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●イルミンスール:深緑の回廊
「お帰りなさい、アルティアちゃん」
「ただいまです、ユーリカさん。
イグナさんは、ポッシヴィ近くで行われる龍族との手合わせに備えるため、天秤世界に残りました」
「ええ、報告は受けていますわ。
……さ、近遠ちゃんの所へ行きましょう。多分近遠ちゃん、根を詰めて考えてるでしょうから、ココアでも作って差し入れしましょうか」
「ふふ、いいですね、そうしましょう」
天秤世界から戻って来たアルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)をユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)が出迎え、二人は非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)の所へ向かう。
ユーリカの予想通り、近遠は借りてきた本と睨めっこしていた。
「近遠ちゃん、アルティアちゃんが帰ってきましたわよ。ちゃんと出迎えてあげてくださいな」
「ん、ああ。……お帰り、アルティア」
「はい、ただいまです、近遠さん」
アルティアが微笑み、近遠に持ってきたココアを差し出す。しばらく3人の、ゆったりとした時間が流れる。
「……そうですか。天秤世界で観測される時間は、パラミタの時間と同じ、ですか……」
「はい。イグナさんと2人で記録したものと、ユーリカさんに協力して記録してもらったものとは、完全に一致しています」
以前、イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)とアルティアに頼んだ、時間の流れ方についての報告を受けた近遠が、思考に沈む。
(……だとすると、拠点の整備の速さや、食料生産の速さに説明が付けられませんが……。
まぁこれは、こちら側の都合も考慮しなくてはいけないでしょうしね。契約者は何かと非科学的なことやってくれますから。……自分で言うのも何ですけど)
そこまで思った所で、近遠は自分を見る二つの視線に気付く。
「……ああ、すみません。また難しい事を考えてしまいました」
「もう、相変わらずですわね。
あたし達だけだと近遠ちゃんがずっとこんな調子になりそうですわ。誰かとお話でもした方がいいですわよ」
「お話、ですか……。そうですね、考察も煮詰まってきたことですし……ちょっと、ミーナさんとコロンさんの所へ行きましょうか。
個人的に聞きたいこともありますし」
「……また難しいお話ですの?」
ユーリカに呆れるような視線を向けられ、近遠がどうでしょう、とごまかし気味に笑う。
「では、アルティアは皆さんにココアをお入れいたしますね」
アルティアが立ち上がり、準備のために部屋を後にする。ユーリカが後を追いかけ、近遠はゆっくりとした動作で支度を整え、最後に部屋を出、ミーナとコロンが居るであろう校長室へと向かう。
●イルミンスール:校長室
「はふー。ココア、おいしい」
ココアの入ったマグカップを両手で抱え込むように持って、コロンが幸せそうな顔を浮かべる。
「2人の下を訪れたのは、聞きたいことがあってのことです。突然のことですみませんが、大丈夫でしょうか」
「うん、いいよ。ココアを奢ってくれたお礼じゃないけど、今は『深緑の回廊』も安定しているし。
僕達に答えられることであればね」
同じくココアを口にするミーナの返答に一礼を返して、近遠が口を開く。
「まず……同じ世界を複数の世界樹が引き継いで管理をする場合、申し送りと言うか……情報や作業等の引継ぎの様なものは、あるのでしょうか?」
「……あはは、最初からすごい質問来た」
「全然ホッコリとしないよ。なんか前にも経験したような気がするよ?
……コホン、マジメに回答するとね、あると思うよ。やったという確かな確証は得られていないけれどね。
僕やコロンは、世界樹として決まった時にそういう引き継ぎを行えるように設計された、ってブリーダーさんが言ってたし。引き継ぎをしないと世界の管理を行えないだろうから、今の世界樹も何らかの仕組みで情報の引き継ぎを行なっているんだろうね。どんな仕組みかは、世界樹になってみないと分からないのかも。言葉で説明できるようなものじゃないと僕は思ってる」
「……もし、パラレルワールドの様なものがあったとして、或いは、異なる時間軸上で、それを管理する同一の世界樹で、情報共有の様なものは、あるのでしょうか?」
「えーと、質問の内容がよく分からないんだけど。なんか言葉おかしくないかな。並行世界とそうでない世界の両方の場合で、それらを管理している世界樹の中で情報共有が行われているかってこと?
情報共有ってのもよく分からないな。『あっちの世界のことはこっちの世界にも適用してます』って意味での情報共有……ってこれ、情報共有って言わないか。管理者である世界樹が管理している世界の情報を『持っている』のは当たり前の話で、『誰か』と情報を持ち合う時に『共有』って言わない?」
「あっ……うーん、じゃあ……世界樹の力って、同質?
