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イルミンスールの息吹――胎動――

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イルミンスールの息吹――胎動――
イルミンスールの息吹――胎動―― イルミンスールの息吹――胎動―― イルミンスールの息吹――胎動――

リアクション

「ふっ……あぁ。今日もいい天気のようだ」
 大きく伸びをして、無限 大吾(むげん・だいご)が降り注ぐ光に目を細める。地上の光とは違うものだと聞かされてはいたが、詳しくは知らない。それでも、こうして身体に活力を与えてくれるような気がする光は、決して悪いものではないとは思う。
「ふわぁ……おはよう、大吾」
 しばらくして、西表 アリカ(いりおもて・ありか)が欠伸をしながらやって来る。二人は先日、エリザベートたち視察団と共にゲルバドル入りし、そのまま一夜を明かした。
「おはよう、アリカ。よく眠れたか?」
「うん、ボクは大丈夫。なんか、懐かしかったし。大吾の方こそ眠れた?」
「ああ。最初こそ驚いたが、案外寝られるものだな」
 言って、大吾が背後、宿に利用した建物を見やる。それは宿というよりは、食料や日用品を貯蔵しておく倉庫と言った方が正しかった。
「ゲルバドルの街は初めてだが、想像していたのとは大分違ったな。ま、観光のための街でないと言われれば、そうとは理解出来たけどな」
 先日ゲルバドルを訪れた時は、自分はてっきりアリカたちがショッピングで購入した荷物持ちに駆り出されるのかと思っていたが、そもそもショッピングが出来るような施設が存在していなかった。あるのは住民が住まう住居と、点在する倉庫くらいなもの。森や近くを流れる川から得られた食料と、時たまやって来るリュシファルからの定期便でこの街は成り立っているとのことだった。
「うん、ボクもよく知らなかったけど、流石にビックリしたよ。ナナちゃんモモちゃん、サクラちゃんとは楽しく遊べたけどね」
 今日も一緒に遊ぶ約束をしてるんだ、とアリカが楽しみな様子で微笑むのを見守りながら、では自分は何をしようかと考えた所で、ゲルバドルに来る前に考えていたことを思い出す。
「……物は試しだ。提案してみるか」

「「「すぽーつ?」」」
 大吾から『スポーツ』について話をされたナナ、モモ、サクラが揃って「?」と頭に疑問符を浮かべながら聞き返す。
「ああ。野球、サッカー、テニス等々……地上には多種多様なスポーツがあるんだ」
 大吾がそれら一つ一つを、簡単なルールを交えながら説明していく。戦い以外に身体を動かす遊びを覚える、それはナナたちや他のゲルバドルの住民に良い影響を与えるかもしれないとの軽い思い付きからだったのだが。
「おー、なんだかおもしろそー! ねーねー、みんなあつめてやってみよー?」
「やってみよー! じゃあわたしとサクラちゃんで、みんなにおはなししてくるねー!」
「いってくるねー」
 話を聞いてすっかり乗り気になった三人が、瞬く間に住民たちに話をして回る。数刻も経たない内に、彼らの周りには大勢の住民たちがやって来た。
「うわ、凄い数。大吾、これは責任重大じゃない?」
「そ、そうだな。いや、言い出したからには責任は取る。幸い一通りの道具は持って来ている、やるだけのことはやるぞ」
 思わぬ反響に戸惑いながら、大吾とアリカは住民たちにスポーツを教えて回る――。

「よ〜し、よこくほーむらん、うっちゃうよ〜!」
「よゆーなのもいまのうちっ! うけてみろ、ごくえんぼーるいちごう!」
「わ、ぼーるがほのおにつつまれて……うわぁ!」
「あ〜あ、ぐらぶがすみになっちゃったよ。ほのおはきんしだよっ」

「モモちゃん!」
「サクラちゃん!」
「いっけ〜、ついんどらいぶしゅ〜と!」
「ぬかせないよっ! さんかくとび、てりゃ〜!」

「ふっふっふ〜、わたしのひっさつしょっとはひゃくはっこあるっ!」
「たいしたじしんだ! でもわたしのてりとりーにはいっているいじょう、すべてむだだっ!」
「な、なんかきゃらかわっちゃってるよ!?」

 ……そして、しばらくも経たない内にゲルバドルは、スポーツの街へと変貌した。あちこちでボールを打ち合い、蹴り合う光景が見られるようになった。
 元々ゲルバドルの住民は、食事と睡眠以外にやるべきことがなく、気ままに暮らしていた。そこにスポーツが持ち込まれれば必然、住民たちは一日中それに明け暮れる。ナナたちがやり出すとどのスポーツも『超人』とか『異次元』とかが付きそうなレベルになるが、他の住民のレベルも半端無かった。
「うわぁ……ここの人たちがオリンピック出たら、金メダル狙えそうだねっ」
「ああ……まさかここまで反響があるとは思わなかった」
 自分たちがしたことの影響に驚きを隠せない二人だが、同時に教えてよかったな、とも思う。
「ナナちゃんも、モモちゃんもサクラちゃんも、とっても楽しそう」
 アリカが、スポーツに打ち込む三人を見つめて、微笑む。他の住民たちにも、真剣な表情そして笑顔が溢れていた。


