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【●】葦原島に巣食うモノ 第一回

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【●】葦原島に巣食うモノ 第一回

リアクション

   五

 葦原明倫館の敷地内には、古い木が何本もある。その内の一本が根こそぎ倒されているのを見て、契約者たちは声を上げた。
 狭く細長い穴が開いている。体格が良くても中には入れるだろうが、それも一人ずつになる。
 穴の前で、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)カタルに声をかけた。
「俺は武神牙竜……よろしくな!」
 黒い髪は、きっちり切り揃えられ、見ようによっては育ちのいいお坊ちゃんのようでもある。しかし右目を縛る布には、わけの分からない文字が綴られており、そのせいか残る左目にも感情が見られない。
「……よろしくお願いします」
 返ってきたのはその一言のみで、牙竜は差し出した右手のやり場に困ってしまった。仕方なしにこめかみ部分を人差し指で掻きながら、
「あー、あのな、複雑な事情があると見たが……やるべきことがあるんだろ? だから、話したくなったら話してくれればいいぜ……言いにくいこともあるだろうしな。俺はカタルの友達になり来たんだ……友が困ってるなら助けるのが当たり前ということだ」
「友?」
「そうだ!」
「そんな物はいりません」
「お、おい」
 さっさと穴に入るカタルを、牙竜は追いかけようとした。それを止めたのはオウェンだ。
「邪魔をするな」
「邪魔って、何だ」
「友などというものは、カタルには必要ない。協力には感謝するが、余計なことはしないでもらおう」
「……何だあれは!?」
 牙竜はカッカしながら、二人を追った。
 いったん入ってしまえば、中はそれなりに広かった。中央に灯篭があり、ぽっと灯がつく。
 コウモリが大騒ぎしながら外へ飛び出し、足元をネズミやゴキブリが走っていくのを見て、叫び声を上げる者がいる中、猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)は「出たぞ!」と皆を制止した。
 どこからともなく、忍者が現れる。十人はいるだろう。皆、一様にのっぺりとした仮面を被っていた。目と口にだけ、浅い穴が開いている。まるでカタルの顔のようだ、と牙竜は思った。
「とりあえず、ここは俺が引き受けるぜ。事が終わったら……飯でもおごってくれないかな。財布忘れちゃってさ〜」
 勇平の口調は軽いが、事態がそれほど容易くないことは知っている。
「俺も残ろう。友達になる第一歩だ。行くぜ……灯! 変身! ケンリュウガー剛臨!」
「行きます。カードインストール!」
 龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)が、一瞬にして牙竜の身を包む。
「言い忘れてたが、俺は正義のヒーローだ。よろしくな!」
「負けていられないよ! 勇平!」
 猪川 庵(いかわ・いおり)がフューチャー・アーティファクトをぶっ放す。
 牙竜――いや、ケンリュウガーはレーザーブレードを構えた。
「まあ、とりあえずこいつら何とかしないとな。……こい、オーダー!! 抜剣!!」
 機工剣『ソードオブオーダー』を手に、勇平が一歩前に出る。それを見て、忍者たちが襲い掛かる。
【歴戦の立ち回り】で素早く動いたケンリュウガーが、アクセルギアと【疾風迅雷】で忍者たちの間に飛び込んだ。右足を軸に見事な新円を描き、レーザーブレードで胴薙ぎにする。
 勇平は【絶零斬】で忍者を袈裟懸けに斬る。その隙に通り抜ける契約者たちに気づいた忍者が、奥へ向かおうとした。
「行かせないよ!」
 庵のフューチャー・アーティファクトが再び火を噴いた。
「あんたたち、ここはあたしたちに任せなさい!! あんたたちは早く奥に行って化け物封印してきてよ!」
 カタルは三人に深々と頭を下げ、オウェンの後を追った。


 洞窟は、ほぼ真下へと抜ける竪穴だった。円形の筒をすっぽり埋め込んだ形だ。壁に沿って階段が彫ってあり、足を踏み出すと、その上の提灯がぽっと灯った。
「何コレすごい! さっきのもだけど、コレどういう仕掛け!?」
 機工士である木賊 練(とくさ・ねり)が提灯を分解しようと、腰の道具を手に、近寄った。
「木賊殿、今分解しては、皆が困ります」
 彩里 秘色(あやさと・ひそく)が練の腕を掴んだ。
「あ、そっか。じゃあ、帰りならいい?」
「おそらく」
 練は渋々納得した。
 フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)は、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)の命で――とフレンディスは思い込んでいる――カタルたちを先導した。ベルクはカタル、オウェンのすぐ後ろを歩いている。
「おい、カタル」
 無言で歩き続けるカタルに、ベルクは話しかけた。オウェンが二人の間に入ろうとするが、するりと避ける。
「お前、さっきの態度は何だ? 沢山の奴らを巻き込んでおいて、ダンマリか? お前は何を知ってるんだ? 無理に言う必要もねぇ……と言いてぇところだが、そうはいかねぇぞ」
 オウェンはベルクの肩を掴み、振り向かせた。
「そういうレベルの話ではない」
「どういう意味だよ?」
「葦原島にいる時点で、全ての人間が宿命づけられているのだ。抗うか、逃げるか、死ぬか、選択肢は三つ。お前はどうする?」
「そんなもん、抗うに決まってるだろ」
「我々も同じだ。これは、我々のせいではない。強いて言うなら、先祖たちの責任になるが、今更責めるわけにもいくまい。受け入れ、そして抗うしかないのだ」
 ベルクは押し黙った。カタルが何か抱えているのは、何となくだが分かった。協力してやりたいとは思う。だからこそ、話をしてほしかった。自分たちを信じてほしかった。
 しばらく歩くと、階段は途切れ、代わりに橋があった。これは階段より広く、二〜三人が並んで通れるだろう。中央には、社祠(しゃし)がある。橋に支えられ、宙に浮いているようにも見えた。
 石灯籠に灯が点った。
 誰かが息を飲んだ。
 社祠の上に、橋の欄干に引っ掛かるように、男が二人、死んでいた。