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大地を揺るがす恐竜の騎士団(上)

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大地を揺るがす恐竜の騎士団(上)

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第一章 バージェスの居ない恐竜騎士団



「いやー、いい天気でよかったぜ」
「そうだな……」
 快晴に恵まれたこの日、畑では成熟したパラミタトウモロコシの収穫が行われていた。
 この日を待ち望んでいた人は多い。産業があまり育っていない大荒野では、農作物は数少ない収入源だ。
 酒杜 陽一(さかもり・よういち)もその一人で、作業効率をあげるための農具を用意したりとできる限りの事をしてきた。そうして実ったパラミタトウモロコシなわけだが、隣にいる姫宮 和希(ひめみや・かずき)の晴れ晴れとした表情と打って変わって、あまり嬉しそうではない。
「お前ら! 勝手に食ったりしたら俺が承知しないからなー!」
 和希が大声で声をかけている相手は、陽一と共に頑張ってきた店長さん達ではなく、恐竜騎士団の下っ端だ。
 彼らは従恐竜騎士団と呼ばれ、恐竜騎士団の中では半人前として扱われている。そんな彼らは、恐竜を操りながら農作業の手伝いをしていた。略奪ではなく、手伝いだ。
「……」
「どうかしたか?」
「いや……別に……」
 恐竜騎士団に追われる身である陽一としては、気が休まらない。田中という偽名に彼らは全く疑問を持たない様子で、あまり慣れてはいない農作業に従事している。
「恐竜騎士団も少し変わってきたみたいだな」
「団長が不在だから、だろ」
 農作業を手伝う彼らを見て、和希は満足そうな表情をしている。恐竜騎士団に対する人の考え方は千差万別だ。彼らを追い出したいと思う人もいれば、彼らが居ても構わないという人もいる。
 恐竜騎士団に対して悪い印象を持っていなければ、和希のように彼らが丸くなったように見えるのだろう。しかし、陽一は彼らの団長を僅かではあるが知っている。
「団長が戻ってきたら、以前よりも酷くなるかもしれないぜ?」
 今は行方不明とされているバージェスの強さは、本物だ。心の拠り所にするには、自分達の横暴の後ろ盾にするには、十分過ぎてお釣りがくるぐらいだ。そんな人物の不在による不安から、現在はほんの少し迷走しているだけ、陽一にはそう見える。
「ま、そん時はそん時だろ。それよりも、俺達も手伝おうぜ」
 バンバンと背中を叩きながら言ってのける和希に、呆れもするが、しかし実際その通りだ。それに、指名手配されて恐竜騎士団を避けてきた陽一と違って、和希は揉め事解決のためにいざこざに自分から首を突っ込んできている。少なくとも、恐竜騎士団そのものに対する理解は和希の方がずっと上だ。
 今この場にいる下っ端の騎士は、ラミナの命令で手伝いに来ている。そのラミナが、和希に暴走していないか様子を見ておいてくれ、とお願いしたというのだから恐竜騎士団の間では相当な有名人なのだろう。田中という偽名で貫き通せる陽一とは大違いだ。
「そうだな」
 パラミタトウモロコシは収穫作業は手伝いが十人ちょっと来たぐらいでは、まだまだ足りない。仕事は山のようにあるし、ここで悩んでいる時間が勿体無い。