(……ん? 何だ、そこかしこでスポーツをやっているな?)
 ナベリウスを訪ねに、ゲルバドルへやって来た神条 和麻(しんじょう・かずま)が、あちこちでボールを蹴り合い、走り回る様子を目の当たりにする。
(いつの間にこれほどスポーツが盛んになったのか……それにしても、皆楽しそうにやっているな)
 一生懸命に身体を動かすその姿は、よっぽどのインドア派でなければ自分もやってみようか、と思うほどであった。よく真剣な様は人を惹き付けるというが、その通りかもしれないと和麻は思う。
(……もしかしたらナナたちも)
 彼女たちが本気でスポーツをやったらいったいどうなるのか、想像しながらやって来た居城では、モモとサクラが子供たちの前でボールを投げたり蹴ったりしていた。
「あしでぼーるをけって、むこうのごーるにいれたらかち、なんだよ」
 どうやらサッカーを説明しているらしいモモが、目の前のボールを蹴る。勢いを付けられたボールはゴールに向かって飛ぶ……が、惜しくもポストに弾かれる。あさっての方向へ飛んだボールはやがて、歩いてきた和麻の足元へ転がってきた。
「お〜い、けってけって〜」
 モモが催促するように、ぶんぶん、と手を振る。
「よし、じゃあいくぞー」
 助走をつけ、和麻がボールを蹴る。放物線を描いて飛ぶボールがモモの頭上を通り過ぎようとした所で、
「てりゃ〜!」
 ぴょん、と跳ねたモモが空中でゴール目掛けてボールを蹴る。今度は見事、蹴り込まれたボールがネットを揺らす。
「モモ、ナイスシュート。……ところで、随分とスポーツが盛んなようだが」
 拍手で迎えた和麻が、何故ゲルバドルでスポーツが盛んになったかを尋ねる。かくかくしかじか、とモモの説明では、「だいごとあかりがおしえてくれたの!」とのことであった。
「二人のことは知っている、そうだったのか。皆楽しんでるみたいだし、よかったな」
「うん!」
 にぱぁ、と笑うモモに温かな気持ちになりながら、和麻はナナの居場所を尋ねる。
「ナナちゃんはね、いまはおやすみちゅう。あっちにいるよ」
 あっち、と樹木を指差すモモに礼を言って、和麻はそちらへと足を向ける。

「すーすー……むにゃむにゃ……」
 枝と幹が重なる窪みの所で、木漏れ日に包まれてナナが気持ちよさそうにお昼寝をしていた。こうして見ると、七千年以上を生き強大な力を持つ魔神とはとても思えない。
(……やっと、平和になったんだよな)
 安らかな寝顔に、和麻の顔も自然とほころぶ。バルバトスに脅され、モモとサクラを敵にした時の凶暴な面影は、もうない。
(もう、あんなナナは見たくないからな。今はゆっくりお休み、ナナ)
 ふわぁ、と欠伸が漏れる。少し眠っていくか、と呟いて和麻がナナの隣に腰を下ろすと、仰向けになる。
「……むぎゅ」
 すると、和麻の腕にナナがしがみついてきた。夢の中で誰かに抱きついているのだろうか。
「……おやすみ、ナナ」
 赤色の長い髪を、柔らかな耳を優しく撫でながら、和麻はゆっくりと眠りに落ちていく――。


 ある日の夕暮れ、ゲルバドルに杜守 柚(ともり・ゆず)杜守 三月(ともり・みつき)の姿があった。
「はー、色々用意してたら遅くなっちゃったね」
 隣の三月に話す柚は、両手でリボンのついた大きな箱を抱えていた。大事そうに持っている姿から、誰かへのプレゼントと推測出来る。
「この時間だと、ナナ達は城にいるのかな? 慌てず行こう、きっと喜んでくれるよ」
「うん、そうだといいな」
 三月の言葉に柚が頷いて、そして二人はスポーツで賑わうゲルバドルの街を、ナナたちの元へ歩いて行く。

