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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第3回/全4回)

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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第3回/全4回)

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【白銀の上の激闘 ――荒野の王】





 ブリアレオスの肩から、苦い顔のクローディスを伴って地面へ降りた荒野の王は、その巨体を前に、セルウスとノヴゴルドを守るようにして立つ契約者達の緊迫した表情に、どこか満足げに笑み浮かべた。
「成る程、健気なものだな。たかだか一人の樹隷と老体を守るために、余とブリアレオスの前に踏み止まるとは」
 嘲笑うかのように言って「それに比べて」と荒野の王はセルウスを見て目を細めた。
「貴様はただぬくぬくと守られているだけか?」
「……ッ」
 その言葉は、皆に守られ、巻き込みながら、まだ自分だけでは何も出来ていない、という無力感を覚えていたセルウスの無意識下の感情を的確に突いた。
「貴様が本当に余の敵と言うのなら、その剣で余を倒すがいい……貴様に出来るなら、だが?」
「挑発よ、セルウスッ」
 祥子が叫んだが、それよりも早くセルウスは飛び出していた。
「たあああああッ!」
 体格こそ足りていないものの、クトニオス仕込みの剣技を持つセルウスは、従騎士たちにも引けを取らないほどの剣士である。雪上も苦にせず跳躍すると、殴りかかって来るブリアレオスの拳をすり抜けると逆にそれを足場に、体重の乗った一撃を振り下ろした。
「……ふん」
 ガギィイン、と、初めて荒野の王が剣を抜き、その刃が交わった、瞬間だった。

 ――――ィインン……ッ!

