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リアクション
礼拝堂のような廃墟。
その外では、変わらずヴィータ達の戦いが繰り広げられていた。
先ほどと状況が違うとすれば、人数が増え、戦いが大規模になっていることだ。
「行くぞ、ヴィータ!」
ヴィータを追い続け、この戦闘に参加した柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は二対の《サイコブレード》を奔らせた。
<真空波>だ。二つの刃に宿った破壊エネルギーが刃と成り、間合いの開いた彼女に切りかかる。
「うーん。そんなのじゃあ、わたしには届かないかなぁ」
ヴィータはだらりと下げた《暴食之剣》を、横薙ぎに一閃。
真空の刃は断ち切られ、エネルギーが分散。彼女を避けるかのように、四つの衝撃波が地面に着弾した。
「ねぇ、もっと刺激的な戦いをしましょうよ。
お互いが必殺の間合いで斬り合いするシチュエーションなんかどう?」
「…………」
「うわっ、だんまりなのね。腹立つなぁ。これじゃあわたしが一方的に話しかけて馬鹿みたいじゃない」
真司は何も反応せず、二対の《サイコブレード》を交差した。
それを見たヴィータはぶすっとした表情で言った。
「ふぅん。あなた、つまんない男ね。もっと戦いを楽しんだほうがいいんじゃない?」
「戦いを、楽しめか……」
「おっ、やっと反応した。
そうよ、折角だもん。楽しまないと」
ヴィータは、自分の協力者と戦っている霜月を指差した。
「それともあなたは霜月と同じで、子供の命を使ったこの戦いは楽しめないってタチかな?」
彼女の顔に闇色の笑みが広がる。
対する真司は、無表情のまま口にした。
「……いや。俺は正直、おまえとの戦い以外のことはどうでもいい」
「いやぁん、あなた、わたしの熱狂的なファンだったのね。困っちゃうなぁー」
「…………」
「……そこは悪態でもなんでもいいから少しは反応してよ。わたしがただの痛い奴になっちゃうじゃない」
ヴィータはやれやれ、と言った風に大げさに肩を竦めた。
「でも、まぁ、意外かな。
わたしに立ち向かってくる奴らは、正義の味方みたいな思考してる奴だと思ってたんだけど……あなたは違うのね」
「……目的は一緒だがな」
「きゃは♪ わたしを止めるってことよね。
いやいや、嬉しいなぁ。わたしはこう見えて寂しがり屋だから、構ってもらえると喜んじゃうのよねぇ」
ヴィータが鼻歌を歌いだしそうなほど御機嫌な様子で、言葉を紡ぐ。
「さて、無駄話もここまでにしときましょうか。覚悟はいい?」
「……おまえこそな」
「きゃは♪ いいわね。ゾクゾクしちゃう」
最後の言葉とともに、ヴィータはパチンと指を鳴らせた。
と、人間の言語を超えた叫びをあげ、モルスが<降霊>される。
「……あれが……モルス」
継人類であるヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)は、そのフラワシを初めて見て、皮膚が粟立った。
その異様な姿は一目で、それが普通のフラワシではないことを見た者に知らしめる。
ただ異様なだけではない。むしろ積極的に嫌悪をもたらすその醜悪な姿は恐怖の象徴のようだ。
ヴェルリアの心境を見透かしたのか、ヴィータがクスクスと笑う。
「おやおやぁ、わたしのモルスが見えてるんだ。
……でも、その反応はいただけないなぁ。わたしの可愛いかわいいモルスを見て、怖い、って思うなんて」
ヴィータは剣先を下げたまま、無造作とも思える動きで踏み込んだ。
狙いはヴェルリアだ。
「ッ、《PBW》――起動します!」
ヴェルリアは恐怖を振り切り、四機の《PBW》を作動させた。
念動球を基に開発された念動支援兵器であるそれは、瞬く間に展開し、コの字型に変形。それぞれが別の角度から、迫り来る彼女に向けて、高熱のレーザーを放つ。
「ちょーっち、遅いかなぁ」
右、左、上、正面と、飛んでくるレーザーを、ヴィータは華麗に回避。
最高速を維持したまま、ヴェルリアに肉迫。身体を回転させ、横の斬撃を放つ。
