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ナラカの黒き太陽 第一回 誘いの声

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7.タングート<3>


「しかし、案外賑やかだなー」
 スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)は、先ほど露天商から買った花飾りを手に、タングートの都をぶらりぶらりと散策していた。
(けどこれ、ちょっと視界が狭いな)
 ゆる族を装い、スレヴィは着ぐるみ姿だ。人と話す時は裏声を使うようにして、今のところうまくいっている。
 デジカメであちこちを珍しそうに撮影していると、やや物騒な装備を構えた獣型の女悪魔が、スレヴィに話しかけてきた。
「あんた、なにやってんだい?」
「あ……こんにちはぁ。わたし、地質調査を専門にしているんです〜」
 なるべく可愛らしい動きを意識しつつ、スレヴィは丁寧に答える。
「地質調査ぁ? なんだこれ、このへんじゃ見ない皮だね」
 つんつんと着ぐるみの表面をつつかれ、「あ、ゆる族です。背中のチャックは開けないで……!」と言い訳をする。
 一応相手も、ゆる族という存在は知っていたらしい。
「タシガンから、タングートに行けると聞いて、是非来てみたいなぁと思いまして〜。賑やかな街ですねぇ」
「そりゃあね。タングートは、ザナドゥ1の平和で美しい都さ」
 女悪魔はそう分厚い胸をはる。うまいこと、機嫌は取れたようだ。
「そういえば、この上のタシガンは今ちょっとした騒ぎなんですよぉ。タングートでは、影響はないんですか?」
「共工様がいらっしゃるからね。あたしらは最強さ。……ああ、でも。さっきぞろぞろと、ひ弱そうなオスどもが歩いていたっけ。窮奇が一緒だったから、共工様のお呼びらしいけど……いけ好かないねぇ」
 ふん、と鼻息も荒く女悪魔は言う。
(けど、あんたも外見だけなら女か男かわかんないけどなぁ)
 そう思いつつ、スレヴィは考える。どうやら、共工とやらは、かなり一般の悪魔たちから信頼されているらしい。実際、この都は想像よりも栄えていて、あらゆる形の悪魔たちが混沌と暮らしてはいるが、かといって無法ではない印象をうける。
 それと同時に、どうやらレモたちの一団も、無事この都へたどり着いたらしい。
「そうですかぁ。あ、あと……あの塔は、なんなんですか?」
 都に近づいた時から気になっていた緋色の五重塔を指さし、スレヴィは尋ねた。
「珊瑚城さ。共工様がいらっしゃる。……アンタ、まさか共工様を狙って来たわけじゃないだろうね?」
 途端に女悪魔の表情が厳めしくなり、彼女の言葉に反応してか、周囲にたむろしていた悪魔たちの気配もいっせいに殺気を帯びる。
「え? いや、まさか、そんなわけないですよぉ」
「よく考えりゃ、この着ぐるみってのも怪しいしな。中身、見せてもらおうじゃないか」
「え、ええ!!?」
 着ぐるみの首を引きちぎる勢いで、太い指がスレヴィの頭を掴む。これじゃ、着ぐるみがはがされる前に、スレヴィの頭のほうが潰されそうだ。
「やめ……!」
 裏声も忘れて、咄嗟にそう言いかけた時だった。
「やーだーー。姐さんったら!」
 しゅる、と背後からスレヴィの身体に【ユグドラシルの蔦】が絡みつき、頭から投げ網をかけられたように捕らえられてしまった。
「捕まえたからには、ワタシのものよ♪」
 褐色の肌に、乳白金の髪にザナドゥ産の【青紫の薔薇】を飾ったその女は、そう笑うと女悪魔の手からスレヴィを奪いとった。
「あんた、それどうする気だい?」
「そりゃあ、おもちゃにさせてもらうわよ いいでしょ?」
「趣味が悪いことだ。まぁ、好きにしな」
 そう言い捨てて、女悪魔は去って行く。とはいえ、この正体不明の女にはまだスレヴィは捕らえられただけだ。……が、なんとなくだが、スレヴィには相手の顔に見覚えがあった。
「危ないところだったじゃーん♪」
「やっぱり……南臣かよっ」
「そ、今は俺さま子ちゃんだしぃ」
 ピース、とウィンクしてみせたのは、【桃幻水】で女性に変化している南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)だった。
「まさかユシライネンが釣れるとはなぁ……ま、ひとまずどっかの店にでも入ろうぜ」
「わかったけど、解けよ、これ」
「だめだめ。今はあくまで、俺さま子ちゃんが不埒者をひったててるっつー態なんだから」
 仕方ない、とスレヴィはあきらめて、大人しく光一郎の後ろをずるずると引っ張られるようにしてついて行くことにした。
 そのうち、二人はとある食堂の前を通りかかった。大きさはそれほどでもないが、ぱっと見はなかなか豪華な作りの食堂だ。だが、窓から覗ける店内には誰もおらず、どこか裏寂れた雰囲気が漂っている。
「ここなら邪魔が入らなそーじゃん」
 そう言うと、光一郎は食堂の門をくぐった。すると。
「いらっしゃい」
 すっと現れたのは、ゆったりめのワンピースを着た、大柄な店員だ。化粧はしっかりと施されているが、その顔にはまたもや、スレヴィも光一郎も見覚えがあった。
「……佐々木?」
「なにやってんだ??」
 ぽかんとするスレヴィと光一郎に、店員……佐々木 八雲(ささき・やくも)もまた、目を丸くする。
「いらっしゃいませ……お知り合いですか?」
 唖然とする三人に、奥から出てきた小柄な女性悪魔がそう尋ねる。
「え、ええ。ちょっとした……」
「そうなんですか。どうぞ、こんな寂れた店ですが、よかったらごゆっくりしていってください」
 長い前髪に隠れて表情は伺いにくいが、彼女はそう言うと、のんびりと二本の角が生えた頭を下げた。
「どーいうこと??」
 光一郎の問いかけに、厨房から出てきた佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)が、かいつまんで事情を話し始めた。

