リアクション
* * * 「あっ五月田センセー! ねぇ聞いて聞いて、お願いがあるんだけど」 ミルトはスーツ姿の五月田教官を発見すると、すぐに頼みごとをした。ペルラも、軽く一礼した。 「随分と壮大なことを思いついたな……」 彼が説明したのは、実のところ野望である。イコンシミュレーターをマイナーチェンジした、インターネット使用のヴァーチャルイコン対戦ゲームを地球と空京に設置し、どちらの世界の人も一緒に遊べるようにしたい、というものだ。 ストーリーモードには2020年から21年にかけての戦時下のエピソードを投入。国家機密に関わる内容も多く、一部は今でも非公開なため、真実をなるべく正しい形で伝えるのは容易なことではない。そのため、コリマ校長にも打診中である。 もっとも、最終決戦なんかは真実の方がむしろ作り話のように取られても不思議じゃないのだが。 また、スポンサーに関しては静岡模型どころか、国内イコン関連メーカー最大手の『SURUGA』が付くかもしれないという状態である。この辺りは小谷先生が上手くやってくれているらしい。 なお、これを聞いてもらうのは五月田で十人目だ。これまでに、先の二人に加え翔、アリサ、サクラ、ヴェロニカ、セラ、ドクトル、モロゾフに話している。あとはパイロット科のサトー科長だが、役職柄忙しいらしくまだ会えていない。 「声優か。まあ、案外実現可能性はあるようだし、学院の宣伝にもなるな。ただ、少し考えさせてくれ。選挙日には結論出す」 さすがに、二つ返事とはいかなかった。現在OKをもらっているのは翔やアリサ、ヴェロニカといった生徒達である。セラに関しては「よく似てる似てるって言われるけど、わたしがその役でいいの?」という具合だった。 この野望の理由を聞いてきたのは、ヴェロニカだった。彼女にとっては、やはり思うところがあったのだろう。だから、「一緒に来なかったノヴァが地団駄踏んで泣いて悔しがって『お願いですから仲間に入れて下さい』って時空をひっくり返して来たくなるような未来の先にするのが目的なのさっ」と笑ってみせた。 何の力も持たなかったヴェロニカと、生まれながら強大な力を有していたノヴァ。二人は対称的でありながらも、奥底には通じ合うものがあったのかもしれない。原初のイコンに認められたあの二人は。理由を聞いたヴェロニカは優しく、けれど寂しげに微笑んでいた。 「あら、教官。ネクタイが曲がってますわ……ええ、もう少し右です」 「ん? おっと、いつの間に」 手早く五月田がネクタイを直した。 「じゃ、選挙も頑張れよ」 二人にエールを送り、彼は去っていった。 「ねぇペルラ。さっきなんで教官のネクタイわざと曲げさせたの? ちゃんとしてたのにー」 「内緒ですわ。そうですわね……しいて言えば、女の子は少し手が掛かる男の子の方が好きなんです」 「えっボクのこと!? あっペルラ何で先に行っちゃうの?」 どこか上機嫌なペルラの心境は、今のミルトには推し量れなかった。 * * * 「悪い、待ったか?」 「いえ、今来たばかりですわ」 東地区ではなく、西地区のカフェでオリガ・カラーシュニコフ(おりが・からーしゅにこふ)は五月田と待ち合わせをしていた。 東地区のロシアンカフェでは知り合いに出くわす確率が高過ぎるため、芳しくないからだ。卒業後なら堂々と乗り込んでいけるのだが。 「ん、髪切ったか?」 「あ、はい、少し」 気付いてくれたのは嬉しかった。五月田教官は鈍いところがあるが、ちゃんと自分を見てくれているような感じがした。 「真治さん、お忙しいところありがとうございます。相談に乗って欲しくて」 気分よく微笑み、五月田と目を合わせた。 「あやめさん達は卒業後に各科に就職するようですが、私のような一般生徒も各科に就職出来るのですか?」 「可能だ。何も、教職だけじゃない。ここは学校であると同時に、研究機関でもある。軍隊ではないけどな。