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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第2話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第2話/全3話)
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●深夜の邂逅

 夕方に降った雨のせいか、ひどく冷えた。痛いほどに。
 いつの間にか厚い雲が出ていた。空に月はおろか星の姿すらなく、闇がその黒い手袋で、天を握りこんでしまったかのようである。
 地上も寝静まり、か細い街灯こそあれ、墓場のような静寂のなかに沈んでいた。
「げんぶ〜せいりゅう〜びゃっこにすーざく〜♪」
 しかし、いくら暗かろうが静かだろうが関係ない。
「風水ってやつですね〜♪」
 ペト・ペト(ぺと・ぺと)には関係がない。ウクレレみたいなギターかき鳴らしほがらかに歌う。舞う。……アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)の肩の上で。
「おい」
「あいー」
「なんだその歌は、だしぬけに」
「だしぬけこそ、このペトの宿命、あるいは生きざま、予告先発なんてカンケーないのですよ〜」
「ぜんぜん俺の問いに答える気ねえな……」
 こんな夜更けにアキュートとペトの主従が、寒風吹きすさぶツァンダの一角を歩いているのには理由がある。もちろん健康のためではなく捜査のためだ。マホロバ人少女たちの行方不明に端を発する一連の事件の。

 話は前後するがここに至る過程から述べたい。
 その晩アキュートは歩きながら、いくらか嘆息まじりに言葉を漏らしていた。
 嘆息まじり? そうだ。本日は少し、意気の下がっている彼なのだった。
「ヤレヤレ、マホロバ人・女・蒼空学園――さんざん調査して成果が少ねえな。他の事件はどうなってんだろな?」
 ここ数日、こうして足を棒にして歩き回ってみても、戦果のない状況が続いていた。いたずらに時間を浪費しているばかりのようにアキュートは思っている。
 ところがこれを聞いて、あらご存じない? とでも言いたげな口調でペトが言った。
「ん〜、色んな色の魔剣を持った女の子たちと、竜みたいな人が現れたみたいなのですよ」
「なんだそりゃ?」
 いやカクカクシカジカで……というペトの説明およびネット等での情報を統合してアキュートはこれまでの事態を知ったのである。
「ふむ、四神の名を語る少女と魔剣、それにドラゴニュートらしくない竜人、加えて消えたマホロバ人の少女ってか……別個に起きるにしちゃ、ちょいと話ができすぎだよな」
「アキュートの頭は毛がなくても、透けてはいないのです。ペトにも解るように説明してほしいのですよ〜」
「毛がねえは余計だ!」
 いささか憮然としながらも、「ったく地図に書いてやるから待ってな」と、ハンドヘルドコンピュータの画面上にパラミタの地図を彼は表示させたのである。地図には蒼空学園の位置、ドラゴニュートらしき人物の目撃地点、辻斬りの現れた地点、さらにはグランツ教の支部を書き込んでみせた。
「グランツ教?」
「情報提供者だがどーもウサンくさい連中なんでな……ほら、やっぱおかしいぜ。見ろ」
 辻斬りの四神(朱雀、玄武、白虎、青龍)の出現地点を何気なく線で結んでみて、アキュートは片眉を上げた。
 四本の魔剣に操られた四人の少女、いずれも記憶はなくただ暴れていたというのだが、その出現地点には明らかな特徴があった。
 出現地点を結ぶと、ほぼ正円形になるのである。
「どう思う?」
「ふむふむ。風水ってやつなのですね。四つの方向を守る神様だから、真ん中が怪しいと言うのでしょう〜……アキュートにしては良い考えなのです」
「失敬な。俺はいつも冴えているぞ」
「いつも禿げているぞ?」
「……もういい。とにかく、移動するとしようぜ」
「ええ、さっそく行って調べるのです。行くぞ真ん中れっつごー♪ なのですよ〜」
 すでに真夜中であったが構わず、かくて彼らは『円の中央付近』を歩くことになったのだった。
 盛り場は近いが、道路一本隔てただけで急に人通りの絶える地点であった。夜中となれば寂しさもひとしお、ゴーストタウンに迷い込んだような気になる。
「ツァンダってときどきこういう場所があるよな。なんか出てきてもおかしくないよなあ」
「隠れている人、出てきなさ〜い」
 などとペトがよばわったせいではなかろうが……。
