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リアクション
「<我は射す光の閃刃>!」
応接間で、初手を発したのは翠だ。
少女が展開した魔法陣に光が集まり、光の刃となって切とコルニクスに迫る。
「はぁッ!」
対する切は呼気を爆発させ、腰から、飛燕の速度を超えた初太刀を放った。
抜きつけの一刀は<真空波>を生み出し、光の刃と激突。真空の刃と光の刃が砕け散る。
それを確認したティナは、<ワルプルギスの夜>を発動。一拍置いて、ミリアがサンダーバードを飛翔させる。
「未来を変えるためにも……行っけぇぇぇッ!」
「不幸な結末しかないなんて、認めるわけには行かないのよ!」
空中に散布する光の粒の中、闇黒の炎と巨大な雷鳥が切に肉迫。
それは、微妙に時間をずらして飛来してくるがゆえに、普通の刀では二つを切り落とせない。見事に<抜刀術>を封じた戦法だ。
「やれやれ、言っただろ? 一刀の下に切伏せてやるって」
しかし、切は構わず抜刀し、<歴戦の必殺術>による峻烈な縦の太刀筋を放った。
と、同時。僅かな距離が開いている二つの魔法が、まとめて叩き切られた。
刀を抜ききった切が、静かな声で言った。
「どんな戦法も、ワイには通じないよ」
そう言い放つ切の掲げる刀身の全長は四メートルを超えていた。
明らかに鞘以上に長い、物理的にあり得ない刀身である。
その金属の刃が波打ち、収縮し、通常の長さに戻り、彼の手首が華麗に回転して、鞘に帰還。磐石の<抜刀術>の構えに戻る。
「……なんですかぁ〜、その不思議な刀はぁ〜?」
スノゥは<魔杖シアンアンジェロ>を握る手に力を込め、問いかけた。
「《自在刀》だよ。個人的には、これほど<抜刀術>に向いている刀はそうそうないと思っているよ」
戦闘における間合いを自在に操る刀と、<抜刀術>に長けた契約者の組み合わせ。
強敵だ。
対峙する翠達は思わず息を飲み込み、武器を構え直した。
――――――――――
切が多くの契約者の注意を引いている中、コルニクスはリュカへと近づいていた。
クラスが盗賊である彼は、<隠れ身>で進むことにより、誰にも気づかれない。
そして、リュカと五メートルほどまで近づいたとき。
「……ほぅ。貴様が、リュカと共に行動しているとかいう馬鹿か」
明人がリュカを守るように、身を割り込んだ。
「……明人くん」
リュカは固く目を閉じた。
また、守りに来てくれた。自分を助けに来てくれた。
それだけで泣き出しそうになるほど嬉しかったが、感情の奔流を胸に押し込め、精一杯の平静を装って、リュカは言った。
「もういいよ、明人くん。もう、十分だから。私がここで犠牲になれば……」
明人はリュカの言葉を遮り、背中越しに声をかける。
「少なくともこの場の戦いだけは止めることが出来る……だろ、リュカ」
「……うん、その通り。ごめんね、明人くん。私のせいで……でも、もう大丈夫だから。安心して」
「本当に?」
コルニクスの動きに警戒しつつ、明人はリュカに問いかけた。
「リュカは、それで本当にいいの?」
彼女の瞳にはいつものようなまっすぐな光を宿していなかった。それは迷いか。
「私は、裏切り者なの。だから、殺されるのは当たり前のことで……」
「君が狙われているのは十分知っている。でも、それはどうでもいいんだ。僕は、君の本当の気持ちが知りたい」
「私の、本当の……?」
「君が犠牲になることを望むなら、本当に望むなら、僕はそれを止めはしない。
でも、そうじゃないなら、君の本当の気持ちが違うなら、どんな我がままでもいい。それを言って。言ってくれ」
「わ、私は……」
リュカは僅かに表情を崩し、目を伏せた。
彼女のその様子が気に入らなかったのか、コルニクスは舌打ち。
「貴様は、馬鹿か? 我が組織に反抗して、生き残れる者がいるとでも思っているのか?」
コルニクスはゆっくりと近づきながら、言葉を継いでいく。
「その証拠に、そいつの仲間はこの俺に殺されたというのに、反骨心の一つも見せない。
俺に殺されることを納得している。自分の死を受け入れているんだよ、分かったか?」
「……ああ、なるほど」
「ほぅ、理解したか? 理解したのなら、そこをどけ。
貴様のような矮小で臆病者は殺すに値しない。見逃してやろう」
「嫌だね」
「……何だと?」
「僕が分かったのは、お前がどうしようもないクソ野郎だってことだけだ」
コルッテロの幹部である彼は、誰からもそんな口を聞かれたことがないのだろう。
コルニクスは額に青筋を走らせ、床を蹴った。やはり力の差は歴然。ズドン、と重い拳を腹に叩き込まれる。
「がっ……!」
口から内臓が出そうな痛みに身体が痙攣し、更に後頭部を大型ナイフの柄で叩きつけられた。
床に倒れる明人の背中を、コルニクスは踏みつけた。巨体の重圧に、明人の背骨が大きく軋む。
「あ、明人くん!」
リュカは駆けつけようとするが、足が動かない。身体に力が入らない。
コルニクスはそんな彼女を見て、腰に差した小ぶりなナイフを彼女の手前に放り投げた。
「その刃で自害しろ。そうすれば、この小僧は助けてやる」
「っ……!」
「早くしろ。さもないと、本当に死んでしまうぞ?」
コルニクスはさらに足に力を加えた。明人は背中の痛みに悲鳴を洩らしそうになったが、寸前でそれを飲み込んだ。
「……っ。分かり、ました」
苦しむ彼を見て、リュカは力があまり入らない腕で、投げられたナイフを握った。
震える手で鞘を抜き取り、柄を両手で握って、刃を自分の喉に向ける。
「それでいい。最初から、そうすればよかったんだ」
コルニクスが足を上げた。
重圧から解放された明人は、身体機能を確認。呼吸をするだけで身体が痛む。あと、どれぐらい動けるのだろうか。
「ははっ、良かったな。臆病者」
黒服の男が明人へ唾を吐き、興味を失って、リュカへと歩み寄っていく。
「……やめなよ、リュカ」
しかし、その足は、リュカのもとにたどり着く前に止まった。
コルニクスは振り返る。視線の先では、明人が机に手をかけて立ち上がろうとしていた。
「貴様、一体、どこにそんな力が――」
「黙れ。僕は、リュカに、話しかけているんだっ!」
呼吸は整わない。足元はおぼつかない。
身体中から非難の大合唱。もう動くな、と明人に警告する。
(うるさい。ここは立つところだ。立たなきゃいけないんだ……!)