凶刃が、彼女の細い首を掻き切った。
「……あらら、なんだ<ミラージュ>なのね」
しかし、ヴィータが斬ったのは、彼女の幻影だった。
彼女の本体は事前に、<ポイントシフト>で安全圏へと後退。
「うーん、惜しかったわねぇ。後ちょっとだったんだけどなぁー」
「あらぁ〜、そんなに余裕こいてて大丈夫なのかしら?」
今度は、リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)が<疾風迅雷>でヴィータに肉迫。
素早く懐に入り込み、《破鎚竜「エリュプシオン」》を顕現。竜頭型の巨大鎚を形成し、彼女に向けて思い切り振るう。
轟、と風を切り、巨大な鎚が彼女に直撃。
「と、っとと。危ないなぁー、下手したら死んでたわよ?」
が、<実践的錯覚>でリーラの距離感を狂わせることで、どうにか回避。
ヴィータは鎚を振るって身体の流れたリーラの横に回りこみ、狩猟刀を振り上げた。
「ま、お返しってことで。ばいばい」
ヴィータが狩猟刀を振り下ろそうとした。
が、それよりも早く、リーラが《ドラゴニックヴァイパー》を行使。
「ざんねーん、まだ私のターンよ」
リーラの左腕と脇腹から、液体金属の竜頭が生まれた。
双頭の竜が大きく口を開け、狩猟刀を振り上げたヴィータに噛み付く。
「――っ!?」
ヴィータが回避行動をとるが、もう遅い。
双頭の竜が、がちんっと彼女の肩と足の肉を噛み千切った。
「……痛ぁい。なによ、それ。そんなのありなわけ?」
ヴィータはそうぼやくと、指をパチンと鳴らせた。
呼応するように、モルスが雄叫びを上げ、駆けた。
巨大な拳が、リーラに襲い掛かる。
「リーラさん、危ない!」
ヴェルリアが叫び、《超理の波動》を発動。
強力な波動がモルスの横っ面に直撃し、それに伴い軌道が横に逸れ、巨大な拳は空を切る。
「対策は十分ってワケね。ああ、もう、面倒くさいなぁ!」
モルスが二人の相手をしているうちに、ヴィータは大きく後方に跳躍。
「逃がすか……っ!」
しかし、真司が<グラビティコントール>を発動。
重力のベクトルを操作し、ヴィータの周辺の重力を増大させ、彼女を地へと落とした。
「行くぞ、切札を切らせてもらう!」
ヴィータが地面に着地したのと同時。
真司が《アクセルギア》を使い、体内時間を最大限に加速。
二対の《サイコブレード》を胸の前で交差し、気合を高めて床を蹴った。
正面からの突撃、五秒のみ許された光速の世界。
己の殺気を全て込めるようにして、彼は二対の刃を奔らせた。常人の動体視力では追えない。紛れもない達人の技だ。
にも拘らず。
「……きゃは♪」
ヴィータは僅かに笑みを零し、一歩踏み込んだ。
傷を負うことは覚悟の上。肉を斬らせて骨を断つ作戦だ。
二対の刃は彼女の身体に切り裂こうとするが、彼女が前に出ることで斬撃の勢いが失われ、致命傷になる手前で止まった。
「なんだと……っ!?」
「きゃはは♪ あとちょーっとだったわねぇ」
そして、真司の《アクセルギア》の効用時間が終わると共に、ヴィータが牙を剥く。
彼女は先ほどまでとは違う、ゾッとするほど冷たい声で、小さく口にした。
「<エンド・ゲーム>」
闇夜の如き黒色のケープが死神の翼のごとくはためく。
瞬間。
真司の反射神経が咄嗟に避けようとする前に、数十もの斬撃が四方八方から迫った。
「っ、がぁぁああ……っ!!」
防御などする暇なく、直撃。
辺り一面に、肉を切り裂く水っぽい音が響く。
「おー、やるじゃない。わたしの<エンド・ゲーム>を受けて、死ななかった奴は初めてかも」
血塗れになった真司を見て、ヴィータは嗤った。
そして、トドメを刺そうと、もう一度《暴食之剣》を構えて、
――プルルルルル!!
彼女の利き腕に着けた《腕時計型携帯電話》から、けたたましいコール音が鳴り響く。
彼女の意識が真司から、少しだけ携帯に移る。
その隙を逃がさず、彼は<ポイントシフト>で安全圏へと撤退した。
「あっ……もぅ、逃げられちゃったじゃない。誰よ、こんなときに」
ヴィータは頬を膨らませ、携帯に目をやる。
液晶には『ドクター・ハデス』という文字が浮かび上がっていた。