「ゆず〜! みつき〜!」
 通された部屋で、現れたナナ、モモ、サクラが柚にもぎゅ、と抱きつく。どうやらお風呂上がりのようで、いい匂いが漂ってくる。
「ナナちゃん、モモちゃん、サクラちゃん、元気ですか?」
「うん! あのねあのね、すぽーつを教えてもらったんだよ!」
 柚を見上げながら、ナナがゲルバドルであったことを話していく。
「なるほど、だからここに来る時、街のみんながスポーツに興じていたわけだ。
 凄かったよ、プロ顔負けだった」
「えっへんっ」
 街の人たちを褒められたのが嬉しいのか、モモとサクラが胸を張って喜びの表情を見せる。
(どうやら、元気そうだ。この前のことを気にしてるんじゃないかと思ったけど……。
 それじゃ、僕は準備をしておこうかな)
 ナナ達の相手を柚に任せて、三月が二つ目の目的のための準備を始める。しばらくの間、柚とナナたちの楽しげな会話が交わされる。
「あはは、そうだったんだ。……うん、三人とも元気そうでよかった。
 あのね、今日はナナちゃんたちに渡したいものがあって来たの。受け取ってくれますか?」
「なになに〜? なにがでてくるのかな〜、たのしみ〜」
 ちょこん、と座り、『プレゼント』を今か今かと待ちわびるナナたち。チラ、と柚が三月に目配せすれば、頷いた三月が手にしたクラッカーの紐を引く。
「わわっ!?」
 響く乾いた破裂音に、ナナたちが驚きの表情を浮かべ、声を発する。

「ナナちゃん、モモちゃん、サクラちゃん、誕生日おめでとう!」

 柚と三月、二人合わせて発される言葉に、ナナたちは今日が自分たちの誕生日であるということに気付く。
「私からのプレゼントは、これですっ」
 柚が、持ってきた箱を開いて中を見せる。中にはいちごクリームやイチゴがたっぷりと使われたデコレーションケーキが入っていた。鮮やかな赤が特徴的なナナたちに合わせた、柚渾身の一品だった。
「うわ〜、きれ〜い!」
「くんくん……おいしそ〜なにおいがする〜」
 目を輝かせるナナや、早くも食べたそうなモモとサクラに微笑んで、柚がケーキにロウソクを五本、差していく。
「何歳か分からないから、ロウソクは一人一本。私と三月ちゃんがナナちゃんたちと出会って一年も、一緒にお祝い」
 差されたロウソクを、ナナたちが吹き消すでもなくただぼうっと見つめているのを見、気付いた三月が助け船を出す。
「誕生日のお祝いの時は、こうやってロウソクを立てて祝われた人が吹き消すんだ。
 軽く息を吹きかけて、消してごらん」
「わかった! やってみる!」
 言われるままに、まずはナナがロウソクの一本を息を吹きかけて消す。続いてモモとサクラが同じようにロウソクを消し、残ったロウソクを柚と三月が消して、全てのロウソクが消された。
「切り分けてあげますね。……はい、あーん」
「はむっ! むぐむぐ……おいし〜い! ゆずのけーき、とってもおいしいよ〜」
 柚から差し出されたケーキを頬張ったナナの顔が、見ている者が幸せになりそうなほどに緩む。
「モモちゃんとサクラちゃんにも、はい、あーん」
「もぐもぐ……うん、とってもおいしい!」
「もぐもぐもぐもぐ」
「ああっ、サクラちゃん、ひとりでそんなにたべちゃだめだよ〜」
 いつの間にか渡された分を食べ終え、残りのケーキに狙いをつけたサクラを、モモとナナが制する。
「あはは、大丈夫、ケーキはまだたくさんあるよ。
 ……じゃあ、次は僕からのプレゼントだね」
 言って三月がナナたちに渡したのは、写真を入れるアルバム。中を開くと、既に何枚か写真が収められていた。
「あっ、アムくんがいる〜」
「それは凧揚げ勝負した時のだね。ほら、こっちはナナ達とお餅を食べた時の」
「ほんとだ〜。こうやってのこしておけるの、いいな〜」
 それまで写真というのを見たことがないのだろう、ナナたちが憧れを抱いた様子で口にする。
「もちろん、今日の思い出もちゃんと写真にして、納めよう。
 はい、今からカメラセットするから、並んで」
 三月がセットしたカメラの前に、ナナたちと柚が並ぶ。左からモモ、ナナ、サクラと並び、その後ろに柚、そして三月が立つ。
「ぎゅー」
「ぎゅー」
「え、えっと、ぎゅー」
 モモとナナが柚に抱きつき、あふれてしまったサクラがナナに抱きついて、そしてシャッターが切られる。
「はい、どうぞ。一枚はアルバムに入れて、後は一人一枚持っておきましょう」
「わ〜い!」
 早速プリントアウトされた写真を、ナナたちが大事そうに見つめる。その後は残ったケーキを食べつつ、撮った写真に色とりどりのペンでコメントを添えたり、デコレーションをしたりして楽しむ。
「ナナちゃんとモモちゃんとサクラちゃんは、これからもずーっと私達の大切な妹ですっ!
 ね、三月ちゃん」
「そうだね。ず−っと変わらないよ」

 ナナたちの誕生パーティーは、夜が更けるまで続いた――。