 廃工場であろうか、錆び付いた建物が残るばかりの空き地に足を踏み入れた彼らは、細身の少女らしきシルエットを目撃した。尋常の者ではなかろう。見ているだけで足元から震えがのぼってくるような、そんな立ち姿だ。ここで『少女』ではなく『少女らしき』、と記したのにも理由がある。その顔が黄色い仮面に覆われていたからである。仮面には、想像上の聖獣が彫り込まれていた。
「っと、ドラゴンか……?」
「いいえキリンでしょう。giraffeじゃないですよ、麒麟児とかいうときの麒麟〜。黄龍とか黄麟とか呼ばれたりもします〜」
「そうかい。ま、やつとの会話は穏便には済まないだろうよ」
 アキュートは身構えた。彼女は、長い広刃の剣を剥き身でさげているのだった。ハロウィンなんかとっくに終わっているし、そもそも、お菓子をねだる雰囲気ではない。とすればあの剣は、見せるためではなく使うためにあるのではないか。
 悪い予感が的中した。次の瞬間、無言で黄麟は斬りかかってきたのだ。
「おい! いきなりかよ!」
 切っ先を紙一重で回避し、アキュートは腰のものを抜いた。寒さなんかとっくに忘れていたのに、背筋がドライアイスを押しつけられたように冷たい。剣は、風圧だけでアスファルトをえぐっていた。
「会話しようという気すらないってか!」
 痩せた体なのに凄まじい太刀筋だ。しかしそれは彼女ではなく、剣そのものの力のようにも思える。彼女が剣を使っているのではなく、剣に彼女が引っ張られているように見えるのだ。あの体はいわゆる依り代(よりしろ)で、本体は魔剣なのだろう。これまで同様に。
 鋭い黄金の切っ先が、星なき夜の灯りのように閃く。まずい、直感的にアキュートは知った。一対一でどうにかできる相手ではない。反撃どころかかわすだけで精一杯、呼吸する間も与えぬほど突きまくってくる。徐々に追いつめられているではないか。
「ペト!」
「あ〜」
 大きくバックステップした瞬間、懸命に彼の肩にしがみついていたペトが宙に舞った。
 黄麟の仮面、その下の刺すような視線がペトを追った。
 剣が、ためらうことなく振り落とされる。ペトの小さな体に。
 万事休す――! アキュートが奥歯を噛みしめたそのとき。
 メビウスの輪でも見ているかのよう……黄麟は不自然な体勢で宙返りした。足を痛めてもいかしくない姿勢で着地し、睨む。自分に不意打ちを仕掛けた人間を。
 花も恥じらう、という表現は陳腐かもしれないが、それに匹敵するほどの美少女というのはそういるものではない。彼女が、まさにそれであった。
 夜よりも黒い髪、星を宿すような瞳、右手に握る剣には柄がない。アサシンダガーと呼ばれる変形刀の一種だ。
「カッパカッパのコップ酒〜♪」
 体重が軽いのでひらひらと落ち葉舞うように空を泳ぎつつ、一秒前まで命の危機にあったとは思えない声色でペトが唄った。
 カッパ、いや、カーネリアン・パークス(かーねりあん・ぱーくす)は、にこりともせずに告げた。
「……逃げるぞ」
 言うなり踵を返す。
 付いて来いというのだろう。アキュートはとうにその意図を察知している。ぱっとペトをつかみ取って駆けだした。
 工場の敷地から出ると、もう黄麟は追ってこなかった。
「おいクランジK(カッパ)……いや、今はカーネリアンだったな」
 併走しながらアキュートは呼びかけるが、彼女は無言である。
「助けてくれた礼は言っておくぜ」
「……思い上がるな。たまたま見かけただけだ」
 ようやくカーネは口を開いたが、『愛想』とか『親しみ』とかいう言葉とはあいかわらず無縁のようだ。
 カーネリアンは足を止めた。もう大丈夫と悟ったのだろうか。いや、まだ脚が悪いので長時間は走れないのだとアキュートは理解している。背後を振り返り振り返りしつつ彼も立ち止まる。
「感謝感謝の謝恩祭〜♪」
 ペトが片腕でアキュートにつかまりつつ、じゃい〜ん、とギターを鳴らした。どんなときでもマイペースのペトなのだ。
 アキュートは苦笑しつつ、
「ま、これでまた、うどん奢る理由が増えたな」
「いらん」
「てんぷらもつけちゃいますよ〜」
「油ものは好かん」
「あら〜」
 ペトが「じゃあきつねうどんで……」と言うより前に、カーネはしゃがんで足元にあるマンホールの蓋に手をかけた。無造作にこれを開けると黙って下水道に降りていく。
「おい……」
「もう会うこともあるまい」
 言い残して彼女の姿は、だんだんと小さくなってやがて消えた。
「付いていったら怒るだろうな」
 やれやれと溜息してアキュートは蓋を元に戻したのである。
「もう会うことはない、だって? それはちょっと無理な話だな」
 彼の口には微笑が浮かんでいた。
 しゃらんらとペトのギターが鳴った。
「ですよね〜、鴨うどんにしましょうか?」
「そいつは名案だ」
 さて、とアキュートは顔を上げた。
 おそらく黄麟はもう姿を眩ませているだろう。だが今の遭遇戦は報告しておかねばなるまい。