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薄闇の温泉合宿(第2回/全3回)

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薄闇の温泉合宿(第2回/全3回)

リアクション

「まだ残党がいるようでしたら、この剣で正義の鉄槌を下して差し上げます!」
 カルラ・パウエル(かるら・ぱうえる)が意気込んで前へと出る。
「だからそれ剣じゃなくて……いやもうどうでもいいわ。それより宝よ」
「きっとケンという名前の槍なんですよ。愛用の武器に名前をつける方、多いですしね」
 舞がブリジットに小声でそう言って微笑む。
 それから、もっと調べやすくするために、光術を使って棚の方を照らした。
「魔道書だからやっぱり本棚でしょうか」
「そうね、本だけに、きっと本棚ね。そこから探しましょう」
 ブリジットが舞が照らした棚の方へと歩く。
 賊が中にいたこともあり、大掛かりな罠の可能性は低いが、箱や棚に仕掛けががある可能性もある。
 慎重に棚に手を伸ばし、置かれているものを確認していく。
「しかし、盗まれた2つの魔道書はなぜ2つなのか……」
 金 仙姫(きむ・そに)が言葉を漏らしながら、舞と共にブリジットの後に続く。
「すでに一つを所持しておる者に、もう一つの魔道書を渡すのは危険な気がするのじゃ」
 そして、ちらりと少女達に囲まれているユリアナの方に目を向ける。
「本来なら、イルミンスールに返すがが筋じゃろ」
「そうですよね……でも、ユリアナさんは絶対手放したくないみたいですし、話し合いが必要なようですね」
 舞がそう言う。そのためにも、魔道書は自分達、東側の契約者が確保できればいいなと思っていた。
「聞くところによると、形は本のようですけれど、本棚とは限りませんよ」
 カルラは木箱の中を確認していく。
「私も魔鎧ですけど、洋服ダンスの中で寝たりしませんしね。魔道書だって、きっと、硬い本棚の中より、ソファーとかふかふかのベットの方がいいに決まっていますわ」
「そのまま人間化する魔鎧のあなたと、本体は別の魔道書を一緒にしないでほしいわ」
 ブリジットは呆れ顔で本棚を探し続ける。
「でも契約者が一緒ではないのなら、本体と離れたりしませんでしょ? 考えが浅はかなのではありません?」
 軽く嫌味を言い合いながら、舞のパートナー達は棚と付近を探していく。
「2人とも……今日も会話が弾んでますね! ユリアナさんのパートナーの魔道書さん達も仲良しだといいですね。あっ、片方の魔道書さんは人型にはならないとも仰ってましたね、シャイなんでしょうか」
「はいはい」
 舞の言葉に、ブリジットは適当に返事をしながら探索を続けていく。

 賊の捕縛が済んだ直後、契約者の少女達に護られたユリアナも、魔道書を探し始める。
「……早く、早く見つけないと。私が見つけないと、とられてしまう」
 苦しげに言いながら、彼女も必死に探し始める。
「罠に注意してくださいね」
 灯はトレジャーセンス、トラッパーの知識で、注意をしながら――宝の回収などは手伝わず、ユリアナに付き添っていた。
(探索を開始したところ。色んなものがごちゃごちゃあるけど、ここにあるのなら発見は時間の問題だ)
 雅はユリアナを見守りながら、精神感応で牙竜に報告していく。
「本とかは少ないようですけれど……。物が多くて大変ですね。でも、東の皆も魔道書を優先的に探してくれているみたいですから、大丈夫ですよ!」
 綾耶はそんな風にユリアナを励ますが、ユリアナは「私が、見つけないと……誤算だった」と、小さく呟きながら、自分で見つけるべく物をかき分けて探していく。
「茶色の表紙の手書きの本でしたよね。お手伝いしますよ」
 ユリアナが必死であることが伝わってきて、エミリアも一緒に魔道書を探し始める。
 見つけたとしても、彼女に渡していいのかどうかは分からないけれど……これだけの人数がついているのだから、彼女が何かをしでかそうとしても、止めることは出来るはずだ。
(龍騎士が来ていることが気がかりだけれど……。こんな時に正悟、一体何をしてるのかしら。まさか温泉でも覗きに行ったんじゃ……)
 エミリアは軽くため息をついた。
 パートナーの正悟は、エミリアにユリアナを任せた後「ちょっと黄金卿を探しにいく」などと言い、どこかに行ってしまったのだ。