 それは、音のようで音ではなかった。
 広がった波紋がぶつかり合うような空気の震え。それが二人を中心に一気に広がったかと思うと、次の瞬間、何かに弾かれたようにセルウスの体が舞った。
「わぁあ!?」
「セルウスッ」
 美羽が声を上げたが、セルウスは何とか空中で体を反転させて無事に着地を決めた。が。
「ヴァジラさん……っ」
 ペガサスのレガートと共に荒野の王の傍に控えていたティーが声をあげ、鉄心、そしてクローディスが目を瞬かせていた。セルウスが弾き飛ばされたのと同じように、荒野の王も飛ばされはしないまでも、びりびりと何かの衝撃を堪えるように顔を顰めていたのだ。
「何があったの?」
 セルウスを受け止めてコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が問うと、判らない、とセルウスは首を振った。
「何だか、この辺りから弾かれた気が……」
 そう言ったセルウスがそのポイントを探すと、あ、と声を上げた。丈二から預かったアルケリウスの欠片が、淡く反応を示しているのだ。
「今のは、これが反応したのかしら?」
 ニキータが言うのに「確かめる必要があるな」と樹月 刀真(きづき・とうま)は前へ出ると、まだ僅かに驚きをその目に残す荒野の王へと剣を向けた。
「荒野の王よ、ノヴゴルド様に、刃を向けるのか?」
 刀真が、刃と同じほど鋭い語調で切っ先を向けるのに、荒野の王は心外だとばかりに大げさに肩を竦めて見せた。
「そのご老体が本物である証拠は何処にも無い。貴様等が偽者を立てている可能性は、ゼロではあるまい?」
 あくまで認めるつもりが無い様子は、本物だと判った上で偽者として斬ろうとする暗い敵意が滲んでいる。刀真は表情を険しくすると、守りの体勢から、攻撃のそれへと構えを正した。
「それは……それが、皇帝候補の吐く言葉か……!」
 激一声。飛び込んだ刀真の剣は、巨体と思えぬ素早さで振り降ろされたブリアレオスの腕が阻んだ。激突音に続いて、切っ先がその表面を滑って金属の擦れる嫌な音と共に、刀真の体は荒野の王の傍まで切り込んだ。ブリアレオスの腕と刀真の剣とが鍔競りあう中、刀真は声を低く「君は誰です」と荒野の王へ言葉を投げかけた。
「ヴァジュラという男は本当に居るんですか?……君はドージェかウゲンのクローンではないんですか」
 瞬間。荒野の王の目から余裕と笑みが消え、ぬるりと纏わり突くような殺気が灯った。
「……貴様、何故今ここで、ウゲンの名を出した……?」
 低く冷たい声に、ぞわ、と僅かに刀真の毛が逆立った。今までの威圧感とは種類の違う殺気だ。その理由を探ろうと、刀真が、自身と光条兵器を同化させている超獣の欠片に意識をやった、その時だ。
「――ちッ」
 ガウンッ、と弾けた銃声と共に、ブリアレオスの腕が薙ぎ払われる。刀真に生じた僅かな隙を狙わせない為に、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が直接荒野の王を狙い撃ったのだ。
「させないわ……私がいるもの」
 その援軍に舌打ちして、荒野の王は僅かに身を退かせると、自らの盾とするようにブリアレオスを動かした。戦うというより、忌々しいものを排除しようとしているような、冷たい殺意の攻撃が、次々と刀真を狙って繰り出される。百戦錬磨の経験が体を動かし、ギリギリのところで見切ってかわし続けているが、その巨体にもかかわらず、ブリアレオスは異常なほどに早く、なかなか攻勢へ転じる隙が出来ない。
 先に体力のほうが危うくなりそうな予感に眉を寄せながら、刀真は先ほどの問いをもう一度口にした。
「随分ムキになっていますが……図星なんですか。ウゲンのクローンというのは?」
「違うッ」
 苛立った声に呼応するように、ブリアレオスの一撃が重たく地面を抉っていく。
「余は、余だ……それ以上ふざけた口を利くな……!」
 言葉と共に荒くなるブリアレオスの動きに、後方からフラワシによって援護を続けるニキータは、軽く眉を寄せた。
「……随分、過剰に反応するわねぇ」
「何かある、と言っているようなものだな……フ」
 情報のやり取りをしつつの道満が同意するのに、「先程の欠片との反応といい、気になるでありますね」と、普段の姿の違うニキータに勝手が違うためか、きょどった視線を彷徨わせていた丈二が、その視線をクローディスへと向けた。白竜からの依頼もあって、気をつけてはいるものの、距離がある。激しさを増した荒野の王の攻撃は、判っていたことだが味方のことを慮る気配は無い。
「何とか……引き離せたらよいのでありますが」
 オケアノスからの通信で、人質に使う可能性は低いとは言え。うかつに銃撃を仕掛ければ、わざと”不慮の跳弾”を狙ってくるかもしれないという不安が拭えない。
「あれを操ってるものがあれば、奪えればいいんだが……」
 そのクローディスとテレパシーでざっと情報交換をしていた煉が呟いた。オケアノスのラヴェルデ邸で、荒野の王はその懐に何かを忍ばせている可能性があるのは判っているのだ。
「でも、どうやって?」
 ニキータが懐疑的に眉を寄せた。というのも、今も同じような考えで隙を狙っているのだが、この一対多数の状況下で、荒野の王は今だ優勢なのだ。だが煉は、魔鎧ノブレスを纏うと、不敵に剣を構え直した。
「単純な足し算だ。手は多いほうが、隙は広がる」
