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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第3回/全3回)

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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第3回/全3回)
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(・その後)


 海京での戦いは終結し、イコンの真の力が解放されたことで街は守られた。
「今のうちに釘を刺しておくわ。もし、貴方達が間違った力の使い方をするなら、即イコンの力を再封印するから」
 「罪の調律者」と呼ばれる少女が、そう通達した。
 話によれば、彼女はイコンを創造した技術者の一人らしい。
「それで、傀儡師について教えてもらえませんか」
 ホワイトスノー博士と、調律者はアレン・マックスとロザリンドと顔を合わせていた。
「その人形は2020年現在では最新技術ということになっているが、実際は八年前には既に完成していた。この身体のようにな」
 博士は自身の身体が機械であることを明かした。
「無論、アントウォールト・ノーツが生きていたことは知らない。ただ、その人形は研究所跡から誰かが持ち去ったことは知っていた」
「それが、あの小童よ。人の力を奪った上、好き放題に使って」
 傀儡師の力は、元々彼女のものらしい。
「とはいえ、わたしはずっと記憶も人格も何もかもを封印されて、その力だけが漂い続けていた。この身体にそれが戻ってきたのは、この時代になってからよ」
 マスター・オブ・パペッツ。それはフラワシであり、機晶機械を自在に操る能力を持つという。
 人形、もしくは機晶石に取り付き、壊れたら別の人形に移る、本来は意思を持たずただ誰かの望みに応じ出現し、それに応えるために戦うのだという。
「それがわたしにかけられた呪い。罪の証よ」
 その能力から過去を読み、ノヴァは「傀儡師」という存在を請負人としてパラミタへと送り出した。
「でも、ノヴァはジズに選ばれた。ただ破壊のために力を使う者を、ジズもナイチンゲールも選ばない。何か理由があるはずよ。分からないけど」
 

* * *


 無期停学処分者の停学は解除された。
 パイロット科の科長がスパイだったという知らせは、学院を震撼させることになった。
 疑問の残る最後であったため、科長が何者かに操られていた可能性もある。だが、上層部と深い繋がりがある人物であるのは確実だ。
「五月田」
 女教官が教官室に入ってきた。
「おやおやどうなさいました、パイロット科長殿」
「そう茶化すな」
 降格処分になっていた女教官はパイロット科の新科長に就任した。本人は教官として生徒と接することを望んだが、今後のことを考えて五月田に推薦されたからだ。
 五月田は引き続き教官長として生徒をまとめることになる。
「俺が言うのもなんだが、上層部に対抗出来るのは君しかいない。俺も全力で手伝う」
 学院の闇を払うため。
「……まずは役員共をどうにかしないとな。三科長会議でも話してみよう。風間はどちら側か今一掴めないが……」
 それでもどうにかしたい。
「年が明ければ、シャンバラの各学校から転入希望者を受け入れることになる。なるべく早いうちに俺達がなんとかしないとな」


 パイロット科長は、会議室に向かった。
 とはいえ、三人だ。テーブルを囲んでお茶を飲むのとそう感覚的に変わりはない。
「よう、科長就任おめっとさん!」
 整備服を着た中年の男がやってきた。
「整備科長、せめて着替えてきて下さい。さすがに校舎の中までオイル臭いと生徒達が嫌がりますから」
「細けえこた気にすんな。こいつは俺のポリシーだ、譲れねぇぜ」
 めんどくさい男だ。
 思っても、年上だから口には出さないが。
 この男は単に機械がいじれればいいという類だから、上層部に目をつけられることもないし、逆に上層部に歯向かうこともない。
(まあ、いい意味で中立だよな)
 そしてもう一人。
「これはこれは、就任おめでとうございます」
「一応、ありがとうとは言っておこう」
 風間だ。
 この男はいまいち掴み所がない。
「そうそう、前パイロット科長が最後に何と言ったか、聞いてますか?」
 知ってはいるが、出来れば口には出したくはない。
「天住 樫真」
「私の前任者で強化人間管理課創設者、及び超能力科科長だった方です。超能力科科長は未だ空いたままですが。私は暫定で兼任という形なので」

* * *


 黒崎 天音は、海京のレストランで目撃した天住という姓について調べた。
 その人物は、天御柱学院の関係者リストに載っていた。
「二年前に……重体、植物状態に?」
 写真もある。
 確かに、メアリーと一緒にいた男だった。
 だが、かつて学院に籍はあったが、今はここにいるはずのない人物だった。現在も意識は戻っていないことになっている。
「どういうことだろうね、これは?」

* * *


「コリマ校長、お願いがあります」
 榊 朝斗はコリマに言った。
「出来れば、敵の兵士――クローン強化人間も、ちゃんと人として弔って頂けませんか」
 ちゃんと人としての尊厳を守りたい、そのことから頼み込んだのだ。
(作られた者とはいえ、生命のあったものだ。よかろう)
 そういったやり取りの甲斐あって、海京周囲で戦闘を行った敵兵達をも弔うことになったのだ。
 その朝斗の様子を、アイビス・エメラルドはただ遠くから見つめていた。
 そして誰もいない海岸を振り返り、呟いた。
「私にも、人として生きることは出来るのですか? マスター……」

