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星影さやかな夜に 第三回

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星影さやかな夜に 第三回

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 第五章 「戦場 裏」

 メインストリート沿いのビル内。
 ヴィータは窓から僅かに身を乗り出し、慌ただしくなった戦場を見ていた。

「きゃは♪ やぁーっと動き出した」

 彼女の瞳には、廃墟前、メインストリート……とやにわに騒がしくなった戦場が映る。
 クスクス笑っていると、不意に背後からがさりと物音がした。

「ククク、ヴィータよ」

 振り返ると、其処に立っていたのはドクター・ハデス(どくたー・はです)だった。
 ハデスは白衣をマントのように翻し、黒縁眼鏡を中指でくいっと押し上げる。

「相変わらずの存在感ね、ドクター・ハデス」
「フハハハ! そう褒めるな、照れてしまうではないか」
「別に褒めてはないんだけど……」

 ヴィータは窓枠に肘を乗せ、ハデスと向き合った。

「それで、わたしに何か用でもあるの?」
「ククク……お前の計画の進行状況はいかがかな?」
「進行状況ねぇ……。
 いくらかアクシデントはあったけど、思いのほか順調に事は進んでいるわよ」
「ふむ。それはまだ、目的が達成されていない、という事でいいのだな?」
「ええ。目的はまだ達成されていないわよ」
「それは僥倖」

 頷きながらそう言い、ハデスはヴィータに手を差し伸べた。

「もし計画の目的がまだ達成できていないなら、良い策があるぞ?
 お前の『目的』が何なのかは知らんが、手段は絶望を振りまくことだろう?」
「へぇ……お教え願えるかしら?」

 ヴィータは嬉しそうに口角をつり上げて、ハデスの言葉に耳を傾けた。
 ハデスもニヤリと笑い、天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)が立案した計画を話し始める。

「まだとっておきの絶望が残っているではないか。『人喰い勇者』同士の殺し合い、という最高級の絶望が、な。
 ククク、それこそが、人喰い勇者に救われしこの街にとって最高の『運命を叩き潰すゲーム』となるであろう」
「……なるほど、ね」
「ククク……実行するのなら早い方が良い。
 この案に乗るのならば、我らオリュンポスはお前に全面協力をしよう」

 ヴィータはしばらく悩むと……小さく、首を横に振った。

「魅力的な案ね。けど、今すぐには無理よ」
「……なぜだ?」
「分かってはいるんだけどね。行動を起こすなら今が一番だって事ぐらい……」

 ヴィータはハデスから視線を外し、ぽつりと呟いた。

「だけど、わたしは同じ境遇のあの子に同情しちゃってるから」
「それは、昔の貴様と同じような道を歩んでいるからか?」
「……さぁね」

 ヴィータは首をわずかに傾けた。

「ってわけで、あなたの案は面白そうだけど終わってからって事で。
 目的が一致している間、わたしは彼女の味方をさせてもらうから」
「そうか……残念だな。お前がいれば、我らオリュンポスの目的達成も容易にはなるのだが」
「ごめんね、ハデス」
「ククク……なに、謝るな」

 ハデスは白衣を翻し、眼鏡をくいっと上げた。

「それが、お前の選択とあらば俺は尊重しよう。健闘を祈っているぞ。では、さらばだ!」

 高笑いをしながらハデスはどこかえ去っていった。

「まったく……とんだ大物だわ、あなたは」

 ヴィータは小さく吹き出た。
 そして、入れ替わるように柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が彼女の前にやって来た。

「あら、あなたもわたしへラヴコールでもしに来たの?」
「お前を止めにきた」

 茶化すヴィータに対し、生真面目な返答をする真司。
 彼女はやれやれと言った風に肩を竦め、暴食之剣を引き抜いた。

「それは、要するにわたしと戦いに来たって事よね?」
「ああ」

 真司は短く返し、自らの武器を手にとった。

「……二つ、聞きたいことがある」
「どうぞ」
「世界を壊すような方法以外に方法は無いのか? ウチに来て他の方法を探す気はないか?」

 ヴィータはキャハッと笑った。

「今更ね。まあ、全てを始める前に言われても止める気はなかったけど」

 話は終わりだと言わんばかりに、ヴィータはパチンと指を鳴らせてモルスを降霊させた。
 真司もこれ以上の説得は無理だと悟り、目に闘志を宿す。

「お前は俺が――」
「あなたじゃわたしを――」

 二人は敵を自分の間合いに入れるようにじわじわと近づいていき、

「――止めてやる」
「――止めれない」

 声が重なった。

「「エンド・ゲーム」」

 二つの白い剣閃が、火花を散らして交差した。

 ――――――――――

 十六凪にリークされた情報によって跡地に着いたミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)たち。
 魔方陣を細かく調べてみるが、特に何かが分かるわけではなく、ミリアの眉間に自然とシワが寄っていく。

「ん〜……何にも分からないな〜……。そっちはどう?」

 ミリアはスノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)ティナ・ファインタック(てぃな・ふぁいんたっく)に声をかける。

「う〜ん……さっぱりですねぇ……」
「魔女術で調べてみたけど、こんな魔術式見たことないよ」

 三人が難しい顔をしていると、ぞわりと背筋に嫌なものが這い上がった。
 慌てて振り返る。
 其処に立っていたのは、ぼろぼろのローブに身を包んだ一人の人間だった。

「……また、か」

 人間はそうぼやくと、三人にゆっくりと近づいていく。

「無駄な努力は止めておけ。
 それは既存の魔術式ではない。俺以外の誰にも、理解はできないだろう」

 深く被ったローブのせいで顔は見えないが、敵意のようなものは感じられない。
 ミリアはそれでも警戒したようにスノゥとティナの前に立った。

「誰ですかあなたは?」
「俺か? 俺は、ただの……研究者だ」
「――研究者?」
「ああ、そうだ。その魔術式も俺の研究のひとつだ」
「研究って……なんのことですか?」
「…………」

 ティナが訊ねるが、「あの人」は答えようとはしない。
 スノゥは質問を変えて訊ねてみた。

「この魔術式はどんな効果があるんですかぁ?」
「……願いを、叶える」
「願い?」
「ああ」

 短く言って、人間は空を見上げた。

「どんな願い事も叶える研究。
 それは、どんな願いだろうが構わない。それがどんな人間を不幸にするものでも俺は干渉しない」

 人間は言葉を続ける。

「俺は、ただ――」

 その先は言わず、人間はスノゥに視線を移した。

「俺を呼んだのは、お前ら……そして、あの女か」
「? それって、どういう……」
「ならば、要観察対象として『見守る』事にする」

 一方的にそう告げて、人間は三人に背を向けると──霧散するように消えてしまった。
 三人は互いに顔を見合わせ、「あの人」が言った言葉を頭の中で反芻させる。
 だが結局、意味深な言葉が頭を巡るだけで、何かが分かる事はなかった。