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燃えよマナミン!(第2回/全3回)

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燃えよマナミン!(第2回/全3回)

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【1】日日是鍛錬!……1


 天上天下天地無双。疾風迅雷にして驚天動地の必殺拳。
 はるか遠方コンロンは天宝陵に知る人ぞ知る奥義を修めし拳技『万勇拳(ばんゆうけん)』あり。


 ところは空京の足元に根を広げる下水道の一画。
 新天地を求め、意気揚々と空京にやってきたミャオ老師
 だが、人生万事困難辛苦が付きまとう。泥をすすり……いやさ、下水をすすっても前に進まなくてはならないのだ。
 そのためには、いついかなる時も功夫を積むことを怠ってはならない。
 愛弟子がネカフェの五大人を討つまでのわずかな時であっても。
 そうして始まったアンダーグラウンドでの修行ではあるが、中には見慣れない非弟子的顔もちらほらとあった。
 槍術の達人である白砂 司(しらすな・つかさ)もそのひとり。
 警察沙汰は避けたいが、獣人とは縁も深い。獣人である老師の苦境とあらば、獣人の友として放ってはおけない。
「……とか言って、ほんとは老師にモフモフしたいんでしょう。司くんも好きですねー」
「ち、違う! そんなわけあるか!」
 相棒のサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)はにやにやと笑った。
「しかし、おぬしらももの好きじゃのう。わざわざ下水にまで訪ねてくるとは」
 老師は言った。
「相棒が下水に精通しているからその辺は苦でもない。まぁ俺もそこまで行動範囲が広いとは知らなかったが……」
「だめですねぇ、司君は。見聞を広げないと大成できませんよ」
「下水にまで見聞を広げる奴はそういないと思うが」
というより、逃げたりサボったりエネルギー弾撃ったりするのに普段から使ってるな……
 なんとなくサクラコの裏を察して、司ははぁぁと長いため息を吐いた。
「それにしても老師も人が悪いですねー。シャンバラにいるならこの格闘猫・サクラコさんを頼ればいーのにっ」
「ほう、おぬしも拳法を使うのか」
「これでもちょっとしたものですよ」
「ふうむ、シャンバラに武を磨く同族がいるとはのぅ。同じ猫獣人として嬉しいのじゃ」
「ここであったが百年目……じゃなかった何かの縁、これからは仲良くしていきましょうね♪」
 それから老師の見守る中、ふたりは奥義を修得するため実戦形式での修行を始めた。
 近接格闘術で迫るサクラコに対し、司は得意の槍で迎え撃つ。
 無論のことリーチに勝る槍は繰り出される拳を簡単には寄せ付けない。
「強力な一撃と言えど、当たらなければ意味はない。槍が優れた武器であることは歴史が証明している」
「むむむ……」
「それに対し、拳法は武器相手では圧倒的にリーチで負ける。お前の体格ならなおさらだろう……。俺を対戦相手に指名するのはいいが、俺も守に長けた槍の使い手、このままでは千日手に陥る。さて、その差をどう埋めるつもりだ?」
 するとサクラコは不敵に笑った。
「拳のリーチの短さは痛いところですけど、しかーし気を操る万勇拳にはこーんな技があるんですよ!」
 サクラコの拳に光り輝く気が集束していく。
 気を実体化させ、変幻自在の武具と成す……これぞ万勇拳奥義がひとつ『自在』である。
 巨大なガントレット状に変化させた気を纏い、司に目がけてその大きすぎる拳を突き出す。
「たとえ敵の槍が長かろうと、それ以上に拳打が長ければいーんですよっ!」
「ぐっ!?」
 予想を超える衝撃だった。しかし司もただで技を受けるほどお人好しではない。
 攻撃を弾くと同時に目にも止まらぬ連続突きを放ち、形成された自在が霧散するほどの風穴を穿つ。
「そういう時は……こうです!」
 弾けてしまった気に再び念を送り今度は矢に変える。中空にあらわれた矢は目の前の槍使い目がけて降り注いだ。
「……なるほど。面白い技だ」
 そう呟くと、風車の如く槍を回し、矢を落ち着いて叩き落とした。
「あらら……」
「面白いが、気を形にするまで時間がかかり過ぎる。それではいかようにも対処されてしまうぞ」
「むっ、気を扱うのは難しいんですよっ」
 ふたりの手合わせを眺め、老師は感嘆の息を漏らした。
 気を一定の形にまとめるだけでも長い年月のかかる。
 不完全とは言えども、短時間でそれをものにしたサクラコの才能はかなりもの、格闘に精通しているだけはある。
「……老師、熱心に指導されているところ、すみません」
 ふと、声をかけたのは門下生の樹月 刀真(きづき・とうま)だった。