「人型なら呼べば良いのですが……。他に何か特徴ありませんか? 大丈夫、盗ったりしませんよー」
 綾耶がユリアナに優しく微笑みかける。
「……ありがとう。本を見つけたら、私に見せてくれないかな? カバーかけられてるかもしれないし」
「わかりました! ここに集めますから、確認してくださいね」
 綾耶は早速、本の形をしたものを探し出して、一箇所に集めていく。
「凄い魔道書だと賊も知ってたのなら、宝箱に入れられてるとか、土の中に隠しているって可能性もあるよね! 対の魔道書なら、パートナーの魔道書には場所わかったのかもね?」
 美羽のそんな発言に、ユリアナは軽く瞳を揺らしたが何も答えなかった。
「今のところ、妙な気配はありませんが、敵が潜んでいる可能性や……魔道書が発見されてから強奪に動く者がいるかもしれませんので、注意してくださいね。洞窟の外でも何か揉めていましたし」
 美羽のパートナーベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が、美羽や顔見知りで信頼の出来る少女達に、そう小さな声で伝えていく。
 ベアトリーチェは探索には加わらず、そのまま警戒に努める。
 美羽も無邪気に振舞ってはいるが、ユリアナを警戒しつつ魔道書を自分の手で確保したいと思っていた。ベアトリーチェはそのサポートに動いている。
 ユリアナからは特に害意などは感じられない。
 だけれど、笑みを見せる時にも、ちょっとした会話をする時にも。
 彼女からは僅かなぎこちなさを感じる。
 東側への拒絶感を示し、西側には好意的に見せてはいるけれど、注意して見ていると、それも演技だと見抜けてしまうような……。
(彼女が敵対の意思を持っているとは限りませんが……。それを知るためにも。美羽さん、お願いしますね)
 ベアトリーチェは美羽が無事確保できるように祈るのだった。
「調査を進めているところすまないが」
 教導団の軍服を纏ったロイヤルガードのクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)が、梅琳とパートナーのハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)と共に、アジトの中央に歩み出る。
「こちらがユリアナ・シャバノフが所有していたという魔道書を探していることは、東シャンバラの皆も知っての通りだ」
 手を休めて、皆が振り返る。
「彼女の所有物なら、彼女の処分とは別の問題。彼女に返されるのが筋ではあるが」
 一旦言葉を切り、クレアは梅琳に目を向ける。
 梅琳は任せるというように、首を縦に振った。
「この場では、ユリアナにも、東シャンバラにも渡しはしない。一旦合宿所に持ち帰る」
 クレアはそう宣言をした。
「私のものだって言ってるでしょ!」
 そう言葉を荒げたのはユリアナだった。
 焦りと怒りの表情を見せた彼女は、次の瞬間にはぐっと歯を食いしばり目を逸らし、すぐに作業に戻る。
 東シャンバラ側で、反対する者はおらず、概ねそれが良いだろうという反応だった。
 ただ、ファビオはクレアをちらりとだけ見て、何も意見は言わなかった。
「では、合宿所の会議室に持っていき、関係者を集めた上での会議を行うことを提案させてもらう」
「それにはあのレストという名のエリュシオンの龍騎士も加わることになるわね」
 クレアの提案に、梅琳がそう続ける。
「……奪われてしまうわ。東側の契約者が多いし。理由をつけて持っていかれて、しまう……」
 苦しげなユリアナの声は、近くで彼女を手伝っていた少女達にのみ、届いた。
「あなたの所有物であるのなら、何れあなたの元に戻ります。無事であることが確認できたのなら、急いで手に入れることはないのではないですか?」
 ハンスが穏やかにユリアナに問いかける。
「……」
 ユリアナはぎゅっと眉を寄せた状態で、何も答えはしなかった。
「人型のパートナーが捕らわれているのなら、分かりますが、日記でも手紙でもない本であるのなら、物でしかありませんから。それとも何か理由があるのですか?」
「私のものだけれど、私だけのものじゃないの。私の恩人のものだから……どうか、私に」
 ユリアナは皆に向かって深く頭を下げ、再び作業に戻る。