「医者のようなものは無いですね。弱い順に死んでいくのは、我々の中では人も恐竜も違いはありませんから」
 ダンディな髭のおじさんは、やわらかい口調でそう言った。
「そうなんですか、少し可愛そうですね」
 テレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン(てれじあゆすてぃな・べるくほーふぇん)は少し寂しそうに言う。
「まぁ、簡単な手当てぐらいならばします。ですが、自然には医者なんて無いでしょう? 自分の怪我は自分の責任、弱い順に淘汰されていくのは当然のこと」
 このお髭のおじさんは、恐竜騎士団の人間だ。観光という名目で大荒野にやってきたテレジアのガイド役を務めている。粗暴で危険な集団だと話しに聞いていたが、ちゃんと手続き(という名の賄賂)を踏めば、それなりの対応はしてくれるらしい。
 足として小型の恐竜を貸してもらい、それに乗って荒野を進んでいる。思っていたよりも上下の振動は少なく、乗り心地は悪く無い。できれば大きな、例えばマメンチサウルスのような恐竜に乗ってみたかったが、アレは移動には向かないと断られてしまった。燃費が悪くそのうえ移動も遅いらしい。
「乗馬みたいに、乗恐竜とかすると面白いかもね」
 瀬名 千鶴(せな・ちづる)も、恐竜の背中を悪く無いと思っているのか、さっそくそんな事を言う。名前をオルニトミムスというが、肉食の恐竜ではあるが大人しく言う事もよく聞いてくれる。
「恐竜レースなんかも面白かもしれませんね」
 そう言うのはデウス・エクス・マーキナー(でうすえくす・まーきなー)だ。
「みなさんは恐竜で商売でもするおつもりですか?」
「地球の実家で旅館を経営しているんです。それで、ここに出店するならどんな風にお客さんを呼ぼうかな、なんて考えてみているんです」
「旅館、ですか。この辺りではまとまった水を手に入れるのは大変ですよ。小さな部屋に、ボロボロのベッド一つなんて宿ではないのでしょう?」
「ちゃんと、お客様をお持て成しする場所でないと、旅館とは呼べませんね」
「ここでは少し難しいかもしれませんが、もし旅館を作る事になったら私に声をかけてください、多少の協力ならできると思います」
「本当ですか?」
「ええ。ただ、今度の新団長決定の戦で、ラミナ様が勝つ事ができれば、ですがね。ソー様が団長になられたら、今後どうなるかはわかりません……おっと、目的地につきました。ここが極光の谷、恐竜たちの故郷みたいな場所です」

 極光の谷には、多くの恐竜の化石が眠っている。恐竜の化石から恐竜を復活させる事のできる恐竜騎士団にとって、この場所は重要な場所だ。
 恐竜騎士団に反逆した者を突っ込んで、ここで採掘作業をさせていたが大規模な反乱で一度大きな痛手を受けた。その後も採掘は続いたが、情勢の変化によって力任せの管理が難しくなり、現在はここで採掘作業を行っているのはほとんどが恐竜騎士団になっていた。
「休憩の時間だー!」
 この場所で現場主任をしている国頭 武尊(くにがみ・たける)がメガホンで声をかけて回る。
 適度な休憩と、ちゃんとした食事、それになにより化石がどれだけ大事かわかっている恐竜騎士団の人間の仕事はしっかりしていた。以前よりも採掘効率もだいぶあがった。
 しかし効率があがって状態のいい化石が次々と掘り出されていくのだが、肝心の恐竜の復活ができるバージェスの行方がわからない今、全てが倉庫の肥やしになってしまっている。
「半ば意地んなって探してっけど、見つかったらどうすりゃいいだろうな」
 この場所には、極光の琥珀というここにしかないとされる貴重な化石がある。
 以前発掘されたのだが、恐竜騎士団の手に回る前に外に持ち出されてしまった。例の反逆の中で最も大きな被害だ。
 バージェスの行方については、武尊は現状をある程度は掴む事ができた。親バージェス派の口はかなり硬かったが、今日までの武尊の仕事が認められたのかもしれない。
「おーい、武尊」
 ぼんやりしていた武尊を引き戻したのは、猫井 又吉(ねこい・またきち)の声だった。
 急いで来たため少し息を切らしている。又吉はこの場所に不審人物が近づかないよう見回りしていたのだ。
「どうした、何か見つけたか?」
「客だぜ、客」
「客?」
「観光客だとよ。で、中を少し見せてもらいたんだと」
「なんだよそりゃ、追い返せよ。そんな不審な奴らを、ここに入れるわけいかねーだろ」
 ここには、掘り出された化石を一時保管もしている。そこを攻撃されたら、集めた化石がパーだ。恐竜として復活すれば話しは別だが、化石はとても脆い。
「けどよ、髭のおっさん付きだぜ」
「はぁ? 髭のおっさんって何だよ、そんな髭って重要か?」
「ちげーよ、ほら、ラミナについている奴だよ。名前忘れたけど、髭をすげー大事にしてる奴!」
 言われて、確かにそんな奴が居ることを武尊は思い出した。髭を馬鹿にした奴を、無言で殴りつけた短気なおっさんだ。名前は思い出せない。従恐竜騎士団ではなく、中の上ぐらいの奴だったはずだ。
「なんであいつが観光客の案内してんだよ」
「俺に聞くなよ、どうせ、素敵なお髭ですね、とか言って褒められたんで調子乗ってんだろ。とにかく、追い返すわけにもいかねーだろ」
 武尊は舌打ちして、わかったよ、と答えると観光客とやらの出迎えに向かった。
 極光の谷は、ラミナにもソーのどちらの味方でもないし、敵でもない。そういう立場だ。バージェス寄りではあるが、しかし状況に対して対抗するほどの力は無い。そんな奴らの逃げ場になりかけている。
 入り口には、小型の恐竜の背に乗った観光客の三人、テレジアと千鶴とデウスと、あの髭のおっさんが居た。
「観光客なんて聞いてねーぞ、ったく」
 愚痴を言いながらも、中に入るのを許した。監視つき、の条件つきでだが。
「掘り出した化石はどうするんですか?」
「化石をしっかり組み立てて、標本して博物館みたいにしてみるなんてどう?」
「生きた恐竜があるいているのに、骨を飾ったものを見にくるとは、思えないのでございます」
 三人は始終こんな感じで、観光というよりは視察という感じだった。
 観光施設でも作るつもりなのだろうか。ご苦労な話しであるが、それでこちらの作業の邪魔をされるのはやっぱり気に食わない。
 適当なところでさくさくと切り上げさせた。それでも一時間近く時間を奪われた。
「とりあえず、あいつら撮影はしといたぜ」
 撮影に使ったビデオカメラを見せながら、又吉が言う。
「とりあえずとっとけ、でもラミナの客だ。めんどくさい事になったら、あいつらに言ってそれで終わりだ。作業に戻るぞ」



