シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

イルミンスールの命運~欧州魔法議会諮問会~

リアクション公開中!

イルミンスールの命運~欧州魔法議会諮問会~

リアクション


●イルミンスール:校長室

 同じ頃、エリザベートとルーレンは、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)の薦めで、イルミンスールとしてのヴィジョンを打ち出すべく、意識合わせを行っていた。
「エリザベートさんは、何をやられたいと思っていらっしゃいますか?」
「やりたいこと、ですかぁ? そうですねぇ……」
 ルーレンの問いに、エリザベートがう〜ん、と腕を組んで考え込む。寝たい遊びたいの回答でないことくらいは、エリザベートもルーレンの立ち振る舞いを見て分かっていた。フィリップに纏わり付いている時のルーレンと、今のルーレンはまるで別人だったからである。
「……私は、イルミンスールの校長ですぅ。イルミンスールを、皆さんを、守りたいですぅ」
 ややあって口にしたエリザベートの言葉を、傍にいたクロセルが吟味するように、腕を組んで聞き入れる。
「意気込みは立派ですが、それだけではイマイチ、説得力に欠けます。
 EMUのお歴々には、彼らも見ることが出来る明確なヴィジョンを打ち出さねばなりません」
「そうですわね……とは言うものの、わたくしたちが出せる、影響力の大きい要素は、世界樹イルミンスール……ここからどう、EMUの方々に納得されるヴィジョンへと持って行くべきでしょう」
 クロセル、そしてルーレンが口にし、考え込んだところで、エリザベートがあ、と思い出したように口を開く。
「私、この前扶桑にコーラルネットワークを介して生命力をあげましたよぅ」
「扶桑、ですか? マホロバの世界樹の?」
「イルミンスールはそう言ってたですぅ」

 イルミンスールと契約しているエリザベートは、イルミンスールの“声”を聞くことが出来る。普段はそうそう話しかけられることはないのだが――記憶しているのは初めて契約をした時と、ニーズヘッグ襲撃の際、後は本当に数える程度であった――、この前呼び出されたかと思えば、同じ世界樹である『扶桑』がコンタクトを取ってきたことを知らされ、そのままなし崩し的にエリザベートは、イルミンスールが扶桑に生命力を寄与するのを享受したのであった。

「……では、こういうのはどうでしょう。長期的目標として、イルミンスールは世界樹が与するネットワーク、コーラルネットワークを介し、各国との協調・同盟の根を張らんとしている、と。既にマホロバの世界樹、扶桑とはコンタクトを取り合うことに成功したことを報告し、いずれは全ての世界樹とコンタクトを取り、世界樹を通じて友好を結ぼうとしている、とするのです」
 ルーレンの提案に、エリザベートが首をかしげて質問する。
「でもそれ、EMUは何の得もないですよねぇ?」
「いやいや、物凄い得になります。考えようによっては、イルミンスールがシャンバラと各国を、パラミタを結び付けたことになるのです。そしてイルミンスールは、EMUがバックについている。……この意味がお分かりでしょうか?」
 試すような物言いをするクロセルに、頭に疑問符を浮かべるエリザベートに説明するように、ルーレンが答える。
「EMUは他の地域に対して、優位に立てることになります。たとえシャンバラ王国が地球の各国の協力で復興し、その王国がパラミタの各国と友好を結んだという事実でも、実際はEMUが担ぐイルミンスールがパラミタを結び付けたことになるのですから」

 無論、そう簡単に事が運ぶはずもないのは、現にパラミタで日々を過ごしている者たちが一番理解しているだろうが、EMUにとって『世界各国に対して優位に立てる』ヴィジョンは、胸踊る気分だろう。欧州は戦後七五年、日本やアメリカ、中国、ロシア、中東に苦杯を舐めさせられている――と欧州は思っている――のだから。
 要はEMUの議員たちが『もしこの目標が実現したら超いい気分!』なヴィジョンを見せてやればいいのだ。

「そして、今定めた長期的目標に対する、現在の課題を提示し、課題を乗り越えるために努力していること、EMUも協力してほしいことを訴えればよいでしょう。これについては、赤羽陛下を含めた他の学生さん達が説明してくれそうなので、そこは任せましょう」
 クロセルに続いて、ルーレンが口を開く。
「EMUの皆様には、今挙げられた長期的目標を達成する鍵となるイルミンスールと契約しているのはエリザベートさんであること、エリザベートさんはミスティルテイン騎士団に所属していることを再認識させ、ミスティルテイン騎士団がEMUから外れるようなことになれば、長期的目標を達成できなくなることを示せば、ミスティルテイン騎士団を引き摺り下ろそうとしている輩も声を潜めるでしょう」
 対抗するホーリーアスティン騎士団に、よりハッキリとしたヴィジョンを見せられてしまえば厳しいですが、とルーレンは付け加える。そこは、現地で開催される諮問会に出席してみなければ判明しない所である。
「彼らが何よりも知りたいのは、イルミンスールの組織としてのヴィジョンです。何をどう思って行動しようとしているのか分からないからこそ、色々と憶測が飛び交い、無駄に不安を煽るのです。
 長期的には今言ったような行動をしようとしている、でいいとして、問題は短期的な部分です。学生の間でも、イルミンスールが浮遊したことは大層驚いたであろうと推測されるのですが、それはそのままEMUのお歴々にも当てはまるのではないでしょうか。実際、イルミンスールは何故浮遊することが出来たのでしょう?」
 クロセルに尋ねられて、エリザベートはう〜ん、と考え込み、
「飛べると思ったからですぅ!」
 と答える。
「……確かに、飛べないと思えば飛べなくなりますわね」
 自身もヴァルキリーだからなのか、ルーレンが苦笑しつつそのように返答する。
「……では、理由を付けましょう。イルミンスールが浮遊するようになったのは、各地の世界樹に直接挨拶に行けるように、というものです。これはルーレンさんが発言することで、現実味を帯びるでしょう。そして、イルミンスールがザンスカールを離れられるように、イルミンスールはシャンバラの国難を乗り切るために努力をしているのだから、EMUも内輪もめなどせず、安心してイルミンスールを送り出せるようになって頂ければ幸いです、と締めくくれば、かなりイイ線突いてると思うのですが!」
 胸を張ってクロセルが言い切る。……実際どうかは分からないが、少なくともこの場では意見の統一が図られているし、後は発言する当人が自信を持って発言する以外に、詳しい結果は見えないのである。
「確約は出来ませんが、成果を挙げられるよう、ザンスカール家当主としての振る舞いを心がけますわ。エリザベートさん、クロセルさん、知恵をお貸し頂き、本当にありがとうございます」
「はっはっは、まあ、なんだかんだで雪だるま王国の宰相みたいな事してる俺のスキルが役立てばと思ったまでですよ」
「……どうしてそんなに偉そうなんですかねぇ?」
 恭しく一礼するルーレンに、クロセルが調子付いて笑い、エリザベートは首をかしげるのであった――。