「……御神楽校長からの極秘任務とどう繋がるのでしょうね?」
 小さな声で、ハンスはクレアにそう言う。
「それも……」
 嘘かもしれない。
「彼女は嘘をつくのがなかなかに上手いようだがらな。だが、動揺させれば、こうして本心が滲み出るようだ。……それだけ、必死ということだな」
 クレアもまた、ハンスと梅琳に小さな声でそう話すのだった。
 クレアの目的は行った提案ではない。双方の反応を見ることだった。
「その人に会うために、必要なものなのですよね。大丈夫です。力になりますから」
 ユリアナに声をかけたのは風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)だ。
 両親がおらず、孤児院出身で会いたい人がいる。
 それは自分と弟の風祭 隼人(かざまつり・はやと)と似た境遇だから。
 その人に会えるような、未来を迎えてほしいと、優斗は純粋に考えた。
「……ありがとう。お願い……」
 ユリアナはもうあまり感情を見せなかったが、その声は切実な響きを含んでいた。
「……」
 優斗の弟の隼人も探索に訪れており、会話をしている2人の方をちらりと見る。
 しかし彼はユリアナに近づくことはなく、トレジャーセンスで周囲を探っていた。
「ん? これ……」
 美羽が一冊の本を手に取った。
 貴金属の中に、無造作に置かれていた茶色の表紙の本だ――。
「見せて!」
 ユリアナが手を伸ばし、美羽が本を手に足を後ろに引いたその時だった。
「離れろ!」
 少し離れた位置で、警戒をしていた某が声を上げる。禁猟区に反応があった。
 某だけではない。魔法で警戒をしていた者が次々に身構え、ユリアナに目を向ける。
「それよ……っ!」
「ダメです!」
 背後から、エミリアがユリアナを抱きしめて止める。
 しかし。
「……!?」
 ユリアナに対し身構えた美羽、そして契約者達に恐怖の感情が湧き上がる。
 害意を発していたのは、ユリアナではなかった。
 外で警備に当たっている龍騎士でもなく――共に、洞窟に入り込んだ契約者達の中にその存在達はいた。
 ドン
 と、何かが美羽にぶつかって、彼女の手から本を奪う。
「何するのよ!」
 美羽はぶつかってきた者――ベルフラマントで姿を隠している九段 沙酉(くだん・さとり)に体当たりを食らわす。
「じゃま、しないで」
 倒れてそういった彼女の手に、もう本――魔道書はなかった。
「さあ、この本さえあれば、遊んで暮らせますよ」
 沙酉から魔道書をとった男、両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)が、洞窟の奥、別の出口へと繋がっている細い通路に向かう。
 拘束していた賊達も、姿を隠し近づいた彼の手により縄を解かれ、唆されていた。
「行かせない!」
 某が賊に飛び掛ろうとした瞬間に。
 洞窟内が突然真っ暗になる。
 契約者達が動揺しながらも、魔法で明かりを――と考えた直後に、強い光が発せられる。
 目がくらんだ契約者、ユリアナ達に強い打撃が浴びせられた。
「きゃ……っ」
 鈍い数々の衝撃音の中に聞こえた、小さな悲鳴が綾耶のものだと気づいた某は、即座に彼女の声の元に跳んだ。
「綾耶、綾耶!?」
 倒れている彼女を抱き起こす。
「大丈夫、私は大丈夫です。みんな、は……」
 某は彼女を腕の中で護りながら、周囲を見回す。
 負傷した者もいるようだが、重傷者はいない。
「大丈夫だ。だが……」
 賊と、賊を解放し、魔道書を奪った者達は奥の通路へと走り去っていた。
「逃がさない!」
 殴られ、壁に手をついていたユリアナが、走り出す。
「奴等の目的も魔道書だ! とりあえずここから出るぞ」
 離れた位置でユリアナを監視していた正悟が、ユリアナに飛びついて止める。
「離して! 急がないと持って行かれる!」
「地上には龍騎士がいる。逃げられはしない」
「……そうだけど、私が、私の手で」
「ああ、やめだ……落ち着け、ユリアナ!」
 抵抗し続けるユリアナに、隠れて見張っていた牙竜も彼女に近づき、彼女の打たれた肩を軽くたたく。
「!?」
 顔を歪めてよろめく彼女を、お姫様抱っこで抱き上げる。
「文句言うなよ! 脱出が優先だ」
「下ろしてよ……ッ」
 ユリアナは酷く悔しげだったが、他の契約者達にも囲まれ観念せざるを得なかった。