「あんま無茶なこと……なんて、言っても無駄だよな」
 そんな煉の言葉に、そうなるだろうと思った、とエヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)は溜息をついて、PCM−NV01パワードエクソスケルトンを装備するのを手伝うと、当然のように激戦の中へ飛び込む煉の背中を見送った。
 一撃が二撃に、二撃が三撃に。手数の増加には、流石にブリアレオスだけでは捌き切れなくなったのか、荒野の王は自身も再び剣を構え直した。そして。
「先ずはその口を閉ざしてやろう……!」
 振りかぶった剣は、殺意と共に刀真へと向う。今まで目にすることは叶わなかったが、切っ先が速い。避けられないと瞬時に悟って、刀真は咄嗟に、逃げも受け止めもせずに、それを吸収せんと、超獣の欠片で同化した超獣の欠片を突き出した。
「――……ッ!?」
 その時だ。ずあっと欠片が黒く染まりかけたように見えた、次の瞬間。唐突に、ぎしりと金属が軋むように、ブリアレオスの動きが鈍ったのだ。
 予想外の隙に警戒して、刀真と煉が退いたが、そんな彼らへの追撃はない。ただ動作不良でも起こしたように、動きを鈍くした様子に、煉ははっと顔色を変えた。
(これが!?)
 煉のテレパシーへの、クローディスの回答は頷き一つ。次の瞬間には、煉と鉄心が動いていた。
 何かを抑えるように、或いは懐を探るように身をかがめた荒野の王に向って、煉はアクセルギアを全開にすると、その身体能力の全てで、荒野の王との距離を詰めたのだ。時間が止まったのかという錯覚すら襲う、圧縮された時間の中。荒野の王の体が退がったが、既にそこは煉の間合いだ。煉は荒野の王の懐の”何か”を狙って手を伸ばした。
(貰った……っ!)
 だが、煉の手が届こうかという一瞬。荒野の王を庇うふりで回り込んだ鉄心は、その手が何かの錠剤を口に投げ入れたのを見た。ガリっとそれが噛み砕かれたのとどちらが早かったのか。煉の身体は、鉄心を巻き込んで横合いから吹き飛ばされた。
「ぐぅ……ッ」
 伸びた煉の手が触れる一呼吸差で、ブリアレオスの腕が薙ぎ払われたのだ。とっさにその超人的肉体を盾代わりにガードしたものの、巨大な拳の一撃である。直ぐには立ち上がれない様子の煉にエヴァが駆け寄り、余波で逆側に弾かれた鉄心に、ティーが駆け寄った。そんな彼らを尻目に、ゆっくりと体勢を整え直した荒野の王は、悠然と口を開いた。
「……出来ればこれは使いたく無かったのだがな」
 そう言いながらも、笑っているような声はぞっとするほど愉しげだ。そして何よりも皆が動きを止めたのは、その変貌だった。その髪色、そして目に宿る光の全てが怪しげな燐光を纏わらせているのだ。
「何でしょう……あれは……」
 刀真や煉の傷を癒していた白花が、思わず、といった様子で呟いたのに、刀真が自身の吸収した力の感覚に、ずきずきと痛む頭を抑えた。
「判らない、が……クローンではないにしろ、とても近い……」
 全く同じではないが、ごく近い力、そしてドージェにも似た気配だと刀真は言ったが、詳しいことを言及している余裕は無かった。変化する荒野の王と同じく、それと呼応するように、ブリアレオスもまた、何かの禍々しいオーラを纏わりつかせ始めているのだ。思わずその巨体を中心に皆が一歩足を下がらせる中、荒野の王は低く笑った。
「こうなっては、手加減は効かんのでな―――……!」
 パチン、と、荒野の王が指を鳴らす。次の瞬間、ブリアレオスはその両手を組んだかと思うと、ただ乱暴に大地へと叩きつけた。
「――ッ!?」
 凄まじい衝撃に地面がびりびりと震えて、皆の動きを一瞬鈍らせたかと思うと、その腕はそのまま地面ごと抉るようにして振り回された。咄嗟に反転して避けられたのは者もいれば、風圧でよろめいたものすら居る。ぎりぎり直撃は避けたが、攻撃はそこで留まらなかった。払われた腕は縦に、横に、縦横無尽に振り回され、隠れるにも木々ごとめくりあげるような一撃で粉砕していく。
「……っ、見境なしね……っ」
 呟いたクローディスの傍に駆け寄った、ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)が眉を寄せた。ブリアレオスの一撃が砕いた地面が周囲に飛び散り、クローディスたちのほうまで巻き添えにし始めたからだ。皆が固まらないように散開しても関係ない。散ればセルウスとノブゴルドに狙いを定めて来るため、結局距離をあけられないのだ。力を解放したというよりは、どこか暴走しているようなブリアレオスの力は、突然襲い掛かった嵐のようなものだ。
「……ッ、ドミトリエさんと、連絡……っ、取れないの?」
 攻撃を避けながら美羽が言うと、コハクは直撃を受け流しながら首を振る。
「坑道の場所はわかってても、道があるわけじゃないから……」
 地図があっても現在地がわからなければ意味が無いのと同じだ。と、そんな時。怪我を負って足を止めた者を引っ張って遠ざけ、回復を行っていた封印の書の刹那が、ふとその異変に気がついた。ディミトリアスが、この状況下でぼうっと突っ立ったようにして動かないでいるのだ。
「ディミトリアス、どうしたのじゃそなた……?」
 訊ねると、地面に視線を落としたままのディミトリアスは「聞こえる」と小さく呟くと、まるで今の惨状がわかっていないかのように目を伏せた。その耳に届いていたのは、地下の坑道で歌う、リリの歌声だ。