 ルーレンとクロセルが校長室を離れ、エリザベートは一人になる。今頃はフィリップとルーレンを中心に、地球に降りるための準備が進められていることだろう。
「……アスカも行くんですかねぇ」
 ポツリ、とエリザベートが、普段ならエリザベートの傍にくっついて離れない神代 明日香(かみしろ・あすか)の名を口にすると、
「呼びましたかー?」
「わぁ!」
 その明日香が現れる。近付いて来た明日香はそのままエリザベートにくっつ……かず、一定の距離を開けて対峙する。
「……アスカも行くんですかぁ?」
 ほぼ同じ言葉を口にするエリザベートに、明日香ははい、と頷く。
「アーデルハイト様から謹慎を解かれた意味を、考えていたんです。そもそも謹慎と言っても、私にはご褒美のようなものでしたけど。
 エリザベートちゃんを守らせたいのであれば、謹慎を解く必要はないですよね。私に得もないですし」
「……アスカ、本音が漏れてますよぅ?」
 エリザベートと離れていることで禁断症状が出ているのかは謎だが、明日香の発言にエリザベートが心配するような顔を浮かべる。
「アーデルハイト様は、EMUが近い内に動くことを予測していたようでした。私の謹慎を解いたのも、行動の制限を取り払うので、それの対応をしろという意味なのではないかと思います。
 私は、最後は用意周到なアーデルハイト様がどうにかしてくれる、という考えを持っていたと思います。でも、それは甘い考えだったと思うのです。だから、今回はきちんと物事を考えて、先を見越した行動をしようと思うのです」
「アスカ、頭がいい子に見えますぅ!」
「も〜、エリザベートちゃん、私をどう見てたんですか〜?」
 全然怒ってない口調で、そして明日香が微笑んで、エリザベートに告げる。
「今私がここに来たのは、エリザベートちゃんの顔を見るため……もありますが、エリザベートちゃんからご両親に伝言を承りに来ました」
 その言葉を聞いて、エリザベートの顔が険しくなる。
「ないですぅ」
 プイッ、とそっぽを向……くことは、明日香の視線が許さなかった。「嘘偽り社交辞令は無しです」と訴える視線に射抜かれて、シラを切り通せるほどエリザベートは強くない。それに、明日香には嘘はつきたくないともエリザベートは思っていた。
「……考えさせて欲しいですぅ」
 それだけ言って、エリザベートはテレポートで姿を消す。一時間ほど過ぎたところで、エリザベートが一通の封筒を手に再び現れる。
「これを、渡してきて欲しいですぅ」
「誰にですか?」
 自分でもちょっと意地悪い質問かなと思いながら、明日香がエリザベートに尋ねる。
「…………お父さん、ですぅ」
 ちょっと恨むような視線を向けられて、明日香は済まない気持ちと何となく楽しい気持ちを両立させつつ、封筒を受け取る。
「はい、確かにお届けしますね♪ じゃあ、行ってきます、エリザベートちゃん」
 落とさないように封筒を仕舞って、くるり、と背を向ける明日香に、エリザベートから声がかかる。
「……絶対、帰ってくるですよぅ?」
 エリザベートとて、今の情勢がどうで、今回の地球への旅が決して楽なものでないこと位は想像がつく。振り返った明日香の目に映ったエリザベートは、不安げな表情を浮かべていた。
「エリザベートちゃん、私がいなくてもちゃんとご飯食べて、お風呂に入って、夜更かししないでちゃんと寝てくださいね」
「わ、分かってますよぅ! 私もう子供じゃないですぅ!」
 ぷんぷん、と声を荒げるエリザベートに、ふふ、と微笑んで、明日香が今度こそ背を向け、校長室を後にする。
「……絶対、帰ってくるですよぅ」
 もう一度、エリザベートがその言葉を口にしたところで、閉められたと思った扉が再び開く。まさか、と振り返ったエリザベートの目に映ったのは、ユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)に言われてやって来たリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)であった――。