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リアクション
『報告』
『……そうか、二人の世界樹は、元の世界へ帰ったか』
レン・オズワルド(れん・おずわるど)から報告を受けた『煉獄の牢』の守護龍、炎龍レンファスの声――溶岩の池の奥、吹き上がる溶岩の辺りから響いていた――を聞いて、レンが言葉を続けた。
「レンファス、俺はこれまでイルミンスールを守る為に戦ってきた。それはあの場所に“友”が居たからだ。
今、その多くはあの場所を離れてしまったが、いつか再会する時には『俺達はここまでやったんだぞ』と胸を張って言いたいと思っている。……無論、コロンとミーナに対してもだ。
少々愚痴になってしまうが、思えばコロンとミーナには苦労をかけられた。素直に助力を求めれば良いものを、レンファスを使って俺達を試すような真似をしたんだからな」
酷い話だ、と付け加えたレンに、レンファスの同意するような笑い声が聞こえてきた。
「だが居なくなったらなったで、淋しいものだ。もし生きて逢うことが出来なくても、歴史書の中だけでも俺達が精一杯生きたことを知って貰えたらと思う。
……俺はこれからも戦っていく。自分という人生を精一杯に生きるという戦いを」
レンの横で話を聞いていたザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)が、彼の決意を耳にして思いを馳せる。
(レンの背中にある道……道が途絶えずに今日まで続いてきたのは、レンだけの力じゃない。
彼の周りに居る友人達の力によるもの。そして彼らは心の強さ……拠り所を通じて歩み続けてきた)
ザミエルが思考を止めて現実に帰れば、レンは自身の結婚式について触れていた。
「実はこれから、愛する人と共に生きることを誓いに行くんだ。結婚式というやつだ。
レンファス、もし既に人の身になれるのであれば、是非招待させて貰えないだろうか?」
挙式をイナテミスにて行うこと、エリザベート校長やアーデルハイトにも声をかけてあること等をレンの口から聞かされたレンファスは、少しの逡巡の後、こう答えた。
『分かった……我でよければ、招待を受けよう』
直後、吹き上がっていた溶岩がひときわ大きく吹き上がると、レンとザミエルの前で落ちると同時に人の姿を取った。年頃は炎熱の精霊長、サラ・ヴォルテール(さら・う゛ぉるてーる)を基準とすると彼女よりやや年上の、外見上は落ち着いた、しかし内に熱く滾るものを感じさせる風貌の男性が、二人の前に現れた。
「さて、せっかくの所申し訳ないが、時間が押している。
結婚式を前に新郎が逃げ出したみたいに見えたんじゃ、新婦の立つ瀬がないからな。
スタッフ〜! 強制連行〜!!」
『煉獄の牢』を出た所で、時計に目をやったザミエルが声を発すると、停めてあった飛空艇からゴルドン・シャイン、ヘレス・マッカリー他数名の騎士団員が現れ、レンを瞬く間に取り囲んでしまう。
「レンさん、すみません。少々手荒ですが、イナテミスまで案内します」
「姐さんの命令には、逆らえません!」
レンが何かを言う前に、屈強な男性に担がれ飛空艇へ運ばれていってしまう。
「さあ、レンファスもどうぞ、こちらへ」
「あ、ああ。……いつも、ああなのか?」
驚きと共に尋ねるレンファスへ、ザミエルはいいえそのようなことは、と虚偽の笑顔を貼り付けて言った。
「イナンナ様、『天秤世界』の件では、大変お世話になりました。
戦いは無事に終わり、皆さんそれぞれに強くなられました。これからもきっと色んなことがあるでしょうが、皆さんならきっと大丈夫です」
カナンを訪れ、イナンナ・ワルプルギス(いなんな・わるぷるぎす)へ報告するノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)に、イナンナは申し訳ないという感情を含む笑みで応えた。
「直接の力添え出来ず、申し訳ありませんでした。皆さんが無事に帰られたこと、私も嬉しく思います」
「イナンナ様のそのお気持ちと、お言葉だけで十分です。
……よければ、私からのちょっとしたワガママを、聞き入れていただけたら嬉しいです」
言ってノアが、今度レンが結婚する事をイナンナに伝え、二人の門出に祝福の言葉をいただけないか、とお願いする。
「そういうことでしたら、ええ、いいですよ。では……」
イナンナの両手に、ポッ、と光が宿る。それは傍にあった筒に収まって、イナンナの手に渡った。
「こちらを二人のお祝いの際に、開いてください。私からの祝福を、皆さんにお届けします」
「ありがとうございます。はい、確かに預かりました」
「これで、よろしゅうございます」
着付けを終え、一歩下がったメティス・ボルト(めてぃす・ぼると)に頷いて、アメイア・アマイアは自分の姿を改めて見る。