――地の底に月は輝く 熱き想い秘めた氷れる光
   届け届け稲穂の響きよ 導け導け中天の望月を――

 その淡い光は、巫女であるアニューリスに劣りこそすれ、地脈に溶けて大地に流れていく。地下の魔法陣の中で灯った稲穂の歌姫の紡ぐ歌が、地上に居るディミトリアスに呼びかけているのだ。
「呼び声だ……大地が呼んでいる」
 その歌の気配を感じ取って、錫杖を大地へと立てたディミトリアスの目が、目に見えない何かを辿っている。遠巻きにそれを悟ったクローディスが、テレパシーで契約者たちに呼びかけた。
(皆、固まれ。ディミトリアスが何かを察知している)
 続く言葉は、クローディスの腕を荒野の王が掴んだために途切れたが、それを受け取った面々は、それが何かを確認するより先に、まずは守るべき者の前へ立つと、ブリアレオスの壁となって立ちはだかった。攻撃をぶつけて逸らせ、或いは視界を奪って目測を誤らせ、時間を稼いでいる間、ディミトリアスの指先は中空で何かの紋様を描いて走っていく。そして。

――眠れる王の醒めるまで 失われしが満ちるまで
   忌むべきものの届かぬよう 吾が袖中に君を隠さん――

 紡がれた歌と、ディミトリアスの指先の動く光が、繋がった。
「……こっちだ!」
 ディミトリアスが声を上げた瞬間、スカーレッドが弾かれたように飛び出して、ディミトリアスに振り下ろされようとしていたブリアレオスの腕を、その大鎌の刃腹を滑らせて強引に軌道を逸らさせた。ズンッと地面に振動が伝わる中、スカーレッドの鎌がバヂンと光を弾ぜさせる。
「下がりなさい!」
「行けっ!」
 スカーレッドが叫び、クローディスがヒルダの背中を押す。その刹那、それぞれが動いた。
 祥子はセルウスの手を引き、唯斗はキリアナの背中を押す。次の瞬間、スカーレッドが振り上げた鎌がぐるりと正面で円を描き、輪になった衝撃波が、地面ごと抉って一瞬の光の壁を生み出し、味方と荒野の王との間をごっそりと抉り取る。だがその程度では、ブリアレオスにはさしたる障害にはならない。
「しゃらくさい!」
 荒野の王の声に呼応するように、ブリアレオスは強引にそれを突き破ろうとする。が、続けざまノートがタービュランスによって雪を巻き上げて視界を埋めた。時間稼ぎとしては僅かな間だが、充分だ。スカーレッドと丈二を殿に、弾かれたように動き出していた一同は、ユリが歌う歌を繋げて淡く灯す、ディミトリアスの道しるべを駆け抜けた。
 


 

