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【ザナドゥ魔戦記】イルミンスールの岐路~抗戦か、降伏か~(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】イルミンスールの岐路~抗戦か、降伏か~(第1回/全2回)
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●精霊指定都市イナテミス:わるきゅーれ2号店

 シャレン・ヴィッツメッサー(しゃれん・う゛ぃっつめっさー)が経営する『わるきゅーれ2号店』には今、元エリュシオン第五龍騎士団団長、アメイア・アマイアを始め、騎士団の主要人物が顔を合わせていた。
「本当でしたら、皆さんが自由を回復されたのをお祝いするべきなのですが、何分このような状況でして……」
 シャレンが申し訳なさそうな顔をする。ザナドゥ侵攻の影響は、イナテミスの日常生活にも及んでいた。今はまだ致命的な物資不足に陥ったりはしていないが、今後もザナドゥ侵攻が続けば、そういう事態も想像に難くない。既にいくつかの材料は高騰を見せており、『わるきゅーれ2号店』も煽りを受けて経営状態を悪くしていた。……ちなみに、このような状況下でありながら、人々の間に動揺した様子は特に見られなかった。既に幾度も襲撃を受けている街のこと、その度に守りが強化されてきた経緯を鑑みれば、さもありなん、といった所だろうか。
「いや、構わないさ。元より我々は、エリュシオンでは死んだ者として扱われている身。祝われるような立場ではない。
 ……しかも、状況が状況だ。だから私たちはこうして、私たちに出来ることを見つけようとしている」
 シャレンを労うように言い、アメイアが団員たちへ振り向く。イナテミス防衛戦で捕虜となり、この街に連れて来られた彼らは、シャレン個人の気遣いがあったとはいえ、十分な施しを受けてきた。彼らは既に二度、イナテミスに救われている――アメイアは実際に救われ、団員は慕っている団長を救われたことで――。
「シャンバラとエリュシオン帝国は戦争状態を解消し、和平路線に転換しようとしているわ。……同盟しているわけでもないから、いくら皆さんがエリュシオンを追われたといっても、戦線に加わるのは問題がありそうに思うけど」
 店を訪れていたミーシャ・エトランゼ(みーしゃ・えとらんぜ)が、自身の目的を悟られぬよう、冷静に状況を指摘する。確かに言う通り、アメイアを始めとする者たちは今はどうあれ、『元エリュシオン帝国第五龍騎士団』である。その彼らがイナテミス――イルミンスール――シャンバラに味方するということになれば、必ずどこかで軋轢が生じる。エリュシオンの情勢が不透明である以上、彼らの参戦が新たな火種を生む可能性も十分に考えられる。
「こんなことを聞いていいのか分かりませんが……皆さんは、これからどうしたいとお考えでしょうか?」
 シャレンがおずおずと尋ねる。彼らは今や自由の身。彼らの帰りを待つ故郷へ帰る選択だって出来る。一時お世話をした身とはいえ、シャレンが彼らの身の振り方に関わることは、シャレン自身がよしとしない。……けれども、彼らをこのまま帰してしまうことは、イナテミス――イルミンスール――シャンバラにとって非常に惜しい。そんな複雑な思いを抱えたシャレンの発言に、アメイアが毅然として答える。
「無論、私たちの立場も理解している。……だが、全ての条件が整いさえすれば、私たちはこの街に受けた恩を返すために行動すると誓おう。
 再び剣を取って戦うことも、必要とあれば取ってみせよう」
 アメイアの言葉に、団員たちも大きく頷く。戦いで腕や脚を失った者でさえ、故郷に帰る、とは発言しなかったし、迷う素振りさえ見せない。
「お話中、失礼致します。皆様に女王よりの方針を受け、お知らせしたいことがあって参りました」
 そこに、魔鎧 『サイレントスノー』(まがい・さいれんとすのー)が姿を見せる。
「お前は……雪だるま王国女王の使いか。確か、サイレントスノーといったか」
「名を覚えていただき恐縮でございます。……まずは皆様の今後に関しまして、シャンバラ政府より方針が伝えられました」
 言って、サイレントスノーが書状を取り出す。赤羽 美央(あかばね・みお)からの指示で、サイレントスノーがしたためた『アメイアを始めとする第五龍騎士団の開放と処遇の如何を求める文書』に対し、仰々しく書かれた書状の内容はまとめるならば、『シャンバラ政府としては、アメイアを含む第五龍騎士団の処遇は、実際に彼らを保護した者に一任する』というものであった。アメイアの件に関して、という限定条件ながら、イナテミス(と雪だるま王国)に裁量の自由が認められたということである。
「心得た。お前たちの判断を、私たちは全面的に受け入れよう」
「……では是非とも、龍騎士として、皆様方にお力添えをお願いしたく思います。皆様の受け入れに関する雑務に関しましては、こちらの方で行います故」
「ああ、その件だが、私も関わらせてもらえないだろうか。
 私の友人……詳しくは話せないが、彼の伝手を頼ることで善処を図ることが出来ると思う」
 ヘルムート・マーゼンシュタット(へるむーと・まーぜんしゅたっと)が進み出、今後の行動についてサイレントスノーと協議を行う。
「シャレン・ヴィッツメッサー。団を代表して、お礼を言わせてほしい。
 私たちによくしてくれたことを、私たちは決して忘れない。……願わくば、全てが落ち着いたその時には、一客としてまたここを訪れたいものだ」
「いえ、私は私に出来ることをしたまでですわ。……有難うございます。正直に申し上げて、とても心強いですわ。
 ……でも、くれぐれもご無理はなさらないで下さいね」
 シャレンの言葉にアメイアが頷いた所で、協議を終えたサイレントスノーが、今度は二通の手紙を取り出し、アメイアに差し出す。
「こちらは、女王直々の手紙でございます。女王はご多忙故、直接お会いしに行けぬことご了承下さい。
 それとこちらは、ニーズヘッグ様よりの手紙でございます。イナテミスのために戦うことになったのなら読んどけ、と言伝を承っております」
 サイレントスノーから手紙を受け取ったアメイアが、まずは美央のしたためた手紙を開封する。