「万勇拳のことで気になることがあるのですが、質問しても構いませんでしょうか?」
「気になるところ……はっ! もしかして入会金や年会費のこと……!
じゃないです
 ぴしゃりと言った。
「気になったのは、万勇拳の最大奥義である『壊人拳』のことです。ナラカで出会った人物が同じ技を使っていました。それに、俺の見たところ、どうも彼の使う技と万勇拳は同種の型を持っているような気が……」
「それよりもおぬしらが平然とナラカに行ってることが気になるんじゃが……?」
「ああまぁ、そのことはいずれ宴の席ででもお話しますよ」
「ふむ、そうか」
「話の続きになりますが、ハヌマーンという人物はご存知ありませんか?」
「……とんと聞いたこともない名じゃな」
「そうですか。では思い過ごしかもしれませんね。蛮勇拳の創始者かと思ったのですが……」
「ふむ、万勇拳の創始者と言うと『拳祖』様がそれにあたるな……」
 万勇拳含め天宝陵の無数の流派は、伝説的拳士・拳祖の遺した技を継承・完成させるため発生したものである。
 ただ、拳祖にまつわる伝承はほとんどない。本当の名もわからない。
 どこからかやってきて、幾多の技を遺しどこかへ去ったと伝えられている。
「ああ、そういえば」
「?」
「拳祖様は随分派手好きな方だったそうだ。凄そうな四文字熟語を並べ、かっこ良く敵を威嚇するのを好まれたとか」
「……なんだか、勘違いではない気がしてきました」
 目立ちたがりのハヌマーンの高笑いがどこからか聞こえてくる気がした。
「……ところで、老師。黒楼館を随分敵視されているようですが……」
「刀真ーーっ!!」
「ん?」
 よばれてとびでて声のほうを振り返る。
 そこにいたのは相棒の漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)
 次の瞬間、彼女は懸命に練った気を波動に変えて放ってきた。
「奥義『反転違認拳』!!」
「なっ……ん、あれ?」
 一瞬焦ったものの、波動には特にダメージはなかった。
「どう、気分は?」
「どうと言われても別になんとも……」
「じゃ、これならどう?」
 月夜はおもむろに傍に立つ玉藻 前(たまもの・まえ)のチャイナドレスをひっぺがす。
「……って玉ちゃん下着は!?」
「下着は身に着けん主義だ。下着のあとが付いたら我の美貌が損なわれる」
「主義はともかくもう少し恥じらって!」
 シークレットゾーンを身体をはって隠しながら、月夜は刀真に視線を向けた。
 男子なら当然視線は玉藻の身体に刺さるはず……なのだが、彼の視線は明後日の方向を彷徨っていた。
 あまり厳密に言いたかないが、視線は玉藻の後ろで一心不乱に修行に励む半裸のラルクに刺さっていた。
「な、何故だ……? 玉藻よりもあっちのほうが気になる! 興奮する!
「な……なぁーーっ!!」
 玉藻は絶叫した。
「月夜ーーっ!! 刀真に無視されたぞ! どうしてくれるんだ!」
「たっ玉ちゃん落ち着いて、放っておけば元に戻るから……」
 反転違認拳。
 この技は目標の気を乱し、自分の意識している対象の認識を反転させたり、ズレを生じさせるもの。
 正に気の迷いを生み出す秘技なのである。
「……はっ! お、俺は今なにを……な、ナニに興奮していた……?」
 我に返った刀真は、敵に重傷を負わされたよりも、ずずーんと重く膝をついた。
「ほら戻った、そして凄く凹んだ」
 それから月夜はビシィと指を突き付ける。
「心に傷を刻め!」
「つ、月夜……! なんの恨みがあって……!」
「なんだ、そういう技だったのか」
 不意に、哀しみに染まるハートを、玉藻の温かな体温が包み込んだ。
「安心したぞ、刀真。我を無視したということは、それだけ我に意識が向いていたということだな」
「あ、あの玉藻さん、胸が背中に当たってるんですけど……」
「当たってるんじゃない、当てているんだ」
「あの、服着てないですよね、今」
「嬉しいか? このほうが男は癒されるだろう?」
「嬉しいというか、その……自分が正常に戻ったのがわかって安心というか……」
「つまり、我の身体に反応しているということか?」
 玉藻がうっとり妖しく微笑むと、そこに月夜が割って入った。
「ちょっとそこまでしろって言ってないよ、玉ちゃん! 刀真に引っ付きすぎ!」
「お前の修行に付き合ってやったんだ、すこしくらいいいいだろう」
「だめっ!」
「……どっちにしろ俺の意見は聞いてくれないのね」
 嬉しいような悲しいような。
 その時ふと、刀真の携帯が鳴った。友人の天音からだ。
『今、なにしてる? 駅前のネカフェで呼雪とカラオケしてるんだけど、よかったら刀真も一緒に遊ばないかい?』
「カラオケか、なんか今ちょっと歌いたい気分かも……」
 返事のメールを打ちながら、ふと思い出し先ほどの件を書き添える。
『天音が言っていたハヌマーンと万勇拳の繋がり、老師からちょっと気になる話を聞き出せた。実は……』