「……来た!」
 麓ほど近くの雪原の上。ユリの歌声に呼応して、淡く伸びた光の道の先を見ながら、愛騎ヴァンドールと共にじっと待っていたララが声を上げた。辿る端から消える光にそって、セルウス達がとうとう坑道の入り口に辿り着いたのだ。ほ、と皆の顔に一瞬安堵が浮かんだ、が。
「最後まで油断は禁物、でしょ?」
 そんな彼らの横合いから、真空波が割り込んだ。ローグと共に追跡してきたなぶらだ。皆警戒の構えを取ったが、ここまで全力で駆けてきたのだ。疲労が強い。じわりと嫌な汗を拭う面々に、なぶらも剣を構え直した。
「ここまで来た……ってことは、まだ諦めては無いんだねぇ?」
「当たり前でしょ!」
 美羽が言うが、なぶらはセルウスをじっと見やったままだ。
「その覚悟が本物なら……切り開いてもらおうかな!」
 宣言と同時、セルウスに斬りかかる様に飛び出したなぶらの攻撃の中へ、疾風のように飛び込んだのは、物部 九十九(もののべ・つくも)を憑依させ、ドール・ゴールド(どーる・ごーるど)黒子アヴァターラ マーシャルアーツ(くろこあう゛ぁたーら・まーしゃるあーつ)を纏った完全武装状態の裁だ。疲労した皆と違い、裁はまだスタミナも万全だ。フィアナとなぶらを相手に、実質二対一状態ながら、そのスピードを生かして、勝負は五分を保っている。
「今のままなら、皇帝は荒野の王から動かないよ……それでも、諦めるつもり、ないんだね?」
 その合間に、問いかけるように投げられた言葉に、セルウスは頷いた。
「皇帝になるかどうか、判らないけど……あいつを倒すって決めたんだ」
 圧倒的な力を持ち、敵も味方も無い暴力を撒き散らす存在。そんな相手を放っておくわけにはいかない、と殺気ではなく敵意ではなく、もっと別の強い意思が、セルウスの言葉には満ちていた。
「……じゃあ、やってみるといいよ」
 出来るものならね、と、言葉はやや皮肉っぽいが、その目は期待か何かで微かに笑っていた。
「まあ……無事に逃げれたら、だけど」
 ぼそりと、なぶらが付け加えた次の瞬間。裁となぶらがやりあっている間に、ブリアレオスの巨体が接近してきていたのだ。だが、時間が稼がれたのは、追跡する側だけではなかった。メシミシと木々を薙ぎ払って突き出された一撃は、全身を守り固めたシグルズが身を縦にして受け止める。みしりと体が軋むのを感じながらも、シグルズはその場の壁となるように動かなかった。
「……ッ、皆、急げ!」
 そして、望のリカバリで辛うじて体力を取り戻した皆の背を押し、なぶらとの戦いから離脱した裁が坑道へと入ったのを確認するのと同時、アルツールの召喚魔法が完成した。
「出でよ、不滅騎士団!」
 呼び出された不滅騎士団が、坑道の入り口を覆った。勿論、不滅とは言え対するブリアレオスの破壊力を考えれば、これも時間稼ぎだ。だがほんの僅かでも、皆が行動の奥へと退避できれば、それで良かったのだ。
「耳を押さえろ、爆破する!」
 ララが叫ぶと同時。仕掛けてあった機晶爆弾が一斉に炸裂すると、ドンッ! という凄まじい衝撃と共に天井が崩れる。あとは、あっという間だ。天板を失った天井は、万年凍土の土壌と雪の重みに耐えられずに破れ、そのまま坑道をプレス機にでもかけてしまったかのように、押しつぶしてしまったのだった。

 
 土煙ではなく、雪煙を上げて、その坑道が使用不可能であると告げる中、やれやれ、とローグは首を振った。
「こりゃあ駄目だな、掘り起こすのは」
「……逃げ切った、みたいだねぇ?」
 続くなぶらの言葉にクローディスはふう、と安堵するように息をついたが、薬の効果が切れたのか、髪も元の色に戻った荒野の王は忌々しげにつぶれた坑道を見やっていた。
「…………」
 吹き出すような憎悪は、恐らく逃げ切られたためばかりではないようだ。
 それを口に出すのを抑えるかのように、荒野の王はその手の平を、ぎりっと血が滲むほどに握り締めたのだった。