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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第3回/全4回)

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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第3回/全4回)

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【白銀の上の激闘 ――テロリスト】



 その攻撃が放たれた、まさに丁度同じ時、動いていたのはもう一方も同じだった。
 慌しいというか慌しいような戦闘の最中、その敵の量に警戒してはいたものの、ハデス達がセルウスがテロリストだと見てそこだけに集中しようとしているのか、単に興味が無いのか。ややほったらかしにされた感のあるノヴゴルドの周囲で、はっ、と竜造が溜息をついた。
「ラヴェルデとか言うのの兵隊もたいしたことねぇようだな」
 ハデス達の追撃に劣るようでは、と呆れたような声を漏らした、その瞬間だった。
「―――っ」
 ガギィンッ、と金属の弾ける高い音が立ち、ぶつかった二つの影が飛び離れて、それぞれ雪に足を下ろした。ハデス達の戦闘を目晦ましに接近していた、監獄を襲撃してきた、少女らしきテロリストと、その暗殺防いだ辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)の剣がぶつかったのだ。
「……っ」
 刹那の姿に、アルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)が慌ててノヴゴルドの傍にぴたりと寄り添って守りの形を取り、清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)を纏った詩穂が、更にその盾となるべく前へ出る。そんな中で一人、竜造だけがくっくと喉を奮わせた。
「漸く、本物のご登場……ってわけか」
「多分カナリーが考えてたのと同じよーなことするためかなー?」
 嫌な感じー、とカナリーが眉を寄せた。カナリーは、ドミトリエ達との合流が難しいとなった場合に「わざとオリュンポスに捕まってみる」という手段を考えていたのだ。彼らであれば最終的にナッシングに利用されていた、という口上も使える上、今更汚名を被る必要も無く、現時点で立派にテロリスト(のようなもの)なので、セルウスのテロリスト疑惑を彼らに押し付けることで、逆にノヴゴルド存命の根拠をはっきりさせることが出来るからだ。
 少女がこのタイミングで現れた、ということは、カナリーたちがそうするだろうと可能性を考えていたか、あるいは「存命していたが結局テロリストに殺された」として、その罪をオリュンポスになすりつけるためだろう。
「どっちにしても嫌な感じーっ」
 カナリーが憤慨するが、少女のほうは何処吹く風と目を細めた。
「失敬ネ。貴方たちだって、立派にテロリストじゃないカシラ?」
 現時点でのセルウスの公的立場は、まだ好転したわけではないのだ。本物の犯人がここにいるが、それを訴える手段は今は無く、証拠もなければ握りつぶされるのがオチだ。潔白の証明することの出来ない苛立ちに、ぐっと拳を握った一同だったが、竜造は「んなこたぁどうでもいい」と鼻を鳴らして、剣の先を少女へと向けた。
「このじじぃを殺りに来たんだろ? じゃあやりゃあいいじゃねーか」
 その言葉に周囲がぎょっとする中、少女は愉しげににい、と口の端を歪めた。
「素直にヤらせてくれるつもりはナイんでショウ?」
「たりめーだ。今度は逃がすつもりはねぇぜ……!」
 一声は合図。足元の雪を苦にした様子も無く、竜造はゴッドスピードで少女の懐へと距離を詰めた。間合いに入った瞬間、ブールダルギルを振り下ろしたが、スピードの勝負なら少女の舞台だ。逆に竜造の側へ飛び込むようにして体を踏み込ませることで剣より更に内の間合いへ入るや否や、その短剣が中心を狙って突き出された。が、速度で差があっても、一度目の邂逅でそれは体感済みの竜造だ。僅かに横腹を裂かれながらも、寸でで体を反転させると、その回転を利用して膝を少女の横腹めがけて振り払った。
「……っフ……ッ」
 呼吸ひとつ、少女は咄嗟に後ろへと飛んで、直撃の衝撃を避ける。が、ただで退くつもりも無いようで、そのまま両の腕を交差させると、ヒュウン、と空気を切る音が走った。
「させませんっ!」
 ガキッ、と、その投擲されたワイヤーつきのダガーが直接ノヴゴルドを狙ったが、それは割りこんだ詩穂が弾いて防いだ。しかし、少女の攻撃は終わらない。指先がくん、と引かれると、まるで生き物のようにワイヤーがしなり、旋回と共に軌道を変えたダガーが再度ノヴゴルドの首を狙う。が。
「――甘い」
 今度は辿楼院 刹那が飛び込んで、そのワイヤーを切り落とした。暗殺者同士、状況が同じなら出す手は読みあいだ。ちっと少女は軽く舌打ちすると、更に退いて木の幹を蹴って宙を舞うと、細い針のようなものをばら撒いた。一つ一つは小さくダメージはなさそうだが、毒が塗られている可能性もある。かといってちまちまと打ち落とすには数があり、大ぶりとなるとわかっていても刹那と詩穂はまとめてそれを吹き飛ばす。と、それに紛れるように、少女自身が二人の攻撃の隙間を縫うようにして落下の勢いと共に剣を突き降ろしてきた。
「また、キサマ……ッ」
 ガギン、と竜造の剣がそれを迎え撃って受け止める。体重の乗った一撃に、竜造の足がぎしりと雪に沈むのを見、少女はブルーダルギルの刀身を蹴って再度跳躍すると、ダガーを投げつけることで隙を作らせ、懐に飛び込もうとした。……が。
「だから、甘ぇってんだよ!」
 投げられたダガーをあえて避けず、腕にそれが突き刺さるのも構わずに、竜造は少女を待ち受けていたのだ。その体の接近と共に剣を手放し、構わずその手で少女の短剣を掴むと、思い切りその少女の足を狙って蹴り上げた。
「――……ッ!」
 どれほどの手練れでも、体格は少女のそれだ。動きが止まった所への一撃は重く、着地を損ねた少女は、そこが最後だった。構え直した竜造の剣がその喉元へと突きつけられ、刹那がその体が動けないように抑える。
「さて、聞きてぇ事は山ほどあるぜ。ナッシングの野郎について、それからてめぇら自身についてもな」
「あのナラカの影たちのことなら兎も角、ワタシがワタシのことについて、口を開くと思っているのカシラ?」
 絶対的な勝者が見下ろしているというのに、まるでどうということも無い、と笑う少女に、竜造は眉を潜めた。
「自殺でもしようってのか?」
 そうさせると思うのかよ、とつきつけた剣で身じろぎを封じ、刹那が警戒に目を細めるが、少女の笑みは変わらない。いぶかしんでいると、少女の折られた剣が黒い光を纏わりつかせていた。
「ワタシが死ぬ必要はナイワ。お前たちがここで死ぬのダカラ!」
 何を、と疑問を浮かべるのと殆ど同時。まるでその光に呼応するかのように、ドズンッ、と巨大な塊が地面を揺さぶった。
「な、な、何だ!?」
 それは、ハデス達の攻撃が炸裂したのと殆ど同時だった。二つの衝撃に揺さぶられた地面は、山々に蓄積した雪達の土台を緩ませ、雪崩となって押し寄せてきたのだ。
「どわあぁあああ!?」
「やはり、いつものオリュンポスか……」
 巻き込まれて流されていく哀れアルテミスを拾い上げながら、セリスが呟く。そうして、いつの間にか少女も消え、戦場が洗い流された後に残ったのは、その威力の中でもよろめきもせずに立つ、黒い巨人。
「……ッ!!」
 セルウスはその姿に目を見開き、直ぐにそれは強い戦意へと変わる。
 その視線の先では、ついにセルウス達に追いついたブリアレオスの肩で、荒野の王が薄い笑みを浮かべていたのだった。