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イルミンスールの命運~欧州魔法議会諮問会~

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イルミンスールの命運~欧州魔法議会諮問会~

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●ドイツ:フランクフルト国際空港

 新幹線で日本の上野に到着した契約者一行は、東京国際空港から日本のフラッグキャリアでドイツ、フランクフルト国際空港へと向かった。
 最初の契約者がパラミタへ渡って十年余り、その頃に比べれば、契約者に対する特別視は薄まっているようであったが、それでもまだまだ一般人からすれば、特別な存在として関心の目を向けられる対象であった。また、もしそうでなかったとしても、彼らの纏う何か緊張や覚悟、決意といったものは、彼らがどこへ行き、何をするのかの想像を巡らせるに足るものであった。
 パラミタを離れ、地球に降り立った彼らの“戦い”は、既にこの時より始まっていたのであった――。

(ここまでは無事に着けたが、油断は出来ない。既に、安全な場所などどこにもないのだ……)
 ボーディングブリッジを抜け、広々とした空間に出た四条 輪廻(しじょう・りんね)が、事前に頭に入れたターミナルの地図に従って周囲を確認し、危険が潜んでいないかをチェックする。
 契約者が到着したのはターミナル2であり、そしてミスティルテイン騎士団現当主、ノルベルト・ワルプルギスはターミナル1の、ドイツのフラッグキャリアのラウンジで契約者の到着を待っているとのことであった。そこではおそらく、ミスティルテイン騎士団とドイツのフラッグキャリアが名誉をかけて、周辺の警備を行っているだろう。
 今輪廻がいるのはレベル3、ここから一つ上がった先にターミナル同士を結ぶ交通システムがあり、それを利用すればものの数分で合流を果たすことが出来る。
(襲撃があるとすれば……あのチェックポイントからか、レベル2からか、あるいは……)
 輪廻が、到着した交通システムから人が吐き出され、吸い込んでいく様を目の当たりにする。交通システムはターミナルビルの直ぐ側ながら外を走るため、敵の侵入を許しやすい。そうでなくとも到着ロビー側には、出発ロビーほど施設が多くなく、監視の目自体そう多くない。輪廻が『安全な場所などどこにもない』と思うのも頷ける。
(だが、結局は俺たちは、あのシステムを利用せねばなるまい。大人数がシステムを利用せず徒歩となれば、それだけで怪しまれる。……受身にならねばならないとは、歯がゆいものだな)
 ひとまず危険のないのを確認した輪廻が、自分とは離れて同様に周囲の警戒に当たっていた大神 白矢(おおかみ・びゃくや)に連絡を取る。
「お前の方はどうなっている?」
『今のところ危険はないでござるよ。ベレッタ殿とザンスカール殿、他の生徒が近付いているでござる』
 そうか、と頷いた輪廻が、しばし考え、案を口にする。
「お前は、俺とは別行動だ。俺が他の生徒と一緒の便で移動する、お前は今から先にターミナル1へ行け」
『それは、四条殿の身が』
 言葉を言いかけた白矢を制して、輪廻が矢継ぎ早に告げる。
「襲撃があるとすれば、あの交通システムを利用している時だ。そこで襲撃者の尻尾を掴めば、諮問会の前に有利な情報を手に入れられるかもしれん」
『いえ、それでもやはり危険』
「なあに、襲撃自体は護衛もいる、問題ない。問題なのは、襲撃があったこと自体なのだ。襲撃をした者の姿が見えねば、今後の行動に影響を及ぼしかねん。誰かが危険を冒さねば、状況はより悪くなる一方なのだ」
『ならば、拙者だけでも護衛を』
「お前は俺が万が一の際、情報を持ち帰れ。どこまで情報を得られたか分からなければ、向こうも易々とは動けないはずだ。俺の身に危険が及ぶようなことはそうそうないだろう、恐らくは」
『…………かしこまった。四条殿、くれぐれも深入りはなさらぬよう。ただ、拙者だけではノルベルト殿に接触が必要になった際心許ない故、ルーレン殿に話を通しておくでござる。危機は皆も感づいているはず、理解を得られるはずでござる』
「……この場にノルベルト氏がいない以上、やむを得ないか。分かった、頼む。いつもすまんな」
 通信の切れた携帯を仕舞い、そして輪廻が一般人の集団へと紛れ込む――。


