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古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』

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古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』
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「じゃあ、私と博季くんは、龍族さんの勢力範囲に行ってみるね。
 フィリップくんとフレデリカさんは、鉄族さんの方だよね。私もだけど、十分気をつけてね」
「はい、まずは自分の身を大事に、ですね。
 それじゃ、行ってきます。リンネさんと博季さんも、お気をつけて」

 リンネと博季は、龍族の本拠地『昇龍の頂』の方角へ歩を進めていた。先に昇龍の頂へ向かったニーズヘッグや契約者から連絡は受けていたが、実際に目の当たりにしてみると本当に何も無い。契約者の拠点周辺は龍族と鉄族、さらにはデュプリケーターの3勢力が遭遇する可能性の高い場所であることから、幾度と無く戦いが繰り広げられ、運良く残った建物以外は破壊されてしまったのでは、という推測が挙げられていた。
「この辺は、何もないんだね……。それだけ戦いが凄かったってことなんだ。
 本当に私たちで、この世界の戦いを終わらせることが出来るのかな……」
 ぽつり、と、リンネが不安な心の内を晒す。それは傍に居るのが、博季だから。
「……リンネさん、この間の帰り道、言ってたじゃない。「私たちならきっと出来る、そんな気がするから……」って。
 僕も同じ気持ちです。大丈夫。そのために皆で頑張るんです」
 どこか小さく見えるリンネの、肩に手を添え博季が不安を取り去るように言葉を紡ぐ。
「……うん、そう、だよね。
 私、不安だったんだ。深緑の回廊の扉を開けた時から、もしかしたらもう戻れなくなるかもしれないって、心のどこかで思ってた。……怖かった」
 博季の手に手を乗せ、リンネが目を閉じる。決して寒さからではない震えを感じて、博季は言葉を頭の中で練り上げ、口にする。
「……不謹慎かもしれないけど……もし帰れなかったとしても、僕は、リンネさんが居ればいいかな、なんて。
 もちろん、皆で一緒に事を成し遂げて、一緒に元の世界へ帰る。それが一番幸せで、もちろんリンネさんも僕もその為に今、努力をしている。
 でも、憶えていてくださいね。リンネさんの広げた両手、その中が僕の、世界でたった一つの居場所なんです。だから何処にもいかないし、リンネさんが動けば、僕の居場所もそこになるんです。
 帰れなかった、それは不幸に違いないけれど、僕はリンネさんとならそれでもいい。僕はリンネさんと一緒なら、不幸も享受する」
 『愛する』、それは相手との幸せを望むことよりも、相手と不幸になることも受け入れることであると言う。博季はリンネを『愛する』ことで、不安を取り除き、元気づけようとしていた。
「……話が逸れちゃったね。大丈夫、きっと帰れるよ。全部上手くいく。僕も、皆もいる。
 だから安心して。落ち着いて、僕らに出来る事を頑張ろう?」
「…………、うん、ありがとう、博季くん。
 私、やってみる。頑張ってみる。一緒に頑張ろう。そして一緒に、帰ろう」
 リンネが振り向いて、博季の手を両手で包み込む。博季ももう片方の手を添えて、互いの手が互いを包み込む形になる。
「はい、約束です、リンネさん」


「ここは、観測所を置くのに適していると思うんだけど、どうかな?」
「そうですね……もう少し退きやすい位置があるいは近くに避難できる場所に構えるのはどうでしょう」
「ふむ、私もフィリップ君の意見に同意しよう。この場所は確かによく周りを見通せるが、見通せ過ぎる。相手にとってみれば奪取したいと思わせてしまうかもしれないな」

