……その魔道書が特殊なものであるなら。
(本当に、対の魔道書をユリアナに所持させてもいいのだろうか)
 ユリアナには違和感を感じていた。東の戦力を殺ぐなどという発言にも。

 ロイヤルガード達に護衛されながら、ユリアナは龍騎士団を見ていた。
 彼女の顔に浮かんでいたのは、恐怖でも、警戒心でもなく。
 驚きだった。手をぴくりと震わせた彼女だが、すぐに下を向いた。
 表情を隠すかのように。
 ユリアナを監視していた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、彼女のそんな表情を見逃さなかった。
「アジトの探索楽しみっ。金銀財宝とかあるのかなー。珍しいものって、見るだけでも楽しいしね!」
 だけれど美羽はユリアナを監視、警戒するそぶりは見せず、いつもどおり子供っぽく陽気に振舞うのだった。
「ユリアナが盗られたものも、大事に保管されているといいね。価値がわからなくて捨てられてたりしたら残念だもんね」
 そう美羽が声をかけると、ユリアナは顔を上げて「ええ」とだけ言った。
「俺も護衛に付かせてもらうぜ。樹月刀真から話は聞いている」
 突然現れた、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が、ユリアナへ近づいた。
 彼はロイヤルガードのメンバーから聞いた話から、ユリアナが何らかの――東西シャンバラに関わる重要な情報を持っているのではないかと考えた。
 自身は隠形の術で身を潜めていたのだが、龍騎士の出現を知り、彼女が事件に巻き込まれ、彼女が持っていると踏んでいる重要な情報が消失してしまうことを恐れた。
 かなり多くの者が護衛についてはいるが、事情をよく知らない者や独自の判断で、彼女を逃がそうとする者もいるかもしれないから。牙竜自身も、以後は護衛に徹することにした。
 尚、刀真からロイヤルガードの紋章を借りて、細工をしたものをユリアナに預けようとも考えていたのだが、刀真が『なくすな』と何度も念を押し心配をしていたことや、仕込もうとした高性能小型盗聴器は簡単には入手できないことから、今回は用意を断念した。
 ハッタリではあっても持たせておけば、日本の警察の紋章が至るところで使われているように、ロイヤルガードの庇護下にあると思わせることができる。
 東西のロイヤルガードも現場での取引ではなく、政治へ舞台を移さなければならなくなる立場だと言い張れると考えてのことだった。
 ただ、牙竜自身に発行されたものなら牙竜の責任でやってしまうこともできたが、今回の方法だと何かがあった際には刀真が責任を問われることになるため、行うのなら刀真からの提案、もしくは同意しているのならばお咎め覚悟で刀真自身にやってもらわなければならないことだった。
「あの、ユリアナさんも魔道書をお探しなのですよね」
 穏やかな女性の声が響いた。
 ユリアナに微笑みかけているのは、橘 舞(たちばな・まい)だ。一見して育ちの良さが分かる優しそうな少女だった。
「……も? 魔道書を探しているのは私で、東シャンバラの人達は賊の討伐と、盗品回収が目的でしょ。魔道書は私個人が盗まれたものだから、そちらで回収しようなんて思わないでほしいわ」
「ですが、聞いた話によりますと、その魔道書はとても危険なもののようですから。もともとイルミンスールで保管されていたものですので、イルミンスールに返して、保管してもらうべきですよ」
「イルミンスールで保管されてた? そんなの嘘よ」
「ユリアナさんが契約される前のことのようです。イルミンスールの図書館から盗まれたもののようですよ」
 舞の話に、ユリアナの表情が険しくなっていく。
「魔道書にも人格がありますし、本人の意思も尊重すべきなのでしょうけど……。現代でも罪を犯してしまいましたしね。ユリアナさんも、パートナーとして仲良くされているのでしょうから、お別れは辛いと思いますが……。面会できないなどということはないはずですから、時間を作って、イルミンスールを訪ねてくださればと思います。私からもお願いしますから」
 舞の真剣な説明と説得に、後ろでブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)が額を抑えつつ、目を逸らしている。
「絶対嫌。東は信用できない。どんな目にあわされるかわからないもの」
 ユリアナは舞に強い目を向ける。
「あなたはもしかしたら本気でそう言ってくれているのかもしれない。でも、渡してしまったらきっと処分されるわ。危険と思われてるのなら、しないわけがない」
「そうですか……。そんなことはないと思いますが、どちらで保管するのか決める前に、関係者で話し合いが必要ですね」
 舞のその言葉に、間をおいてユリアナは頷いた。
「一緒にいられる方法もあると思います」
 正悟に頼まれてユリアナの護衛についているエミリアが彼女に微笑みかける。
「パートナーの魔道書さんとの良い思い出などありましたら、お聞きしたいです」
 そんな気分じゃないとでもいうかのように、ユリアナは首を左右に振った。
 エミリアは少し考えて、こうゆっくりユリアナに話しかける。
「私達契約者は皆、人間の方々より力を持っています。危険な力を持っているだけなら、それは皆同じですから。その力をユリアナさんと一緒に、シャンバラの為に使っていける方でしたら、図書館に封印なんてことに、ならずにすむかもしれません」
「彼は私のいうことなら何でも聞いてくれるの。だから危険なんてことはない。人格はあまりないみたいだから、主と認識されている私が管理していれば大丈夫」
「そうですか……」
 先ほど、ユリアナは魔道書のことを友達といっていたけれど、彼女の話を聞いていると魔道書のことを『人』とは見ていないようにも思えた。
「作戦が開始されるようです。私はお世話係ですが、探索にも同行させていただきますね」
 大鎌を手に、近づいてきたのはマリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)だ。
 ユリアナの世話をするように、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)に命じられ、彼女に付き添っている。
 少しの間離れていたのは、龍騎士の訪れとその対応について、亜璃珠に連絡を入れていたからだ。
「はい」
 ユリアナも、彼女が東側の人物であり、東側の監視と認識していたため、彼女の前では更に発言が少なくなる。
 さまざまな立場な者が彼女を注視しており、互いの存在が互いへの牽制にもなっていた。