(今回のようなケースで一番怖いのは、襲撃者が一般人に扮して振る舞うことだわ。最悪、襲撃者同士が話を合わせて一芝居打てば、それだけであっという間に事件が広まってしまう。……まあ、ドイツはミスティルテイン騎士団のお膝元らしいし、流布を食い止められるかもしれないけど、可能性は少しでも潰しておきたいしね)
 契約者一行とは少し距離を置いて、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が特に一般人に感覚を研ぎ澄ませて警戒を行う。『蒼空歌劇団』所属の役者という面も持っているリカインには、『サクラ』の力が決して侮れないものと知っていた。襲撃者が素直に契約者だけを襲ってくれれば対処も楽だが、襲撃者が一般人を装い、他の襲撃者に襲われケガをした、という演技をされれば、その場にいた契約者にも非難の目が行ってしまいかねない。
(結局、旅費の関係で私一人きりだけど、歌合戦の件でエリザベートには悪いことしちゃったしね。私は私なりに、お手伝いさせてもらうわ)
 地球に降り立つ前、リカインは中原 鞆絵(なかはら・ともえ)と共に現地での行動指針を決めた。本来は木曾 義仲(きそ・よしなか)も同行の意思を表明していた――本人は、気楽な西洋見学のつもりでいた――が、彼は奈落人。誰かに憑依しなければ、まともに行動出来ない。結局のところリカインは、一人で行動することになったのであった。


「……話は理解しました。では、こちらから数名先行させ、ノルベルト様の元へ向かわせましょう。襲撃が遭った際は、ミスティルテイン騎士団の方々に動いていただくことも考えられます。ドイツ国内のことは、私たちでは対処出来ませんから」
 白矢から話を聞いたルーレンの提案は、即座に契約者へと告げられる。先行する者が選出され、一足先にターミナル1への移動を開始する間、本隊であるフィリップとルーレンは、気持ち足並みゆっくりと歩を進める。
「フィリップさんは、フランス出身でしたわね」
 建物の窓から広がるドイツの街並みを興味深そうに見つめて、ルーレンがフィリップに問う。
「ええ、まあ」
 言葉短く答えるフィリップ、その表情は出来ることなら触れられたくないと言っているように思えて、ルーレンはそれ以上言及するのを控える。知りたくないと言えば嘘になるが、無理に聞き出して機嫌を損ねる真似をするつもりはなかった。
 しばらく、二人の間に沈黙が漂う。他の生徒と共にレベル4へ上がったところで、フィリップがどこか申し訳なさそうな感情を含ませて言葉を口にする。
「今度、また欧州を訪れる機会があるなら、案内しますよ。欧州各国の地理は、頭に入っていますから」
 その言葉に、ルーレンは何故、と問うでもなく、微笑んで答える。
「ええ、是非そうさせてもらうわ」
 笑顔を向けられ、フィリップが視線を外す。そういえば女性の相手が苦手だったことに、ルーレンが色々と想像を巡らせたところで、車両の到着を告げるアナウンスが聞こえる。
「……行きましょう」
「……ええ」
 表情を引き締め、二人が車両に乗り込む。他の契約者も多かれ少なかれ、この移動時間が最も危険であろうことを認識していた――。


 契約者を乗せた車両が、ゆっくりと動き出す。自転車より少し早いか程度の速度で、車両はターミナル2からターミナル1へと乗客を運ばんとしていた。
(こんな時に襲撃があったら、一般人も巻き込まれちゃう……! やらなくちゃ、誰かが傷付くのはもう嫌だから……!)
 四両編成の後方から二両目で、伊礼 悠(いらい・ゆう)が襲撃者の接近に備えながら、もしもの時に仲間や一般人を護る意思を新たにする。
(もう、ディートさんが傷付く姿を、私は見たくないっ……!)
 ニーズヘッグ襲撃の時を思い出し、もうあの時のような失敗をしまいと心に誓う悠を、傍で同じく襲撃者の警戒に当たりながらディートハルト・ゾルガー(でぃーとはると・ぞるがー)が見守る。
(悠は、何かを為そうとしている。ならば、私は悠の力になるまでだ。
 ……もし悠の身に危険が迫るようなら、その時は――)
 その時は、身を挺してでも悠を護る。その覚悟は時に、彼女を傷付けてしまうかもしれない、そんな思いがディートハルトの内を過る。護りたいという思いと、傷付けたくないという思いが彼の中で一時せめぎ合いを繰り広げたものの、最終的には悠のパートナーとして、悠を応援し、少しでも支えになれば、という思いに至る。
(……ともあれ、今はこの場を無事に切り抜けることを考えよう。この状況、一般人を巻き添えにするのは最も避けねばならない。それは悠も分かっていることだろう)
 だとすると、悠は積極的な攻撃を避け、一般人を護ろうとするはず。また、彼女の性格からいって、敵を傷付けるような真似はしない、とディートハルトは検討する。
(そして、私が取るべき行動は……)
 検討した内容に沿って、ディートハルトは自らの役割を果たすべく、行動の決定を行う。

