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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第3話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第3話/全3話)
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●ラックベリー

 全長八メートル。高さ三メートル。
 そのトレーラーは輸送用、乗員は一名となっているがそれは運転席の話で、実際は荷台に多くの人員を搭載することが可能だ。荷台の両側を翼(ウイング)状に左右に開けば、移動可能な舞台となるだろう。
 何の舞台か。無論、龍の舞のだ。
「このトレーラー……ラックベリーは先端テクノロジーを用いた改造を施しており、振動は極力抑えるようにしています。移動時の振動により舞への悪影響が発生しないようにするためです」
 運転席から半身をのぞかせ、諸葛亮 孔明(しょかつりょう・こうめい)鬼城の 灯姫(きじょうの・あかりひめ)に説明していた。
「いずれにせよ隠密行動が必要な作戦ではないということもあります。せっかくの舞台が灰色の単色ではあまりに殺風景……このために取り寄せた白木を張って、雅楽の舞台風にしてみました。心を鎮める一助になれば幸いです」
「信用していないわけではないのだが、強度はどうなっている」
「それもなるだけ補強させていただきました。しかし性質上壁を設けることはしておりません。『眷属』の攻撃を直撃で浴びればひとたまりもないでしょう」
「ひとたまりも……って」
 気色ばむ彼女をなだめるように、沖田 総司(おきた・そうじ)が柔らかに言う。
「そうさせないためにイコンが、そして俺たちがいるんでしょう?」
「あってはならないことだけど、場合によっては負傷者の保護もしたいと思います」
 灯姫だけではなく、ここで舞う人びとすべてに説明するように風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)が伝えた。
「龍の舞を舞っている間は舞に集中するため他の行動はできない……それは一度窮地に陥いった際には脱出が非常に困難ということでもあります。だから僕らはバックアップを担当し、このラックベリーを使った移動舞台を用意しました。難しいかもしれませんが、移動しながらの舞も理論上は可能です」
「申し訳ない! 遅くなったであります!」
 そのとき、きびきびとした声が飛び込んで来た。
「いいえ、遅くはないですよ」
 優斗がそう告げた相手は葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)であった。
 地面とすれすれの場所を、空飛ぶ艦船が航行してくる。その佇まいは巨大だ。吹雪はその舳先に立っていた。
「防衛拠点であり、舞台にもなるべく持参した。本艦こそ機動要塞『伊勢』であります! 自分たちはこの甲板で舞を舞うつもりであります!」
 吹雪と並んで、巫女装束のセイレム・ホーネット(せいれむ・ほーねっと)の姿もあった。彼女もこの場所で、龍の舞を舞うつもりである。
「問題はこれを、ワタシが一人で指揮をしきれるかどうかにかかっているかも」
 と言う声は艦内からの無線であった。
 コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)の声だった。彼女が『伊勢』を指揮するのだ。
「対空砲火中心でなんとか凌ぎたいところ……ま、最悪でも盾にはなるので」
「皆様のご健闘をお祈りするであります!」
 甲板で吹雪が、ピシッと敬礼するのが見えた。セイレムも慌てて倣う。

 今、鬼城 珠寿姫(きじょうの・すずひめ)が相対している人物は仁科 耀助(にしな・ようすけ)だった。
 ツァンダ校外、赤く黒く染まりゆく空を睨みながら、珠寿姫は彼女らしく竹を割ったような口調で耀助に語りかけた。
「ようやくお会いできた耀助殿」
「たまきちゃん! もしかしてオレのこと追ってきてくれたの? いやあ、モテて困るなあ」
「もはや時間がないゆえ、冗談には付き合っていられないぞ」
「……参ったな。残念ながらオレも急ぎだ。別れのキスなら唇にもらっておこうかな」
「冗談をやってる時間がないと言ったはずだが?」
「悪かった。どうしたのかな?」
「まずはクリスマスの礼を言い忘れていた。バレバレの無礼は許す」
「どういたしまして」
「後はメッセージだ。燿助殿を信じている、と言わせてもらう。
 信じている……那由他殿やアルセーネ殿たちと無事に帰還してくれることを」
「任せて。美女の信頼は裏切れないたちでね」
「いい返事だ。私は私の役割を全うしよう……頼んだぞ!」
 言うなり彼女は、影のように音もなく駆け戻っていく。目指すは舞台。トレーラーのラックベリーだ。
 同様に耀助も、仲間と落ち合う地点を目指し去って行った。
 珠寿姫は駈けながら腕を伸ばす。
 伸ばした腕の手甲の部分に、一羽の鷹が舞い降りていた。
 鷹は、翼を閉じて動きを止める。
「近いか……」
 鷹のただならぬ様子を見て珠寿姫は異変を感じ取っていた。
 一息に跳躍すると、そこは度会 鈴鹿(わたらい・すずか)の目の前だ。
「禊で身を清めて参りました……少しでも、清しい心で舞に臨めるように」
 と述る鈴鹿の姿は、清潔な巫女の出で立ちである。
 普段通りではあるが、なにか輝いて見えるのは、彼女がこの直前まで織部 イル(おりべ・いる)と斎戒沐浴して体と心を清めてきたためであろうか。
 砲撃の音が聞こえてくる。炎も見える。いよいよ始まったのだ。最前線のイコンと巨大な龍の眷属たちは今頃激しくぶつかり合っていることであろう。
 眷属のうち巨大なものはイコンが防ぐとして、それよりずっと小さいもの、そして、人間大と伝え聞く八岐大蛇はここで、この場所で防がなければならない。
「それではたまきさん、ルビーをお願いします」
 鈴鹿が言葉を終えるや、二足歩行でしおらしく、大きな翼を持つ翼竜(レッサーワイバーン)がのっそりと出てくる。ワイバーンの名が『ルビー』なのである。
 言葉は通じずともルビーは鈴鹿の心情を理解してるのか、羽ばたいて飛び上がると鈴鹿ではなく、珠寿姫を眺めながらその頭上を旋回した。今日一日、ルビーは珠寿姫とともに闘うであろう。
 決意を込めた面持ちで、イルが白木の壇上に上がった。
 ――斯様に清浄な舞を奉ずるのも久しいの。
 イルが上がった途端、トレーラーの荷台であったものが舞台へと一変したように見える。イルのもつ雰囲気がそうさせたのだろうか。
 続いて上がってきた鈴鹿に対し、イルは囁くように言った。
「鈴鹿よ……妾と契約した時の事を覚えておるか?
 妾の身に掛かった押さえ切れぬ呪いを、そなたが鎮めたのを」
「はい」
 鈴鹿は清らかな目をして頷いた。
 今でも覚えている。はっきりと覚えている。
 あの時はイルを救いたいという一心だった。それ以上のものを込めている余力も、視界の広さもなかった。
 だが今の鈴鹿は、あの日の彼女とは違う。
 もっと落ち着いて物事を見ることができる。
 それに、自分の心もよく分かっている。
 ――守りたいものがある、助けたい人がいる……。
 そして、信じてもいる。
 共に竜の舞を舞う人びとのことを、眷属や大蛇と相対する人びとのことも。
 ――燿助さんたち……大蛇の精神へ乗り込もうという方々も。
 イルと鈴鹿は一対の双子のように、同じ動きを取りはじめた。
 手のひらを流す。腕を伸ばす。
 それと同時に足を踏み出す。一切、姿勢を崩すことなく流れに乗って行う。
 ――皆様が、無事にお戻りになることを。
 最初に鈴鹿が祈ったのは、このことだった。