 弥十郎と八雲がこの都に潜入して最初にしたことは、とりあえず「都のお偉いさんが入る食堂に口利きされるんだったら、どうするのがいちばんかねぇ」ということをリサーチすることだった。
 方法としては、都の郊外で住人の何人かを捕獲して【ヒプノシス】と【コールドリーディング】で、聞き出すという、やや荒っぽい手法だったが。もちろんその後は、記憶を曖昧にして解放してあるから、弥十郎たちのことを覚えている人間はそうはいないだろう。 それから、【クリスマスコスメ詰め合わせ】を使って八雲とともに女装をすると、弥十郎は都の中央へと入り込み、さらに情報を集めた。
 そのうちに、とあることを耳に挟んだのだ。
 なんでも、一番人気の食堂といえば、大通りにある『黄竜餐庁』で決まりなのだが、そこはつい最近できた店で、派手なパフォーマンスで一気にのし上がったらしい。かわりに、かつては名店と名高かった『紅華飯店』は、先代の主人が姿を消してからというもの、料理人が次々と引き抜かれ、今では客足もすっかり遠のいた、寂れた店に落ちてしまったという。
 弥十郎が潜入することに決めたのは、この紅華飯店のほうだった。
 紅華飯店は、今は花魄(かはく)という少女一人しか残っていない状態だった。
「さっきのお嬢ちゃんか」
「そういうことだよ。でも、料理人としての腕はあるから、今色々教えてもらってるところ」
 弥十郎がそう説明をする。ちなみにもちろん彼も化粧を施し、筋肉が目立たないように身体の線が出にくいドレスを着ている。
「いずれまた名店として復活すれば、そのときは重要人物だって来るだろうしね」
「まぁ、そうだろうけど。……まともな料理なのかぁ? タングートの料理って」
 もしかしたら、蛇やトカゲやら虫ばかりではないのだろうか。
「それが、案外興味深いよ。たしかに、味の好みはもっと刺々しくて粗いけどね」
 顔をしかめるスレヴィに、弥十郎はそう笑った。
「よければ、お茶とお菓子をどうぞ」
 裏で用意していたらしく、花魄が盆に乗せた茶と、少しの茶菓子を運んできてくれる。
「ありがとう、花魄さん」
「いいえ。私、お二人にはすっかりお世話になってますから……本当に、ありがとうございます」
 花魄は全幅の信頼をこめて、弥十郎と八雲に微笑んだ。
「店長が戻るまでは守るつもりでしたが、このところお客様もさっぱりで……閉めるほかないかと思ってたんです。でも、お二人のおかげで、もう少し……頑張れそうです……」
 悪魔、というイメージが程遠いほど、か細い声でもじもじと花魄は口にする。
 たしかに、この頼りなさでは、みるみるうちにライバル店に追い越されたのも仕方が無いだろう。
 いかに腕が良くとも、抜け目のなさも店を繁盛させるためには必要な才能だ。
 それはさておき、どうやら彼女は安心して聞き込みができる情報源のようだ。光一郎は、直裁に「ウゲンって知ってる?」と花魄に尋ねてみた。
「え? いえ……初めて聞く名前ですが……」
「ふぅん、そうか」
 花魄が一般人のためか、どうやらそのあたりはわからないようだ。
「じゃあ、ザナドゥの大淫婦って、知ってる?」
「え、そ、それは……っ!」
 かあああっと、花魄は一気に湯気が出そうなほど顔を赤くする。
「知ってんじゃん。な、それって、共工サマってのと関係あんの?」
「あ、ありませんっ! そんなわけ、ないですよっ!! 共工様はそのような……破廉恥な……」
 わなわなと震えだしてしまった花魄は、ほとんど卒倒寸前だ。八雲が「すまない、大丈夫か?」と落ち着けるように声をかける。
 さすが禁忌のザナドゥの大淫婦だ。このワードは、あまり住民の前で言わないほうがいいらしい。
 そして、それ以上に、一般人の共工への忠誠度はかなり高い様子だ。それは逆をいえば、共工との仲次第で、このタングートの都とタシガンの関係は一気に良くも悪くも振れる、ということに他ならなかった。
 以上のことを心にとめ、スレヴィは一度タシガンに戻り、ルドルフに報告することに決めた。