 悠とディートハルトの乗る車両から一両前に行った、前から二両目には、マリア・伊礼(まりあ・いらい)著者不明 『或る争いの記録』(ちょしゃふめい・あるあらそいのきろく)が襲撃者への備えとして控えていた。
(おねーちゃんが頑張れるように、あたしだって頑張るんだ!)
 ぐっ、と拳を握って決意を固めるマリア、本当ならば四人が一塊になっていた方が、襲撃があった際にそれぞれ助け合えるし、悠を護ることも出来るのだが、悠が自身の身よりも『双方の被害をなるべく抑える』ことを重視した結果、相互に状況を確認し合えるギリギリ離れた位置で、二人ずつ待機、という方針に決まったのであった。
(おねーちゃんを応援したいのは、あたしだって同じ。だけど……本当におねーちゃんの支えになるのは、オッサンの役目。それぐらい、分かってる。
 だからオッサン、自分がケガしても……なんて考えんな! ここにいる全員が無事で、イルミンスールに帰るんだからね!)
 ディートハルトの自己犠牲心に対して、怒りにも取れる思いを放ちつつ、マリアは事態に備え簡単な罠をいつでも設置できるようにしておく。襲撃者が先頭の車両から近付いて来た場合、それで少しでも時間を稼ぐことが出来る。後は、周りの座席に潜み、近付いて来たところを不意を打って攻撃する作戦を立てる。
(本当は護衛なんてなくとも、スムーズに行くのが一番なんでしょうけど……そうも行かないでしょうね)
 笑みを絶やさぬ表情で、ルアラはこの緊張した空気が一刻も早く、安堵の雰囲気に変わってくれることを祈る。心の何処かでは、その願いが無理なものだと理解しながらも、ルアラは願うことを止められない。
(私は、甘いと思います……その自覚もあります……でも、それでも、祈らなければ実現することはありませんから)
 願っても実現するかどうかは分からないが、願わなければ決して実現しない、そんな思いと共に、ルアラは流れ行く景色を見つめる。

 その景色が、フッ、と止まった。
 ……いや、車両が突然、停止したのだ。

 乗客は何事かと慌て始め、契約者も一様に緊張を高める。
『停止信号を受信しました。運転再開まで少々お待ち下さい』
 直後、そのようなアナウンスが流れ、状況を把握した乗客は多少落ち着きを取り戻す。しかし、契約者の方は警戒を解くことはない。
「ナナ、ここから敵はどう出ると思う?」
 言葉だけを送るズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)に、ナナ・ノルデン(なな・のるでん)も周囲の殺気を感じ取ろうとしつつ答える。
「車両を止めての、重要人物を狙ってのスナイピング。または大人数を足止めしての、爆発物等による大量破壊攻撃。後は……」
 そこまで言ったところで、車両がゆっくりと動き出す。
「っと、まず一つの可能性は消えたかな? 残りの可能性は?」
 その間にも車両は速度を上げ、景色が一方からもう一方へ、先程よりも早い間隔で流れていく。
「一旦襲撃があると予感させ、その場では襲撃を行わず油断させた上で改めて襲撃、でしょうか?」
 言い終えたナナの耳に、乗客の不安気な言葉が聞こえてくる。どうやら、普段の進路を外れているとのことであった。
「――! ナナ、前だ!」
 直後、悪意を感じ取ったズィーベンが言葉を発するのに続いて、外の景色が暗闇に変化する。どうやら整備用のトンネルに入ったようだ。
 そして、車両が急停止したかと思うと、衝撃が先頭車両から後方へと突き抜ける。やがて、燻った穴からわらわらと、全身を黒いローブで覆い、目元以外も布で覆った者たちが車両内へ侵入してくる。
 突然の事態に慌てふためき、後方の車両へ避難しようとする乗客たちに向けて、その者たちは銃――サブマシンガンと思われる――を抜き、躊躇いもなく引き金を引く――。