 鉄族の勢力範囲へ向かったフィリップとフレデリカグリューエント・ヴィルフリーゼ(ぐりゅーえんと・う゛ぃるふりーぜ)は周りの調査を行いつつ、拠点の防衛計画についても議論を交わしていた。
「……しかし、何もわざわざフリッカが直接出向く必要はなかったのではないか? 確かに彼が調査を希望したとはいえ――」
「ちょ、直接私の目で見ておきたかったの。それにほら、ここは何が起きるか分からない世界だし、フィル君が迷ったりしてもし攫われでもしたら嫌だから」
 グリューエントの言葉に被せるように言葉を紡ぐフレデリカを見、グリューエントがははぁん、何かを察した表情を浮かべる。
「つまり、『何時でも傍に居たい』と。お熱いことで」
「ち、違! ……わないけど
 反論しかけたフレデリカが、フィリップの視線に気付いて下を向き、もごもごと口を動かす。
「で、2人はどこまでいったんだ?」
「!!」「!!」
 からかいの意味を含んだ言葉に、同時にフレデリカとフィリップがビクッ、として、視線が合って頬を赤くして顔を逸らす。
「……あー、ごちそうさま。藪をつついたら手を噛まれた気分だよ。私は周囲の警戒に戻ろう」
 苦笑を浮かべ、グリューエントがその場を後にする。残された二人は顔を見合わせ、ははは、と笑う。
「えっと、その……が、頑張ろうね、フィル君。私達がこの世界に介入したことで、多分何が起きるか分からない状態になってると思うから。
 何か起きる前に、拠点の整備も済ませちゃわないとね。そっちはルイ姉とレスリーがやってくれてると思うけど」
「ええ、頑張りましょう、フリッカさん。必ずこの世界の戦いを終えて、一緒に僕たちの世界へ帰りましょう」
 二人頷き合い、手と手を繋ぎ、同じ方向を見つめる。昼間でも薄暗い空の向こう、鉄族の本拠地『超々弩級航空戦艦“灼陽”』のあるであろう方角を――。

「物資に関しては、ザンスカールのルーレンさん、イナテミスのカラムさんにご協力いただき、一両日中にまとまった量の物資が送られてくる手筈になっている。
 イコンの整備や電気設備の動力はウィスタリアが担っているけれど、一隻だけでは心細いですね」
「そうだな……。だが、あれほどの大きさのクラスの船を持っている契約者は限られるだろう。無理強いをするわけにもいかないな。
 ……あぁ、アルマインの整備についてだが、外装・武器の修理はウィスタリアを借りるとして、魔力の補充にはこれを用いることにした」
 サラの取り出した、燃える炎を閉じ込めた球体に、ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)は既視感を覚える。
「それは……『サークル炎塊』ですか?」
「ああ、そうだ。レンファスが私にこの精製方法を教えてくれた。今、あちらにいる精霊たちが総出で、この球体の精製に協力してくれている」
 サークル炎塊はレンファスを鎮めるために用いられた、炎の魔力を閉じ込めた物である。イルミンスールのイコン基地ではアルマインは、イルミンスールから伸びる枝から直接魔力を補充していたが、ここでは流石にそうもいかないため、このように球体状にして保管しておくことにしたのである。
「この球体を動力源にして、フレデリカ君の提案した、建物を守る結界を発動させることも出来る。
 それは今、カヤノとセリシアに担当してもらっている。レスリー君もそちらに行っているのだろう?」
「ええ……あの、迷惑とかかけていないでしょうか。あの子、普段は騒がしいところがありますから……」
 ルイーザが尋ねると、サラはあはは、と笑って答える。
「あのくらいがちょうどいいと思うぞ。私もカヤノもセリシアも、全然迷惑になど思っていないさ」

「うーんうーんうーん……あっ! 見つけた、見つけたよー!」
 ある一室で、物陰をゴソゴソと漁っていたスクリプト・ヴィルフリーゼ(すくりぷと・う゛ぃるふりーぜ)が、一片が数センチの長方形の板のようなものを拾い上げて嬉しそうにはしゃぐ。
「何、それ?」
「ふっふっふ〜、これはメモリーチップだね。この中に何らかの情報が入っているはずだよ」
「そうなんですか? 凄いですね、レスリーさん」
「情報収集ならドーンとボクにまかせてよ! ボク、ヴィルフリーゼ家の魔道書だよ!」
「なーんか、本当に大丈夫なの? って感じだけど。……で、実際何が入ってるのよ」
 えっへん、と胸を張るスクリプトを、訝しげな表情でカヤノが見つめる。
「待っててね、えっと……あ、これ、この建物の設計図かな」
 中身をスキャンしたスクリプトが、中に入っているのはこの建物の設計図であると知る。
「うーん、本当は天秤世界のこととか、龍族や鉄族、デュプリケーターのことが詳細に書いてあるのだと良かったんだけど」
「そうそうあるもんでもないでしょ。それだったら当人に直接聞きにいった方が早いわよ」
「うー、そうかもしれないけどさ。ほら、龍族と鉄族はともかく、デュプリケーターは怖いカンジじゃない?」
「確かに、そうですね。資料が見つかるといいですね。
 ……では、見つかった設計図を元に、守りが必要そうな場所を挙げていきましょうか」
「そうしましょ。魔力補充のアテはついたけど、あっちこっちに張るのはちょっと難しいわね。大事な所だけ張るようにしなくちゃ」
 スクリプトの情報を元に、カヤノとセリシアが建物自体の防衛計画を練る。