「……まるで、自分ではないようだ。だがこのドレス……不思議と暖かみを感じる」
純白のドレスに身を包んだアメイアが、とある仕立屋に頼んで仕上げてもらったというドレスに触れ、やわらかな笑みを浮かべた。
「とても綺麗ですよ、アメイアさん」
「ありがとう。……まさかこのような日を迎えるなど、思ってもみなかった」
呟いたアメイア、そしてメティスはいつかの日、そう、アメイアがまだ第五龍騎士団長だった時、雪舞う中でのレンとの一騎討ちの光景を思い出していた。
そこで二人が交わした言葉は、今もアメイアの胸の内に刻まれていた。
――俺はいつか、お前とも分かり合えると思っている。
その未来を望むからこそ、俺はあえて戦う道を選んだ。……俺は、逃げない――
――この戦いの先に、お前の言う未来があるのならば、私はそれを受け入れよう――
「今こうして、お二人が結ばれることを、私はとても嬉しく思います。
これからたくさんの祝福があるかと思いますが、まずは私から……どうぞ、お幸せに」
「……ああ。ありがとう、メティス」
微笑んだメティスに、アメイアが笑顔で頷いた――。
『「ぼ、僕とけっこん――」「はい♪」』
土方 伊織(ひじかた・いおり)は今まさに、一世一代の大勝負を挑もうとしていた。
(イルミンスールにもやっと、や〜っと、平穏が訪れたのです。……でも、こんな時間もほんのちょっとなのです。
で、ですから、今のうちに、ちゃんと、ちゃんとするのです)
ここ数日彼を悩ませていた事、それはセリシア・ウインドリィ(せりしあ・ういんどりぃ)とのこれからについて。
(僕も18歳になったので、結婚しても法律さんにだめーって言われなくなったのです。
セリシアさんと恋人さんになったですけど、このままじゃだめ〜だと思うのですよ)
そう、伊織はセリシアと正式に籍を入れる決意を固めつつあった。……尤も、パラミタの法律は曖昧な所が多いため、何も彼がこの歳になるまで待つ必要は必ずしもなかったかもしれないが、そこは伊織の育ちの良さから来るものであった。
(はうぅ、き、緊張で身体が震えるですぅ。し、しっかりしろーです)
微かに震える手足を無理矢理奮い立たせて、伊織はセリシアの待つ場所へと足を踏み出した――。
「せ、せせセリシアさん、ぼ、僕と結婚してくださいです!」
「はい♪」
推定一秒で返された了承に、思わず伊織はつんのめって転びかける気分を味わった。
「え、あ、う、えっと」
そしてあまりの展開に、次の言葉が継げなくなる。そんな伊織に微笑んで、セリシアは種明かしをした。
「すみません伊織さん、実はベディさんとお姉様が――」
「ベディさんとサティナさんがバラしたですか?」
サー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)とサティナ・ウインドリィ(さてぃな・ういんどりぃ)の名が出てきて、伊織は二人がネタばらししたのかと尋ねる。
「ああいえ、お二人は何も言っていませんけれど、なんというんでしょう、こう、フッ、と分かった、といいますか」
どうやらセリシアは、ここ数日のベディヴィエールとサティナの行動を見て、伊織が何かとても大きなことで悩んでるんだな、と感じ取ったらしい。それはいわゆる『女のカン』というものかもしれないが、だとしたらセリシアは今後、まるで超能力者に匹敵する読心術を身に付ける事だろう。伊織が浮気でもしようものなら即、バレる。……彼に限ってそんな事はしないだろうが。
「私もずっと、考えていました。伊織さんとのこれまでを、そして、これからを」
セリシアの声が優しく耳に届いて、伊織は冷静さを取り戻す。……自分が悩んでいる間、彼女も同じように悩んでいたのだ。
「以前、伊織さんは私と居ると楽しい、ずっと楽しく居たい、って言ってくれました。
自分は人間だから、精霊である私とずっと一緒には居られない。最後には私を悲しませるだけかもしれない、って」
「……はい。僕は願いました、死が二人を分かつその時まで、僕にセリシアさんの時間を分けてください、って」
セリシアに自分の想いを伝えた時の事を思い出しながら、伊織がセリシアに続けて言う。
「私と伊織さんはいつかお別れしなくちゃいけない。それを思えば悲しくなるのは確かですけれど……でも、伊織さんだって同じですよね。
伊織さんは同じ人間と一緒になる選択肢もあった。でもそれを選ばず、私と一緒に歩いてくれるって誓ってくれた。……それだけでもう私は、別れる時の悲しみを吹き飛ばせるだけの力をもらいました」
だから、とセリシアは満面の笑みで、言った。
「これから一緒に居る間は、楽しいこと、嬉しいことがずっと、待っているんです。……ねっ? そうでしょう、伊織さん?」
ぼうっと、見惚れていた伊織は呼ばれて、我に返る。……彼女が言ってくれるんだ、僕も答えなくちゃ、そうだね、って。
「はい。いっぱいの楽しい幸せな思い出を一緒に作るって、約束するのですよ」