「楽なのは悪くないけど、もう少し緊張感が欲しいところだよね」
 スプリングの硬いベッドにごろんと横になったルカルカ・ルー(るかるか・るー)の目に、いくつもの天井の染みが映る。点が三つあると人の顔に見えるというが、そうなるとこの天井には相当な数の顔で溢れている事になる。
「新団長を決める賭けなんて、何かを隠すためのカモフラージュだと思ってたけど、何かおかしいのよねー。ラミナ派は、急に住民に擦り寄るようなことしてるし」
 農家に無償で労働力を提供してみせたり、観光客のガイドを買ってでたり、ラミナ派は人気取りのために色々と行動を起こしている。
 そのせいで、何度かニアミスが合ったが、指名手配されているルカルカに対して特に警戒も何も無かった。変装しているとは言え、杜撰にも程がある。
「ソー派は特に目立った動きは無いし、ってことは、人気を集めておきたいって考えてるのはラミナだけで、恐竜騎士団全体の総意ってわけじゃないってことよね」
 ラミナの行動を素直に受け止めれば、彼女は自分が勝ったあとの統治について既に考えがあるという事だろう。帝国で立場が悪い彼らに確固とした基盤はなく、それをバージェス個人の戦闘能力で補っていた。それが不在となった今、自治区である大荒野に腰を据える覚悟を決めた、そう考える事ができる。
 柔軟な対応と評価することもできるし、軟弱な発想ともいえる。暴力至上主義を掲げる彼らにとって、これはある種の敗北だ。
「ここをシャンバラに返還させるためには、余計な戦力を保持させるのは困り者なのよね」
 現在キマクは自治区として扱われている。シャンバラに返還されることになっているが、恐竜騎士団にとってはこのまま自治区であってくれた方が何かと自由が利いて便利なはずだ。今日明日に彼らが何かするというわけではないが、住民を味方につけた戦闘集団を保持ともなると、今後の扱いに困る。
 それに恐竜騎士団を追い返すというのは、目に見えてわかるキマクのシャンバラ返還だ。市民にとってこれほどわかりやすい変化は無い。それができなければ、この場所は宙ぶらりんのまま、キマクの市民にはシャンバラにもエリュシオンにも日和見な立場を続けるだろう。
「とりあえず、報告書まとめよっと」
 私見はともかく、この恐竜騎士団の内輪の争いにどこまで関わるべきか、それを判断するのは難しい。住民との距離は保ったままのソーを応援し、然るべきタイミングで追い返すのが綺麗な形なのだろうが、下手に関与すればそれを理由に余計ないざこざが発生する可能性は否めない。
 幸い指名手配者に対する扱いは杜撰だから、これからしばらく諜報活動を続けるのは容易だろう。今はまだ動いていないソーも何かしら動きを見せるかもしれない、この馬鹿馬鹿しいお祭りが終わるまで静観してても遅くは無いのだ。
「バージェスの居場所がわかればもっとやりやすいんだけど」
 ただ、なんというか納得できないというか、あのバージェスが住民に擦り寄るとか、身内のランキングを賭けにしてキマクを巻き込むとか、そんな小賢しい事に精を出すとはどうしても思えない。
 あの蜥蜴男を見て知っているから湧き出るこの疑問は、確証が取れるまでは胸の中にしまっておく事にした。