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地球とパラミタの境界で(後編)

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地球とパラミタの境界で(後編)

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・【鵺】


「さ、気を取り直していこう」
 十七夜 リオ(かなき・りお)は自分の演説終了後、すぐに【鵺】の整備に戻った。演説の会場がこの旧イコンデッキだったのはありがたい。
「何だか悪いね。選挙の日にまで手伝ってもらっちゃって」
「まぁ、前に外装や駆動系まわりは見せてもらってるからね。専任ってのは無理だろうけど、コイツの整備や調整がマニュアル化されるまでは出来るだけ関わらせてもらうさ」
 この機体のデータを元にレイヴンから発展させた後継量産機を開発するというアイディアがあるらしいが、【鵺】ことホワイツ・スラッシュ自体はこの一機以外に造る予定はないという。あくまで、身体が不自由な七聖 賢吾の専用機だ。
「だけど、その格好のまま演説行くなんてね。まあ、リオちゃんらしいっちゃらしいけど」
 賢吾が目を細めた。
 司城 雪姫の都合もあり【鵺】の整備は午前中から始まったが、リオも朝から作業に携わっていた。
「庶務の順番は最初なんだから、終わってから来ても大丈夫だったのに」
 順番を確認していなかったとはさすがに言えない。ただ、会長候補の演説の時にも「いつもの姿」になった人がいることを考えれば、別にツナギのまましたところでそれほど問題ではない、はずだ。
「七聖くん、本当に武装はこれだけかい?」
 フェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)にそれらを持ってきてもらうと、車椅子で整備の様子を眺めている賢吾に確認した。
「うん。ライフルの方は使わないと思うけどね」
 武装は至ってシンプルだ。ビームライフル二挺とビームサーベル二本。
「あれ、でもこのビームサーベル……」
「お、気付いたね」
 一見するとレイヴンのものと同じだが、賢吾の要望なのか仕掛けが施されていた。
「さすがに、生身での剣術や抜刀術をイコンに乗って再現するのは難しいからね。本気で抜き打ちをやったら、イコンの腕なんて使い物にならなくなるさ」
 そもそも、空中では踏み込みが行えない。ジェファルコンの補助スラスターを巧みに利用したところで、あたかも地面があるかのような動きが出来る者などいるだろうか。
「なるほど、だからイコン式にアレンジする必要があるってことか。可動式追加装甲と推力増幅ユニットの重要性が分かった気がするよ」
 それらは、他にも色々と応用出来そうだ。
「前見た時も考えたけど、可動式追加装甲にスラスターを組み合わせて、向きを揃えて急加速とかっていうのは出来そうだねぇ」
「可能だとは思うけど、かなりパイロットとしての腕が要求されると思うよ。自分の場合は、BMI搭載じゃなかったらその機構も追加してもらいところだけどね。【鵺】にそれ組み込んだら、なっちゃんへの負担がえらいことになっちゃうし」
 スラスターの制御は思考で行えるようになっているが、情報量が増えればそれだけ脳への負荷は大きくなる。【鵺】は、なつめの体調に影響が出ない程度に計算されているようだ。
「それと、一般機だとスロットルの絞込みとか遊び部分で個人調整が必要だけど、コイツの場合はその辺の加減が難しいね。スロットルは発進の時しか使わないわけだし、それ以外にはそのスーツとヘルメットしかないから」
 ゆえに、コックピット内で調整が必要になるのはシステムだけだ。

