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「ここ、いいでしょうか?」
 トレーを手に、姫宮 みこと(ひめみや・みこと)は、イングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)が座るテーブルへと近づいた。
「ええ、空いていますわ。どなたかいらしてくれないかと思っていましたの」
 イングリットはみことの為に、お皿やスプーンを用意していく。
「ありがとうございます。これ、よろしければどうぞ」
 みことはトレーに乗せて運んできたケーキを、テーブルの上に置いた。
「戴きますわ。とても美味しそう」
 イングリットはオレンジケーキを選んで、自分の皿の上に置いた。
 みことも同じケーキを自分の皿に乗せた後、椅子に腰かける。
 腰かけて直ぐに、給仕の百合園生がみことのカップに紅茶を注いでくれた。
「ケーキの甘さは控えめにしてありますけれど、紅茶のシュガーも控えめにした方が、双方の味を楽しめそうです」
 そう言い、みことは砂糖入れずに、ミルクだけを入れてスプーンでかき混ぜ、紅茶を飲んでいく。
「そうですわね。糖分の取り過ぎにも気をつけたいですわ」
 イングリットは優雅な物腰で、紅茶とケーキを口に運んでいく。
 今年の新入生の中で、彼女はとても目立つ存在だった。
 なんでも、古流武術バリツにハマっており、修行に明け暮れているというのだ。
 強者を求めて、キマク近辺を徘徊しているという噂まである。
「イングリットさんは、強くなることを望んでらっしゃるのですよね」
 みことがそう問いかけると、イングリットは目を輝かせて「ええ」と答える。
「あなたも、何か武術を嗜んでらっしゃいますの?」
 イングリットの問いに、曖昧な笑みを見せた後、みことはこう問いかけていく。
「あなたは求める強さを手に入れて、どうしたいのですか? 例えば百合園を護るため……そのために、格闘術を鍛えることは必要でしょうが、それだけでは百合園を護るには不足だとボクは思うのです」
「はい……」
 イングリットは手を止めて、みことの言葉をまっすぐに聞く。
「武術・魔法・超能力・イコン……強さにもいろいろありますが、ただそれだけではほんとうの意味で百合園を護ることにはならないでしょうし、おそらく他のどんな目的も果たせないでしょう」
「……」
 みことはティーパーティの会場に目を向ける。
 多くの百合園生が、微笑み合い、語り合う穏やかな空間を見て。
 みことの顔にも微笑が浮かんでいく。
「ボクもまた、みんながおだやかに笑いあうこの日々を護りたい」
 言って、みことはイングリットに目を向けた。
「そのための「強さ」を、ボクは手に入れたい。それはきっと、目に見えるかたちの強さとは違うものだと、ボクは考えています」
「素敵な考えですわ……」
 みことの言葉に、イングリットは感銘を受けたようだった。
「わたくしはまだ、強さの先にあるもの、目指すものが見えておりませんの。武術の修行も、百合園を護るために行っているわけではありませんわ……。この力を、百合園の為に、生かせたららいいとは思いますけれど」
 そして、イングリットはみことに微笑みかけて。それから尊敬する白百合団のお姉様達を見回していく。
「あなたも、お姉様達も、強くて美しいですわ。武術の能力だけではない、強さをもお持ちですのね」
 みことはイングリットの言葉に頷いて。
 再び、百合園の乙女達に目を向けた。
 沢山の色とりどりの美しい花が咲いているような、空間だ。
 この場を護るために、自分も自分なりの強さを鍛えていきたいと、みことは思うのだった。