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【Tears of Fate】part1: Lost in Memories

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【Tears of Fate】part1: Lost in Memories
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 再び、小部屋。
 いいよ、と、あっさりシータは言った。
「そこにでも座ってくれたらいい」
 年代ものの椅子を勧めてくれる。シータは眼鏡を拭き、口元を緩めた。
 最初、とっつきの悪そうな美少女だな……と思ったトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)だが、シータと出会い名乗りあった上で、「話したい」と言ったところ存外フレンドリーな返事をもらったので考え方を改めつつある。
(「本当は、素直な善い子かもしれないな。おっと、年上っぽいから『子』ってまずいか?」)
 そんな内心の言葉はともかく、
「そうそう。これ、食べる?」
 と、彼は持参のお菓子の包みをほどいた。
「おや、嬉しいね。トライブくん、女を口説こうと思うときはいつもお菓子持参なのかい?」
「口説く? いやいや、これはだな、俺にとって遠足の必需品だ。用意周到に準備したものではなく……」
 それを制してシータはくすくすと笑った。笑うと……可愛い。
「だって、ビーフジャーキーが入っているじゃないか。パイをこれで懐柔する気だったんだろう?」
「懐柔、と言われるとどうも聞こえが悪いが……はい、準備してきました。パイと仲良くなりたくて」
 簡単に認めて、トライブは満面の笑顔を見せるのだった。
 面白そうだから図書室に乗り込んだトライブだが、パイがいるらしいという情報を耳にして俄然彼の心は躍った。もちろん悪いクランジはいけないと思うが、殺すとか倒すとかそんな物騒なことは言わない。ただ、話して改心させられればいいなぁとは思っている。
 ところが図書室を探検しているうち、たどりついたのがこの部屋だった。
 眼鏡の女性がひとり、チェス盤に駒を並べて悠然とくつろいでいたのだ。
 戸惑ったが、こういうとき肝の据わっているのがトライブである。これはこれで楽しい。彼は言った。
「事件にはそもそもさしたる興味はないんだ。ただ、パイちゃんには興味があってね」
「パイばかりモテるなぁ。私には興味ないのかい」
 チェスの駒ばかり弄っているように見えたシータだが、いつの間にか茶を入れてくれたようで、ティーカップがトライブの前にあった。
「いや、今はシータちゃんのほうが興味あるね」
 きっぱりと彼は断言した。クールな眼鏡っ娘、これは……嫌いじゃない。
「教えてほしい……」
 シータの目を見つめながら言った。
「スリーサイズとか!」
 トライブはしゃがみこんだ。こんなことを言ったらぶっ飛ばされるのは前回で学習済みだ! 華麗に避けたつもりである。
 ……が、
「身長168センチ、上から80、56、85。他に訊きたいことは?」
 実にあっけらかんとしているシータなのである。クールに言い放ったがなんとも、茶目っ気があるように思えてならない。
「では……えーと」
 トライブは次の言葉に迷った。なんというか、ますますシータに興味が出てきた。
 話に困ったので茶を飲むことにする。

「チェスですか、高そうな素材使ってますね」
 チェスの駒が冷たい音を立てた。持ってみると、重い。
 そうそう、話が途中でした、と坂上 来栖(さかがみ・くるす)は言った。
「何でここにいるって話でしたよね……一応教員側ですし、以前ここの司書さんには許可もらって招かれてますし……何より私、強いですから」
「強い?」
 シータは訊き返す。
「色々な意味で」
 暖炉に火がパチパチと燃えている。
 部屋の中はシータと来栖の二人だけだ。
 チェス盤を挟み、二人は向かい合って座っていた。
 そもそもは、来栖がこの部屋を訪れたことが発端だった。変な気配を感じ、来栖はこの小部屋の扉を開けた。中にいたシータに少々あつかましく、
「あぁ、もしかして噂のクランジとか言う子か、よろしく、ここ座っていいですか?」
 と言ったところ招かれたのである。
 繰り返すが、部屋は来栖とシータの二人きりである。
「その強さ、見せてもらいたいもんだね」
 シータは、どうぞ、といった風に手をさしのべた。
「ゲームのお誘いですか?」
 来栖は乳白色の髪を撫でつけた。
「そのつもりだよ」
 シータは言った。
「楽しませてくれたら嬉しいな」

 やはり同じ部屋、同時刻。
 トライブとシータの会話は続いている。
「……つまりシータちゃんは、クランジの世界を作りたいわけだ。人間のいない世界をね」
「世界すべてをそうするつもりはないけれどね、少なくとも国は持ちたい。まあ、現在のシャンバラがそんな話を認めてくれるとは思えないけど」
「ふぅーん。大変そうだね」
「否定しないのかい? トライブくん」
 なんとなく、二人の距離が近くなっているようにトライブは思った。シータが組んだ長い脚、その膝に手が届きそうである。
「俺の邪魔にならなきゃ、基本的にゃ否定はしねぇよ。まぁ、肯定もしねぇがね。それに美人がいっぱいのクランジの世界って、すげぇパラダイスじゃないですか!」
「ふふ……ありがとう」
 本当にこの人はエリザベートたちの敵なのだろうか、という気がしてきたトライブである。
 敵、というフレーズで急に思い出した。
「そうそう、思い出した。パイちゃん。アイツにあんま酷いことすんなよ? 俺の妹なんだからな!」
 このトライブのセリフ、『妹』の後には『(予定)』の一言が入るのだがそれは伏せておく。
「そうかい? パイ? 酷いことなんてしないよ、仲良いよ」
「え? 俺はてっきり……」
「仲良しだよ」
「うん、なら、良し」
 やっぱり悪い子じゃないなぁ、とトライブはほっこりしてきたので、ついでに言ってみる。
「……あ、シータちゃんも俺の妹になる? お兄ちゃん……いや、シータちゃんのキャラならお兄様だな、うん。さぁ、恥ずかしがらずに呼んでごらん!」
「いきなりだねぇ」
「俺はいつだっていきなりなんだぜ」
 すると急にシータは頬を染め、もじもじとし始めたではないか。
「言ってほしいの? 本当に?」
「うん」
「恥ずかしいな……」
 照れ笑いするシータである。
「いいからいいから」

 来栖とシータの勝負も続いている。
 シータが並べたチェス盤の配置は、すでにある程度ゲームが進んだ図だった。
 有名な棋譜だとかシータは言うが、とうに来栖はその盤面を読んでいた。
 これは戦況図だ。契約者たちと、クランジたちの初期配置である。
「で? いまどっちのターン? こっち?」
 来栖は白、契約者の側を担当した。
 そこから来栖は、まるで戦況が見えているかのような駒の動かし方をした。
 そのたび、
「不思議な手を指したね」
 とか、
「おや、それはどういう意味の一手かな?」
 とかシータは問うてくるが来栖は応じない。
「別に……ただのチェスですよ」
 現状に追いついてからは、来栖が独自に読んだ戦況に応じて指していく。
「……キングを守るのはクイーンの仕事、と」
 このとき来栖は、それまで殆ど動かさなかったクイーンの駒に触れた。
「クイーンは最強の駒ですから、責任重大、と」
 そして指した。挑発するような一手だ。
 これでは、シータ側のクイーンも動かさざるを得ない。
「痛いところを突かれたね」
 シータは苦笑して黒のクイーンを動かした。
「ところで、まだ聞いてませんでしたね」
 すると来栖は、大胆な一手でチェック(王手)を指したのである。
 盤に手を伸ばすシータをとどめて、来栖は真顔で訊いた。
「――あんたらのキングって誰?」