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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #3『遥かなる呼び声 前編』

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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #3『遥かなる呼び声 前編』

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▽ ▽


 放置して行くわけにもいかない。
 レウとエセルラキアツェアライセンの死骸に歩み寄りかけた時、二人に声をかける者があった。
「それはこちらで引き取ろう」
 振り向くと、現れた男が二人の横を抜け、死骸の傍らに歩み寄った。
「軍も無粋なことをする」
 イデアはそう呟くと、ツェアライセンを抱き上げた。
「あなたは……?」
 問うレウには答えず、「失礼する」と、その場を立ち去る。

 ツェアライセンは、元は国の兵士だった。
 けれど愚鈍な彼女は戦士には向かず、雑用しか与えられない日々が続いた。
 その矢先、軍の、強化兵計画というものを知り、ツェアライセンは自ら、その実験台に志願したのだ。
 役立たずという汚名を返上したい。その思いで。
 けれど、実験は失敗する。
 不完全に強化されたツェアライセンは、疼きと激痛に襲われ続け、ついには発狂。
 軍の施設を抜け出し、衝動に身を委ね始め、何も考えれなくなって、自分も他人も手当たり次第に切り刻むようになった。

 狂気と殺戮の日々は、ようやく終わりを告げた。
(――あたし、頑張ったの。とても、とても)
 死を以って、ツェアライセンは、ようやく解放された。
(誰かの、役に、立ちたかったの……)
「君を助けてやりたいが」
 イデアは呟く。
「他の者の手が入ったものに、更に手を加えることは難しい。
 今は眠れ。……次は、上手くやるんだな」
 彼女と同様に、軍に拉致されて実験されていたことを知らず、メデューへの実験が完全な失敗となってしまうのは、その後のことだ。


△ △


 ゴッドスピードでイデアとの距離をつめようとした白津竜造は、イデアが放った闇と氷の範囲魔法に、その場に留まった。
「これでどうだっ」
 神獣鏡を向けると、それに魔法が弾かれる。
「効いたっ!」
 にやりと笑って剣を抜いた。接近戦に持ち込む。
 竜造は、真空波を放って牽制し、一気に突っ込んだ。

 緋王 輝夜(ひおう・かぐや)も、それにタイミングを合わせる。
「今度こそ、ジュデッカの仇をとる!」
 前回は、二人がかりで全力の一撃を食らわせても倒せなかった。
「再生でもしてんのか?」
 ならばそれが追いつかないほどに攻めるまでだ。


 奈落人は、倒してもまた、起き上がって来る。
 他者に憑依している彼等にとって、肉体の生死は関係ないのだ。
「そうか、成程、大勢必要ないわけだよね」
 なぶらが納得する。
「縛り上げるか、床に縫い付けて動けなくするしかないか!」
 ラルクが、なぶらが相手取っていた大剣使いを背後から蹴りつけ、獲物を奪い取って構えた。


 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がフラワシでイデアを包み込み、動きを抑えた。
 更にグラビティコントロールで圧し潰す。
「ちっ……?」
 イデアは顔をしかめ、ダリルを見て、この拘束を払おうとしたが、輝夜達は、そんな余裕を与えはしなかった。

「今度こそ!」
 至近距離で、真空波を放つ。
 ざく、と、確かな手応えを感じた。斬った、と思った、のに。
 イデアは倒れなかった。
「またかよっ?」
 輝夜は目を見開く。
「……やれやれ。俺も隙が大きいな」
 よろめきつつ苦笑するイデアの背後から飛び掛ったルカルカが、イデアを組み伏せて床に抑えつけた。
「捕まえたっ!」



 訊きたいことが色々ある。
 さてと、とルカルカが拘束して床に座らせたイデアに訊ねた。
 彼は大人しく言いなりになっている。
「イルミンスールで奪った『書』を返して」
「それは無理というものだな。第一此処には持ってきていない」
 むう、とルカルカは口を尖らせる。

 桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)が、イデアに向かって訊ねた。
「あんたは前世の世界について、何処まで知っている?」
 自分にはまだ、思い出せていないことがある。とても重要なことを。
 煉はそれが知りたいと思っていた。
「それは随分抽象的な質問だな。生まれてから滅びるまで、と答えればいいか?」
「あの世界って、何なの?」
 ルカルカが訊ねる。
「イデアの目的って何?」
「さて……」
 イデアは苦笑した。