『拝啓 アメイアさん

 アメイアさんのこれからについては、サイレントスノーが手筈を整えてくれていると思います。
 もし、共に戦うことになったのなら、本当なら私が自ら挨拶に行くのが筋だと思います。

 けれども、私は嘗ての戦いで、貴女から逃げてしまいました。急を要することとはいえ、騎士としてはあるまじき事です。
 私とアメイアさんが再会する時は、一戦を交える時、私はそう考えています。

 ……とはいえ、今戦った所で、私は貴女にその場でねじ伏せられてしまうでしょう。
 いずれ、貴女とも戦えるくらい、私は強くなろうと誓います。……どうかその時まで、待っていてもらえないでしょうか。

敬具 赤羽美央』


 文面に目を通したアメイアは、手紙をそっと元に戻し、懐に仕舞う。
(……よいだろう。お前が望むその時まで、私はお前を待とうではないか)
 心に呟き、次はニーズヘッグからの手紙に目を通す。なんとも汚い字で――そもそもニーズヘッグが字を書けたことが、アメイアにとっては驚きであった――したためられていたのは、実に簡素な『竜には龍騎士』の言葉のみ。
(……なるほど。お前の意図は読めたぞ。
 お前も変わったな? 以前のお前からは到底考えられん)
 そこまで呟いた所で、自分も他人のことは言えないな、と思い至る。
「確かに受け取った。私はこれよりイルミンスールへ向かう。……お前たちも何名か付いて来い。他の者は彼らの指示に従え」
 アメイアの指示を受け、団員たちが飛ぶように行動を開始する。捕虜暮らしを感じさせない、規律のとれた振る舞いであった。
「……ああ、そうだ。そちらにも話は伝わっているだろう? ……ああ、ああ。私としてはイナテミスの防衛隊配属、という形が無難ではないかと思う。こちらでも受け入れ態勢は進んでいる。……分かっているさ、君と僕の仲じゃないか。宜しく頼むよ、親愛なるハインリヒ君」
 ヘルムートが“友人”に連絡を取り、そして、雑務をこなしに行くサイレントスノーの後を追いかける――。

