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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第3話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第3話/全3話)
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●Epilogue

 ツァンダの蒼空学園。
 エリシア・ボックは窓から外を見上げ歓声を上げた。
「空が青い……空が青いですわよ!」
 普段、青いのが当然と思っている空。青くてもなんとも思わない空。
 けれど空が赤く染まったとき、エリシアはそれがどれだけ不安かを思い知った。
 だから空が戻ったときの解放感たるや……一言では言い表せないほどだ。
「環菜! 環菜! 空が戻りましたわ! 陽太がきっと……」
 と、言いかけてエリシアは口をつぐんだ。
 もう環菜の元には、愛する夫からの電話が入っていたのである。
「やれやれ……ごちそうさま、ですわ」
 急に手持ち無沙汰になった気がして、エリシアは箒を持って床掃除のまねごとなどしてみた。

 雲も、赤い空の色も去った。
 気がつけば抜けるような青空、午後のまぶしい陽差しが彼らを包んでいる。
 源鉄心は深呼吸すると、トレーラーまで戻ってティー・ティーの肩を叩いた。
「終わったぞ」
「え……?」
 まだ一心に舞い続けていたティーは、催眠術から醒めたような顔をして彼を見上げた。
「終わったんだ。八岐大蛇は死んだ。……まあ、実際は再封印されたと言うべきかもしれないが」
「そう……ですか……」
 ティーは涙をこぼしていた。
「どうした?」
 だが彼女は答えず、首を振るばかりだった。
 ――悲しいのか。
 鉄心には判る気がした。
「些細なことに心は歪み、因習に心を閉ざし、己の欲の為に人を害す……か」
 ふと、彼の口を言葉がついた。
 鉄心にも、大蛇や眷属を憎む気持ちは最後までなかったからだ。
 地表の醜さと言うものは確かにあって、滅びを望む心は、自分の中にもあるような気がした。
 ――だから、鉄の心などと言う名前を戴き……。
 彼は首を振った。これ以上、考えても仕方がない。
 だが、甲虫の殻で鎧われた眷属たちには、親近感のようなものを覚えたのは確かだ。

「終わりましたか……」
 多くの舞手が舞いを終え、あるいは歓談し、あるいは仲間と合流したり疲れて座り込む中、ユマ・ユウヅキだけは呆然とした様子で立ち尽くしていた。
 これが一区切り――ユマは思った。
 この一件が終わったら、もうひとつ、自分の心に区切りをつけねばならぬことがある。
 いつまでも、このままではいられないから。
 二人を傷つけることになるから。  

 八岐大蛇の精神世界から、仁科耀助以下、すべてのメンバーが帰還を果たした。
 そこには、加古川みどりの姿もあったが、彼女は少しだけよろめきながら歩いたが、ついには惚けたような表情で、両膝をついてそのまま動かなくなった。これからみどりが、どのような処分を受けることになるかは判らない。あまり、愉快なことにはならないかもしれない。
 そして、
「パイ!」
 元気に走ってくるローラの姿があったことも、忘れずに記しておきたい。
「元気そうじゃない、ロー。こっちはボロボロよ」
 あるいみ通常運転の憎まれ口を叩きながらパティは笑った。
「パイ、ところで……オメガでも来てるか?」
「オメガ? 今日は見てないけど?」
「ワタシたちの姉妹(シスター)来てる気がするね」
「そういやそうだけど……それってあのユマじゃなくて?」
「違う。ユマの他に……」
「そんなの知らないわよ」
 このとき、
「よくがんばったな!」
 ローラとパティの二人は、誰かに両腕で、むぎゅーっと抱きしめられていた。
「あっ……垂! ロボットお疲れ様ね!」
「ロボットじゃなくてイコンでしょ。がんばった、って? 別に、いつも通りよ」
「ローラは素直だがパティはあいかわらず天の邪鬼だなー」
 垂だって疲れているであろうに、その腕にはしっかりと力がこもっており、ローラは歓声を上げ、パティは嬉しいような恥ずかしいような妙な顔をしているうちに、二人が感じたクランジの気配は、そっと姿を消していた。
「……」
 カーネリアン・パークスは誰とも顔を合わせず、言葉も交わさぬようにして、ひっそりとその場を去ったのである。

 心配したんだから、と涙声で、雅羅・サンダース三世がアルセーネ・竹取に飛びつくのが見えた。彼女を抱きとめるアルセーネにしたって、涙を隠してはいなかった。
 それで……と、言いにくそうに仁科耀助は頭をかいた。
「こういうとき、何て言うべきかわからないんだよな……」
 龍杜那由他を前にして、耀助は実に珍しいことに、宿題を忘れたのに切り出せない生徒のような表情をしていたのである。
 全部説明しなければならないような気もするし、謝りたいことだってたくさんある。
 その一方で、那由他に問いたいことだってたくさんあるのだ。それはもう、箇条書きにしただけでノートが一冊うまってしまいそうなほどに。
「……ええと」
 ところが、那由他は眩しいような顔をして、彼に言ったのである。
「おかえり、でいいんじゃない?」
「え?」
「おかえり、だよ。帰ってきたんだから、わたし」
「そうか、そうだよな」
 そのときもう耀助は普段の彼らしく、へらりとした笑顔に復していたのだった。