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リアクション
一
寒い日の布団の中ほど気持ちいい場所はない。しかし春先の微睡もまた、それに匹敵する極楽である。
明倫館の生徒は御前試合の準備に駆り出されていたが、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は、ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)の言いつけで先日の休みを返上していたため、免除されていた。
学生寮の自分の部屋で、ぬくぬくと惰眠を貪っていた彼が轟音に思わず目を覚ますと、倒れた箪笥同士の隙間に自分がいるのを発見した。部屋はしっちゃかめっちゃかである。
「どーすんだ、これ」
アキラは布団を這い出し、パジャマのまま自分の部屋を出た。
「うぉーい皆ー、大丈夫か〜?」
「ワタシは大丈夫ヨ」
「ワシも大丈夫じゃ」
「私も平気です。アキラさんは大丈夫ですか?」
アキラの呼びかけに、アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)、ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)、セレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)が顔を出す。
「おぅ、大丈夫だー。しかしすごかったんなー、今の」
廊下に置いてある下駄箱も倒れ、共通ルームの居間も雑誌やコミックスが散乱している。今、この寮には他の人間はいないから、片付けるのも自分たちかと考えて、アキラは嘆息した。
「この分じゃと、街にも相当な被害が出ていそうじゃのう」
「ハイナ校長から救助要請が来るかもなぁ」
「外、うるさいネ」
アリスの言葉に、アキラは外を覗こうと窓に手をかけた。少し傾いたのか、開けづらい。セレスティアが手伝ってくれて、ようやく動かせた。
「――何だ、これ」
「なんじゃ、どうし――」
アキラの後ろから外に目をやったルシェイメアも、絶句した。
アキラは窓枠に手をかけると、するりと外へ飛び出し、屋根へ上がった。ルシェイメアも続く。
地面から大きな触手が何本も生えている。家が崩れ、叫び声が響き、そしてその触手が逃げ惑う人々に襲い掛かる。
「状況確認は後じゃ! 今はあの触手どもを何とかせねば大変なことになってしまうぞ!」
ルシェイメアの言葉に、アキラは部屋へ戻り、とにかく目につくものを片っ端から装備し、再び飛び出した。
「ルーシェ、俺はあの触手どもをぶちのめしてくる!」
「ではワシとセレスは街の防衛と住民の避難に当たろう。何が起こるか解らぬ。気をつけていくんじゃぞ」
「ああ、解ってる――いくぞアリス!」
「ウン!」
アキラはアリスと共に空飛ぶ箒スパロウに跨った。
触手は緑色をしていた。植物の蔓のようにも見えるが、先端は平べったく、地上へ向けて襲い掛かるときは、ぱっくりと十字に割れる。
「させるか!!」
アキラがスパロウを器用に操り、アリスが嵐のフラワシで切りつけた。
ぶつり、と切れた触手は地面に落ち、跳ねるように暴れ回った。更に焔のフラワシで燃やし尽くす。
セレスティアは、襲われた町民を保護し、転んだ子供の手当てをした。
「見たか?」
ルシェイメアの問いに、頷く。
ぱっくり割れた口の中は、どす黒い赤だった。人間の血ではない、と思いたい。
続けて襲ってくる別の触手に、「怯懦のカーマイン」と魔道銃の弾を食らわせる。
「避難場所は――どこじゃ?」
ルシェイメアは銃型HC弐式を使って調べたが、まだ情報は上がっていない。
「近くに公園があったはずです」
人間の心理として、公園や学校など、広い場所に避難したがるはずである。だが、この様子では公園が無事とも思えない。
「――明倫館に誘導しよう」
あそこなら、たとえ触手が襲ってきたとしても、守るだけの人手がある。
震えている子供に、セレスティアは「激情のスコア」で気持ちを奮い立たせた。
セレスティアはアキラたちを振り返った。
いったん切られた触手は、時間を置くと再生するらしかった。
「これじゃキリがない!」
「アキラ! あれ見テ!」
アリスが指差した先には、一際大きな触手があった。触手と言うよりは、大蛇である。しかも、ムカデの様に足が――いや、手が生えている。それも、人間の手だ。
「何だ、ありゃ」
げ、とアキラの顔が歪んだ。だが、他と明らかに形が違う以上、あれが大元の可能性は大きい。
「いくぞ!」
アキラはスパロウの先端を、大蛇へと向けた。
「ぎゃああ!」
男が叫んだ。体に無数の牙が食い込んでいる。
レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)の「黄昏の星輝銃」が、触手に撃ち込まれ、男の体を落とした。ミア・マハ(みあ・まは)が素早く、【命のうねり】をかけた。
「明倫館に行って!」
男はわけも分からず、「あ、ありがとう」と短い礼を述べると駆け出した。
触手はレキとミアに目標を変えたらしかった。のったりとした動作で、二人に襲い掛かる。
「スピードが遅いのが、不幸中の幸いだね」
それを避け、レキが言った。
「狙いやすいわい」
ミアが【ブリザード】で触手を凍らせ、レキが破壊していく。そこから再び触手が生えてくるのが、
「厄介じゃが」
とミアは呟いた。
触手には目はない。鼻もない。どうやって人の位置を察しているのだろうか? 再生した触手は、早速、人間を求めている。
分からないことが多すぎる。二人は触手が現れてすぐ、眼鏡をかけた青年に出会った。ヤハルと名乗った彼は、明倫館が一番安全だろうと教えてくれた。しかし同時に、明倫館の地下にいる化け物が本体だとも言った。
『どんな生き物でも、自分を攻撃することはない。灯台下暗し。本体の頭の上が、一番安全なんだよ』
ただし、奴が完全復活しなければ。
そう付け加えられて、ミアはぞっとした。まだ完全ではない状態で、これだけの生命力である。完全復活したら、どうなるのだろう? 明倫館だけでなく、葦原島全体が破壊されるのではないか?
連絡を取ると、ハイナはすぐさま明倫館を避難所兼指揮所として開放してくれた。それに従い、レキとミアは避難を呼びかけ続けている。
【エイミング】で触手を撃ち抜き、捕まりそうになった女性を逃がした。次の瞬間、別の触手がレキに襲い掛かる。咄嗟に【サイコキネシス】で抑え込んだが、触手はレキを建物の壁に叩きつけた。
「!?」
息が一瞬止まる。
「レキ!」
再び襲い来る触手に、ミアが【天のいかづち】を放った。黒こげになった触手が地面に落ちる。
「大丈夫か!?」
「う、うん。どうってことないよ。それより」
のた打ち回る触手が、少しずつ元に戻っていく。だがそのスピードは先程よりも遅い。
これは、どういうことなのだろうか?
レキは、目の前の出来事をハイナへと報告した。
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