「話は聞かせてもらっただの!」
一通りプロポーズが済んだ所で、それまで二人の様子を伺っていたサティナとベディヴィエールが物陰から突如現れた。
「さ、サティナさん、ベディさん!?」
「お嬢様も人生の墓場行の覚悟をお決めになったようで……ある意味潔し、ですね。
不詳ベディヴィエール、お嬢様の御幸せな所を余すこと無く映像に収めさせていただきます。きっと大旦那様もお喜びになられます」
「あ……はい、そう、ですね……ってええ!? と、撮るんですかー?」
「ふふ、覚悟せい、伊織。……ちなみに先程手に入れた情報じゃが、何でもケイオースも此度、想いを重ねた女子と結婚をするとのことだの」
「まぁ、ケイオースさんもですか? そうですか、ついに想いが通じ合ったのですね」
サティナからケイオース・サイフィード(けいおーす・さいふぃーど)の事を聞いたセリシアが、両手を合わせて祝福の言葉を送った。
「というわけで、式は彼らと同じ日に行う手筈を整えておいた! もう一組居るようじゃから、当日はさぞかし賑やかになるの」
街を挙げての規模になるやもしれぬ、サティナの脅し(決して脅しではないが)に伊織はしばらく言葉を無くしていたが、やがて何かを吹っ切ったように(ヤケになったとも言う)叫んだ。
「こうなったら、人と精霊さんが、魔族さんが、みんな、みーんなが一緒に生きていけるーって盛大に見せつけれるよーに、
すっごく幸せいっぱいな結婚式に、してやるですーーー!!」
『幸せな門出の、お手伝いを』
「戻ったよ、朱里。搬入は全て済んだ、後は当日を待つばかりだ」
仕立屋『ガーデニア』に帰ってきたアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)を、朱里・ブラウ(しゅり・ぶらう)が出迎えた。
「お疲れさま、アイン。当日が楽しみね。
……ふふ、それにしても、同時に三組のカップルが式を挙げるって聞いた時は流石に驚いたわ」
つい数時間前までの出来事を振り返って、朱里が笑った。決して大きくないこの店にほぼ同時期に三着のウェディングドレスを仕立てる仕事が来た時はどうなるかと思ったが、アインや『子供』たち、街のみんなも協力してくれた結果、見事搬入に間に合わせることが出来た。
「無理はしないでくれ、朱里。君の中には新しい命が宿っているのだから」
アインが、二人の子を宿す朱里を気遣う。五ヶ月になる朱里のお腹はやや膨らみ始めていた。
「大丈夫よ、アイン。アインが力仕事を引き受けてくれたから、私も安心して仕立てに専念できたのよ」
「そうか。……少し散らかってしまったな。整理をしよう」
店の中は、つい先程までの仕事の影響が色濃く残っていた。アインがそれらを片付けていき、朱里も身近な場所の手入れを始める。
「……おや。これは……懐かしいな」
と、アインが何かを見つけたようで、箱を持って朱里の所へ行くと、中身を見せる。
「これ、アルバムですね。……わぁ、懐かしい」
少し埃をかぶっていたのをアインが払って、朱里と並んで写真を見る。イナテミスがまだほんの小さな街だった頃に行われた開拓、それによって建てられた『ガーデニア』の開店当初の様子に、朱里とアインが挙げた結婚式の時の記念写真。ピュリアや健勇の写真もあったし、子供たちとステージに立った時のものもあった。
「色んな事が、あったわね……。
三年になるのかしら? アインと結婚して、ここを終の棲家と決めて、蒼空学園らイルミンスールに転校して」
「ああ……そうなるな。
あの時はまさか僕が……戦士、しかも機晶姫の身である僕が、こうして朱里との間に子を成し、家庭を築くことになるなど、想像もつかなかった」
三年の間に、二人の間にはユノが生まれ、今また新しい子が誕生へ向け、日々成長を続けている。
――彼らが住む街イナテミスもまた、同じように成長を続けていた。
「街も、私達と同じ。色々な事件に巻き込まれたりしながらも、その度に力を合わせて解決し、復興し、更に発展していった。
……それはこれからもきっと、同じ。私達と同じように、幸せな道を歩む二人が生まれ、その間に子が生まれて……幸せはずっと、続いていく」
朱里の背後に回ったアインが、そっと朱里の肩に手を置く。温もりを感じながら朱里がアインの手に手を重ねる。
「僕は守りたい、今の営みを……朱里との幸せな日々を、ずっと」
「私も、アイン、あなたと一緒に、歩いていきたい。
そして、今日まで家族みんなが元気で生きてこられたことに、今日という日を迎えられたことに、感謝を」
庭先に咲く白いクチナシの花が、ふわり、と風に舞う。
漂う甘い香りが店内を満たし、二人を優しく包み込んでいく。
また、夏が来る。
――これからも、皆仲良く幸せに、過ごせますように――
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