生徒として在籍していた者は職員採用の際、優先的に採用される」 職員は基本的に研究職員と事務職員の二つだ。研究職は超能力科や整備科において特定の科目の単位を取得していることが条件になるが、事務職員は特に制限がない。パイロット科での進路は、教官あるいは教官候補や自衛隊、民間ではイコン技術関連メーカーだ。パイロットとして訓練を積んだ者は、商品テストを実機で行うために必要となる。外部に依頼するのと自社内で行うのとでは、コストも異なる――それこそ億単位の差となる場合もあるため、イコン操縦が出来る者は重宝されるのだ。他には、聖カテリーナアカデミーへの留学やF.R.A.G.入隊を希望している者もいるという。 「パイロット科の場合、オペレーターとしての採用もある。学生の身分だったとはいえ、前線での戦闘経験が生かせるからな」 また、事務職員には三科長の秘書も含まれていた。こちらは公私混同を避けるため、学院の人事課と監査委員会の査察が入ることになっているらしい。 (真治さん直属は難しいし、迷惑も掛かりそうですけど、オペレーターやパイロット科の一般事務なら大丈夫ですよね!) 自分の胸の内に言い聞かせる。 「そうですわね、これまで通信や策敵、支援をしていたのでそちらに進めれば」 「俺としても、それはお前に合ってると思う。ただ、採用試験の難易度は高いぞ? うちの場合、単なる通信機器の操作だけじゃなく前線から伝わってくる情報を正確に把握し、それを齟齬なく司令官・あるいは指揮官に伝えて指示を仰ぐところまで必要になるからな」 生徒会執行部や各代表のような役職持ち以外の生徒の場合、学院に就職する場合であっても、採用試験を受ける必要があるという。 「俺としちゃ、今は戦時下というわけじゃないんだから、最初は事務職員として学院に就職して、そこから勉強してオペレーターへの道を進む方がいいと思う。パイロット科だけでなく、他の科に配属される可能性もあるから、広く色んなことが学べるだろう」 オリガを思ってなのか、それとも本音に気付いてないのか。何だかもやもやしてくる。 「普通科で働くのもいいと思っているんです。新しい科ですから人手も足りないでしょうし」 ふてくされたような態度で言った。 「確かに、普通科は……というより、学院は全体的に人手不足だな。普通科の場合、強化人間と一般地球人とのパートナー契約の斡旋も請け負うことになってる。そのマッチングとかもあるから、三科よりも仕事は大変かもしれないな」 オリガの態度に気付いたのか、五月田がからかうように、 「なんだ、寂しいのか?」 と目を細めた。 「い、いえ、そんな、確かに恋人同士だと会えなければ寂しいですけれど、し、仕事とプライベートのことも……」 気付いてもらえたのは嬉しいが、今のは不意打ちだった。 「まあ、お前に手伝ってもらえれば俺も助かるんだけどな。ただ、若いうちは何事も経験だ。ってことを言いたかっただけだ」 「真治さん、年寄り臭いですわよ」 「恭輔のような奴の世話してりゃ、こんな風にもなるさ。まあアイツも、昔に比べりゃ大分マシになったがな」 恭輔とは、野川教官のことだ。五月田とは防衛大時代の先輩後輩の関係だが、彼との話の中ではよく出てくる。その後のフランス外人部隊時代でのサトー科長との話題よりも多いくらいだ。 それから話を戻し、採用試験のアドバイスをもらったり、各科の五月田が感じる雰囲気や印象といったものを教えてもらったりした。 「色々と教えて頂いてありがとうございました。これ、お礼ですわ」 最後に、バレンタインにはまだ早いが手作りの本命チョコを鞄から取り出し、五月田に渡した。 「ありがとう」 恥ずかしくて顔を俯けてしまっていたが、頭に掌の感触があった。 「頑張れよ。応援してるから」 もちろん。とオリガは自分に言い聞かせた。 |
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