明人は震える膝を両手で掴み、握りつぶす勢いで力を込め、リュカだけを見つめる。
「答えてよ、リュカ」
口が自然と動いていた。
「僕は、君のヒーローなんだろ。なら、こんな男に負けると思うか?」
なんて強がり。なんて虚勢。
まさか自分の中から、こんな言葉が出てくるとは。
リュカは明人を見つめながら、呟くように言った。
「……思わ……ない」
「だったら、さ……」
明人は笑って見せた。
強がるでもなく、自嘲するでもなく。
それは、どこまでも、不敵な笑顔だった。
「僕のことは気にしなくていいから。大丈夫だから。言ってみろよ、リュカ。君は本当に、それでいいのか?」
リュカは込み上げる感情を堪えるように口を引き結んだ。
しかし、それでは抑え切れず、その瞳から一筋の涙が零れる。
「……嫌だよ」
今までずっと我慢していたものを、彼女は解き放った。
「私は、本当は、こんなこと、嫌、嫌だよ……本当は、本当は……生きていたい。
……私を生かしてくれた皆のためにも……自分のために生きたい……リネンさんやポチくん……警備部隊の皆と……何より、君と……一緒に生きていきたい」
リュカの手から、涙と共にナイフがこぼれ落ちた。
「……死にたくない……助けて…………明人くん……」
「わかった」
明人は頷き、こう言った。
「リュカ、少し待ってて。すぐに、片付けるから」
「……片付ける、だと? おまえ、一人でか?」
コルニクスは鼻で笑い、明人を見下ろす。
明人は笑みを返し、言い返した。
「違うよ。僕一人じゃあ、おまえには勝てない。そんなことは重々承知してる。
僕にだって死ぬ気はないんだ。死んで悲しむ人のことを考えないのはただの愚か者だから。――エリシアさんっ!」
「……全く、ひやひやしっ放しでしたわ」
今まで様子を見守っていたエリシアが、明人の隣へと駆け寄る。
彼女は《魔道銃》を構えて、コルニクスを警戒しながら、明人に言った。
「貴方は無茶しすぎですわよ。さあ、後はわたくしに任せて下がって、」
「嫌です」
「え……っ?」
「ごめんなさい。先に謝っておきます。
でも、僕に出来ることを、彼女に見せてあげたいんです」
驚くエリシアをよそに、明人は心の封を切った。
(……僕は弱い人間だ。こんなときでも弱音がくすぶってる。今だって他の人に頼るし、本当に弱くて情けない人間だけど……)
それは、リュカとの契約による奇跡の可能性。
「くぅっ」
味わったことのない感覚が、身体を満たす。
と、共に頭から狼の耳が生え、尻尾が生まれた。同じように爪が急激に伸び、鋭利なものに変わる。
<超感覚>。
彼女との絆により、明人が手に入れた戦う力。
明人は身体の芯から湧きあがる力を感じつつ、拳を握り、しっかりと床を踏みして立つ。
(でも……それでも……自分は、リュカの前では強くなろう。せめて彼女の前でだけは、彦星明人は、本当のヒーローになろう)
明人は今、ハッキリと、そう決めた。
「彦星明人、貴方は……」
エリシアは、豹変した明人を見て、思わず感嘆の息を洩らした。
彼女は悟ったのだ。明人が、自分達と同じステージに上がってきたことを。すなわち、逃げる側から戦う側へと。
「……全く、無茶苦茶ですわね」
エリシアは小さく笑い、彼を心から認め、言った。
「いいですわ、共に戦いましょう。頼りにしていますわよ、明人」
「はいっ!」
二人がコルニクスを見据え、戦闘態勢をとった。
エリシアがニヤリと笑い、言い放つ。
「さぁ、ボッコボコにしてやりますわよ!」