「調整しつつ、気にしている点ってありますか?」
 久我 浩一(くが・こういち)は、【鵺】のニューロリンクの調整を手伝っていた。彼の眼前にあるモニターには、情報伝達部分の使用頻度の統計データが映し出されている。雪姫がキーボードを操作すると、表示が変わった。
「そこの赤い部分を見て」
 統計の横に、機体の図面が現れた。
「使用頻度の多い中でも、強い負荷が掛かっているのがその部分」
「パイロットにですか?」
「逆。機体がパイロットに追いついていない。だから、その部分の伝達速度を欺瞞する必要がある」
 腰部から右腕部にかけてが赤く染まっている。
「変遷を辿っていくと、こうなっている」
 最初は色がついている部分がなかったが、次第に青に染まっていった。
「機体とパイロットが適合していく様子」
「面白いな。何度も繰り返し使われている部分は馴染んでいくわけか。人との交流みたいですね」
 馴染む、というのはレスポンスが向上しているということである。
「交流?」
 浩一の例えに、雪姫が無表情のまま首を傾げた。
「確かに、統計的には話す頻度が多い人とは心理的な障壁が薄くなる傾向がある……とされている。むしろ例えとしては、新品のバットが素振りを続けることによって手に馴染む、という方が適切」
「なぜ野球?」
「あるいは新品のテニスラケットを……」
 彼女ならもっと他に例えが思いついてもいいだろうに。どうにも雪姫は、人間とか感情に関わるものをうまく捉えることが出来ないようだ。あるいは、あえて避けているのかもしれない。
 雪姫が画面に視線を戻し、先ほどの続きを説明し始めた。
「これが、ベストな状態。機体とパイロットが完全にリンクしていて、かつ負荷が限りなくゼロ」
 そこから先は徐々に色が変わり黄色、そして赤となっていく。
「黄色は、青色を適正値とした場合にパイロットが機体の挙動に追いつかず、負荷が掛かっている部分。赤は、さっきも言った通りでその逆。パイロットの安全のため、青い部分の数値に、他の部分が合わさるようにスーツと機体のリンクを調整する必要がある」
 全体的に見ると、不自由な脚部が黄色い。ただ、それはあくまで賢吾のものだ。なつめのリンクは彼を補助するためのものだが、未調整で全てが青である。
「搭乗者には外の様子がどう映るのでしょうか?」
「脳には外部のカメラ・センサーから得た情報が視聴覚情報として伝達される。今、こうして見ている風景と何ら変わらないものが映ることになる。ただ、痛覚は可能な限り遮断されているから、『空気を肌で感じる』という感覚はほとんどないはず」
「ということは、多少の痛みを引き受ければ、風を感じることは可能なんですね?」
「肯定(イエス)」
 どうやら、生身とまったく同じ感覚というわけではなさそうだ。浩一はある程度ニューロリンクの仕組みが分かってきたものの、安全性を考えると実用レベルまで発展させるのはまだ難しいという印象を受けた。賢吾に搭乗可能時間が設定されているのも、そのためだろう。
「あと、ブルースロートへのBMI搭載の件、少し考えてみました。思い切って三人乗りでもいいのかなって」
「三人乗り?」
「はい。魔道書や機晶姫なら演算が得意ですからね。複雑な計算はそちらにお願いするのも手かなと思いましたが、いかがですか」
 意見はすぐに返って来た。
「選択肢としては問題なし。ただし、制御担当は他のパイロット二人とはシステム的に切り離されなければならない
 浩一の考えを元に、機体の仕組みを示した。その際に、それとは別のブルースロートのデータが彼の目に入る。
「こちらのデータは?」
「別件で依頼されているブルースロートの仕様変更案。首都防衛の切り札として、攻撃能力を持たせて欲しいと言われたから、BMI搭載に向けて試験的なシステムを秘密裏に導入することにした」
 それは、ブルースロートの基本機能を全て停止させ、手足にエネルギーを集束させ攻撃に転用するというものだった。
「外部からパイロットの脳への情報入力をカット。ニューロリンクは使用するものの、システムは簡易化し、全身ではなくあくまで一部のみ。ただし、パイロットの神経伝達物質の分泌量をコントロールすることによって、『全身が機体と一体化しているかのように』欺瞞させる。
 提示された条件――『一定の操縦技量がある契約者なら誰でも乗れる』を満たし、ブルースロートに攻撃性を持たせるにはこの方法しかない。ブルースロートの利点を全て排除するため、あまりに非効率で実用性に欠ける。極めて限定的な状況のみでしか役に立たない。そこまで説明した上で、『ハッタリをきかす』には十分との返答を得た」
 雪姫には珍しく、不服そうだった。彼女自身は、ブルースロートの元となった機体が、「武器を持たない機体」だったことをどこかで知ったのだろうか。だとすれば、この反応も自然なものかもしれない。
「……とても公には出来ない代物ですね」
 ただ、雪姫にはある程度BMI搭載ブルースロートを造る目処は立っているようだ。