例えばイルミンスールでは、世界樹イルミンスールから力を分けて貰って電気にしているけれど、これと同じ事はユグドラシルやセフィロト、或いは……ミーナやコロンからでも出来るのかな」
「大きく違うことはないね。あっ、だからって僕やコロンにあの装置を刺しても電気は取れないからね。多分それくらいは違うし、絶対あれ痛そうだから止めてね」
「わたしたちがイルミンスールみたいに立派に育ったら、同じ事が出来るんじゃないかなって思うよ」
コロンが答えた所で、皆の前に新しいココアが継ぎ足される。
「天秤世界の様な事は、世界樹らが相談とか考察をして、導き出した方法? それとも、本能的な無意識的にやってしまう様な……生得のもの?」
「世界を監理するに当たって行き着いた先の結果の一つが『天秤世界』なんじゃないかなと僕は思うね。そして多分、「どうしてそれを作ろうと思ったのか」と世界樹に聞けば、「管理するのに必要だったから」と答えるんじゃないかなというお話。君たち人間のように相談とか考察とか、あるいは動物のように本能的に反射的にとかは、評価できない、こういうものとしか言い様がないんだ」
「これで最後ですが……コーラルネットワークって、空間的に繋がっていないかも知れない世界樹とも連絡を取り合える?
具体的には、マパタリの世界樹や、ミュージン族やうさみん族、龍族や鉄族を放逐した世界樹とも、連絡は取れる?」
「うーん……『空間』という言葉の定義は、果てしなく広くもあり有限でもあり、で難しいよね。おっと、話が逸れた。
えっとね、流石に繋がっていなければどうしようもないよ。ただ、絶対に繋がらないのかと聞かれればそうとは言えない、って答えるかな。今はまだ、どこにネットワークを伸ばせばいいか見当が付かないだけ。こればっかりは地道に探すか、あるいは何かの閃きで見つかるか、そんな所かなぁ。天秤世界だってその流れで見つかったわけだし」
言い終え、ふぅ、と息を吐いて、ミーナがココアに手を伸ばす。しかしマグカップの中身は冷めてしまっていた。
「入れ直しましょうか?」
「あ、ありがとー。……僕もまだまだ勉強不足だね。何もかもを知ってる気になってたけど、全然だ」
小さく口にして、ミーナは受け取ったマグカップに口をつける。
「何、『聖少女』について知りたい、じゃと?」
近遠の用件が済んだ後、ユーリカは一行と一旦別れてアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)の下へ行き、ミーミルやヴィオラ、ネラ、そしてルピナス達『聖少女』について教えて欲しいと口にする。
「あたし達みたいに、当時の事件を直接目にしていない生徒も居ると思いますし、理解すると共に伝えておいた方がいいと思いましたの」
「……そうか、『天秤世界』の情報共有スペースを設けた際、これまでの事件で判明したこと等のスペースを削除したままになっておった。
すまぬ、失念しておった。影響のない範囲で復旧させよう。……で、それを読めと言いたい所じゃが、お前、私の口から聞きたそうな顔をしておるな?」
「そういうつもりはありませんわよ? でも、『知りたい』と願う生徒の欲求を叶えてあげるのが先生のお仕事と思いますの」
「言ってくれる。……ならば心して聞くがよい」
一つ息を吐いて、アーデルハイトが話し始める。
「『聖少女』は、元はザンスカールのヴァルキリーの伝承において『大いなる恵みをもたらす』と言い伝えられてきた存在だった。
ある日、その聖少女の一人である『ちび』がイルミンスールに連れて来られてな。あぁ、『ちび』とはエリザベートが名付けたのじゃ。今でもミーミルはそのことを覚えておるな。もうちびなどと呼ぶには相応しくない、立派に成長しておるがな。
我々は別の、先に目覚めていた聖少女の暗躍を止めようとした。彼女の目的は他の聖少女を取り込み、成長を果たすことじゃった。
その後の調査で分かったことじゃが、聖少女は古王国時代の研究者が作り上げた、『同胞を吸収して成長を遂げる人工生命体』であったのじゃよ。先に聖少女は大いなる恵みをもたらす、と言ったが、それはヴァルキリーに限らず全ての種族が、聖少女の強大な力によって率いられることで大いなる恵みをもたらす、であったという結論に至っている。……ルピナスの語った事も、この調査結果と一致しているように思えるな。
一度はその聖少女にちびを奪われ、成長を許してしまった。だがエリザベートと生徒たちの呼びかけでちびは『ミーミル』として成長を果たし、残る2人の聖少女もそれぞれ『ヴィオラ』『ネラ』と名前をもらった。彼女たちが今、幸せに暮らしているのはお前も分かるじゃろう。
……だがルピナスはそうはならなかった。彼女もまた『ルピナス』という名を誰かにもらったはず、それなのにこうも異なる道を歩むとは、何とも言葉にし難い」
話し終えたアーデルハイトが、重く息を吐く。
後の事は当時の事件をまとめた書物が大図書室にあるはずだから、時間がある時にでも読んでおくといい、と言うアーデルハイトに礼を言って、ユーリカは近遠の所へ戻っていった。
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