●雪だるま王国:雪だるまの王宮

 サイレントスノーから、委細順調に進んでいることを告げられた美央は、ひとまず事態が上手く進んでいることを実感する。
(……あの時の、アムドゥスキアスさんの言葉。あれは、一体何を意味しているのでしょう……)
 先の戦いで、美央はアムドゥスキアスに接触し、彼と直接言葉を交わした。その時彼は、『魔族が地上に出てきた原因を追っていくと、キミたちに行き当たるんじゃないかな』という旨の発言を残していた。
(“キミ達”というのは、多分、契約者を含むシャンバラの事でしょう。……彼らは、私達のことを恐れているのではないでしょうか)

 僅か十年余りの間に、シャンバラの契約者は国を曲がりなりにも再建させ、活動領域を瞬く間に広げていった。
 パラミタ一の大国、エリュシオンとの戦争に負けなかったシャンバラは、その実際の規模はともかくとして、他国にはよほど脅威に映るはず。
「相変わらずここはさみーですわね。美央も辛気臭いこと考えてねーで、何か秘密兵器みたいなのを一つでも開発してみせればいーですわよ。
 どーせ相手のことは、相手にしかわからねーのですわ。いくら考えた所で推測の域をでねーですわよ」
 思考に耽る美央に、月来 香(げつらい・かおり)の言葉がほどよく突き刺さる。確かに世の中には、考えるべきことも多くあるが、考えても仕方ないことも同じようにある。
「折角研究所があるのですから、何かすりゃいーですのよ。迷ってても何も進まねーですわ。
 そーですわね……ここは一番暇そうな吸血鬼に寝る間も惜しんでやらせればいーですわよ」
 後ろをちらり、と振り返りながら香が言うと、その“一番暇そうな吸血鬼”であるジョセフ・テイラー(じょせふ・ていらー)カヤノ・アシュリング(かやの・あしゅりんぐ)を連れて現れる。
「そうデス! 美央の契約者の中で最も知的そうなパートナーナンバーワンのジョセフ・テイラーにお任せデス!」
「……あんた、今の話聞いてなかったの? どこをどう取ったらそうなるのよ!」
「オウオウ、秘密兵器デスカ? 研究というのは一朝一夕で成るようなものではありまセン! ほら、カヤノサンも言ってやって下さい!」
「こっちの話を聞きなさいよ!」
 ジョセフを氷漬けにして、ふん、とカヤノが息を漏らす。
「うぅ、さみーですわ。それじゃ、わたくしは大浴場に行ってきますわよ」
 気温が下がった室内から香が足早に出ていき、フロアには美央とカヤノだけになる。
「……ま、ミオが何かするって言うなら、あたいと他の精霊長は手貸すわよ。頭使うのはちょっと遠慮したいけど――」
「ハハハハハ! それはミーにお任せデース! 精霊長の皆さんには、いずれ頼ることになると思いますヨ。
 皆さんのパワーは規格外ですからネ!」
 ドーン、と氷漬けから回復したジョセフが、ビシッ、と指をカヤノに突きつけて言い放つ。
「ですから! 精霊長の皆さんハ、しっかり休んでこの後に備えるのデス!
 皆さんは最近頑張り過ぎデスヨ! カヤノサン、さっきふらついたのを見ましたヨ!」
「ちょ、あんたそれ黙っててって――」
 止めようとしたが、時既に遅し。詰問するような視線を浴びて、あー、うん、とカヤノが視線を宙に彷徨わせる。
「……分かったわよ。洞穴に引っ込んでるわ。あそこならまだ楽だし」
 日頃からの多忙に加え、夏の暑さはカヤノには堪える。見れば確かに、背中の羽が心なしか小さい。
「でも、何かあったら呼びなさいよ。あたいを無視して話を進めようなんて、許さないんだからね」
「……分かりました、それは約束しましょう。だから今はゆっくり身体を休めて下さい」
 二人に見送られてフロアを出ていくカヤノ、その背中が見えなくなった所で、美央が再び思考に耽る。
(私が今、出来ること……)