* * *


「目が覚めたかい?」
 ドクトルは、ベッドに横たわっていた茅野 茉莉と目を合わせた。
「あたしは……一体?」
 何が起こったかを知らない彼女にドクトルは海京決戦でのことを話した。
「そう、全部……あたしが知らないうちに終わっちゃったんだ……うっ!!」
 頭を抱える。
「なんだか、身体の感覚がおかしいけど……大丈夫よね?」
 レイヴンの後遺症で、魔法を使おうとすると激痛が走る身体になっていることをドクトルは教えなかった。
「大丈夫……ちゃんと治るさ。いや、後遺症は残させない」
 扉の開く音がした。
「矢野君、茅野さんが目を覚ましたよ」
「茉莉さん!」
 矢野 佑一がベッドに駆けつける。
「今は彼に助手を務めてもらってる。矢野君、これからも手伝ってもらうことになるけど、よろしく頼む」
 その言葉何を意味しているのか、佑一は理解してるようだ。
 ドクトルの言葉に、強い意志が秘められた瞳を向け、頷いた。

* * *


 三科長会議が始まる少し前。
「お疲れ様です」
 風間が穏やかな顔で、白滝 奏音を迎えた。
「本日の戦果です。結果的にではありますが、敵の指揮官を撃破するに至りました」
「それはよく頑張りましたね」
 そして風間に伝える。
「それと以前のお話……進めて下さい」
「レイヴンの件、ですか」
「はい。私は……あれには、絶対に負けません」
 一号――設楽 カノン。あの女には絶対に負けたくない。
「了解しました。覚醒により、負荷軽減の目処も立ちました。君ならば比較的早く乗りこなせるようになるはずです」
「宜しくお願い致します」
 そして風間の元を去っていった。
(ふふ、それでこそですよ。やはり面白い)
 イコンの真の力が解放されたことにより、レイヴンは負荷率10%――強化人間や超能力科の平均以上ならば耐えられる程度で、十分実戦投入が可能だということが分かった。
 調整が早い段階で進めば、年明けには合同訓練で使用することも出来るだろう。
 風間は別室に移動した。

「気分はどうですか」
 ベッドに寝ていた夕条 媛花を見遣る。
「はい……大丈夫です」
 天沼矛で戦い、彼女は重症を負った。そのときのショックから海京決戦の記憶が抜け落ちていた。
 媛花は戦いの後、強化人間管理課に回収され、集中治療を施された。
 身体強化を施されていたため、致命傷は避けられた。だが、内臓の多くを損傷していたため、今は人工臓器で補っている。ただ、しばらくすれば培養中の臓器を移植することで完全に回復する。
「とりあえず、表面的な傷は大体治っています。それと……」
 今後の仕事について彼女に話す。
「強化人間部隊にエキスパートチームを新設する予定ですが、その統率役をお願いしたいのです。詳細は決まっていないので、決定後また改めて伺いますが」
「はい」
 その旨を告げる。
(強化人間管理課も、そろそろ手を加えていかなければなりませんね)

* * *


 学院はしばしの平穏な時間を取り戻した。
 そして、12月24日、クリスマスイブの日の昼。
「五月田教官!」
 オリガ・カラーシュニコフは約束通り、五月田教官と食事に行くことになった。
 端から見ればクリスマスデートである。
「さて、行こうか。ロシア料理がいいなら西地区にいい店があるのを知ってる」
「お店は五月田教官にお任せ致しますわ」
 
 そして、それをこっそり物陰から窺ってる者がいる。
「景勝さん、こういうのって良くないと思うんですよ」
 桐生 景勝とリンドセイ・ニーバーだ。
「いやあ、出撃前にあの現場を見た人間としては気になるわけだ」
「……だからって、俺達まで付き合わせる必要があるか」
 榊 孝明と益田 椿もいる。
 どうやら景勝に呼ばれたらしい。
「まあ、気にすんなって。おっと、紫音ちゃん達も呼んでおかないとな」
 携帯電話を操作し出す。
「それにしても、五月田教官って案外鈍いのかなー」
「なんでそう思う」
 景勝が答える。
「だってよー。五月田教官、Aチームのみんなに飯おごるって言ったのはいいんだけどさ、それ今日の夜だぜ? なんでイブの夜を指定するかな」
 そんなわけで、せっかくだから昼から教官達を見ておこうと思ったらしいのである。

* * *


「翔!」
「なんだ、聡か」
 いつものように、聡が翔に声を掛ける。
「ナンパいこーぜ!」
「またそれか。ってか今日はクリスマスイブだろ? お前、イチャついてるカップル見てへこむんじゃないのか?」
「ふ、逆転の発想というヤツだ、翔。こういうときだからこそ、出会いを求めて街に繰り出すコだっているはずだろ」
 相変わらず訳の分からない理論を唱える聡。
「ってわけで早速空京へ……」
「あら聡さん、どちらへ行かれるのですか?」
 そこへサクラがやってくる。
「いや、それはだな……」
「今日はクリスマスイブですよ、聡さん。ならばやることは決まってるはずでしょう?」
「あ、そう、そうだよな。ってわけですまん、翔」
 サクラに引っ張られ、聡の姿が消えていった。
「相変わらずだな、聡のヤツは」
「ん、アリサか」
 今度はアリサが現れる。
「行くぞ、翔」
「行くってどこに?」
 翔が不思議そうに尋ねる。
「それは――」

 
 それぞれの日常が戻ってきた。
 イコンに乗る者達としては、それは束の間の休息かもしれない。
 だけど、死地に赴くこともある彼らだからこそ、そんなありふれた日常を充実して過ごせるのだろう。
 そして、戦うときは覚悟を決めて、仲間のために、守るべきもののために、そして絆のために戦う。
 そんな日々がこれからも続くのだろう。

 ――いつか、『終わり』が訪れるまで。



聖戦のオラトリオ 第一部 〜覚醒〜 終