 様子を見ていたイルダーナが、イデアの前に進み出た。
「貴様、体半分何処へやった?」
 え? と、ルカルカ達がイルダーナを見、そしてイデアを見る。イデアは肩を竦めた。
「それを、俺も探している」
「てめえを囮に使うとは、やってくれるじゃねえか」
「君も今、同じことをしてると思うが?」
 イデアは涼しい顔で言い返す。
 イルダーナは、険しい表情でイデアを睨みつけた。
「卵を割るつもりか」
「流石、察しがいい」
「何の為にだ。そんなことをすれば世界が滅びるぞ!」
 ルカルカは、イルダーナとイデアを順に見、そしてダリルを見て訊ねる。
「どゆこと?」
「別に構わない。そこは重要じゃない。
 一瞬でいい。ウラノスドラゴンには、依代が必要だ。我等の世界の守護神とする為に」
「……ウラノスだと?」
「その為の『書』だ。我等の世界の歴史を、ウラノスドラゴンに書き込む」

 はっ、とイルダーナは外を見た。
 来やがった、と舌打ちしながら、護衛のゴーレムを振り返る。
「ブリジット! そこの子供を抱えて脱出しろ!」
「えっ!?」
 ブリジットが、ぽかんとする芦原郁乃を抱えて直近の窓に走った。博季・アシュリングがはっと気付き、リンネの手を引く。
 あとの奴等は自分で逃げろ、というイルダーナの声と共に、宮殿が崩壊した。


 宮殿の外に、龍の杖、フラガラッハを持った、イデアの仲間が立っていた。
 上空に、召喚した龍が滞空している。
 雷のブレスが、宮殿を粉々に砕いた。
 放たれたブレスは、宮殿を破壊するものではない。宮殿はついでである。
 強力なブレスは地面を割り、卵岩から上部の断崖を砕く。

 宮殿の外に飛び出したイルダーナは、フラガラッハを持つ者を見つけた。
 素早く魔法を撃ったが、攻撃を喰らって尚、敵は怯む様子を見せない。
 覚醒した者か、と、イルダーナは舌を打つ。攻撃が効かない。
 崩れる地面に足場が悪く、視線の先では、召喚された龍が二度目のブレスを放とうと、口を大きく開けていた。
「ちっ」
 周囲の者達の位置を確認しつつ、イルダーナはすぐさま防御を張ったが、龍のブレスは防御に弾かれながらも、卵岩から上部の断崖を、完全に砕いた。


 剥き出しになった卵岩の上に降り立ったイルダーナに、仲間の手で拘束を解かれたイデアが笑いかけた。
「仕方がない。その『書』とヤマプリーは諦める。
『書』に集めた魔力は惜しいし、二つの大陸を両方とも、復活させたかったが」
 イルダーナの手には、しっかりと『書』が所持されている。
「馬鹿げてる」
「それでも、還りたいと思う気持ちは止められない。我等の世界に、還りたいのだ」
 イデアは笑い、姿を消した。



◇ ◇ ◇



「龍王の卵には、実際に龍が眠っていると伝えられています」
 イルヴリーヒが、そう説明した。
「龍は成体の姿で卵から孵るといわれ、その時まで善なる龍となるのか悪しき龍となるのかは解りません。
 その属性が悪であった時、世界を滅ぼす、と伝えられているのです」
 イデアの話を総合すると、こういうことになる、と、イルダーナの説明を受けて、イルヴリーヒが彼等に語った。
「ウラノスドラゴンは、対を成す巨人アトラス同様、実体のある存在ではありません。
 ですがイデアの世界の守護神とする為に記憶を植えつける作業をする間だけ、実体を必要とするのでしょう。
 その依代として、龍王を孵すことを考えた」
「そんなこと、できるの?」
「龍のブレス程度で卵は割れません。
 その為に、何万年もかけて、『書』に魔力を貯め続けたのでしょうね」
「じゃ、フラガラッハは何の為に奪われたんだ?」
「勿論、ウラノスドラゴンを召喚する為でしょう」



「大変だよっ!!」
 その時、リンネがその場に駆け込んで来た。
「鯨が!
 すっごいおっきい鯨が空を飛んでくる!」