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【Tears of Fate】part1: Lost in Memories

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【Tears of Fate】part1: Lost in Memories
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リアクション

 魔法的な力が働いており、図書室内は時々刻々とその姿が変質する。
 一度たどったはずの道を戻っても、すでに地形が変わっており別の場所に迷い込むといった状況がしばしば起こり、それがマッピングを行う者を困惑させていた。銃型ハンドヘルドコンピュータ(HC)に頼ろうにも、コンピュータのほうが早々に『お手上げ』を宣言したりもする。
 だが六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)はそんな中にあっても、着実にマッピングして道を進むのであった。
(「事態は混沌としてますね。通信網は役に立たず、HCも本調子を出せない……ですが」)
 いくら道が変わろうが、図書室自体の全容は変わらない。それに、侵入者を惑わせようとする地形変化も、ある程度法則性があることを優希はなんとか見出していた。
 量産型クランジの姿を見かけたので、さっと隠れる。
 分厚い背表紙の本と本の隙間から様子を窺う。古びた紙の匂いが妙に心地良かった。
 息を潜めて身を沈めていると、やがてクランジはどこかに去っていった。索敵能力そのものは決して高くはないようだ。
(「これでよし。あのまま進めば、あのクランジは数分後にここに戻らされるルートをたどります」)
 戦闘が目的ではない。優希の目的は仲間のサポートなのだ。
 少しずつ、されど着実にものにしていった情報を手に、彼女は行軍を再開した。
 途上で出会う味方と共有していこう。通信で一気に配布できないのがもどかしいが、人的ネットワークの力を信じたい。

 無論、国軍とて一方的に敵の侵略を許しているわけではない。
「大図書室の包囲網、完成しました」
 両脚を揃え、カチッとブーツを鳴らしてクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)は敬礼した。その隣にはハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)、二人とも、寸分隙のない立ち姿である。
「ご苦労」
 彼女の上官にあたる人物は、峻厳な表情で言葉を返した。
 彼は指揮官。初老の男性である。針金のように痩せているが、よく見ればその肉体が、鋼のように鍛え上げられた結果であることがわかるだろう。軍帽を目深に被り、冬期兵装のコートを脇に置いている。
 彼の最大の特徴はその顔だ。ユージン・リュシュトマ少佐の顔面は、その右半面が赤黒く焼けただれているのである。視力がないのだろう、右目には黒い眼帯をしている。敵に捕らえられ、拷問を受けてこうなったという話だ。
「通信回線が安定確保できないため、一部メンバーには往復を繰り返させています。一般兵がその間を埋めるという方法を取りました。また、六本木優希のマッピング情報は少なからず役立つものと判断し、その共有に努めるよう指示を出しました」
 自分もこれから図書室に入ります、とクレアは宣言した。
 圧倒的に短い時間ながら見事な指揮だが、リュシュトマはクレアの仕事ぶりに対し、手際がいいなと褒めたりはしない。逆に言えばそれは、『クレアならこれくらいできて当たり前』と少佐が信頼している証拠ではなかろうか。
 彼は言った。
「大尉、不確定名『Σ』に対し、貴官はどう対応する」
「エリザベート校長の保護を優先します。敵クランジに対しては確保を目指しますが、必要とあれば撃破します」
 すらすらとクレアは応えた。
(「わかりきっていることをクレア様に訊く……少佐はクレア様の覚悟を調べているのでしょうか。それとも……?」)
 表情には現さぬまま、ハンスは疑問を抱いた。
「確保は、目指さずとも良い。校長の保護を果たすだけでも困難な任務だ。二兎を追うことのできる状況ではない」
「はっ」
 そうか――とハンスは気づいた。二人の周囲には他の契約者の姿もある。一般兵も少なくない。
(「少佐は、『Σが死んだとしてそれは自分の命令』ということを知らしめているんですね。責任は自身にあると」)
 かつて雪中での戦闘で、クレアはクランジΞ(クシー)の射殺の断を下した。
 それは実行された。
 結果的にはあれで正しかったとハンスは信じているが、一部に、この決定に批判的な論調があったことも事実である。そのようなことを気にするクレアではないはずだが、楽ではなかったはずだ。今回、リュシュトマがその責を引き受けようというわけである。
(「クレア様はどうお考えかわかりませんが、行動しやすくなったのは事実ですね」)
 クレアとハンスは再度敬礼してその場を去った。
 入れ替わるようにして少佐の前に、
「少し、よろしいですか?」
 コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)だった。ルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)も一緒だ。
「何か」
「作戦参加を認めてくれたことを感謝します」
 少佐が黙ったままなので、コトノハは胃の腑に鈍い痛みを感じながら言った。緊張していた。
「少佐は以前、私達を独自に調査してくれました。少佐から見て、私達はシャンバラ敵対者に見えますか?」
「質問の意図がわからないが」
「我々は追放になった身……いわゆる『お尋ね者』です」ルオシンが言葉を継いだ。「ですが、その原因となったものを贖う行動は果たしているはず。下された放校処分を解いていただきたく、お願いにあがりました」
「少佐さん、あたしたち、本心から言ってるんだから」
 夜魅の言葉もまた、血を吐くほどに痛切だった。
 リュシュトマは片方だけの鋭い目で彼らを見ていた。少佐は常にこのような目つきではあるが。
「回答の順序が逆になるが、放校解除の案件については、私からは何とも言えない。私の立場は国軍のいち少佐に過ぎない」
 佐官といってもその程度のものだ。国策に関する重大な意思決定が下せる立場ではないのだ。
 ただし、と彼は、落胆の表情を浮かべるコトノハに言葉をかけた。
「あくまで個人の意見としてであれば、諸君の貢献は評価している。敵対者とは判断していない。ユプシロンへの接触を認めたのもその理由からだ。
 諸君が敵対者でないと公式見解を述べることは私には許されていない。ただし、これまで同様、諸君の行動については団長に報告しておこう」
 つまり、今後の活動によっては復学もあり得るということだ。望みが絶たれたわけではない。
「……努力します」
 コトノハにはそれだけ言うのが精一杯だった。
 状況が変わるという保証はない……それが辛かった。だが、行動しなければなにも変えられない。
 少佐の視線が痛かった。